空京

校長室

【カナン再生記】決着を付ける秋(とき)

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【カナン再生記】決着を付ける秋(とき)
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リアクション


黄金と白銀 1

 流星。
 そんな言葉を彷彿とさせるブースターを背中から発したイコン――イーグリットが、両手のビームサーベルを抜き放った。
 光の粒子が剣という存在を形成し、敵へと一気に迫る。そのまま、機体を横なぎに真っ二つに切り裂くと、もう一方のサーベルが上方から振り落とされた。十字型に切り裂かれた敵のイコンは、一度時が止まったかのように無音になると――爆砕した。
「よし! 次だ、次!」
 アイオリアと名づけられたイーグリット。それに搭乗するは、長きポニーテールの髪を揺らしたコントラクター、平等院鳳凰堂 レオ(びょうどういんほうおうどう・れお)だった。ならば――当然のごとく、そのサブパイロットとして乗り込んでいるのは彼のパートナー、イスカ・アレクサンドロス(いすか・あれくさんどろす)だ。
 彼女は、先ほどレオが切り裂いたイコンの瓦礫を見下ろして、美しく透き通った翠玉の瞳に怪訝な光を灯した。
「カナンの内乱のはずが、なぜエリュシオンのイコンまで出張ってきておるのだ? まったく、なんでも大規模戦に持ち込めば良いというものではないぞ」
「細かいことを気にしたってしょうがないよ、イスカ。どうせ、向こうの数も数なんだ。それならこっちも……大人しくイコンで正面からぶっ叩いてやろう!」
 エリュシオンの竜型イコン――ヴァラヌスの数は神官軍イコン勢力の中核を担っていると言っても良かった。しかし、幸いなことはそのパイロットが第七竜騎士団ではないことだ。恐らくは提供物に過ぎないのだろう。敵の動きも、素早いとはいえ、ヴァラヌスの性能に頼った単調な動きが多い。
 イコンの戦いは性能だけの問題ではない。パイロットの技量、そして経験も物も言う。特に、どれだけ性能が良かろうと、パイロットがその反応速度についていけないのでは宝の持ち腐れというものだ。
「うむ、そうだな。戦いとは運命や予言で決まるものでなく――己が手で切り開くものだ!」
 イスカの声。彼女のサポートがレオの視界に数々の情報を与えてくれる。
 マジックカノンが振り上げられた。照準はヴァラヌスを捉える。そして、放射。赤みを帯びた魔力の弾が、収束した不思議な音を発して敵機へと飛翔した。しかし、あからさまなその攻撃は、ヴァラヌスが避けるのも造作のないことだった。
 しかし、それで良い。なぜならそれは、牽制に過ぎないからだ。
「……行くよ、イスカ!」
 既にイーグリットの手はビームサーベルを握っていた。剣を紡ぐ光粒子が空気を薙ぐ曲のような異音。そのまま、ブン――と音を立てて、サーベルは敵のジェネレーターを破壊した。更に、支援反撃を企ててきた他のヴァラヌスの攻撃を後退しながら避けつつ、コロージョン・グレネードを放射する。対イコン用の妨害兵器は、黒い腐食性の粘液を張りつけて敵のモニターと稼動部に電気障害を起こした。
 これが、経験の生み出す戦い方だ。相手の一歩先をゆく無駄のない動き。ヴァラヌスに乗る神官兵たちは、悔しさをかみ締めるようにレオを取り囲んだ。数で攻めてこようというのか。
 だが、レオはだからこそ、不敵に笑った。
「そうこなくちゃね。さあ、イスカ。僕らの意地を通しに行こうか!」
「おう!」
 ヴァラヌスをひきつけるイーグリット。
 戦いは、既に苛烈を極めていた。神聖都キシュの正面城門を守るイコンたち。その多くは神官兵が駆るワイバーン部隊であったが、中にはヴァラヌスのような正真正銘のイコンも存在する。カナン特有のイコン――アンズーもまた、地上から上空イコンへ向けてグレネードを放射しているのだった。
 そんな戦場を駆け抜ける味方の一人に、ユーフォリア・ロスヴァイセはいた。純白のペガサスを駆って弾丸のごとく宙を飛翔する彼女の姿は、優美でありながらも勇敢である。ペガサスであってもイコンには引けをとらず、むしろその機動性から敵を翻弄している。
 蘇芳 秋人(すおう・あきと)は……そんな彼女に目を奪われていた。トリスタンと名づけられたコームラントに乗りながら、モニターに映る気高き瞳の横顔を見つめる。
 誰知らず、彼は声を洩らした。
「意志の強さは似てるけど……」
「秋人様……?」
 サブパイロットの蘇芳 蕾(すおう・つぼみ)が怪訝な声を発した。それに気づかず、しばしユーフォリアの武勇を見つめていた秋人。いつの間にか、通信が鳴っていた。
『トリスタン……! おい……』
「…………」
『トリスタン、応答せよ! コームラント・トリスタン!』
「っ……!?」
 ようやく、意識がはっと引き戻された。
 モニタの端に映っていたのは、秋人が配属されたイコン小隊の隊長、綺雲 菜織(あやくも・なおり)だった。険しく眉をひそめた顔が彼を睨んでいる。
『なにをボーッとしている! やられたいのかっ!』
「す、すみません」
 たとえいまだ少年の域を出ないとはいえ、戦場にいることは変わりない。菜織としても、それに甘えを許すことはしなかった。しかし……普段は歳の割に冷静に事を運ぶことの多い秋人のことだ。彼女も驚きのほうが大きかったのだろう。行動を再開した秋人を確認すると、わずかに呆れるような表情になってモニタから消えてしまった。
 秋人はユーフォリアから戦場へと視界を移した。前方で戦う菜織のイコン、イーグリット『不知火』の背中が見える。イーグリットとは言っても、彼女の機体はそこらの量産機体とは訳が違った。
 遠距離だけではなく近距離の近接戦闘まで十分に対応できるよう強化された、各部の外装。新たな汎用マウントシステムは遷移する状況への即応性を高めている。それゆえに生み出された洗練されたフォルムは、熟練の戦士が持つ骨格のそれを思わせた。
 イーグリットを再設計して作られた高機動型イーグリット……それのトライアル機だ。刀型のビームサーベルが、敵陣へと踏み込んでたった数秒で3機のイコンを撃墜する。
「隊長! 援護します!」
『下方46度! 撃て!』
 菜織の通信が指示を出し、トリスタンはその通りの照準に大型ビームキャノンの銃口を合わせた。蕾がエネルギーを収束させた巨大な光粒子ビームが、菜織へと近づこうとしていた敵の進行を阻む。その隙に、アイオリアが十字切りで敵を破砕させた。
 皆……カナンを守ろうと、神官軍を倒そうと必死に頑張っているのだ。オレも……余計なことを考えてる場合じゃないな。
「秋人様?」
「蕾っ、次っ……! 一機も被害出さないように頑張ろう。……願いは必ず叶うはずだ」
 その願いが――何を意味するものなのか。
 索敵を開始して敵機影をモニターに映しながら、蕾は静かに思う。その思いは、精神感応という形で秋人へと繋がった。
『秋人様……頑張りましょう……秋人様の義姉様も……きっと見ていてくれるはずです』
「……うん」
 秋人は頷いた。そう、今は……義姉に恥じぬよう、一人でも多くを救ってみせる。
『……敵機……正面……今です』
「うおおぉぉ!」
 願いをこめて、秋人はビームキャノンを放射した。