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リアクション
(運動会らしい事なんて学生以来ね)
雅香が「3」のカードを確認すると『リボン』というわりかし……いや、かなり無難なものが出てきた。
「リボン……借り物が何であれ、若い子に負けてられないわ!」
競技を心から楽しむには、全力でリボンを探す。それに尽きる。雅香は西側応援席に走っていった。選んだ区画は、女子生徒の多そうな場所である。東西とはいえ一応学校同士が勝負する大会。生徒の殆どが制服だ。
「リボン、リボン……。付けてる子いるかしら。絶対にいるはずだけど」
制服の中に1人ブルマで吶喊しようとした時。
「おーい! なに探してんだ? ちょっと見ていけよ!」
雅香に声を掛ける者がいた。アルノー・ハイドリヒ(あるのー・はいどりひ)だ。うちわでシルトシルト・タクティク(しると・たくてぃく)を扇いでいる。
「何か役に立つかもしれない……! いろいろ持ってきたからな」
シルトは、氷を額に当てた状態で声を上げた。彼女の服装を見て、雅香は駆け寄った。リボンが多めのアイドル服を着ている。
「助かったわ! そのアイドル服についているリボン、1本貸してくれないかしら」
「ん……こんなものでいいのか?」
雅香は2人にカードを見せる。
「これじゃないと、ね」
シルトがリボンをほどいている間、雅香は準備されたアイテムに感心した視線を送っていた。
「それにしてもいろいろ持ってきたのね。ボールとか……腕、カーマインまであるわね。あら? このコーヒーミルク、彼女にあげたら? 随分と暑そうにしてるし、水分を取った方がいいんじゃない?」
その言葉に、アルノーは天を仰ぐ。
「ほんと、まさかここまで気温が上がるとはなぁ。オレは平気だけど、シルトが頭から煙出しちまって……。こうしてうちわで扇いでも、焼け石に水なんだよな。暑いの苦手だってのに、よくついてきてくれたもんだ」
「取れたぞ、リボンだ」
「ありがと。……? 何かやる気が出てきたわ!」
差し出されたリボンを受け取ると同時、身体に漲ってくる力に雅香は驚いた。
「SPリチャージをかけた。興奮作用を狙ってみたんだが……」
「ええ。確かに! 今なら、1位になれるような気がするわ!」
「Fr.荒井、頑張って」
「ありがとう!」
雅香が戻っていき2人になると、アルノーはシルトの頭を撫でてやった。
「お前も頑張れよ」
「7」のカードを拾った沙幸は、美海にもそれを見せに行った。
「こんなのが出たんだもん」
「あら、これは……『敵チームのチアガール』ですか。今日、東のチアガールといえば……」
美海の視線を追って、沙幸は頷く。
「決まりだね。ということで、行ってくるんだもん」
「では、わたくしはレースの行方を観ていますわね。障害物があれだけとは思えませんし。何か分かったら合図いたしますわ」
ハートの機晶石ペンダントを示して美海が言うと、沙幸は空飛ぶ魔法↑↑を使ってその1人が居る美緒の立つ所に向かった。美緒は、亜璃珠の隣で一生懸命に胸を振って……も間違いではないが、応援していた。気のせいか、最初の頃よりも恥じらいが無い。というより、恍惚としているような。
その隣では、ちび亜璃珠がチアガール姿でボンボンを持って応援している。美緒とは違い、何か挑戦的な感じだ。
「一緒に来てほしいんだもん」
沙幸はカードを見せてちび亜璃珠を誘った。
「「あら?」」
その行動に、亜璃珠と、遠くで見守っていた美海が意外そうな声を出した。
「美緒じゃないの?」
「運動するんだから、ちっちゃい子の方が素早いんだもん」
「ふぅん……」
亜璃珠がそこで目を細めて、妖しい笑みを浮かべた。
「ちびを連れて行くのは構わないけど……交換条件があるわ」
その内容を聞いて、沙幸は赤くなった。
「えっ、それは、なんだかとんでもない要求だよっ?」
びっくりしたものの、そう長い時間考えずに彼女は言う。
「ちょっと恥ずかしいけど……勝つためには仕方ないんだもん。うん、その要求を飲んじゃうよ!」
「そう? じゃあ……」
「あっ! お姉様、そんな……私、私も……」
「美緒はまた今度、ね。もう……そんな顔しないで……。豊美ちゃんも行っちゃったし、今、美緒が頑張らなきゃ。……ね? 分かるでしょ?」
亜璃珠が耳元でそう囁くと、美緒は幸せそうな顔になった。
「はい……」
VIPルームの前にて、ザカコとヘルはジェイダス・観世院(じぇいだす・かんぜいん)と対面していた。武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)――ケンリュウガーが正座をしていることには驚いたが、西の事情は西の事情。今、声を掛けるべきではないだろう。
気のせいか、護衛として後ろで控えている生徒達があのふさふさを邪魔そうにしているように見えた。何かこう、くしゃみを我慢しているような。
鼻に触っている。ふさふさが触っている。
「借り物の指定があったそうだな。私の何が必要なんだ?」
洗練された貫禄と共にそう訊ねるジェイダスに、ザカコはカードを見せた。
「申し訳ありませんが……それを貸していただけないでしょうか」
「ふむ……」
ジェイダスは表情を変えることなくそのカードを見つめ、確認するように言った。
「『ふさふさ』というのは、この赤い羽根のことで間違いないか?」
「…………」
2人は、思わず顔を見合わせた。違うのか。ジェイダスの中では違うのか? ……いや、しかし、ここで迷いを見せてはいけない。
「間違いありません」
そう答えると、ジェイダスは値踏みするような目でザカコを見詰め、ややあって言う。
「これが、そう簡単に手に入るとでも思っているのか?」
「……いえ、思ってはいません。貸していただけないのならリタイアするまでですが……」
会話を聞きながら、ヘルは思う。
(貸すために出てきたんじゃねえのか? ま、ふさふさを外したジェイダスなんてお宝ものの姿には違いねえが……)
イチゴが無いショートケーキみたいになるかもしれない。
「……判った。貸そう」
どれだけの間があっただろうか。ふさふさを巡った緊張感のある時間が過ぎ、ジェイダスの口から出たのはこの一言だった。ザカコは丁寧に礼を言う。
「ありがとうございます」
後ろの護衛も、少し安心した表情になった。くしゃみを我慢しなくていいからだろうか。いや違う。何事も無く交渉が済んだことに安心しているのだ。
「では……外すのを手伝ってくれないか?」
ジェイダスが護衛に言い、丁寧に外された赤い羽根×8枚はザカコの手に渡った。
「助かりました。決して傷付けないようにしますね」
――前が見えないながらも、ザカコはもう一度、ジェイダスに感謝の意を示したのだった。
「なんと……」
VIPルームに戻ってきたジェイダスを見て、関羽・雲長(かんう・うんちょう)は些か驚き、目を見開いた。否、些かどころか実はかなり驚いていたのだが、それ以上は表情に出さず、観戦に戻る。
「…………」
静かに時は過ぎていく。その間に何を思ったのかは分からないが――
関羽は席を立ち、VIPルームを出た。ケンリュウガーは、未だ微動だにせず正座をしていた。途中崩したかそうでないかは、姿勢と位置を見れば判る。食事も水も摂っていないようだ。
「……出よう。貴殿の心意気、真に感服した」
廊下を歩き出したところで、ケンリュウガーは初めて動いた。正座はそのままに向きを変え、関羽に深く礼をする。
「……感謝する!」
関羽は、特に反応を示さずに遠ざかっていく。
「私が案内をしよう」
内心でやれやれと思いながら、武神 雅(たけがみ・みやび)はその背中に声を掛けた。礼の姿勢のままのケンリュウガーに視線を落とす。
「……応援に行くのだろう?」
「…………」
「…………」
雅は、無言のままケンリュウガーの首根っこを掴んで引き摺った。後ろからは声無き悲鳴が聞こえてくる。
(……やはりな)
ケンリュウガーは足が痺れ、立つに立てなかったのだ。
「さて……妨害もないということですし……精一杯頑張りますよ!」
遙遠は「5」のカードを拾ってひっくり返す。観客席から降りてきた遥遠が、後ろから興味深そうな表情で言った。
「借り物を迅速に揃えることが重要ですからね。何が書いてあるんですか?」
「まだあったんですね……」
そう呟くと、遙遠は遥遠にカードを見せた。そこには――
『メガネ』と書いてあった。
その頃――
「今度はどんな借り物があるんだろうなー。それにしても、皆自重しなさすぎだろ。メチャクチャ過ぎておもしれーな!」
選手用テントの下では、涼司が試合を観戦していた。メガネ祭りも終わり、気楽なものである。
「おいっ! メガネ! 油断するのはまだ早えぞ!」
視界を塞ぐようにして、日下部 社(くさかべ・やしろ)が両肩を掴んでくる。
「お前、気ぃつけろや? これは借り物競争……そして、メガネが指定される可能性はまだある! お前のアイデンティティー……いや、存在そのものであるメガネを貸してしもうたらお前は何になるんやっ!! さっきみたいに、『誰?』ってことにやなあっ!」
「社……」
超真剣な表情の社に、涼司は感動する。
(……いや待てよ? メガネが存在そのものって……)
疑問が頭を擡げた瞬間に、社はぱっ、と涼司からメガネを取った。
「あっ、お前!」
「ふはは! メガネは戴いた〜!」
そんなことを言って逃げる社。そこに、遙遠達がやってきた。手には『メガネ』カードを持っている。
「すみません。そのメガネを貸していただけませんか?」
「……ほれメガネ! 言わんこっちゃない!」
「? 何が?」
目が33みたいになっている涼司は、まだ状況を把握していない。社がメガネを掛けてやると、涼司はカードを見て「おぉ!?」と驚いた。
「改めてお願いします。そのメガネを貸してください」
笑顔で言われ、涼司は少し困った。自分は本来なら西側である。しかし、今日は東の助っ人として呼ばれていた。
「いや、西の奴に無条件で渡すわけにはいかないな」
結果的に出たのは、そんな台詞だった。
「……どんな手段を使ってでも手に入れますよ」
特技の威圧によって、涼司はうっ、と一瞬ひるむ。遥遠も隣に立つと、にっこりと笑った。
「……もしかして、実力行使ですか? では、こちらも加勢しないとですね」
2人に迫られ、涼司は何だか意固地になった。光条兵器を出す。
「くそっ! 取れるもんなら取ってみろ! ……うっ!?」
途端、遙遠からおぞましい気配が発せられた。
「さぁ、そのメガネを渡して頂きましょうか!」
「……わ、分かったよ……」
自分でも気付かないうちにそう答え、涼司はメガネを外して渡していた。なんて恐ろしいスキルだ。光条兵器の光も弱々しくなっている。
遙遠がトラックに戻った後も、涼司の心臓は早鐘を打っていた。そこに、テントに残った遥遠が柔らかい笑顔を向けてきた。テントにあった紙コップにお茶を入れて差し出してくる。
「脅かしてすみませんでした。これでも飲んで落ち着いてください」
「……さっきのは何だったんだ? 恐れの歌……じゃないよな」
「アボミネーションです」
「お、恐ろしいスキルだな……」
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