空京

校長室

【カナン再生記】決着を付ける秋(とき)

リアクション公開中!

【カナン再生記】決着を付ける秋(とき)
【カナン再生記】決着を付ける秋(とき) 【カナン再生記】決着を付ける秋(とき) 【カナン再生記】決着を付ける秋(とき) 【カナン再生記】決着を付ける秋(とき) 【カナン再生記】決着を付ける秋(とき) 【カナン再生記】決着を付ける秋(とき)

リアクション


黄金と白銀 3

 敵イコン部隊と戦うのは、何もイコンに限ったことではなかった。
 展開した味方イコンの中心にある二機の戦艦が、敵部隊に主砲を構えた。味方イコンが通信を受けてその場を離れるとともに、主砲から巨大なビームレンジが放射される。その爆発的なまでの威力は、当然のごとく多くの敵機を撃墜するが……その隙に乗じて、イコンたちが敵機へ攻撃を仕掛けることもまた、作戦の一つであった。
 そして、そんな味方の機体に向けて、エリシュ・エヌマの甲板に立つ一機のイコンのパイロット――赤城 花音(あかぎ・かのん)が歌を歌っていた。
「君の願いが翼になる つなぐ手と手で高く飛べるよ 混迷の時代に僕らは出会った 生まれた意味を探してた 悪戯な運命に 勇気で踏み出そう 託された希望 眠る記憶の誇りを呼び覚まして」
 それは、単なる歌というよりは、アイドルライブのそれを思わせる煌びやかさを持っていた。クイーン・バタフライと名づけられたイコン――アルマイン・マギウスに搭載されている音響装置が、歌を拡大させ、バックミュージックも奏でているからだ。
 言わば、パイロットである花音のイコンを介した単独コンサートのような状態だ。歌声は、戦場のパイロットたちに届けられる。
「あの日……思い描いた景色 見守る真夏の陽射し 誰もが幼い頃は純粋 汚れを知らない心」
 くるくると踊り、舞い、マジックカノンが噴水のように背後から放射される。演出でさえも観客を魅了する花音のライブは、単なる歌を運ぶわけではない。その歌には、魔力が込められている。
 曲を聞き入った味方パイロットたちは、我が身に溢れてくる活力に沸き立った。
「暗闇の中で 僕らは楽園に想いを馳せる 何時か叶える夢 たどり着ける約束の場所 共に生きる喜びを 咲き誇る笑顔の花 響きあう歌声は 優しさに包まれて 今 羽ばたく」
 歌の向こうに浮かぶのは、静かなる導きだ。勇気の翼は、彼女の歌とともに羽ばたこうとしている。
 無論――敵機はそれを阻もうと花音のイコンへと接近した。ワイバーン部隊がクイーン・バタフライに食いつこうとする。が、それを、咄嗟に機敏な動きを始めたクイーン・バタフライのハイドガンが狙い撃ちにした。
「歌姫の機体……僕が落とさせません!」
 機体を操るのは、花音のパートナーであるリュート・アコーディア(りゅーと・あこーでぃあ)だった。メインコクピットで歌い続ける花音の代わりに、彼が機体のコントロールを担ったのだ。
 噴水のように放射されていたマジックカナンが、意思を持ったように波を打って敵機を貫いた。その際に空気を流れた魔力の光さえも、花音の歌を賛美するかのように。
「澄みわたる未来 歩き始める世界へ……」
 花音の歌を聴いている味方機が、徐々に敵機を撃墜してゆく。
 負けていない。そしてまだ……負けられない。花音が自分に出来ることをしているように。僕もまた、自分に出来ることをやるだけだ。
 リュートは――迫り来る敵機にハンドガンを構えた。
「必ず君を守ります、花音」
 決然とした意思は正確に敵を狙い撃つ。だが、それだけで全てをあしらえるほど敵も甘くはなかった。何より、数がある。エリシュ・エヌマへと接近してきたワイバーン部隊にクイーン・バタフライは取り囲まれようとしていた。
 と、そのとき。
「姫を守る騎士ってか? 格好良いじゃん」
 クイーン・バタフライの前に着地したのは、一機のイーグリットだった。その手に握られるビームサーベルが、接近していたワイバーンを切り裂く。そして、続けざまにグレネード弾が射出され、数体の敵を一掃した。
「乱世さん……」
「へっ……嫌いじゃねぇよそういうの。あたいも混ぜてもらおうじゃんかっ!」
 イーグリット・バイラヴァのパイロット、狩生 乱世(かりゅう・らんぜ)は愉快げに言った。続けて、サブパイロットのグレアム・ギャラガー(ぐれあむ・ぎゃらがー)が無機質な声で告げる。
「乱世……新たなワイバーンが接近。地上からはアンズーの射程距離に入る」
「リュート……! お前はワイバーンを頼む! こっちはまずアンズーを墜とすぜ!」
「は……はい!」
 リュートがマジックカノンをワイバーン部隊に向けるのと同時に、乱世はスナイパーライフルを構えていた。目標は、地上のアンズー部隊だ。敵機のキャノン砲がこちらに向く前に、ライフルが火を噴く。
「っし……!」
 次々とアンズーを撃墜してゆく乱世。
 このまま、エリシュ・エヌマを守りつつ城門へと向かう。そう思っていた。だが……
「乱世……来る!」
「……ッ!?」
 ワイバーン部隊よりも更に上空――エリシュ・エヌマへと直下してきたのは、一機のイコンだった。いや……それは、イコンと呼ぶにはあまりにも禍々しかった。青く生々しいフォルムを持ったそのイコン――アルマインは、巨体に似合わぬ凄まじいスピードでバイラヴァへと迫ってきた。
 巨大な鎌が振られる。血のように紅き刀身のそれを、乱世は寸前で避けた。
「なっ……に……!」
「アッハハハハ! ボクの分身トーフーボーフーの出番だよ!」
 機体から聞こえてきたのは、サブパイロットとして乗るアルハズラット著 『アル・アジフ』(あるはずらっとちょ・あるあじふ)の声だった。ということは、こいつは……まさか……。
「白銀の騎士……アヤか」
「あら? 私を知ってるの? それは光栄ね」
 外部通信へと切り替えたお互いの声が、空気を伝わって届く。
「まあな。モートに味方していた謎のコントラクター。あんた……有名だぜ?」
「……そう」
 なぜか、彩羽の声はわずかに沈んだものだった。
 乱世が彼女と知り合いか、と問われれば、それは違う。これは、乱世が一方的に彼女を知っているに過ぎないことだった。だが、例えそうだとしても――乱世にとって、彼女は許しがたい存在であることに違いはなかった。
「子供を戦争に巻き込むな――だったか? その主張はもっともだな。だけどよ……モートやその配下が多くの子供や民を殺すのを、ただ隣で笑って見ていたのは……誰だ!」
「…………」
 そう。許しがたいのだ。
 支配に苦しむカナンの民を見て、こいつは何も思わなかったのか……? 何も感じなかったのかっ!
 どこかで、乱世は彼女の正体に気づいていたのかもしれない。だからこそ、煮え滾る怒りが行き場を見失い、吐き出されるのだ。
「本気で改革を望むなら、モートに頼らず自分の力でやればよかったんだ。
自ら進んでモートに尻尾を振り、背後から奴らは馬鹿だと吠えたてる。そんなもんは正義じゃねえ。ただの「負け犬根性」だ。奇麗事を並べ、民を見殺しにし、戦争を利用したテメェも所詮「人殺し」なんだよ!」
「……そうね。確かに、あなたの言うとおりかもしれないわね」
「なに……?」
「あなたの言うそれが悪だとするなら、私はとっくの昔に悪に染まっているわ。そして、きっとあなたは正義のために私を倒すのでしょう? 物語は結末を迎え、ハッピーエンドが待っている」
「…………」
「正義が悪を倒して終わりを迎える幻想世界。カナンの人々は救われ、コントラクターたちは褒め称えられ、その後もカナンの人々は幸せに生きていきました。そんな最後があるとしたら、私もそれを望むわ」
 彩羽の声は、呆れにも似た響きを持っていた。怪訝そうに、乱世は応じる。
「違うってのか……?」
「――ある意味では事実だけど、ある面では違うわ。私たちがここにいる意味は、何がある思う? カナンを救う正義の味方? 隣国に助けを求められて交友を結びにゆく外交的関係? ……どちらもあるでしょうね。でも、最も大きいのは……」
 なぜかそのとき、乱世は予感めいたものがあった。自分がごくりと息を呑んだのを感じた。聞きたくなかったことを聞かされる……そんな予感だ。
 そして――彩羽は告げた。
「私たちコントラクターの力が介入することで、他国の戦争局面を劇的に変えるかもしれないという兵器的意味よ。そしてそれを有するのは、十分な思考的成長を遂げていない子供だということ。その証拠が――強化人間」
 乱世の脳裏に過ぎったのは、グレアムだった。彼は彩羽の言葉を聞いてもなお、無感情の表情を崩さなかった。
 彩羽は哀れむように続けた。
「カナンのことは、カナンに任せておけば良かったのよ。哀しんでいる人がいるから……それだけで、紛争地域に身軽に足を運ぶほど、愚かなことはないわ。もちろん、子供ばかりのコントラクターたちにそれを言っても、仕方がないのでしょうけど」
「だからと言って……!」
 乱世はモニターの向こうに映るトーフーボーフーを睨みつけた。彩羽の姿そのものは見えないからこそ、やるせない思いが滾る。
「私は自分の世界を守りたいだけ。そのために、モートの力が利用できないかと思ったけれど……それも当てが外れたみたいね。あとは……あなたたち次第だわ。私は、この辺で降りさせてもらうから」
「待て……!」
 動き始めたトーフーボーフーを追って、乱世はバイラヴァを動かした。ここから接近するのは難しい。だとすれば、射撃で……!
 ハンドガンを構え、敵機を捕捉する。だが――
「アハハハハッ! トラペゾヘドロン・ダークネスだぁっ! くらえええぇぇ!」
 去り際にトーフーボーフーが放ったのは、ナラカの気をエネルギーに変換させたヴリトラ砲だった。闇の色に染まったエネルギー砲は、黒い竜でも飛翔してきたかのように蠢きながら、バイラヴァに吹き飛ばした。
 彩羽と乱世が声を交し合う間にチャージしていたのだろう。それを見抜けなかったとは……こちらも気を取られすぎたか。各部を負傷したが、何とか起き上がるバイラヴァ。だがすでに、トーフーボーフーの姿は遠く霞んでしまっていた。
 その背中を呆然として見つめる乱世。内部通信から、グレアムの声が聞こえた。
「組織の恩恵という甘い汁だけは吸い、あまつさえ学友に弓を引く。欺瞞と矛盾に満ちたルサンチマンの戯言に、既に説得力はない」
「……そうだな」
「奴の利敵行為の記録は、全て本校と旗艦に転送し、軍法会議に提出させてもらおう。正体が分かれば儲けものだが……それも可能性は低いな」
 乱世は答えなかった。
 トーフーボーフーの背中が見えなくなって、再び戦闘に戻るまで、しばしの時間を要した。それに対し、グレアムはモニター上の彼女に少し視線を動かしながらも、声を挟むことはなかった。
 脳裏に過ぎるのは、彩羽の言葉だ。まるで何かの呪文のように、戦いの最中にずっと彼女へと語りかけてくる。自分のやってることは正しいのかどうか。懐疑は渦を巻く。疑念は心を撫でてくる。
(だけど……だけどよっ……!)
 誰でもない、そして誰しもが持つ何かに、彼女は心の中で叫んだ。
(目の前で傷ついた人を放っておくなんて……あたいは、絶対にするもんか! 絶対……絶対にだ!)
 乱世は、まるで自分自身へと怒りをぶつけるように、迫ってきたワイバーンへとサーベルを振り下ろした。