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リアクション
黄金と白銀 5
地上では、神官軍とカナン軍の歩兵部隊がぶつかり合っていた。敵の防衛ラインは僧侶と騎士を中心として、アンズーの遠距離射撃を支援距離に据え置いている。味方イコンが地上のアンズーへと攻撃を仕掛けているいまこそ――攻め込むチャンスだった。
駱駝に乗って先頭を駆けるのは、他ならぬ南カナンの領主――シャムス・ニヌアだった。彼女は、危険を冒してまで敵軍へと侵入した友の残した駱駝に乗って、戦場をかき分ける。駱駝は彼女の意思に応えるようにいなないた。
カナン軍を引っ張るのは、南カナンでも有数の騎士で編成される『漆黒の翼』騎士団だった。シャムスの背後を進んでいた騎士団は、それぞれが一個小隊引き連れる形で展開し、神官兵へ突貫した。
無論――そこには、コントラクターたちの姿もあった。
「くっ……!」
「シャムスさまっ!」
神官騎士の槍がシャムスの頬をかすめようというとき、両の手に剣を握る味方の騎士がそれを防いだ。避けたときの反動に乗じて、シャムスは地に降り立つ。ここからは……駱駝ではなく己が足で戦うべきか。
そう思って立ち上がったシャムスの目の前で、黒き鎧を纏った騎士は神官騎士を切り裂いていた。
「悠希……助かった」
「いえ……お役に立てたなら……」
真口 悠希(まぐち・ゆき)は――黒騎士の鎧を身に纏っていた。シャムスと同様に兜は外しているが……鎧は見紛うことなきシャムスの鎧だ。唯一違うとすれば、それは彼女の肩からさがる紅きマントだろう。
パートナーでもある魔鎧、カレイジャス アフェクシャナト(かれいじゃす・あふぇくしゃなと)が元来の姿を取り戻したそれは、カレイジャスの意思に従って自由に動き、敵の攻撃を防いでくれる。
と――弓兵の矢がシャムスの背中を狙い撃ちしてきた。
「!」
だが、次の瞬間。
回転するように飛び出してきた神楽 授受(かぐら・じゅじゅ)の剣が、それを叩き落していた。
「授受っ!?」
「へへーん! シャムス様には指一本触れさせないわよ!」
無邪気な声で剣を回転させ、授受はシャムスと背中を合わせる。悠希とシャムス……そして授受の三人は三方を見据えてそれぞれの武器を構えた。
「エマ、援護をお願い!」
「分かりましたわ」
同時に、彼女のパートナーであるエマ・ルビィ(えま・るびぃ)の紡ぎだした魔力が、シャムスたちの体内から力を引き出してくれる。わずかに離れていた彼女へと敵の剣が迫った。だが、エマは即座に輝く光条兵器の剣を生み出すと、それを弾き飛ばした。
「ふふ、わたしは武器を使えないと思ってました?」
「うはー……エマ怖ーい」
悠希も、そして授受も……シャムスを守る盾となって敵を迎撃する。そんな仲間たちの姿に思わず目を見張っていたシャムスに、悠希が言った。
「シャムスさま……ボクは………自分の行動が誰の為にもなれないって悩んでて……けど本当は――弱かったのです。役に立てない時、自分が傷付くのが嫌だったのです」
悠希の刀身が銀光を放ち、敵を一閃した。
「けど…………ボクはもう、例え自分がどれだけ傷付こうと、誰かの為行動する事を迷わない!」
まるで、彼女自身の意思を貫こうとするように。刃は神官騎士を叩き伏せる。そして、黒騎士の鎧を纏った彼女の瞳は……真っ直ぐに敵軍を見つめた。
「シャムスさま……エンヘドゥさまのいない間、ボクはもう一人の騎士として、貴女と……」
それはただの虚勢であったのかもしれない。だが、それでも人はすがり、そしてそれに糧を生み出す。悠希にとっては――それこそが、騎士である自分が見出した、戦い方なのだ。
「皆の力を、そして、貴女の力もボクに貸して下さい。今だけは……黒騎士を名乗る事を許して下さい」
カレイジャスは魔鎧に隠れた意識の奥底で、静かにほほ笑んだ。
人によっては、きっと黒騎士の鎧を纏った悠希はつまらないものに見えるかもしれない。だが、それがきっと、彼女らしいやり方だ。なら自分は、それに応えて――シャムスを守る彼女さえも、守ってみせよう。
「無駄な抵抗は止めて下さい。……それでも立ち塞がるなら、この黒騎士――真口悠希が相手です!」
シャムスは微笑した。そして、悠希と同時に剣を構える。背中合わせになった二人の黒騎士に、敵は恐れおののいた。
剣線が描かれ、敵を一掃する。授受の声が背後から聞こえてきた。
「ねぇ、シャムスさま……やっぱさ、ぶつかって思いを言い合うのって大事だよね」
シャムスは声で応じる代わりに、授受と配置を入れ替わった。移り際に敵を切り裂いた刀身の音。それを耳にしながら、授受は続ける。
「あたし……シャムスさまたちと戦って、それに気づかされた気がするんだ。だからあたしも……お父様と喧嘩中なんだけど、ぶつかってみることにする」
授受の剣が、敵を弾き飛ばした。そのまま、彼女の声が張り上げられる。
「だから……お父様にぶつかるためにも、この戦いを勝ち抜くんだから!!」
「……ああ、そうだな」
シャムスは授受の決意に応えて、ほほ笑んだ。それは、自分の妹のことさえも思った微笑だ。授受に負けてはいられない。自分も妹を再び助けるためにこの戦……駆け抜ける。
シャムスは飛び出した。そのまま、授受や悠希たちとともに城門へと駆ける。右からの剣線、とっさに避けて、剣で敵を貫く。さらに続けざまの横なぎの一閃は跳躍して避け、背後から敵を切り裂いた。
城門に近づくにつれて、神官兵の数も増してゆく。僧侶の放った炎の魔術が、シャムスへと降り注ごうとした。
「させるかぁっ!」
そのとき、それを防いだのは――槍を振り回して飛び出してきたロランアルト・カリエド(ろらんあると・かりえど)だった。指に装備されたファイアーリングが、まるで吸い込むように僧侶の炎を吸収する。
更に、騎士の放った剣戟を――レジーヌ・ベルナディス(れじーぬ・べるなでぃす)のバックラーが防いでいた。
「レジーヌ……!」
「これ以上は、やらせません……!」
シャムスと心を分かち合った友は、静かなる闘志の炎を燃やしていた。バックラーで刃を弾き返し、敵の距離を離す。その隙に、彼女は己がパートナーの名を呼んだ。
「エリーズ!」
「分かってるって! んじゃ……行くわよ!」
足元からブースターが射出される。加速度を上げた機晶姫――エリーズ・バスティード(えりーず・ばすてぃーど)は、敵へと迫る直前にシャムスのほうを軽く見やった。
なるほど。あれがレジーヌが『友達』になったっていう領主様か。初めてはっきりと顔を見たが、なかなかどうして、その瞳には気高き光を灯している。気弱だが芯には固い意志を宿すレジーヌだ。彼女が友達になったというのも、頷ける。
「……なーんか面白くないけどー」
理解は出来るが、またそれと感情は別物だ。レジーヌがシャムスに取られたような気がして微妙に不機嫌になるエリーズ。それでも、その役目を果たすところはさすがはパートナーだった。
加速したスピードそのままに、敵を剣で切り裂いて叩き伏せる。そして、僧侶が呪文を唱えるよりも早く、どこぞからか発射した六連ミサイルポッドを撃ち込んだ。連続した爆発が、戦場に響き渡る。
「ロランアルトさん……お願いします!」
「へい、了解!」
シャムスを守る役目は、自分が引き受ける。そんなレジーヌの意思に呼応して、ロランアルトたちはシャムスとともに先へ急いだ。
レジーヌの瞳は、わずかな間にシャムスを見やる。彼女の瞳を見たシャムスは、ここは任せてくださいと、そんなことを彼女が言っている気がした。
敵兵をなぎ払いながら駆け抜けるシャムスの横から、ロランアルトが陽気な声をかけてきた。
「お初! 俺は太陽農場のロランアルトや! 手伝うで領主さん!」
農家がなぜこんなところに……と思わなくはなかったが、その疑問を解決するよりも早く、快活な少女の声がロランアルトを叱責した。
「自己紹介してるばあいじゃないよ、親分! ほら、あいつらを止めないと!」
「ほいほい! んじゃ桜、そっちを頼むわ!」
ロランの契約者たる飛鳥 桜(あすか・さくら)は、ロランアルトに言われると即座に動き始めていた。小柄な身体の背中から引き抜かれた名刀――虎徹が振り抜かれると、光術を宿した衝撃波が放たれる。騎士が盾を構えてそれを防ぐが、あくまでそれは囮たる牽制に過ぎなかった。
「本命は……こっちだ!」
少年めいた口調で言った桜は飛び上がり、身を翻して騎士たちの背後に回った。そのまま、宙で形成したドライゼ銃型光条兵器――輝銃黒十字の引き金を絞る。背後から0距離魔力弾丸に、騎士たちは苦悶の表情で崩れ落ちた。
ボルトアクション式薬莢装填。ガチャ……と小気味の良い音を立てて弾薬が装填されるのを確認して、桜はまるで槍の長いその銃を回転させた。
「悪・即・斬! あーく・そーく・ざーん!」
「おお、やるやないか桜。見直したわ」
「親分こそ、油断するなよ! ヒーローは全力で敵を倒すものだからね! 悪・即・斬! だぞ! 悪・即・斬!」
「わかっとるわ!」
ロランアルト気合を込め直し、自分を鼓舞する桜を横目に、僧侶を叩き伏せた。放たれた剛雁と狼が、その隙を作ったのだ。
「道は開いたよ、領主様! さあ、行こう!」
桜の声に導かれるように、シャムスたちは城門の前までたどり着こうとしていた。
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