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リアクション
chapter4.希望・後編
これまではよく思いだせなかったが、今ここでティセラと対峙していると、昔の事がよく思いだすことが出来る。
遠き日の、5000年前の記憶。色褪せた写真のようにセイニィの記憶の波間を揺れていた。12人、それはかつてのセイニィの仲間の数。今では随分と欠けてしまった。仲間と言うものをあまり意識した事のないセイニィだが、少しずつその辺りの事はわかってきたと思う。言えるのは、欠けたものは戻らないという事、そして、目の前の人を失いたくないという事。
「……ティセラ」
「もう、わたくしも後には退けません……。あなたを斬る事になっても、シャムシエルの仇は取らせて頂きます」
「あの女に剣を振るう価値なんかない」
「セイニィ、あなたと言えど仲間を侮辱するのであれば許しませんよ……!」
じっと相手を見据えるセイニィの肩を、不意に幻時 想(げんじ・そう)が掴んだ。
「ここは下がって、セイニィ!」
ティセラのほうを向き直り、奈落の鉄鎖を放つ。かすかに重圧を感じたものの、平然とティセラはこちらに向かってくる。続いてその身を蝕む妄執をかけるが、それもまたはねつけ、ティセラはこちらへ向ける歩みを止めない。そもそも、その身を蝕む妄執は対象の恐怖心に作用する術である。強靭な精神力を持つ、特に現在のティセラのような人間には通用しないのだ。
「そのような小細工でわたくしは倒せませんよ……?」
ビックディッパーの刃を返すのを見て、想はおもむろにセイニィを突き飛ばした。
その瞬間、横一文字に振るわれた剣が、彼の腕をかすめた。かすった程度だが、その衝撃たるや凄まじく、想は吹き飛ばされ床に叩き付けられた。ほんの切っ先が触れた程度にも関わらず、腕は深く裂け血が溢れ出してくるのを止められない。
「……ちょっと、あんた、大丈夫なの?」
顔をしかめ駆け寄るセイニィを嬉しく思いながら、想は彼女を制す。
「今は僕の事は気にするな。温泉で君に足蹴にされた時の痛みに比べれば、この位何でもないさ」
「はぁ? ティセラのアレを食らって大丈夫なわけ……」
「どっかにヒールを使えるパートナーも潜んでいるし、大丈夫だよ」
そう言って、想は隠れ身で隠れたまま出て来ないパートナー、幻時 恋(げんじ・れん)を思った。
「セイニィ!」
真剣な眼差しでティセラはセイニィを呼び止めた。
「これが最後のチャンスです。その方に手を差し伸べるのであればそれまで。ですがわたくしの元に戻るならば……」
「無駄だよ……、今の君ところにセイニィは戻らない」
想はよろよろと立ち上がり、ティセラの暗い瞳を見返す。
「申しわけありませんが、あなたとは会話をしていませんわ。そもそも、あなたに何がわかるというのです?」
「分かるさ……、今の君は……本当の君じゃない。僕達の側にセイニィがいるのが何よりの証拠だ!」
そうハッキリと言い放った。いつもの自信なさそうな彼とは違う。セイニィは目を丸くした。
「……少しは男らしいとこあるじゃないの」
「まぁね。さぁ、今こそティセラに一撃食らわせて正気に戻してやるんだ。君の大切なものを……、取り戻せ!」
「その通りだッ!!」
上空を飛び交っていたビットの編隊が突然の爆発に包み込まれた。部屋の中を染め上げる明るい爆炎は機晶キャノンのエネルギ―砲の光だ。ドンドンドンと連続して巻き起こった爆発が、制空権を握っていた金属片をただの鉄くずに変える。
そして、爆炎の中から二つの影が飛び出した。
ケンリュウガーこと武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)とその相棒の機晶姫重攻機 リュウライザー(じゅうこうき・りゅうらいざー)だ。
颯爽と着地を決めると、ケンリュウガーは己の想いを語った。
「声で届かないなら、殴ってでも届かせろ! それでもダメなら魂ぶつけてこい! 十二星華が女王のスペアだか知らねぇーが、十二星華だけがおまえじゃねぇーだろ。おまえは十二星華の前に、ティセラの親友のセイニィじゃねーのか」
彼はセイニィのほうを振り返らない。共に同じ方向を見つめる。
「あいつの心に響くのは友としてのおまえの言葉だけだ!」
ケンリュウガーの言葉に頷きながら、リュウライザーも口を開く。
「友情とは素晴らしい、私もセイニィ嬢とは友人になりたいモノです」
さて、と言ってリュウライザーは視界の端に映るものを見た。黒山羊に股がってこちらに突撃してくるホイップの姿だ。これで役者は揃ったようですよ、と小声でセイニィに呟くと、ホイップの隙を作り出すため、戦闘モードへと再び移行した。
「……残念ですわ。セイニィ、せめてわたくしの手で葬って差し上げましょう」
「……ティセラ!」
唇を噛み締め、ケンリュウガーと共にセイニィは駆け出した。
突撃にタイミングを合わせ、リュウライザーの六連ミサイルポッドが射出された。白い尾を引いて飛ぶミサイルは、間合いを狭めるようにぐるぐると円を描いてティセラに牙を剥く。ティセラは空を切るミサイルの音に耳を澄ませ、カッと目を見開いた。ビックディッパーによる回転斬り、周囲360度を竜巻きのように薙ぎ払い、ミサイルを誘爆させていく。
立ち上る火柱と渦を巻く黒煙が視界を奪う。その気に乗じて、ケンリュウガーが彼女の懐に飛び込んだ。
「友の未来を切り開くため、このケンリュウガー、獅子の爪となるッ!」
則天去私の必殺拳を二度三度とティセラに撃ち放つ。
不意を突かれたものの、ティセラは落ち着いた動作でビックディッパーの腹を向け、拳を防御する。
「あなた方にもお礼をしなければなりませんね。セイニィを惑わしてくれた礼を……。あなた方と出会わなければ、彼女はわたくしと共にいて、幸せでしたのに。あなた方がしたのはイタズラにセイニィを傷つけただけではなくて……?」
「そんなものを俺は幸せとは認めない……!」
腰を深く落とし、再び必殺の拳を叩き込む。防がれるのは百も承知、ならば、その体勢を崩すまで。
「セイニィが笑顔でいられない未来を俺は否定する!!」
ドォンと言う衝撃と共に、ティセラは体勢を崩し、後ろへ後ずさった。
その隙を獅子座の十二星華は見逃さなかった。神速の動きで炎と黒煙を振り払い、ティセラの鼻先にまで肉薄する。
「セイニィ……、やはりあなたもわたくしから離れていくのですか……?」
彼女の手が閃くのを見て、ティセラは死を覚悟した。セイニィの攻撃速度は充分に知っている。この距離、そしてこのタイミングではかわせない。グレートキャッツの青い爪が、自分の喉元を食い破る。光景が目の前に浮かんだ。
だが……。
「いつまで馬鹿やってんのよ!」
パァンと小気味良い音と共に、平手がティセラの頬を打った。
「そんなあんた……、見たくないよ!」
泣き出しそうな顔で、セイニィはティセラの服をたぐり寄せ、その胸に顔をうずめた。
ティセラは自分の身に起こった事をしばらく理解出来なかった。次第に熱を帯びてくる頬が、少しずつ現実に引き戻した。
「セイニィが……、わたくしをぶった……」
ふと、ティセラは自分の名が呼ばれた気がした。
ぼんやりと目を向けると、そこには黒山羊に運ばれたホイップが立っていた。彼女はティセラとセイニィの様子を驚いたように見ていたが、やがて玄武甲を掲げた。柔らかな光が部屋の中にゆっくりと広がっていった。
◇◇◇
長い夢から覚めたような気分だった。
隅々まで見渡せそうなほど、頭の中は透き通っているように感じた。でも、これまでの事が夢ではないのはよく知っていた。
「……皆さん、わたくしの所為で、随分とご苦労をおかけしてしまいましたね」
胸の中のセイニィの髪を撫で、ティセラは穏やかな表情で一同を見回した。
彼女の精神を支配していたエリュシオンによる洗脳は、玄武甲の聖なる光が全て忘却の果てに押し流した。あれほどまでに固執していた女王に対する感情はもうない。あれほどまでに憎んでいたアムリアナへの憎悪もない。全ては偽りの記憶によるものだ。夢から覚めてしばらくの間、夢の出来事を現実と混同するような瞬間、だが、その記憶はやがて色褪せ消えていく。そんな浮遊した感覚の中にティセラは立たされていた。憎悪の対象だったアムリアナには、敬意と深い愛情が心から溢れてくる。
実のところ、洗脳から解放されたのはセイニィもだった。彼女にかけられた『ティセラの変貌に違和感を感じない』と言う呪縛は完全に解かれた。そして、もう一つ、アムリアナに対する憎悪も彼女には植え付けられていたのだが、そもそもセイニィはアムリアナに良い感情は持っていなかったので、その点に関してはこれまでと何も変わらなかった。
ホイップは玄武甲を抱えたまま、ティセラに声をかけた。
「……気分のほうは大丈夫?」
「ええ、このような気分になったのは久しぶりの事ですわ」
そう言うと、彼女は目を伏せた。
「ごめんなさい、ホイップ。あなたにも酷い事をしてしまいましたね……、それなのにわたくしを助けてくださって、感謝の言葉もありませんわ。わたくしのした事を考えれば、処刑されても文句は言えませんのに……」
「誰もそんな事望んでないわ。それにあなたを助けたのは、私だけの力じゃないのよ」
視線をセイニィに向けると、不意にセイニィは顔を上げた。
誰からも顔が見えないようにそっぽを向いて、目の下をゴシゴシとこすった。
「なによ……、世話かけさせるんじゃないわよ……」
「ありがとうございます、セイニィ……。ご心配をおかけして申し訳ありません」
それからティセラは、ミルザムと生徒たちに向き直った。
「あなたがたにも大変ご迷惑をおかけしました。わたくしのした事が許されるとは思いません。処罰は受けましょう。ですが、ただいまはお礼を述べさせてください。あなたがたの助けがなければ、わたくしは闇から逃れる事はできなかったと思います」
頭を下げる彼女の肩に、そっとミルザムは手を乗せた。
「全てを過去にする事は難しいと思いますが、とにかく長い戦いは終わったんです」
和やかな空気が流れる中、ふと怒声と共にティセラを殴りつける者があった。
「よくも今まで散々迷惑をかけてくれたにゃーっ!」
プニプ二と肉球パンチをお見舞いしたのは、変態全裸猫のにゃんくま 仮面(にゃんくま・かめん)である。
「洗脳に付け入られたのは自分の意志の弱さにゃ!」
容赦なくティセラを指差す。
しかし、今思ったけど全裸の猫って当たり前じゃないだろうか。
「自分の意志の弱さ……、まさしくその通りだと思いますわ。本当に皆さんには申し訳ないことをしたと……」
ティセラがマジ謝りしだしたので、生徒たちからにゃんくまを非難する声が上がり始めた。
「おいおい……、折角良い感じで終わろうとしてるのに……」
「なんでここでそんな事言うかなぁ、あいつ……。ティセラ、本気で謝ってんじゃん」
「誰だよ、あいつの契約者。どういう教育してんだよ、ほんと」
「あ、あいつじゃね。おんなじ格好してるし、薔薇学マントに赤マフラー、赤い羽根のマスク、で全裸だぞ」
額を流れ落ちる汗は酷く冷たい、突き刺さる視線のまっただ中で、変熊 仮面(へんくま・かめん)は固まっていた。
この視線の痛さは、自分が全裸だからではなさそうだ。
「師匠、師匠」
ふと、にゃんくまがマントを引っ張っているに気が付く。
「こういう時は何て言うんでしたっけ?」
「え……、これ以上まだ言うのか!? い……、いや、もうやめろ! ティセラのHPは0だ!」
ティセラのHPは0だし、私のHPも0だと変熊は心の中で叫んだ。と言うか、なんでこんな事を言い出したのか、変熊にはさっぱり理解出来なかった。ザンバラリと斬られたのであれば、文句の一つも言う権利はあると思うが、二人は……。
はっとすると、にゃんくまは師匠の忠告を右から左に受け流して、また何事かをかまそうとしていた。
「そうそう、思いだしたにゃ。自分の冒した罪を償うために一生十字架を背負って生きるがいいにゃ……むごっ!」
「いや、俺達ほとんど迷惑こうむって無いから……」
変熊はにゃんくまを小脇に抱え、全力ダッシュでマ・メール・ロアを後にしたのだった。
残されたティセラは申し訳なさそうに、二人を見送った。
「行ってしまわれました……、わたくしの態度が気に食わなかったのでしょうか……」
「気にしなくて良いわよ、クレーマーよ、クレーマー。この間テレビで流行ってるって言ってたんだから」
セイニィは知ったか顔で言った。
◇◇◇
「……なんだ、おまじないが解けちゃったのか」
ふと、暗い声が部屋の中に聞こえ、一同は声のほうを一斉に向いた。
割れたカプセルの破片が散乱する中、全身が血に染まったシャムシエルが空を仰いで立っていた。
左腕を失った肩には赤黒い断面がのぞき、身体中に破片が突き刺さっている。その目は虚ろで生気はまるで感じられない。
彼女は瞳だけを動かし、ティセラを見た。
「ガッカリだよ、ティセラ。壊れたおもちゃはもういらないよ……」
シャムシエルの掌が閃いた瞬間、還襲斬星刀が凄まじい早さでティセラに向かって伸びた。
ただ一点、心臓を狙って繰り出された攻撃だった。洗脳から解放された安堵感からか、ティセラはその攻撃に反応する事が出来なかった。よしんば反応出来たとしても、ビックディッパーは体内にしまった状態だ。彼女は詰んでいたと言える。
しかし、シャムシエルが倒れても尚、注意を払っていた人間が窮地を救った。
「失礼しますよ、ティセラ」
殺気看破でシャムシエルの動向をいち早く察知し、樹月 刀真(きづき・とうま)は要人警護の技術で彼女を守る。
ティセラの前に立ちはだかり、バスタードソードで還襲斬星刀を受け止めた。
シャムシエルは濁った目で刀真を睨みつける。
「なんだよ……、邪魔しないでよ……!」
「それはこっちの台詞です。生きようとしている人の邪魔をするなら、俺は何度でも君の前に立ちはだかりますよ」
そう言うと、金剛力を発揮してティセラを片手で抱きかかえた。
「あ、あの……、わたくし自分の足で歩けますわ」
「しばらく辛抱して頂けると助かります。安全な所にお送りしたら、降ろして差し上げますよ」
その時、激しい爆発音が鳴り響いた。
しばらく前に聞いたあの轟音だ。今度はだいぶ近くで爆発が発生したようで、壁がボロボロと崩れだした。機関部から発生した爆発の連鎖は今や、マ・メール・ロアの末端にまで及んでおり、空中分解するのは時間の問題かと思われる。
「ここいらが潮時だな……。シャムシエル、撤退を開始するぞ」
シャムシエルの背後から、葉巻をくわえたサルヴァトーレ・リッジョ(さるう゛ぁとーれ・りっじょ)が姿を現した。
見るからにマフィア然としたこの男に、ミルザムは怪訝な顔を浮かべた。
「お初にお目にかかるものもいるかな、諸君。ティセラ派改め、シャムシエル派となったサルヴァトーレだ。彼女に何か用のある者もいるだろうが、今日のところは勘弁してくれ。墓には豪華だが、この要塞を俺の墓標にする気はないんでね」
「あ、あなたはエリュシオンに与しようというのですか?」
「ああ、権力と金と匂いがするんでな。おっと、それ以上こっちに近付かないほうがいいぞ」
サルヴァトーレの言葉に、光学迷彩で潜んだ相棒のヴィト・ブシェッタ(う゛ぃと・ぶしぇった)が銃を乱射した。
スプレーショットでバラ撒かれた銃弾は、歪んだ床の上を跳弾してミルザム達を牽制する。
「そう、そこで止まるのが懸命だ。血の気の多いのはうちの人間だけじゃないのでね」
空飛ぶ箒に乗ったメニエス・レイン(めにえす・れいん)が睨みを利かせながら降り立った。
「あらあら、囲まれちゃって……、今回は負け戦だったみたいね、シャムシエル?」
「ふん、余計なお世話だよ。戦いに来なかった癖に偉そうな事を言わないで欲しいなぁ」
「あたしは負ける戦いはしない主義なのよ。それに遊んでたわけじゃないわ、ちゃんと逃げ道を作っておいて上げたのよ」
すぐ横にある壁に目を向けると、壁を貫いて刃が飛び出した。刃は奇麗な直線を引き、ちょうどひと一人が通れるくらいの長方形に斬り出した。パタンと壁が倒れると、裏からメニエスのしもべミストラル・フォーセット(みすとらる・ふぉーせっと)が顔を見せる。
「おや、皆さま、ご機嫌麗しゅう。退路のほうは確保しておきましたわ」
横にずれると、ミストラルはうやうやしくお辞儀をした。
シャムシエルはメニエスの箒の後ろに股がると、ふと、こちらを一瞥し目を細めた。
「今日は帰るけどまた今度ね。ボクの左腕のお礼もしたいからさぁ……」
「ところで、この通路はあたし達専用だから、使おうなんて馬鹿な事を考えないほうが良いわ」
サルヴァトーレと箒が中に吸い込まれて行き、最後にミストラルが入って行くと、中からアシッドミストが溢れ出した。
彼らを見送ったのも束の間、また大きく要塞が揺れた。
「月夜、ここにいつまでもいるのは危険です」
刀真に言われて、パートナーの漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)は銃型HCで記録した要塞内の地図を呼び出した。
「みんな、私に着いてきて。閉まってた入口の扉は……、よし、衝撃で開いてるみたい」
先導して脱出を促す月夜だったが、ティセラを抱える刀真に目を細めた。
「ねぇ、ティセラ。刀真が変な所触ってない? セクハラ?」
「ば……、馬鹿か、触ってねえしセクハラじゃねえ!」
苦笑するティセラと月夜を交互に見て、刀真はいつになく動揺した様子だった。
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