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第四章 捕らわれた子供達


「北都、まだつかねえのか?」
「もう少し先です」

 ソーマ・アルジェント(そーま・あるじぇんと)の問いに銃型HCを操作しつつ答える清泉 北都(いずみ・ほくと)
 HCには研究所の見取り図らしきものが映し出されていた。

 それは調査隊が一階を調べた際に発見した、研究所の設計図だった。
 所々に、部屋の用途や注意事項が書き加えられている。
 
 彼らは。メルヴィア達と別行動を取り、捕らわれている子供達の救出へと向かっていた。
 見取り図を見て分かった事だが、子供達の牢屋は地下二階のかなり奥、階段とは正反対にあり、
 往復すると大幅に時間をロスし、また研究員を見逃してしまうと考えたメルヴィアが、調査隊を二つに分けたのだった。

「……ん? ちょっと待って下さい。何か聞こえます」
 急に北都が立ち止まり、他のメンバーを制する。

「これは……子供の泣き声……?」

 超感覚により研ぎ澄まされた聴覚が、常人では聞き取れない小さな泣き声を捉えた。
 北都達は走り出す。泣き声は徐々に大きくなり、他の者達にも聞き取れるほどになっていた。

 何度目かの角を曲がった所で、研究員に抱えられ泣き叫ぶ小さな少年の姿が目に入った。

「そいつから離れな、オッサン!」
 ソーマが幻惑の衣をはためかせ、研究員へ迫る。
 まるで動いているかのように見える刺繍を直視した研究員は、それに魅入られる。
 力の抜けた腕から、暴れていた子供がずるりと滑り落ちた。

「よっ……と、危ない危ない」

 エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)が落下した子供をしっかりと受け止める。

「もう大丈夫だよ。……あなたは少し眠っていてくださいね」
 振り向きざま研究員へヒプノシスをかける。研究員はふらりとその場に倒れた。

「やれやれ、大したことねぇな。ま、とりあえず縛っとくか」
 ソーマと北都が研究員を縛り上げる。

「大丈夫? どこか痛い所は無い?」
 リリア・オーランソート(りりあ・おーらんそーと)が少年に問いかけるが、少年はわんわん泣きながら座り込んでしまい、返事ができる状態ではなかった。

「俺がやります」
 鬼龍 貴仁(きりゅう・たかひと)が歩み寄り、泣き叫ぶ少年の前に屈みこむ。
 そして大きく息を吸うと、歌を歌い始めた。

 心に幸福を呼び起こす『幸せの歌』である。

 少年は少しの間泣き続けていたが、やがて歌の効果か、少しづつ落ち着きを取り戻す。

「大丈夫かい?」
 貴仁の言葉に、少年は小さく頷いた。

「怪我とかしてないかな? どこか痛いところはあるかい?」
 今度は横に首を振る。どうやら大丈夫のようだ。

「助かったわ。あのまま泣き止んでくれなかったらどうしようかと……」
「気にしないでください。これくらいしか出来ないもので」
 ホッとし、お礼を言うリリア。貴仁は笑顔でそれに答えると、もう一度少年に向き直る。

「俺達、ここに捕まっている子供達を助けにきたんだ。君も外に連れてってあげるから、ついて来てくれるかい?」
 こくり、と頷く少年。
 貴仁はその小さな体をそっと抱き上げると、行きましょう、と皆に声を掛ける。

 先へと進む契約者達。

 やがてその目前に閉じられた大きな扉が立ちはだかった。

「ここですね……」
 北都がマップを見ながら小さな声で呟いた。

「ちょっと待ってね」
 リリアが扉にそっと近づき、殺気看破で中の気配を探る。

「気配がたくさんあるわね……きっと子供達のね。それに、一つだけ嫌な気配が混ざってる」
「研究員……かな?」
「かもしれないわ」

 エースは少し逡巡した後、扉の取っ手に手を翔ける。
「……鍵が掛かってるな。リリア、頼めるかい?」
「任せて!」

 リリアがなるべく音を立てないようにピッキングを始める。
 数秒後、かちゃりと鍵の外れる音がした。

「行くよ……!」
 エースが大きく扉を開け放ち、中へ突入する。

「なっ、お前ら侵入者か!?」

 中にいた研究員が驚いて立ち上がる。隣にはキメラの姿も。
 そして部屋の奥には鉄格子がはめられた牢があり、その中に子供達が閉じ込められているのが見えた。

「ヒーロー参上、ってね」
 五十嵐 睦月(いがらし・むつき)の楽しそうな声に、日比谷 皐月(ひびや・さつき)が溜息をつく。

「んな気取ってる場合じゃないだろ」
「気取りじゃないよ、ヒーローになるんだ。
 ピンチに颯爽と現れて、並み居る敵を薙ぎ倒し、優しく手を差し伸べるヒーローに、僕がじゃない、僕達が」

 皐月が槍を構え、言い放つ。

「ったく。ヒーロー気取って無茶はすんなよ、お前だけの命じゃねーんだからな?
 こいつはオレ達が引き付ける。子供達は頼んだぜ!」
「あ、でも僕マスコットポジションだから、戦闘はお願いね、皐月」
「ああ、そうかいっ!」

 皐月が槍を手に突進する。キメラの鋼鉄の羽がそれを弾く。
「ほらほら、キメラっていっても大したことねぇな! たかが一人の人間に押されてんのか?」

 皐月の挑発に激怒した研究員はキメラの攻撃を皐月へと絞る。

 その隙に他の者達は部屋の奥の牢屋まで走った。

「俺を挑発するとはいい度胸だな。囮にでもなったつもりか? 安心しろ、貴様の後にすぐに他の奴もあの世に送ってやるわ!」
「確かに、俺は囮だ。でも……」

 皐月はふいに立ち止まると、言った。

「一番安全に逃げる方法って、知ってるか? ……敵を全員、叩きのめす事だよ…………!」

 皐月がキメラへと跳躍する。

「これでも結構、腹に据え兼ねてんだよクソッたれ!」






 牢にたどり着いた睦月達は鉄格子へ武器を振り下ろし、破壊する。

「無事だったかい? 僕達が来たからには、もう大丈夫だよ」
 子供達が十分通れる隙間を作った所で、睦月が子供達へ声を掛ける。

 だが子供達は突然現れた彼らに怯え、奥に固まって震えていた。
 リース・エンデルフィア(りーす・えんでるふぃあ)が牢の前に屈みこみ、そっと声を掛けた。

「こ、怖がらなくて大丈夫ですよ。わ、私達は、皆を助けに来たんです。もうここにいなくていいんですよ」

 五百蔵 東雲(いよろい・しののめ)もリースの隣に屈み、優しく話しかける。子供達を怯えさせないように、武器は外して離れた所へ置いてある。

「辛かったよね。でももう誰にも、痛い事も怖い事もさせたりしないよ。だからこっちへおいで……?」
 東雲が手を差し伸べる。子供達は顔を見合わせてどうしよう、と悩んでいる様子だった。

 ややあって、子供の一人がゆっくりと東雲達の元へ歩き始める。
 子供が東雲の目の前まで来る。東雲は怖がらせないように、そっとその子を抱きしめた。
 抱きしめられた子供の瞳に、涙が浮かぶ。
 やがて耐え切れなくなったのか、東雲にしがみつき大きな声を上げて泣きだした。

「似たような境遇だもんね……他人事じゃいられないよね」
 泣き喚く子供をしっかりと抱きしめる東雲を見て、リキュカリア・ルノ(りきゅかりあ・るの)は感慨深げに呟く。
 彼女には、東雲が子供達を過去の自分と重ねて見ているように思えた。

 やがて、他の子供達も徐々に東雲達の元へ寄ってくる。
 と、当然、わんわんと犬の鳴き声らしきものがその場に響いた。

「リース! リース!」
「ど、どうしたの? ラグエルちゃん」

 小さな狼を抱いた少女、ラグエル・クローリク(らぐえる・くろーりく)が慌てた様子でリースを呼ぶ。
「わんこさんがね、ろーやの奥に吠えてるの。怪我してる子いるよ!」
「えっ?」

 リースが牢屋の奥を覗き込む。既に子供達の殆どが外へ出ていたが、数人、まだ牢の中に残っている子供がいた。
 うち一人は、まともに歩けないようだった。他の子二人が両肩を支えて、外に連れ出そうとしている。

「ひどい怪我……一体どうしたの?」

 子供の様子を見たマーガレット・アップルリング(まーがれっと・あっぷるりんぐ)は悲痛な声を上げる。
 その少女は全身にたくさんの傷やアザができていた。肩を貸していた少女の一人が答える。

「この子、さっき実験されてる途中に逃げだしたらしいの。だけど途中で研究員の人達に捕まって、連れ戻されて……研究員の人達、すっごく怒ってて……」
 その様子を直に見ていたのだろうか。話していた少女は涙目になり言葉に詰まらせる。
 泣き出した少女をマーガレットがそっと抱き寄せる。

「と、とにかく治療しなきゃ……!」
 リースが歴戦の回復術で怪我をしている子供の手当てを始める。
「手伝うよ!」
 東雲も駆け寄り、命のうねりで傷を治していった。

 部屋の入り口付近では、未だキメラと戦う皐月の姿があった。
 状況は皐月の有利。キメラはもうボロボロだった。

「くそっ、こうなったら……」
 このままでは負けると思った研究員は、子供を人質にしようと牢へ向かう。

「させないわよっ!」

 その目前に、ダンシングエッジを構えたマーガレットが立ち塞がる。
 その瞳は怒りに燃えていた。

「何の罪も無い子供をあんな酷い目に合わせて……絶っ対に許さない!」
「同感だね」

 リキュカリアが二体の召喚獣を引き連れ、隣に立つ。

「あんないたいけな子供を殴るなんて、人間のすることじゃないね! 人非人め、覚悟しなよっ!」

 二人が一斉に飛び掛る。武器も持たない研究員に防げるはずも無く、
 数秒後には、ボロボロになり両手足を縛られた哀れな研究員の姿がそこにあった。

「こっちも終わりだ」
 皐月が気絶したキメラを抱えて歩いてくる。幸い大した怪我はしていないようだ。

 とそこに、北都の持つHCへ通信が入る。

「分離機の場所が分かったみたいです」
 通話を終えた北都が皆に伝える。

「とりあえず、子供達を無事確保したって、テレパシーで他の階の奴らに伝えとくぜ。一応北都も連絡しといてくれ」
 ソーマがテレパシーを使う。北都もHCで別行動の仲間達に通達した。

「ならオレはこいつを分離機まで連れてくよ。子供達は頼んだ」
 
 皐月はキメラを抱えたまま、部屋を後にする。睦月もその後を追っていった。

「ボク達も行こう!」

 箒に乗ったリキュカリアが皆に声を掛ける。箒の後ろには先程倒した研究員も乗せられていた。

「そうだね、行こう。この子は俺が運ぶよ」
 東雲が治療の終わった子供を背負う。

「そ、そうですね。み、皆さん、はぐれちゃわないように気をつけていきましょうね。ち、小さい子は手を繋いで歩きましょう」

 リースが子供達に声を掛ける。しかし、一人だけ泣いて座り込み動かない子がいた。

「早く外にでてラグエルと一緒にあそぼ? わんこさんも一緒に遊びたいって言ってるよ?」
 ラグエルが泣いている子供に声をかける。ラグエルがわんこさんと呼んだ小さな狼は、泣いてる少女にとてとてと近づくと、その顔を舐めた。
 最初は嫌そうにしていたが、徐々にその顔に笑顔が戻っていく。
 しまいには、わんこを抱いて声を上げて笑っていた。

 ラグエルは少女と手を繋ぐと、一緒に歩き出す。
 
 一行は部屋を出て、研究所の出口へと向かう。
 子供達が一緒な為、来る時よりは移動は遅い。

 だが、道中研究員を倒してきたからか、それとも他の侵入者達のおかげか、誰とも会わず地下一階まで戻ることが出来た。
 
 ここまでくれば大丈夫だろうと、安心したその時。

「ぎゃああああああぁぁぁっ!!」

 突如、男の声と思わしき悲鳴が聞こえてくる。

 そして。

「なに……あれ……」



 通りの角から、黒く禍々しい異形が姿を現した。