校長室
建国の絆 最終回
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旧王都付近 暑い。 ジンジンと肌に染み込む暑さが、地平線の彼方へと続く赤焼けた広大な荒地に陽炎を昇らせている。 イレブン・オーヴィル(いれぶん・おーう゛ぃる)は、揺らめきの中にそびえ立つ摩天楼を見据えながら、顎に伝った汗を拭い捨てた。 煌びやかな未来的ビル群、その向こうに見える巨大な宮殿――そして、かすかに見えた巨大人型兵器の気配。 「依然、戦力差は圧倒的だ」 状況は、五分五分などと生易しいものではなかった。こちらには、かろうじて『戦い』の体裁を保てるだけの戦力しかない。少しでも戦闘が長引けば、すぐに潰されてしまうだろう。もとより、時間など無かったが。 「まともにやり合うわけにはいかない――となれば、最も重要になるのは一番槍、か」 「最も危険なのもね!」 カッティ・スタードロップ(かってぃ・すたーどろっぷ)がパシンッと、己の手のひらに拳を打ちつけて言う。イレブンは、そちらの方へ振り向いた。カッティには、彼が何を言わんとしているのか、もう分かっているらしい。 イレブンは、口端をにぃっと上げて言った。 「久々に、神風特攻部隊になるな」 ◇ 「圧倒的に数で劣っているのです」 ヴィルヘルム・チャージルは少し興奮気味に続けた。 「ならば、先手必勝の全軍突撃による一点突破を狙い、例え同胞の屍を踏み越えることとなってでも神子たちを宮殿へ送り届けるしかありません!」 その言葉を聞きながら、アーデルハイト・ワルプルギス(あーでるはいと・わるぷるぎす)は、指先でコリコリと額を掻きながら渋面を浮かべていた。 「どうにも無謀過ぎる作戦じゃのぅ。向こうには巨大人型兵器がおるのじゃぞ? 一所に固まり攻めれば、まとめて一掃されるのがオチじゃ」 「しかし、今の我々にはこうするより他にないはずです!」 「まあ、落ち着け。……そういえば、おまえのところの隊員が、ちょろちょろしとるようじゃったが。あれは、おまえの指示か?」 「……? 存じませんが……」 ヴィルヘルムが怪訝に片目を細める。アーデルハイトは、ふん、と軽く息をついてから彼を改めて見やった。 「まあ、そうじゃろうと思っとったわ。いずれ、そやつから報告があるじゃろう。まずはそれを待て」 「……はぁ……?」 ◇ 「…………」 渋井 誠治(しぶい・せいじ)は、落ち着かない気持ちで、ヴィルヘルムの前に立っていた。誠治の銃型HCの情報を眺めるヴィルヘルムの顔は難しい。 「……ふむ」 ヴィルヘルムが今まで確認していた銃型HCを誠治へと返し、 「こちらへ報告してきた以外の部隊や個人の作戦情報まで入っているな。どうやった?」 「協力を仰ぎました。明倫館からの返事はまだですが」 銃型HCを受け取りながら答える。 ヴィルヘルムは厳めしい顔のまま、アーデルハイトの方へと振り返った。 「おっしゃりたいことは分かりました。しかし、重要な役目を果たす者がおりません。本来ならば、私たちが担うべきなのかもしれない。だが、我々は神子らを宮殿へ送らねばならない」 アーデルハイトが杖で己の肩を叩くような仕草をしながら、 「私が魔法兵団を率いて、その役を買ってやっても良いのじゃが……魔法兵団は神子の護衛に付くことになっとるからのぅ。割けて、半分――では、足りぬか。さて……」 思案げに彼女の片目が細められる。 ヒルデガルト・シュナーベル(ひるでがると・しゅなーべる)は「あの……」と落とした。 「先ほどから、何のお話でしょうか?」 ヴィルヘルムがヒルデガルトへ視線を返し、 「神子を宮殿へ届けるための作戦だ。現状とおまえたちの揃えた情報を鑑みるに――今、最も有効なのは、相手を乱し、その隙を取って迅速に神子を宮殿へ送り届けてしまうことだろう」 「つまり……先陣が突撃し、各部隊が各地を遊撃している間に、神子を連れた本体は出来るだけこっそりと宮殿へ向かう……と」 独り言めいた誠治の言葉にヴィルヘルムとアーデルハイトがうなずく。 「例え、こちらの目論見を相手が知ったとしても、どこに神子が混じっているとも分らぬ連中は各部隊に対応するしかない。相手の戦力と注意を分散することが出来る」 「しかし、肝心の先陣部隊がおらぬ。そのまま遊撃を行ってもすぐに潰されるが落ちじゃ。相手を浮き足立たせ、旧王都に配されている部隊を少しでも引っ掻きまわす必要がある。そのためには、ある程度の規模が必要じゃし、あまりに危険じゃから強制するわけにもいくまい」 と――。 「心配なんしな」 声の方に振り向く。にぃ、とどこか不敵な笑みを浮かべて立っていたハイナ・ウィルソン(はいな・うぃるそん)が続ける。 「そん役目、わっちら明倫館の侍部隊が務めんす」 「良いのか?」 アーデルハイトの問いかけに、ハイナが、ハンッと笑う。 「生徒が手前らで志願して来やんした。明倫、侍部隊以外にも志願する者がありんす。――ひっくるめて一番槍にて特攻させてもらいんす。その間に、神子ん方は頼んなんし」 「了解しました。神子たちは我が隊が命を賭けて宮殿へ送り届けましょう」 ヴィルヘルムが重々しくうなずいて、誠治の方へと向き直る。 「――渋井、おまえは隊の水先案内人だ。出来るな?」 「へ? あ、はい。了解です」 「俺は指揮を執ることに集中しなくてはならない。無事に神子を宮殿へ届けられる道を進めるかは、おまえにかかっている。頼むぞ」 「……はい」 誠治は、ひくりと軽く口元を揺らしながら返した。重責だ。アーデルハイトが、なにやら楽しげに笑って、 「小僧。私は魔法兵団の半分を率いて遊撃に回る。しかと作戦に入れておくのじゃぞ」 やや緊張気味の誠治の背中をシパーンッと叩いた。 ◇ 目の前に広がっていたのは荘麗な旧シャンバラ市街。 「いよいよだな」 イレブン・オーヴィル(いれぶん・おーう゛ぃる)はライトブレードを抜いた。周囲では明倫館の侍部隊の生徒たちが各々で士気を高めている。イレブンも含め、皆、己から志願してきた者ばかりで、その中には明倫ではない者もちらほらと見ることができた。 「あたし思うんだけどさ」 イレブンの隣で、シャドーボクシングよろしく、シュッシュッと拳を空振らせていたカッティ・スタードロップ(かってぃ・すたーどろっぷ)が言う。 「ハイナ総奉行は日本日本しいけど、アメリカも凄いよね!」 「唐突だな」 イレブンはパートナーの言葉に小さく笑いながら返した。 シュッとカッティが振った拳を止め、 「特に海兵隊。あれって今の地球で一番の熱血忠誠軍隊じゃない?」 「それで?」 「その海兵隊魂が侍部隊が出会ったら物凄いことになるんじゃないかな!」 カッティがキワッとギラついた目を向けて、ガッツポーズを取って見せる。イレブンは、さてどう返したものか、と人差し指の先を眉に置いた。 と、ハイナの声が響き渡る。 「真の侍たるは一騎当千! 圧倒的に数で劣る今こそ、その本質を魅せ付ける時でありんす!! その勇ましいを三千世界へ知らしめいに、いざ――」 タンッ、と地面が粋良く踏み打ち鳴らされる音。 「先陣部隊、参る!!」 それを合図に、 『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっ!!!!!』 大気を震わせるような怒声と共に、侍部隊を主軸とした先陣部隊は王都への突入を開始した。 「センパーファイ!!」 怒号響き渡る中に、カッティの声が飛ぶ。