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SPB2021シーズン キャンプ~オープン戦

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SPB2021シーズン キャンプ~オープン戦

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【一 キャンプイン直前】

 蒼空学園校長山葉 涼司(やまは・りょうじ)が、蒼空学園キャンパスの第二グラウンド内に位置する蒼空学園専用球場、別称スカイランドスタジアム内に設置されているクラブハウスに足を運ぶと、まっさらなユニフォームに袖を通した選手達が、一斉に振り向いた。
 どの顔も、自主トレで徹底的に鍛え上げてきたのがよく分かる。自分達のやってきた事に充実感を覚えているであろう、自信に満ちた表情が並んでいた。
 その、ひとりひとりの顔を満足げに眺めてから、山葉校長ならぬ山葉オーナーは、口元を僅かにほころばせながら凛と張る若い声を張り上げた。
「いよいよ、明日からキャンプインだ。詳細はナベツネさんから発表があると思うが、皆、怪我の無いよう、張り切ってキャンプに臨み、そしてオープン戦を迎えて欲しい」
 誰もが山葉オーナーの言葉に、力強く頷き返す中、ひとりだけ、別の意味で妙な覚悟を決めて緊張の面持ちを見せる者が居る。正捕手を狙う男鷹村 真一郎(たかむら・しんいちろう)は、明らかにいつもとは異なる硬い表情で、そっと山葉オーナーの傍らに寄り歩き、半ば耳打ちするような格好で気になっていたことを問いかけた。
「オーナー、ちょっと良いですか」
「ん? どうした?」
「いえ……その、ひとつ伺いたいのですが、確か今日、個別入団テストが行われる、とのことですが、そこに彼女も居るのでしょうか? 本人からは、受かる気満々でその旨の報告を受けているのですが」
「あぁ、ルカルカね……うん、来てるよ。何が何でも、お前さんに直球ブチ込みたいんだってさ」
 やっぱりか、といささか悩ましげにも見える苦笑を浮かべた真一郎だが、その傍らで、鷹村 弧狼丸(たかむら・ころうまる)が微妙な顔つきで小さく呟く。
「ってこたぁ、姉御の差し入れもあるってことか」
 どこか危機感すら覚えさせる戦慄の響きを含んだそのひとことに、山葉オーナーも変な顔を作っていた。
 そんな彼らの三者三様の思惑とは裏腹に、葉月 エリィ(はづき・えりぃ)が個別入団テスト、という台詞に別の意味で反応してきた。
「オーナー! 風の噂で耳にしたんだけどさ、今回テスト受けるメンツの中に、スライダー使いが居るって聞いたんだけど、それ本当?」
「ん? あぁ、そうらしいな」
 山葉オーナーは手元の資料を慌ててめくり、とある受験者の項目でピタリと手を止めた。
「縦、横、高速スライダーの三種を使う投手だな……って、何か関係あるのか?」
「いやぁ……ちょっとね」
 問い返されたエリィは、若干困ったような表情を一瞬だけ浮かべ、その直後、何かを吹っ切った感のある瞳を窓の外に向けた。
「んじゃ、あたいはそっち路線かな」
 誰に語りかけるともなくエリィは小さく呟き、その左の掌で、幾つかの変化球の握りを繰り返し続けた。
 しかし、今回の個別入団テストはそれ以外にも、エリィにとっては気になることがある。というのも、彼女のパートナーのひとりが、受験する予定となっていたからだ。
 結局のところ風の噂に聞いたというのも、そのパートナーが情報を流してくれていただけに過ぎない。

     * * *

 スカイランドスタジアムとは別の、蒼空学園第三グラウンド内にある野球場では、蒼空ワルキューレへの個別入団テストを受ける者達の審査が既に始まっていた。
 安芸宮 和輝(あきみや・かずき)ルカルカ・ルー(るかるか・るー)クリムゾン・ゼロ(くりむぞん・ぜろ)の三名が、今回の個別入団テスト受験者である。
 投手二名、野手一名という内訳だが、そのうちのひとりが、エリィが気にしていたスライダー使いである。即ち、和輝が縦、横の二種のスライダーに加え、高速スライダーを駆使するという話であったが、カーブやシュートも使えるらしい。
 尤も、それらはいずれもアマチュアレベルの話であり、プロとして通用させる為には、更なる鍛錬が必要となってくるのであるが、奇しくも和輝は左投手であった。つまり、エリィとはタイプが似通っているといえなくもないが、タイプとしては先発型といって良い。
 その一方で、同じく投手志望のルカルカは、どちらかといえばワンポイントなどのリリーフ向けであると、自ら公言していた。
 さて、そのルカルカがテストの為にマウンドに立つと、その表情が一瞬にして驚きの色に変じた。
 テストである以上、その投球がプロで通用するかどうかを試す為に、誰かが打席に立たねばならないのであるが、何故かそこに立っていたのが、2メートルを越える見知った巨躯だったのだ。
「……正子さん、なんでそこに居るの?」
 半ば呆れたように問いかけたルカルカだったが、打席に立つ大巨人馬場 正子(ばんば しょうこ)もいささか憮然とした表情であった。ただでさえいかつい容貌が、更に凶悪な阿修羅と化している。
「それはわしが訊きたい。何故に入団テストの手伝いが、わしに回ってくるのか」
 更に捕手の位置では、見慣れぬ顔がマスクを被っている。蒼空ワルキューレの捕手のひとり、ジョージ・マッケンジーという元3Aの選手で、現在はコントラクターとしてパラミタに籍を置いているとのことらしい。
 そして主審の位置には、蒼空ワルキューレの守備・走塁コーチ兼任選手福本 百合亜(ふくもと ゆりあ)が審判のマスクを被って立っていた。
「ほな、ちゃっちゃと終わらせるで〜」
 どこか気の抜けた百合亜の声を合図に、ルカルカがセットポジションに入る。
 小さなテークバックの後に、大きく踏み出す投球スタイルは、『後ろに小さく、前に大きく』という一般的な理想のスタイルを踏襲している。
 体重移動がほとんど無く、スムーズに腕が振れているのは、フォームとして完成度が高い。
 打席の正子はボールひとつ分外れたと判断して見送ったようだが、百合亜はストライクのコール。
「ほほぅ、伸びのある球筋ですな」
 その様子を一塁側のライン向こうで眺めていたクリムゾンが、傍らの和輝に感心したような声を投げかけた。ところが和輝は、打席に立つ正子に驚愕の色を込めた視線を送り続けるのみである。
「あんな怖そうな人と、対戦しなくちゃいけないんでしょうか……流石、入団テスト」
 いや、別段入団テストだから、という訳でもないのだが、とにかく和輝の目には正子との対戦がやけに恐ろしく感じられたようである。
 得意のスライダーが曲がり過ぎて、あの巨体に当たったらどうしよう、などと全くどうでも良い心配ばかりが先に浮かんできてしまっていた。

     * * *

 ツァンダ・ワイヴァーンズの本拠地は、ツァンダ家が全面出資してこの程、竣工に至った全天候型のドーム球場ツァンダ・パークドームである。
 このパークドームの傍らに、練習用の小球場があるのだが、こちらは単にツァンダ家御用達のツァンダ私用球場である。ワイヴァーンズに於ける個別入団テストは、この私用球場にて行われた。
 受験者はただひとり、ミネルバ・ヴァーリイ(みねるば・う゛ぁーりい)のみである。
 希望のポジションは一塁手。どうやら、打撃が大の得意、というか、大好きらしい。だが、このポジションは茨の道であるといって良い。何故なら、ここには既にアレックス・ペタジーニというレギュラー候補が居座っているのである。
 このペタジーニ相手にポジション争いを展開するのは、生半な覚悟では務まり切らないだろう。
 だが、当の本人はというと、まだそこまでの危機感を抱いている様子は無かった。
「円がね、野球やってるみたーい! 野球だよ、やきゅう! ミネルバちゃんもやーるー! やるったら、やるんだもーん!」
 大声で張り切りながら打席に立つミネルバを、入団テストの為に呼び出された南臣 光一郎(みなみおみ・こういちろう)が複雑そうな面持ちで、マウンド上から眺めている。
「最初の相手が、入団テスト生かぁ……ま、切り替えていくしかねぇかなぁ」
 当初、本物のプロ集団との対戦を心待ちにしていた光一郎だったのだが、いきなり自分と同等レベルのアマチュア相手に投げさせられると聞いて、内心相当がっくりきていた。
 が、そんな光一郎の思惑を既に見抜いているのか、一塁側ダッグアウトの中から、錦鯉……ではなくて、オットー・ハーマン(おっとー・はーまん)の厳しい檄が飛ぶ。
「光一郎! きりきりやらんか! たとえ相手がテスト生でも全力で立ち向かうのが礼儀であると知れ!」
 人事だからって何テキトーにふかしてやがんだよ……とぶつぶついいながら、光一郎はセットポジションに入った。背中に映える『13』が、一際眩しい。
 ところで、このテスト生ミネルバだが、実はワイヴァーンズ広報担当桐生 円(きりゅう・まどか)のパートナーである。先に円がワイヴァーンズで野球に関連する仕事を始めたのが切欠で、ミネルバもワイヴァーンズへの入団を目指した、というのがいきさつであった。
 では、その円は今、何をしているのであろう。

     * * *

 実のところ円はキャンプイン直前から、相当に忙しい時間を過ごさねばならなかった。
 というのも、球団職員が負うべき仕事というのは多岐に渡っており、特に広報はやることが多い。ただでさえこのパラミタでは、野球というスポーツの普及率が低いのである。そこに、いきなりプロ球団がリーグを発足させたのだから、広報という作業は鬼のような多忙さを極める。
 ワイヴァーンズのオーナージェロッド・スタインブレナーは円以外にも広報職員を大勢採用しているようではあるが、彼は円の積極性を買い、地域担当をそのまま任せているのである。
 つまり、地元への対応はほとんど円の両肩にかかっているといって良い。
 大役であった。
 そんな状況だから、円としてはミネルバの応援に駆けつけるだけの余裕が無い。内心申し訳ないとは思いつつも、今は自分の仕事で手一杯であった。
「円ちゃん、お手伝いにきたよ!」
 パークドーム内の広報事務室内の入り口に近い付近に位置する円の個人ブースに、七瀬 歩(ななせ・あゆむ)が近所のホルモン屋で買ってきた串焼きホルモンの差し入れ片手に、ひょっこり顔を出してきた。
「やっ、円ちゃん、ご苦労様!」
 笑顔で串焼きホルモンを受け取り、香ばしい匂いをブース内にぷんぷん広めながら、仕事の手を休めてかぶりつく円。
 その傍らで、勧められた椅子に腰を下ろしながら、歩は円が途中まで作成を進めていた要領書を手に取り、さっと目を通してみた。
「これが、こないだ円ちゃんがいってた『ふれあい企画』ってやつだね」
「うん、まだ七割ぐらいしか出来てないんだけど」
 一瞬渋い表情を浮かべる円に、歩は不思議そうな視線を送る。正直なところ、円には一抹の不安が無い訳では無い。
「問題は、応じてくれる選手が居るかどうか、なんだよね」
「……巡ちゃんじゃ駄目かな?」
 ここで円は、うーんと唸って黙り込んでしまった。しばらく、串焼きホルモンを口の中でもぐもぐさせた後、相変わらず渋い表情のままで、歩の真っ直ぐな視線を見返す。
「ぶっちゃけ、実績のある選手じゃないと、インパクト弱いかなぁって思うところがあるんだよね」
 なるほど……と頷く歩。
 いわれてみれば、ワイヴァーンズには元3A所属やら元NPB球団助っ人やら、実績のある選手が多い。矢張りまずは、そちらを前面に押し出すのが、セールスとしては正しいやり方といえるだろうか。
 但し、問題がある。
 そういった選手の大半が、面倒臭がって円の企画には乗ってきそうにはない雰囲気が漂っているのだ。せめてひとりだけでも……と一縷の望みを託してお伺いを立ててみたペタジーニにしても、まだ色好い返事は貰っていない。
「何とか、オープン戦が終わるまでには口説かないといけないなぁ」
 円の若干途方に暮れたような呟きを、歩は心配げな面持ちで聞いていた。