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ホワイトデーの悲喜こもごも

 鬼崎洋兵(きざき・ようへい)は、自室で大きなため息をついていた。
 まあ簡単に言うと、バレンタインのあの日にやっちまったのである。
 傭兵はあの日、パートナーのユーディット・ベルヴィル(ゆーでぃっと・べるう゛ぃる)にいわゆる愛の告白をされたのである。
 パートナーとしてではなく、男性として好きだと。
 しかし洋平の返事は、ユーディットの心を傷つけるには十分なものだった。
 洋平は、ユーディットのことを自分の娘として見ていると、しかも昔死別した愛した女性との間に生まれた、子供として見ていた。
 女としてこれ以上の屈辱はない。
 恋愛対象として見られていなかっただけならまだしも、昔愛した女性との子どもとみられていたのだ、恋愛の範疇どころではない。
 美しく言えば家族、しかし歪んだ価値観。
 ユーディットはひどく傷ついた。
 だが洋平はこの一カ月、今までの生活に戻る方法を模索しても、ユーディットの傷を埋める方法が思いつかなかった。
 しかし、そうも言ってられない。
 ユーディットはパートナーであり、大事な家族なのだ。
 洋平は、緊張した面持ちでユーディットの部屋の扉をノックする。
「なんですの?」
 ユーディットの扉越しの声。
「ユディ、入るぞ」
 洋平が扉を開けるとクッションに座ったユーディットが背中を向けていた。
「ユディ、本当にすまなかった……。だから、お互いもう喧嘩はやめないか?」
 洋平がゆっくりと言うと、ユディは振り向かないまま。
「喧嘩?ワタシ達親子何でしょう?だったらただの娘の反抗期ですわ。放っておけばいつか治まりますわ」
「ユディ……おじさんは、いや俺はさ、物心ついたときから、戦場にいたからさ、家族ってものを知らずに育っちまった。……だからそれを教えてくれた彼女を忘れることはできない。彼女がいなくなってから、また俺は家族のいないつまらない男になっちまった。だけどな、今はユディがいる。心から家族と思えるユディがいる。だから俺は、前に進めるんだ」
 洋平は、さびしそうな顔で話した。
「家族ごっこではないんですの?」
「おじさんとユディは正真正銘の家族だよ。大事なことを思い出させてくれた大事な家族だ」
「洋平さん!」
 洋平の元に駆け寄り、抱きつくユーディット。
「あなたのそばにずっとおりますわ。ワタシは吸血鬼。あなたを残して死んだりしません」
「ユディ……愛しているよ」
「今は娘でもかまいませんわ。まだたくさんの時間がワタシ達にはあるのですから。愛しています」
 二人は抱き合い、ユーディットの瞳からは涙が溢れていた。
 それを扉越しで聞いていた鬼崎リリス(きざき・りりす)も涙を流していた。
 おじさんとお母さんがけんかしているのがすごく嫌だった。
 せっかく巡り会えたのにこんな空気が続くのかと思うと泣きたかった。
 でも、今は嬉しくて泣いている。
 だって、また家族に戻れたから。
 でも、まだ部屋に入るのはダメ。
 今は二人の時間だから。

 ホワイトデー一色の街並み。
 お店のディスプレイを見るだけでわくわくする。
 如月空(きさらぎ・そら)は、パートナーたちに初めてのホワイトデーを実感してもらおうと街に繰り出したのだ。
 そんな時、シリウス・レインシーク(しりうす・れいんしーく)が空を呼びとめる。
「……やる」
 その手には、オフホワイトの手編みのレースのリボンが握られている。
「バレンタインの時の、ケーキの礼だ」
 口調は偉そうだが耳は真っ赤になっているシリウス。
「わぁ、ありがとう、シリウス♪かっわいい縲怐?Vリウスって器用なんだね」
 さっそく、ショップのウインドウを鏡代わりに髪に結う空。
 それを見ていた、不知火白夜(しらぬい・びゃくや)は、喜ぶ空を見て自分も空を喜ばせてあげられないかと思案する。
 なかなかいい案が思いつかない。
 自分は何かをプレゼントしたりできない。
 なら。
「……触っていい」
「え?」
 白夜は空にそれだけ言うと、キツネに変身する。
「え?触っていいの?キャー!」
 空は遠慮なく白夜をもふもふする。
「ふっかふか〜。すっごい幸せ♪」
 白夜は目を閉じ身を任せている。
「二人ともありがとう。最高のプレゼントだったよ♪それじゃ何か食べに行こうか?」
 3人の散策はまだ終わらない。