空京

校長室

【ろくりんピック】最終競技!

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■パラミタ内海の海賊5


 西チームの応援が東チームのそれを上回り、西チームに少しだけ勢いが付いていた。加えて、現在、宝箱に一番近いのはローザマリア。
 そんな状況の中――

「ミネルバちゃーん、ばりあーー!」
 ミネルバ・ヴァーリイ(みねるば・う゛ぁーりい)が作り出した氷術が西生徒の放った弾丸を受け止める。
 その隙に桐生 円(きりゅう・まどか)は、氷の遮蔽から体勢低く滑り出て引き金を引いた。弾丸が相手に炸裂して、対象の身体が眠気にふらつく。
「――パッフェル!」
「……ええ」
 円が合図を出した時、パッフェル・シャウラ(ぱっふぇる・しゃうら)は既に円の背後に控えていた。無感動な返答と共に、円の頭上でパッフェルのマスケット銃が鳴る。
 彼女の弾丸は的確に敵の胸へと吸い込まれていく。
 ペイントが彼の胸に爆ぜるのを見届けることなく、三人は木箱の裏へと、素早く身を潜り込ませていた。
 パッフェルが手早く銃に弾と火薬を入れる。
 その横で円は、一つ離れた樽の影から交戦中の牛皮消 アルコリア(いけま・あるこりあ)の方を見やった。
 ミネルバとパッフェルの方へと言う。
「さっきの話、今がタイミングだと思う」
 パッフェルが銃の尻を床に叩き付けて弾と火薬を詰めて、
「……フォローするわ」
「お願いするよ。サインは覚えてる?」
 円の問いかけに、パッフェルが手元で『了解』と返す。
「――行こう!」
 円の合図と共に三人は木箱の外へと飛び出した。
 
 パッフェルが単騎で相手を翻弄している間に円とミネルバは所定の位置へと駆けていた。
 そして、円の合図と共にパッフェルが軽やかにその場を飛び退く。と、同時に円とミネルバが巨大な氷壁を船上に生み出し、それが防壁となって西側の銃撃を阻害した。が――目的はそれだけでは無かった。
 円の合図と同時に剣を抜き様に駆けていたアルコリアは、パッフェルの貸した肩を足場に跳躍した。
 氷壁の端へと切っ先を走らせて、それを蹴り飛ばす。
 氷壁の一部が塊で向こう側へと落ち、出来上がったのは巨大な氷の斜面。
「おーらい、おーらーい」
 落下したアルコリアの足元をミネルバと円が組んだ手で受け止める。二人は身体を沈めこませながら勢いを相殺し、次いで、アルコリアを放り上げた。
「いってらっしゃーい!」
 氷壁の上、斜面の手前へと着地したアルコリアを西側の銃口達が狙う。アルコリアは、二振りの剣を抜き放ちながら、斜面に向かって低く体を投げた。
「ナコちゃん、援護を」
「イエス、マイロード」
 ナコト・オールドワン(なこと・おーるどわん)の生み出したブリザードが巻き起こる。
「――ご武運を」
 ナコトの声を背に、アルコリアの体は氷の斜面を滑り、加速していた。
 足裏が擦って削る涼やかな氷屑の音と銃撃の音、吹雪を抜けてきた弾を刃の腹が受け止める音。
 そして、斜面の端、ジャンプ台の縁のように設けたバンクが迫る。その先にあるのは、メインマスト。
「参りますっ!」
 十分な加速を得たアルコリアは氷面を蹴って、メインマストへと高く高く跳んだ。
 身体が火薬の匂いが煙る空を掻く。
 が、行く先はメインマストをわずかに逸れてしまっていた。
「ッ、まだ――」
 空中で身を翻し、体前に構えていた剣をマストの方へと突き出す。
 切っ先がマストに突き刺さり、それを支点にアルコリアの身体は振り子のように踊った。
「――フッ」
 更にもう一本の剣を突き立てながら、ぐるりと体を返し、刺した双剣を足場にして再び跳ぶ。
 そうして、アルコリアがマスト中腹の縄梯子を手に取った刹那――船全体が大きく揺れて軋んだ。


『気合だよ! 気合!! 日本海の如く荒ぶるハートが海賊の証だよ! 皆、頑張って!!』
 オーロラビジョンには高根沢 理子(たかねざわ・りこ)が映って、やはり元気一杯に選手たちへエールを贈っている。
 その光景をバックに、三船 敬一(みふね・けいいち)は、白河 淋(しらかわ・りん)の操縦する飛空艇の後部で、メガホンを手に全身全霊をかけてエールを贈っていた。
「フレェーー!! フレェーーー!! 西シャンッバラァーー!! 頑張れ皆!! 逆転優勝まで、もう一息だッ!!」
「皆さん頑張ってくださいー!」
 飛空艇は西チームの生徒の何人かにガッツポーズや軽い敬礼を返せれながら、帆船の周囲を旋回していく。万が一の事故を防ぐために彼らは帆船の上空では無く、周囲だけを飛んでいた。
 それでも、時々流れ弾が飛んでくるから油断は出来ない。
「――しかし、今日で、このお祭り騒ぎも終わりですか」
 淋が少し名残惜しそうに言う。
 それに気づいて、敬一は口に当てていたメガホンを退け、
「しんみりするのはまだ早いぞ」
「あ、いえ、『だから張り切っていきましょう』というところに繋がります」
 淋が少し慌てた調子で言って、敬一は強く頷いた。
「そうだな。勝つにしても、負けるにしても、悔いの残らないように――」
 と、聞き覚えのある馬のいななきが聞こえた。
「今のって……」
「赤兎馬――関羽殿だ」
 ゴゥ、と風を切って、帆船の近くに赤兎馬に乗った関羽・雲長(かんう・うんちょう)が現れる。
 そして、鳴り響く地響き。 
 会場に現れたドージェ・カイラスが会場と帆船を揺らす。
 関羽とドージェの視線が交錯し――
 敬一は、ぽつりと言った。
「……まずいな。白河、一度退避するぞ」
「いいんですか?」
「巻き込まれれば、応援どころではなくなる」

 敬一の判断は正しかった。
 彼らの飛空艇が客席に退避していくのと入れ替わりに、山葉亮司と山葉聡の小型飛空艇が会場の方へと飛んでいく。彼らは各チームにジュースを搬送すべく奔走していた。そして、奔走していたが故に疲れていた彼らは関羽とドージェの存在に気づくのが遅れた。
 それゆえに、関羽とドージェのぶつかり合いによる一発目の衝撃波に巻き込まれたのだった。

■メインマスト
 関羽とドージェのぶつかり合いにより、会場及び船体は激しく揺れた。
 その影響を最も大きく受けたのは、メインマストをよじ登っていた選手たち――そんなわけで、毒島 大佐(ぶすじま・たいさ)は絶賛落下中だった。
 目を閉じ、腕を組み組み考える。
 目下、船上は、続くドージェと関羽の激突の影響で揺れて混乱しているとはいえ、自由落下のこの身は完全に無防備である。よしんば、上手く床まで辿りつけたところで、しばらくは落下の衝撃で動けまい。狙い撃ちされる。
「ふむ……となれば、やることは一つだろうな」
 毒島はぱちりと目を開いて、懐から必殺の『大佐特製痺れ薬』を取り出した。効果範囲はそこそこ広いし、効果もそれなりに良い。ただし、難点は己も含んで敵味方無差別というところだが――
「この場においては最も効果的な手であろう」
 そして、彼女は、それをぶちまけながら床に落下した。

 下方では何やらもうもうと粉っぽいものが立ち込めていた。
「あいつら、大丈夫だったかなぁ」
 泉 椿(いずみ・つばき)は、宙吊りになった状態で毒島の落下していった方を見下ろしていた。彼女の腰に結ばれていている綱はマストのゲルン台(帆を開閉する際に使用する足場)へと結ばれている。いわゆる命綱だ。
「毒島さんの方は、余裕があるように見えましたから大事は無いと思いますよ」
 椿に腕を支えてもらって、ぶら下がっていたアルコリアが言う。言われてみれば、そんな感じだったような気もする。
 メインマストが大きく揺れた時、椿は空中に投げ出された面々を救おうとしたのだが、間に合ったのはアルコリアだけだった。
 アルコリアが助けてもらったことの礼を軽く言ってから、身体を揺らして、近くの縄梯子を掴む。
「さて、急ぎましょう。痺れ粉か何かのおかげで、下からの攻撃が薄い内に登り切ってしまいたいですし……あちらも、まだまだやる気っぽいですから」
 言ったアルコリアの視線の先――下方のトップ台に、ぬっと腕が生えた。

「……っしょ。そうよ、最強のアメリカ海軍を見くびらないで欲しいわね、と」
 ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)は、なんとかトップ台へと這い上がり、ぜ、と一度、息を吐いてから椿とアルコリアの方を見上げた。
「私とジョンのコンビは世界最強よ!」
 ずびしっ、と二人の方へと人差し指を突き出して言い切る。
 と――ずごごんんっ、と船体が大きく揺れてローザマリアはたたらを踏んだ。マストにそった縄梯子を掴む。
 そして、マストの少し上の方に、何かがべちゃんっと叩きつけられた気配。そちらの方を見れば、それは関羽かドージェの攻撃に巻き込まれて吹っ飛ばされてきたらしい山葉が縄梯子に引っかかっていた。
 とりあえず、それは放置しておくことにする。
(とはいえ、この状況は不利だわ。今から昇っても追いつけそうにないし、こう揺れていたら銃の狙いも――)
「……仕方ないわね」
 呟いて、ローザマリアが取り出したのは、血煙爪(チェーンソー)だった。
「……つぅ、って、おおおい、おい!! 待て、おまえ、まさか――」
 頭上から亮司の声が降ってくる。
 ローザマリアは大真面目な顔を上げて言った。
「そのまさかよ。マストを、斬り倒す」
「ままままま待てッ! いくらなんでも豪快過ぎるだろ!」
 山葉の悲鳴を他所にチェーンソーを高らかに鳴らす。東側の二人は既に頂上付近に居る。これからマストを斬り倒しにかかって間に合うかどうかも正直微妙。
「でも、もうこの手しか無いの!」
 チェーンソーの歯が触れたマストの表面が削れてけたたましい音を立てる。と、船外の空間から、チェーンソーの音をも飲み込む巨大な音が迫って来て、ローザマリアは本能的に身を強ばらせた。
 衝撃波が大型帆船を打ち付けて会場を揺らす。
 それはドージェと関羽の争いの余波だった。
 衝撃波が過ぎ去り、一瞬の静けさが訪れる――と、その静けさの中に小さく響いていた音。どこかで鳴っている。複数箇所だ。その音は不気味な軋みだった。段々と、加速度的に大きくなっていく。

 そして――
 船上に折れた三本のマストが降り注いだ。
 マストと共に落下していた椿の綱をアルコリアが斬り、マストを離れた椿の身体を緋月・西園(ひづき・にしぞの)が受け止める。
 その向こう、ひゅるるるっと亮司が帆船の外へ投げ出されていく。
 重い風切り音を鳴らしながら迫ったマストが床に落下して、激しい音がそこかしこで爆ぜた。