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リアクション
■第七章 歌と歌 そして【繚乱白花】
太陽が砂漠の果ての地平に縁を触れ、空が赤く色づき始めていた。
赤から青、青から紺へと流れていく鮮やかな天空の先には、白い月と明るい星。
それらを背景に、ロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)の奏でる竪琴が、ほっそりとした旋律を紡いでいく。
そして、繊細な歌声。
けれど、それはどこか、もどかしげな熱を持って響いていた。
『ひらひらとひらひらと
月を目指す小さな蝶
その身に合わない願いでも
寄り添いたいと夜を舞う
身を照らす光に歓喜し
変わる姿を飽きずに眺め
見えない夜は悲しみに震え
月を目指し舞っている
ひらひらとひらひらと
月を目指す小さな蝶
愚かな事だと言われても
寄り添いたいと夜を舞う
夜空に浮かぶキラ星に
月を飾る星たちに
自分もなりたいと願いつつ
月を目指し舞っている』
やがて太陽は沈み、白砂の砂漠は明るい月の光を返してボゥと、静かに白く浮かび上がっていく。
かがり火の炎が、ロザリンドと竪琴の影を揺らす。
『ひらひらとひらひらと
月を目指す小さな蝶
叶わず朽ちると知りながら
寄り添いたいと夜を舞う
ひらひらとひらひらと』
そうして。
竪琴の音色の余韻の中で、ロザリンドは深く息をついた。
桜井校長、校長の周りの素敵な人達と駄目な自分。
歌ったのは、それでも止められない心――。
音の余韻が途切れる頃に拍手が聞こえる。
顔を上げれば、メイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)とセシリア・ライト(せしりあ・らいと)がちょこんと座っていた。
その傍ではフィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)が佇んでいる。
三人はいつの間にかそこに居たらしい。
「あ――すいません。こんな……楽しくもない歌……」
ロザリンドは、ばつが悪そうに目を伏せた。
少し離れた場所では楽しげな音楽が鳴っている。
「素敵な歌ですぅ」
メイベルが言って、セシリアとフィリッパが微笑みながらうなづく。
と、もう一方からも拍手。
「本当に……よい歌だったよ。――新しき歌に、風を」
言われて、そちらを見れば、ヨマの民らしき老婆の笑顔があった。
リュートを持っている。
「歌い手の方……?」
「まあ……古い歌しか歌えないがね」
「あの、良かったら聴かせて欲しいですぅ」
メイベルが興味ありげに老婆を見上げる。
老婆は皺だらけの目をゆっくりと瞬いて、それから、彼女たちのそばにどっこいせと腰を降ろした。
「何を、歌おうかねぇ……」
「どんな歌がありますの?」
フィリッパがメイベルの肩にストールを掛けながら、小首を傾げる。
「そうさねぇ……ああ、今日はチェイアチェレンだ――なら、巡るものについて、歌ってみようか」
「……巡るもの?」
老婆がゆっくりと頷き。
「例えば、白き怒りは黒き悲しみへと巡る……だが、黒き水は青き喜びにそそがれる。そして、青き樹は赤き楽情の火に――」
それは、途中から古い歌となっていた。
楽しくも悲しくもない音色とリュートの旋律。
ただ、かすかに懐かしい。
◇
会場外の砂漠に張られた休憩テント。
「ほらよ」
入ってきた久多 隆光(くた・たかみつ)が抱えていた包子を一つ、虎鶫 涼(とらつぐみ・りょう)へと放った。
受け取った涼が「これは?」と首を傾げる。
「露店で買ってきた。変わった肉が入ってて旨いぜ。これで、少しは祭りの気分が味わえるだろ?」
隆光が笑みながら「奢りだ」と片目を瞑ってみせ、休憩している他のメンバーへも同じものを配った。
「良いんですか? ……では、頂きます」
菅野 葉月(すがの・はづき)が少し遠慮がちに包子を受け取る。
割ってみると、白い湯気と共に美味しそうな肉の香りが立った。
「気前が良いな」
林田 樹(はやしだ・いつき)が暖められた乳酒を片手に笑む。
彼女のパートナーたちは、変に休憩する時間を惜しがって未だシュタル相手に奮闘している。
多少、心配ではあるが――
ヨマの民に聞いたところシュタルは集団で掛かって来ることも少ないというし、少しでもまずくなれば誰かがこちらへ呼びに来る約束になっているから、まあ大丈夫だろう。
「せっかくの祭りだってのに、こんな所で戦ってる若い連中が不憫でなぁ……おじさんからせめてもの気持ち」
「……その若さで己を『おじさん』か」
樹が少しばかり複雑な表情を浮かべる。
涼が包子を齧りながら会場の方へと軽く視線を向け。
「祭りを見たいのは山々だが、こっちを放っておくわけにもいかないからな」
「それに、ここに居ても雰囲気は伝わってくるし」
アメリア・ストークス(あめりあ・すとーくす)が皆にお茶を配りながら、うなづく。
会場の方からは、常に賑やかな音楽が聴こえていた。
エル・ウィンド(える・うぃんど)が「ありがと〜」と、包子を片手にお茶を受け取る。
「女の子にカッコいいとこみせてキャーキャー言わせたいしね」
「――本音を隠さないな、君は」
高月 芳樹(たかつき・よしき)が言って、ファタ・オルガナ(ふぁた・おるがな)の方へと視線を向けた。
「で、どうするんだ? それ」
休むパラミタ虎に寄りかかりながら包子を齧る彼女のそばには、白い甲殻が何枚か積み重なって置かれていた。
さきほど倒したシュタルからファタが剥ぎ取ったものだ。
「ん? そうじゃのー……なんとなくノリで剥ぎ取ってしまったが」
ファタが甲殻の束を見やりながら片目を細める。
剥ぎ取り気分を楽しんだものの、正直、その先はさっぱり考えていなかった。
ちょうどテントに入ってきたヨマの青年へと、ファタは視線を上げた。
「どうじゃ? ヨマの方でこれを引き取らぬか? 加工すれば何かに使えよう」
「え、あ。ありがとうございます。でも、儀式が終って精霊が深い眠りにつけば、これらもまた砂に還りますので――」
「ふむ?」
「……ええと」
アメリアがお茶を持ってきた格好で、言葉を探すようにしているのを他所に、ファタはお茶を受け取って。
「それでは気兼ねなく剥ぎ取りまくれるの〜」
うくうくと楽しそうに口元を笑ませた。
◇
会場内の北側に設営されたライブステージ。
「始まるのか? 少し見やすいところに行こう、レオン」
観客席の警備を行っていたイリーナ・セルベリア(いりーな・せるべりあ)
がレオンハルト・ルーヴェンドルフ(れおんはると・るーべんどるふ)の手を取る。
ステージの上にはシルヴァ・アンスウェラー(しるば・あんすうぇらー)とルイン・ティルナノーグ(るいん・てぃるなのーぐ)が立っていた。
『Flower wedding
光帯びて舞い降りる――』
シルヴァのよる少女のような澄んだ高音に、ルインの声が重なる。
『私はあなたの為の花』
シルヴァが手に持っていた白薔薇のブーケを、ステージ上から観客へとトスして――アコースティックギターで軽快な和音を刻ざんだ。
二人の声が弾む。
『蒼空(そら)降り注ぐ 祝福の鐘の音
踊る花束の様に 惹かれ合う 光り合う 巡り合う
灯す輝き届け 紡ぎ合う軌跡
永遠の時超えて 重なり合う奇跡
浮気したら拗ねちゃうかもね だって二人で絆は一つ
Flower wedding
陽光(ひかり)浴びて咲き誇る 私はあなただけの花――――』
――アコースティックギターの余韻を抑えて。
『はーい、皆さんこんばんわー』
シルヴァがステージ上で、まるで女の子のような可愛らしい仕草でぱたぱたと観客に手を振った。
藍色の和風ロリータの裾には白いフリルがあしらわれていて、それがひらひらとなびく。
その隣で同じように元気良く手を振っているルイン・ティルナノーグ(るいん・てぃるなのーぐ)の衣装は同じ型の若草色の着物だった。
二人は月島 悠(つきしま・ゆう)の準備が出来るまでの時間稼ぎとして、そこに居た。
先ほどまで、ステージ裏では、観客の多さに怖気づく悠への必死の説得が行われていたのだ。
『ガールズバンド繚乱白花、教導団のアイドルのシルヴァでっす』
シルヴァが舞台の上でウインクする。客のほとんどが、彼を男と見抜けぬまま拍手を送る。
『ルインだよっ! 二人合わせてー……』
『花嫁シスターズでっす!』
◇
「なんとか……こちらは、いい感じみたいですね」
向山 綾乃(むこうやま・あやの)がステージ端から様子をうかがいながら、ほぅと息を付いた。
綾乃の衣装には淡い桜色の生地に白い花柄が咲いている。
「悠さん、大丈夫でしょうか?」
「なんだか少しかわいそうだったかも……歌も振り付けも急でしたし」
ギターのネックを柔らかく抱いたエレーナ・アシュケナージ(えれーな・あしゅけなーじ)が小首を傾げる。こちらの衣装は桃色。
「だいじょーぶですよ。あれで悠くん、何気にアイドルとかあこがれてこっそりダンスの練習してたりするので」
蓬(よもぎ)色の衣装の麻上 翼(まがみ・つばさ)が気楽に笑って言う。
「ようやく、なんとかなりそうだな……」
ギリギリまで舞台設営に演出に振り付けにと奔走していた武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)が言って、
「それじゃ、皆――楽しんできてくれ」
親指を立てた。
「……い、い、いっぱい人がいるぅ〜」
客席の真ん中を通る歌舞伎調の花道の奥で、空色の衣装の悠は泣きそうな顔をしていた。
と、花道の向こうのステージの上でルインがスティックでリズムを取り――音が一斉に弾ける。
「――あ」
風が吹いたようだった。
ふ、と強張っていた肩の力が抜ける。自然と体がリズムに乗る。気付いた時には、歌い、踊りたい衝動が、体の底からコゥっと頭のてっぺんまで溢れていた。
悠が花道へと飛び出し、リリィ・シャーロック(りりぃ・しゃーろっく)の操るスポットライトに照らし出される。
「キャー、ユウチャーン」
と客席からイリーナとレオンと張 飛(ちょう・ひ)の声。
その声と、花道の向こうのステージで演奏するメンバーたちに促されるように、悠はマイクを微笑んだ口元へと近づけ。
『あなたと出逢って 目覚めたアリス
思わず落とした ガラスの靴』
歌いながら花道をリズミカルに歩き出す。
その悠の周りをテンポに合わせて放たれたリリィの氷術が、照明の光をきらびやかに反射していく。
『灯った焔に映した夢は たった一度の幻なの?
マッチに祈って 星に願いを
影縫う為に 裁縫覚えて
あなたが起こしてくれるまで 私は止まった茨姫』
悠が、ステージ上で演奏する仲間たちの方へと駆け込んで。
『林檎はいらない キスが欲しいの
白馬に乗って迎えに来て――』
ルインが曲を盛り上げるようにスネアドラムでリズムを刻み――綾乃とシルヴァと翼とエレーナが飛んだ。
悠がステージの中央で手を振りかざしながら、客席の方へと反転して、思いきり歌いあげる。
『冬の夜に詠う Winter Tale
きっと信じてるから ずっと想ってるから
夢から醒めた 私を呼んで――――』
間奏に入り、照明が消され、悠がメンバー紹介をするのに合わせてスポットライトが巡った。
悠からシルヴァ、エレーナが紹介されて、スポットライトに照らし出された二人は背中合わせで二つの旋律を絡ませて、最後に大きく手を振った。
紹介は翼と綾乃へと巡り、翼がベースラインを跳ね回らせ、綾乃がそのラインを追いながら和音遊びへと展開していく。
最後、スポットライトの中でルインが軽快な動きでスティックを走らせ――また悠が、光の中でとびっきりの笑顔を見せながら歌う。
そうして。
曲の終了と同時に、リリィのサンダーブラストが弾けた。
その閃光と大音量が去ると、ステージの上には悠だけが残されていた。
『みんなー、ありがとうー!』
観客たちの歓声に心から楽しそうな笑顔で手を振りながら、悠が花道の上を通って退場していく。
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