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リアクション
第五章 生物分離機械
「…………はぁ」
別動隊へ連絡を終えたメルヴィアが、溜息をつく。
「溜息つくと幸せが逃げまっせ?」
「誰のせいだと思っている!」
首を傾げる瀬山 裕輝(せやま・ひろき)に、メルヴィアはもう一度深く溜息をついた。
その足元には、一人の研究員が転がされていた。
先程から「卑怯者」とか「こんなことがあってたまるかっ」とブツブツと呟いていた。
時は少し遡る。
メルヴィア達が地下三回へ到着した際、天井、つまりは地下二階に当たるのだが、そこからバタバタと足音が聞こえた。
すると裕輝は一体何を考えたのか、『自在』により具現化した闘気で、天井を盛大に打ち抜いたのだ。
崩れ落ちる瓦礫に混ざり、一人の研究員が落ちてくる。
さらに、研究所全体が小刻みに揺れだした。
「ば……っ馬鹿者!! ここは地下三階なんだぞ! 崩壊して生き埋めにでもなったらどうするつもりだ!?」
「おー、ナイスショット、やね」
驚きのあまり声を荒げるメルヴィアを他所に、一人満足気な裕輝。幸い揺れはすぐに収まった。
落ちてきた研究員はぽかんとした顔で辺りを見回していた。突然床が抜けて落とされたのだから、まあ、当然である。
「助かったわ。こいつすばしっこくて中々追いつけなかったのよ」
天井に開いた穴からセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)とセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)が飛び降りてくる。
それを見て我に帰った研究員は逃げ出そうとしたが、すぐさま取り押さえられた。
「おー凄いカッコのねーちゃん達が来よったで。気にしなさんなー礼には及ばへん」
「お前はもう少し気にしろ……」
裕輝の隣で鬼久保 偲(おにくぼ・しのぶ)が突っ込む。
「丁度いいわ。あんたキメラを元に戻す機械っちゅーの何処にあるか知らんか?」
パートナーの突っ込みも意に介した様子も無く、研究員へ尋ねる裕輝。
隣で偲が諦めたように溜息をついた。どうやらいつもの事らしい。
「ちくしょう、罠を張るなんて卑怯だぞ! 一体誰だ、俺を落とした奴は!?」
喚きだす研究員。
「ここにいるバカよ。ちなみに罠じゃなくて足音したから適当にぶっ壊しただけ」
淡々と説明する偲の言葉を聞き、ふざけんな!と怒り出す研究員。
その眉間に銃口が突きつけられる。
「ゴタゴタ言ってないで、早く質問に答えなさい。あたしの引き金は軽いし気も短い方なのよ」
拳銃を突きつけたままにっこりと問いかけるセレン。口元は笑っていたが、その目は笑っていなかった。
「ぶ、分離機なら、この階の、西の端の、部屋、だ」
震える声で研究員が答える。
「この研究所の所長とか、偉い人はいます? その人の場所も教えてほしいのですが」
「それなら、ここを真っ直ぐ行って、一番奥の、一番広い部屋だ。そこに、俺達のリーダーがいる」
偲の問いに、答える研究員。
偲はメルヴィアから見取り図を借りると、研究員へ見せ、部屋の場所を指差してもらう。
見取り図を受け取ったメルヴィアは、すぐさま他の班へ連絡した。
そして、今に至る
セレンとセレアナがメルヴィア達に向き直り、提案する。
「機械のほうはこいつに案内させて私達が行くから、その所長の方は頼んでいいかしら? あ、キメラは預かってくわ」
「できれば機械に詳しい人何人か来てくれると助かるわね」
二人が小型飛空艇を受け取る。中には気絶したキメラが数人乗せられていた。
そして他数名と共にキメラ分離機へと向かう。
メルヴィア達は研究員の言っていた彼らのリーダーを捕まえるべく、奥へと向かった。
「オレらはその分離機のとこ行こうかね」
「それはいいが、もう天井を打ち抜いたりはするなよ?」
「何でや? 研究員捕まえられたやんかー?」
「それで研究所自体が崩れたら何にもならないだろうが!」
歩きながら裕輝と偲が言い争いを始める。
ふいに、裕輝が気がついた。
「あ……置いてかれてしもた」
前を行っていたはずの他のメンバーの姿は、既にどこにも見当たらなかった。
分離機へ向かう一同は、それらしき部屋へと辿り着く。
閉じられた扉の前には一人の研究員がいた。
「侵入者か! ここは通さねえぞっ!」
研究員が命令すると隣にいたキメラが侵入者へと襲い掛かった。
「もう、分離機は目の前だっていうのにっ」
ルカルカ・ルー(るかるか・るー)がハーモニックカッターを両手に構え、キメラを迎え撃つ。
キメラは鋭い爪を振り上げ、ルカへと迫る。ルカは二つの武器でそれを受け止め、弾き返す。
キメラは鋭い爪に太い尻尾を持ち、腕にはたくさんの鱗が生えていた。
「この外見……ドラゴンだな。まったく面倒な相手だ」
ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が光条兵器を生成し、ルカに加勢する。
カタールに似た剣をキメラ向け振り下ろす。だが鱗が硬く、大したダメージは与えられなかった。
「ドラゴンが混ざってるならこれくらい大丈夫かしらね。喰らいなさい、百獣拳っ!!」
ルカの拳が凄まじい速度で打ち出される。まるで動物の群れに襲いかかられたようなその衝撃に、流石のキメラも吹き飛ばされる。
「邪魔だから眠ってなさい!」
ジヴァ・アカーシ(じう゛ぁ・あかーし)がキメラへヒプノシスをかける。攻撃を受けぼろぼろになったキメラは抵抗できず、眠りに落ちた。
「くそっ!」
慌てて逃げ出そうとする研究員だったが、ジヴァがもう一度ヒプノシスを使う。研究員はばたりとその場に倒れ動かなくなった。
「ほら、イーリャ。使いなさいよ」
ジヴァは研究員の懐からカードキーらしき者を見つけると、イーリャ・アカーシ(いーりゃ・あかーし)へ投げ渡す。
カードキーを受け取ったイーリャが扉を開ける。
扉が開き、皆が部屋の中へと入る。
そこはそれなりに広い部屋で、巨大なカプセルのような機械が二つ並べられていた。
カプセルからはたくさんのケーブルが伸び、床に天井にと張り巡らされている。
一部のケーブルは、入り口近くに設置してあるディスプレイ付の機械へと繋がっていた。
「さて、これが分離機か」
ダリルが念入りに分離機を調べる。
「私も手伝うわ」
イーリャもダリルと共に調査を始める。
イーリャがディスプレイの付いた装置を操作する。ダリルはカプセル型の機械を調べていた。
「駄目ね、ロックがかかっているわ……」
「なら、こいつに聞いてみる?」
セレンが先程ジヴァに眠らされた研究員を引き摺ってくる。そのまま乱暴に床に投げ捨てた。
ちなみに案内をさせた研究員は気絶させて部屋の外に転がしてある。
地面に落ちた衝撃で目を覚ましたのか、研究員が起き上がる。
「なっ、お前ら何を……」
その首筋に刃が当てられる。セレアナの持つフロンティアソードだった。
研究員がセレアナを見る。その目が「下手な真似をしたら首を刎ねる」と物語っていた。
銃を研究員へ向けたセレンが問う。
「さあ、この装置のロックを外してもらおうかしら?」
「し……知らん、俺は何も」
バン、と発砲音。
研究員の足元に、セレンが銃弾を打ち込んだ音だった。
「あたしの引き金は軽いのよ。もう一度だけ言うわ、ロックを外しなさい」
「ほ、本当に知らないんだ。その機械はリーダーがロックを掛けたんだ。俺じゃ解除できないんだよ、信じてくれ」
涙目で懇願する研究員。
「ふむ……解除は無理、か。仕方ない、最後の手段だな」
テクノコンピューターやノートパソコンを使用しロックを解除しようとしていたダリルが、呟く。
そして装置にそっと手を添えると、目を閉じた。
ダリルはスキル『電脳支配』を使うと、意識を滑り込ませ、直接『対話』を始める。
暫くすると、ディスプレイにいくつもの文章が表示された。
「引き出せるのはこれが精一杯だ。いけるか?」
「やってみるわ」
イーリャがダリルの引き出してくれた情報を元に、ロックの解除を試みる。
数分後、イーリャが嬉しそうな声を上げた。
「ロックが外れたわ! これで起動できるわね」
そしてそのまま機晶技術や先端テクノロジーの知識を生かし、驚異的なスピードでパネルを操作し始めた。
「OKよ。左のカプセルにキメラを入れれば良いわ。後の操作はこちらでやるから」
「それって一人ずつ? それとも何人かまとめて入れてもいいのかしら?」
ジヴァが問いかける。それにディスプレイを覗き込んでいたダリルが答えた。
「大丈夫だ。カプセルに入るだけ入れて良い。大きさからして10人くらいだろうな」
「それなら早いわね」
ダリルが続ける。
「それに安全性も問題無い様だ。分離後は隣のカプセルに合成されていた人間以外のものが抜き出される。……死骸だがな」
カプセルの前面が開かれ、そこにキメラ達が運び込まれる。
そしてイーリャが装置を起動させた。
カプセル内部に座り込むキメラ達から、徐々に人間でない部分が消滅していく。
「よし、いい子だ」
ダリルが装置を労う。それを見て、ルカが呟いた。
「……何か危ない人みたい」
「…………」
ダリルは何も答えなかった。
「……ん?」
ふいに、部屋の隅に転がされていた研究員が声を上げた。
「なぁ、俺のキメラはどこいった?」
「何が俺の、よ。勝手に子供を実験材料にしてさ! あの子ならもう分離機の中よ。残念だったわね!」
「な!? ばか、勝手に何やってんだよ!! あれを分離機にかけるなんて……」
ルカの言葉に研究員の顔が青ざめる。
「俺のキメラは生きたスモールドラゴンを合成してんだよ!
ほんとは危ないから禁止って言われてたけどどうしてもやってみたくて、そのせいであんまり言う事聞かなかったりしたけど……
っ、あれが分離なんかしたら……!」
その場にいた全員の視線が、右側のカプセルへと集中する。
カプセルが白い煙を噴き出し、その前面が開かれる。
煙越しに、獣の死体らしきものが薄っすらと見えた。
そして、それを踏みつけ、見上げるような巨体がゆっくりと姿を見せた。
「……っ、冗談でしょ……?」
ジヴァの呟きに、しかし答えるものはいない。
ドラゴンはゆったりとした動作でカプセルから出ると、畳んでいた翼を大きく広げ、咆哮する。
「グオォォォォォォォ!!!!」
鼓膜に殴られるような衝撃を受け、咄嗟に耳を塞ぐジヴァ達。
「っ、とにかく子供達を!」
イーリャが子供達のいるカプセルへと駆け寄る。
「あいつは他のドラゴンに比べて体格は劣るけど、炎を噴くはず。皆気をつけて!」
ルカがドラゴンと対峙する。彼女の言うとおり、ドラゴンの口元からは時折小さな炎が見え隠れしていた。
「っとここか。さっきの声は」
そこに、猪川 勇平(いがわ・ゆうへい)がやってくる。彼はドラゴンに気付くと笑みを浮かべた。
「やっぱりドラゴンか。まさかとは思ったけど……って、何だか大変みたいだな」
勇平は子供達に気付くと、後ろにいた魔導書 『複韻魔書』(まどうしょ・ふくいんましょ)に声をかける。
「複、あのドラゴンを外に誘き出せるか?」
「わらわを誰だと思っておる?」
複はドラゴンへ向け天のいかづちを放つ。
攻撃を受けたドラゴンは怒り、勇平達向け炎を吐こうとするが、それより早く複が勇平を引っ張り部屋の外へ出る。
ドラゴンは翼を羽ばたかせ飛び上がると、彼らの後を追い部屋の外へ出る。翼のぶつかった入り口はがらがらと崩れ、扉二つ分の広さになった。
怒り狂ったドラゴンが大量の炎を吐き出す。
「おっと危ねぇ」
咄嗟に近くの部屋に避難する勇平達。
「どうにか石化したいんだが……。なぁ、二人ともあいつの気を引いてくれないか?」
「私は構わないけど……」
「仕方ない、手伝ってやろう」
複と井澤 優花(いさわ・ゆうか)が通路へと躍り出る。二人は機械や瓦礫を盾に炎を避けつつ、攻撃をしかけた。
「もう一度喰らうがよい。天のいかづち!」
大きな稲妻がドラゴンを直撃する。怯んだドラゴンへと優花が追撃を仕掛ける。
「行って。ブラウズ……」
優花のフラワシがドラゴンへと向かう。
自身に植え付けられた他者の記憶をフラワシとして具現化させたそれは、炎に包まれた人の姿をしていた。
ブラウズが、纏っている炎をドラゴンへと放つ。
ドラゴンが悲鳴に似た咆哮を上げる。一部の鱗がはがれ、焦げたような跡ができていた。
そこに、背後に回りこんだ勇平が姿を見せる。
「こっちを見な、ドラゴン!」
ドラゴンが振り向く。
勇平の全身に、無数の眼が浮かび上がっていた。それらは全て、ドラゴンを睨みつけている。
それを見たドラゴンはまるで固まったかの様に動かなくなる。
そして、そのまま大きな音を立ててその場に倒れた。
「よし、一丁あがりっと。これで暫くは動けないだろ。……にしても、何でドラゴンがこんなとこに?」
勇平は首を傾げる。
「とりあえず、さっきの所に戻ってみるか。行こうぜ、二人共」
勇平達は先程の部屋へと戻った。
部屋に入ると、丁度イーリャ達がキメラの分離を終えた所だった。
事情を聞いて納得する優花と勇平。
「分離機……これが……」
「なるほどな、それでドラゴンが出てきたわけか」
しかし複は首を傾げる。
「だが、何故そんなものを作ったのだ? こう言っては何だが、新しい材料を調達した方が早いであろう?」
その言葉に、転がされている研究員が答えた。
「最初はそうだったさ。だけどキメラってのは、材料調達に手間がかかる割に研究の進みは遅い。
だから切り捨てられたんだろうな。いつの間にか子供もモンスターも、動物さえも送られてこなくなった」
研究員は続ける。
「だからうちのリーダーが分離機を作ったのさ。リーダーは頭良くてね。
上から支援が来ないと分かるや、すぐにこんな凄いもの完成させちまった。
普段は研究室に篭って全然出てこないんだけどな」
そこで慌てて付け足す。
「あ、言っとくが上については何も知らねえぞ。俺達は渡された物で実験してただけだからな」
「ちなみにそのリーダーは何処に?」
「さあ? あの人のことだから今も研究室で研究に没頭してるんじゃないか?
確か最強のキメラを作るとか言って、色んな生物を部屋にしまいこんでる、って聞いたけど……そういや最近ずっとあの人を見てない気もするな」
その言葉に、イーリャが眉をひそめる。
「最強のキメラ……そういえば逃げてきた子供が、一人だけ最近見かけない子がいるって話してたって……
……念の為メルヴィア大尉達に報告した方が良さそうね。」
イーリャはノマド・タブレットを取り出しつつ、皆に声を掛ける
「私達は他の人がキメラを連れてくるかもしれないから、ここに残ります。皆さんは子供達を連れて外へ脱出してください」
イーリャとジヴァを残し、他の者達は外へ向かう。
イーリャはタブレットを起動すると、メルヴィアへ連絡を取り始めた。
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