空京

校長室

建国の絆 最終回

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建国の絆 最終回
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ナラカ城

 かつて鏖殺寺院の拠点の一つであり攻略対象であったナラカ城は、今や学校側の希望のひとつとなっていた。
 というのも、城は想いを集める装置だったのだ。先日は、各地から集まった想いでスフィアの色を変えることに成功し、今は闇龍封印への想いを集めている。
 現在ここを総べるのは学長アクリト・シーカー(あくりと・しーかー)率いる空京大学研究チーム──大学の頭脳だ。彼らとて正体不明の技術で作られたナラカ城を運用するのは一朝一夕でできることではなかったが、アクリトの手の中には、生徒たちから届けられた砕音・アントゥルース(さいおん・あんとぅるーす)作成の、城運用のためのマニュアルがある。
 これにより、想いを集める装置としてだけでなく対空砲など城の機能全般を司り、正体不明のロボットを撃退することもできた。現在城に平穏が保たれているのもそのおかげである。
 換気音だけが鳴る静かな部屋で、アクリトは城に繋げた自身のパソコンのモニタに視線を注いでいた。
 そこでは、モニタリングされた「想い」が視覚化されている。
「……増えていますね」
 別のパソコンで「想い」を監視する白衣の研究者が意外そうな声を上げる。
 ナラカ城に集まった各地からの「想い」は、彼らの予想を上回るものだった。
「インターネットのサイトで、ナラカ城の噂が広まっているそうだ」
 アクリトが答えるそのサイトとは、甲斐 英虎(かい・ひでとら)によって作られたものだ。彼は今まで女王や神子、スフィアなどについて一般人に向けて情報提供を行っていた。その中に新たな情報を加えたのだ──「スフィアと女王に希望の祈りを」。
 サイトを見た者たちは、家から、インターネットカフェから、公園から、祈りをささげていた。サイトを見た者だけでなく、口コミで広まった情報はシャンバラのあちこちで祈りの輪をつくっていった。全員がこの情報を信じたわけではないが、闇龍の脅威が迫る今、藁にも縋りたい者も大勢いる。
 英虎がモニタを見たら喜んでいただろうが、今の彼は甲斐 ユキノ(かい・ゆきの)と共に女王の警護に向かっていた。
 ……彼はサイトにこうも付け加えていた。
 「何者かの策謀による身辺不穏で明かす事ができなかったが、サイト主『達』は全ての学校で情報収集に当っており、勿論、蒼空学園や教導団の生徒もいてシャンバラとの融和を望んでいる」……これは融和してほしいという彼の願いが込められている。
 「教導団が横暴に至った原因の一つは、カリーナ・イェルネ技術少佐であり、彼女は鏖殺寺院の博士と断定されかかって逃亡した」……実際に、カリーナは現在、教導団から鏖殺博士として指名手配されている。
 その彼の願いが通じたのかどうか。
 英虎の代わりにナラカ城を訪れていたのは、英虎が懸念し緩和したかったシャンバラ人と地球人の不和の元となった組織──教導団の生徒、しかも児玉結を襲撃しキマクを結果的に滅びへと導いてしまった【新星】の一員水原 ゆかり(みずはら・ゆかり)である。
 彼女はナラカ城の一室で、冷たい床に膝をつき闇龍封印の祈りを捧げていた。
(教導団はこれまで無知であり、慢心していました。そして私たちは鏖殺博士の姦計に踊らされ、児玉結を狙撃してしまいました。その結果がキマクやシャンバラの危機を招いた……申し訳ありませんでした)
 ゆかりはぎゅっと組んだ手をきつく握る。
(旧王都への立ち入りを拒絶されている今、私たち教導団員が女王のために出来る事は、この城で祈り続ける事だけ。女王陛下、どうか、私たちの想いに気付いて下さい。お願いです、私たち教導団に、今一度、シャンバラの人々のために戦う機会を!!)

 ゆかりのパートナーマリエッタ・シュヴァール(まりえった・しゅばーる)は彼女の背をモニタの一つから眺めていたが、ふっと視線をずらした。
「君は祈らないのかね?」
 アクリトが彼女を見ていた。
「祈りはカーリーに任せてるわ。願いは一緒だから」
「質問があると言っていたな」
「ええ。次の戦いについて」
「先見は大事だ。だが、申し訳ないのだが、今はそんな余裕がない。この集めた祈りを闇龍に送るためには、鉄壁のバリアも消さねばならん。また敵の新兵器が来たら、私も君も危険だぞ」
 アクリトは再びモニタを眺め、押し黙った。マリエッタの質問に今は答える気がないらしい。
 彼女は、いや、【新星】は、闇龍封印後、帝国軍による本格的なシャンバラ侵攻が始まるのではと予測していた。
 その前に、敵の戦力、戦法。こちらの防衛手段──知っていることを教えてもらいたかった。
 しかし、地図を見れば判ることだが、エリュシオンは直接、シャンバラとは領土を接していない。故にいきなり帝国軍がシャンバラを攻める事は不可能だろう。
 両国の間にあるコンロンかカナンどちらか、または両方との関係が重要だ。
 モニタの一つが警告音を発したかと思うと、軽い揺れと共に、遠くで何かが崩れる音がした。
「状況は?」
「この前の新兵器襲撃による傷跡が綻びました。現在修復作業を行わせているのですが……」
「そうか、可能な限り急がせてくれ。モンスターにでも入り込まれたら、こちらは無防備どころではないからな」
 アクリトと研究者とのやり取りを見て、マリエッタはひとりごちた。
「目の前にある危機の方が大事、ということね……」
 帝国のことを考えるのは、どうやらもう少し後にするしかないようだ。