空京

校長室

【ろくりんピック】最終競技!

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【ろくりんピック】最終競技!
【ろくりんピック】最終競技! 【ろくりんピック】最終競技!

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VIPルーム 事情


 葦原明倫館のハイナ・ウィルソン(はいな・うぃるそん)総奉行は、さっそく個別会談用の部屋に入っていた。
 だが話す相手は、彼女の護衛をする瀬島 壮太(せじま・そうた)だ。
 年上好き、おっばい好きの壮太にはドキドキする状況だが、彼の隣にはミミ・マリー(みみ・まりー)がちょこなんと座っている。
「ハイナさん、カンザシ似合っているようで良かったです」
 ミミが、ハイナの髪に挿されたカンザシを見てほほ笑む。それはミミが禁猟区を施したものだ。
「でも、明倫館の生徒さんたちに『他校生が出しゃばって、ごめんなさい』って伝えた方がいいかな……」
 ミミと壮太は蒼空学園の生徒だ。心配そうなミミに、総奉行は鷹揚に笑う。
「あちきには、存在まで完全に消し去る凄腕の隠密部隊しか護衛におらぬので、気にする必要はないざます。
 話というのは、youがどうとか、そういう事でありんすね?」
 ハイナに問われて、彼女の胸に視線が釘づけだった壮太が、ハッとする。
 総奉行が言うのは児玉 結(こだま・ゆう)の事だろう。壮太は真面目な口調で、校長に語りかけた。
「オレのダチが、もしかしたら葦原明倫館に転入するかもしれねえ。
 そいつは訳あってツァンダとヒラニプラが嫌いだから、オレが明倫館を選ばせただけで他意はねえ。
 口は悪いけど、本当は素直で人を信じたがってる奴だし。パートナーの見てくれも特殊だけど、食い物さえ与えておけば大人しいから。
 入学したら、普通の女子高生とそのパートナーとして生活させてやって欲しい。どうかよろしく頼む」
 壮太が頭を下げ、ミミも一緒にぺこりとする。
 ハイナはほほ笑んだ。
「安心するざます。すでに一応ではありんすが、転入手続きは終わっているはず。まずは教師の私塾などでボチボチ慣れて行けばよいでありんす。
 あと、あの巨大ガマグチであらば、仲間を見つけござんした」
「仲間?」
 壮太とミミは顔を見合わせる。あんな奇妙な生き物が、葦原には何匹もいるのだろうか?


 その頃、葦原島のとある沼。
 人間を軽く背中に乗せられる巨大ガマが生息する沼に、最近になってガマの倍以上ある怪物が棲みついていた。
 巨大生物の口だけ、という奇怪な姿。結のパートナーエンプティ・グレイプニールだ。
 よく見ればエンプティは、ガマの目に似せてか、ふたつの提灯を体の上に乗せている。
 そのエンプティの周囲で、巨大ガマたちが鳴き始める。
「ゲコゲコゲコゲコゲコ」
「ぐーぐーぐーぐーぐー」
「ケロケロケロケロケロ」
「ぐーぐーぐーぐーぐー」
 どうやら、なじんでいるらしい。


「じゃあ、同じ西シャンバラだし、ちょくちょく顔を見に行けるね!」
 ミミが嬉しそうに言う。
「すまねえ。恩に着る」
 壮太はふたたび、総奉行に頭を下げた。


 その頃、当の児玉 結は彼女の後見人を務める早川 あゆみ(はやかわ・あゆみ)と共に、空京スタジアムの観客席で競技を観戦していた。
 結はもりもりと、甘い玉子焼き入りのお弁当を食べている。
「やっぱり、あゆみんの弁当サイコー」
 結がお茶をグイと飲み干す。超ミニの浴衣に、クルクルと巻き上げた髪は、あゆみの思った通り、結によく似合っていた。
 葦原明倫館で親しくなった子に結わってもらったという、不思議な巻き方の帯をしている。
「暑いわね。アイスクリームでも買いましょうか?」
「マジ?! 抹茶は食いあきたから、ポッピン系がいい!」
 あゆみは売り子を呼び止めて、アイスクリームを買う。結が欲しがったカラフルなアイスはなかったので、代わりにバニラアイスとろくりんくんのイラストが書かれた大会公式のお菓子を購入する」
 そうして二人で並んでアイスを食べていると、ちょっと年の離れた姉妹のようにも見える。
 結の笑顔に、彼女がどのように葦原島で過ごしているかと心配していたあゆみは、ほっと安心していた。


 VIPルーム。
 いわくありげな黒服の男達に囲まれて競技を観戦する波羅蜜多実業高等学校校長石原 肥満(いしはら・こえみつ)に、E級四天王ロア・ワイルドマン(ろあ・わいるどまん)レオパル ドン子(れおぱる・どんこ)が進み出た。
「じーさん、聞きたい事がある」
「これ、お土産の玉露と羊羹とお煎餅です〜」
 ドン子は菓子折りを差し出す。
「おうおう、これはすまんのう」
 肥満は好々爺らしい笑みを浮かべて土産を受け取る。
 すかさず妙に色気のある美女が現れて、菓子折りを持って引っ込み、すぐに羊羹を切って皿に乗せて持ってくる。

 ロアは声を潜めて、校長に聞いた。
「昔から、敵を騙すにはまず味方からって言うぜ。
 じーさんは早々に帝国の連中に土下座しちまったが、腐っても俺達パラ実の校長様よ、絶対何か企んでやがるんだろ。俺は舎弟共を引き連れてじーさんの手足となって動くぜ。じーさんの真意を聞かせてくれ」
 ロアは肥満の瞳の奥が、ぎらりと光った気がした。
「うむ、実はな……」
 肥満が声を潜め、ロアは彼の口元に耳をよせる。
 ぷぅっ!!
「うはぁっ!」
 耳の穴に、生暖かい息を吹きこまれ、ロアは飛び上がった。
「何すんだ?!」
 飛び退って自分の耳を抑えるロアに、石原校長は冷たく返す。
「わしに取り入ってウマい汁を吸おうと言うなら、相応の手土産を用意するんじゃな」
 ドン子が不思議そうに「羊羹……」と皿の上を指した。校長は子供にするように、彼女の頭をなで、微笑んだ。
「お嬢ちゃん、そのスジの手土産とは、ちょいと違うのじゃよ」
 ロアはあわてて、校長に言いつのる。
「ま、待ってくれ。じーさん、エリュシオンに恨みがねぇはずねぇだろ?!
 どうせ寺院だって、エリュシオンの連中が裏で操ってるに違いねぇ。いけすかねぇとは思わないか?!」
 ロアの言葉に、石原校長は顔をしかめ、一喝した。
「もっと勉強せい!! 馬鹿者が!」
 目を丸くしているロアとドン子を、黒服がVIPルームから「丁重に」送り出した。その際、黒服と校長の話が耳をかすめる。
「東京地検が……」
 それ以上を聞く前に、部屋から追い出された。


 百合園女学院の生徒アイリス・ブルーエアリアル(あいりす・ぶるーえありある)を護衛する、エリュシオン帝国の騎士やメイガスの中には、その様子にかすかに不快な表情をする者もいる。
 だが何も言わずに黙っているのは、エリュシオン皇帝の娘にして竜騎士の一柱であるアイリスから、きつく注意を受けていたからだ。
 今回、どういう訳か「エリュシオン関係者が現れるかもしれない」と警戒する生徒も多数いたが、現れるも何もVIPルームのもっとも良い席にアイリスがおり、その護衛官が周囲を固めている。
 だが一般のエリュシオン人は、ろくりんピック観戦には訪れていない。
 しょせんシャンバラは「蛮族が住む、雑草しか生えない不毛の地」だ。
 パラミタ大陸において栄華を極める帝国の民が、遠く旅をしてまで来たいような場所ではない。

 エリュシオン勢のすぐ近くでは、百合園女学院の桜井静香(さくらい・しずか)校長が観戦していた。
 彼も警備側の生徒が醸し出す微妙な、気まずい空気を感じ取っている。
(なんとかしなくちゃ……。皆、仲良く。皆、仲良く)
 自分を励ましながら、静香は口を開いた。
「エリュ……」
「はーっはっはっは!」
 いきなり近くで東シャンバラ代王セレスティアーナ・アジュア(せれすてぃあーな・あじゅあ)が高笑いし、静香は飛び上がる。
 振り返ると、競技の様子を映すモニタを見て、楽しそうに笑っている。
 同じくモニタを見ていたメリッサ・マルシアーノ(めりっさ・まるしあーの)が、静香の視線に気付いてニコニコと言う。
「校長先生、あの人すごいねー!」
「え?」
「どーんってポイント、取ったの。すごーい!」
 メリッサは競技選手を指して無邪気に笑っている。
 アイリスのパートナーである高原 瀬蓮(たかはら・せれん)もつられて、笑いかける。しかし、無表情に立っているエリュシオンの警備陣や、押し黙ったまま競技を見つめているアイリスが目に入って、困った表情で固まってしまう。
 そこに救いの主が現れた。
「瀬連ちゃん、アイリスさん、お弁当作ってきたんです。一緒に食べませんか?」
 七瀬 歩(ななせ・あゆむ)が可愛らしいお弁当箱を開き、カラフルなお弁当を見せる。
「……いただこうか」
 アイリスが彼女達に向き直る。
「じゃあ、瀬蓮も」
「たくさん召しあがれ!」
 歩は七瀬 巡(ななせ・めぐる)と協力して、お弁当を広げる。
「なんだかスポーツ大会らしくなってきたね」
 瀬蓮はほっとした様子だ。だが巡は腕組みする。
「うーん、今度のろくりんピックは野球がないからなー」
「巡は野球が好きだもんね。この前も、パラ実の人と野球してたし。 あと……あの、首の人?」
 瀬蓮が表現に困るが、巡は打って変わった笑顔で答える。
「あ、セリヌンティウスにーちゃんなら、ボクも一緒に遊んだよー。
 すごく頑張ってて、ちょっと感動したかも。また一緒に遊びたいなー」
「セリヌンティウスか……。彼には今後、野球一筋に頑張ってもらいたいものだね」
 アイリスは渋い表情だ。
 巡は、セリヌンティウスが最初に百合園を訪れた時の話を思い出す。
「アイリスねーちゃんはナンパされてたんだっけ?
 やっぱりおとなのれでぃーは違うなぁ。二人とも見習わなきゃダメだよー?」
 巡が、歩と瀬蓮に言うと、アイリスが少々あわてた調子で言う。
「だめだめ、セレンにはまだ早いよ」
「アイリス……妬いてるの?」
「ええぇ?」
 アイリスがすねたように口を尖らせ……少女達はいっせいに吹きだした。
 一瞬、時間が戻ったような感覚。
 だが、ふと護衛のエシュリオン騎士が目に入り、アイリスは笑いを消した。
 歩は彼女に聞く。
「あの、アイリスさん帰るって話ですけど、あたしたちがエリュシオンに遊びに行くことってできないんでしょうか?」
「僕は帰らないよ。東シャンバラの総督に就任する予定だからね。
 それにしても『遊びに行く』って……帝国人が怖くないのかい?」
 歩は不思議そうに答える。
「だって、アイリスさん良い人ですし、それにセリヌンティウスさんも何だかんだで話せばわかる人ですし、悪くないんじゃないかなって」
「やっぱり、お嬢様だね」
「?」
 アイリスの言葉には色々な感情が込められていた。
 歩にはよく分からなかったが、嫌われている訳ではないようだ。
「お嬢様の前に、元が付きますけどね」
 ちろりと舌を出した歩に、アイリスはまた幾分柔らかい笑みを向ける。
「皆、友達で楽しく遊べたらいいのにね」
 メリッサがお菓子を食べながら、相変わらず無邪気な調子で静香に言った。
 静香は小さくほほ笑む。
「うん。そうだね。皆が仲良くなれたら……」



「まさか、こんな風に先生に再会できるなんて……」
 西シャンバラ代王高根沢理子(たかねざわ・りこ)は、感動と困惑が入り混じった表情で、酒杜 陽一(さかもり・よういち)を見る。以前の陽一を知る人々でも、それが彼だとは絶対に思わないだろう。
 なぜなら陽一は、パラ実改造科や某魔医者の力で、リコそっくりの外見になっていたからだ。
 それもこれも、彼女の影武者となる為だ。
 彼から連絡を受けた新日章会は密かに手筈を進め、「代王陛下の影武者」として陽一を警備陣に受け入れた。
 そして陽一は、代王の衣装をまとって、VIPルームのリコの席に座っていた。
 和服のテイストを取り入れながら、アクティブなリコらしい華やかなデザインの服だ。
「スカートの中がスースーして落ち着かない……」
 予想外の事に緊張した様子の陽一に、御付の生徒に変装したリコがにっこり笑う。
「お似合いですわ、代王陛下☆」

 リコ(陽一)に付き添うフリーレ・ヴァイスリート(ふりーれ・ばいすりーと)は、VIPルームを見回した。警備の生徒の中には、エリュシオン勢に気まずそうな者も少なくない。
 本来、警戒する必要があるのは鏖殺寺院のテロだが、「この機会に帝国が襲撃をかける」と考えた者が、相当数いるのだ。
 フリーレはやれやれと息をつく。
「理子殿やセレスティアーナ殿に害あらば、アムリアナ陛下にも悪影響……、最悪死亡する恐れがある。
 だから、今回の鏖殺寺院の標的が代王陛下であるならば、帝国と無縁の輩である可能性が高い。此度に関しては、帝国が協力者になったかもしれぬのにな。……多分」
 陽一が最後の一言に「おいおい」とつっこむ。
 アイシス・ゴーヴィンダ(あいしす・ごーう゛ぃんだ)は憂いを秘めた瞳で言う。
「今の理子さんの様子なら、アムリアナ様もひとまずご無事なのでしょうけれど……」
 アイシスは、御付として「代王」と一緒に楽しそうに競技を見ているリコに視線を移す。
(今は細い糸を手繰るような思いですが、その先はきっと陛下……ジークリンデさんに続いている筈です)


「うーむ、こんなに人がいるとは、今日は祭りか何かか?」
 東シャンバラ代王セレスティアーナ・アジュア(せれすてぃあーな・あじゅあ)は相変わらずハズれた事を言いながら、VIPルームをきょろきょろと見回す。
 その護衛を務める生徒会執行部『白百合団』班長秋月 葵(あきづき・あおい)が、笑顔で教える。
「今日が、ろくりんピックの最終日なんですよ」
「なに、最終?! それは気の毒に」
「いいえ、最終日だからこそ盛り上がるんですよ」
「ふーむ、何かは分からんが、盛り上がるのは良い事だな!」
 セレスティアーナと葵は、ハタから聞いていると危なっかしい会話を進める。
 イーオン・アルカヌム(いーおん・あるかぬむ)はそんなセレスティアーナを不思議な感慨を持って、見守る。彼はセルウィー・フォルトゥム(せるうぃー・ふぉるとぅむ)と共に、代王にお目通りにやってきた貴族の若夫婦、といった服装をしていた。
 イーオンの所属は蒼空学園だ。
 先日、怪人プロメテウス逮捕に貢献したメアリというスタッフが、シャンバラろくりんピックの上層部やヴァイシャリーの貴族に、イーオンが「代王様の気持ちを落ち着ける事ができる一人」だと強く推していったらしい。
 だが当のメアリは、早々にスタッフを辞していた。
 ふとセレスティアーナが腹をさする。
「どうした? 体調がつらいのか?」
「うむ。私のおなかが、ぐるぐるきゅ〜、なのだ」
 腹が減ったらしい。
「だったらお弁当がありますよ」
 葵が用意された弁当を、彼女の前に置く。
 セレスティアーナは弁当をのぞきこみ、ふんふんと匂いをかいだ。
「うーむ。見たことのない食べ物ばかりだな。これは何なのだ?」
「それはシェフに説明させましょう」
 そう言ったのは、いつの間にか来ていたのか、ジェイダス校長だ。
 突然の発言に、イーオンはとっさに身構える。
「イオ……校長は安全かと」
 セルウィーが、張り詰めている様子のイーオンに、そっと注意する。
 ジェイダスに呼ばれて、厨房から佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)がやってくる。
「それでは代王様に、お食事の説明をさせていだだきます」
「うむ! よろしく頼むぞ」
 弥十郎はていねいに料理の説明を行い、セレスティアーナは熱心に聞いた。
「ほう、ほう。そういう物なのか。なるほど」
 もっともらしく、うなずいているが、後で百分の一も覚えているかどうか微妙なところだ。
「イーオン、これはマッスルルームという物体らしいぞ? 見たところ、ムキムキなようには見えないのだがな」
 セレスティアーナが神妙な顔で、スプーンの先にマッシュルームを乗せて見せる。
 イーオンは表情を柔らげ、彼女の頭をなでた。
「セレス、安心して笑っていろ」
 セレスティアーナは瞬間、不思議そうな顔をするが、すぐに「うむ!」と返事し、笑顔でマッシュルームを口にした。