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リアクション
不穏の影 1
そこは、まるで要塞のような雰囲気を思わせた。
慌ただしい神官兵たちの声がいくつも飛び交い、それに混じって簡易的投擲兵器――いわゆるカタパルトやトレビュシェットといった類の木工兵器が城壁外へと運び出されてゆく。
城塞都市と呼ぶに相応しいと……神官兵の兵装に身を包んだ沙 鈴(しゃ・りん)は思った。
城壁に囲まれた神聖都キシュ。さすがにカナンの首都だけのことはあって、防備も並みのものではなかった。石造りの家が軒を連ねるその都市は、ひとつの城壁が都市全体を囲っているだけではなく、都市内部にも幾つの城門構造をとっているのだ。区画的に分けられたその城門は、数にして10に近い。それらの城門から市内に街路が巡っており、主要な大通りへと繋がる構造だ。
無論――その大通りが目指す場所は言わずもがな。
イナンナの神殿である。
神殿へと繋がる大通りの左右には、イナンナを象った煌びやかな像が立ち並んでいる。芸術に造形が深いとは言えない鈴の目から見ても、その精密さからして、像の芸術的価値は高そうだった。これからこの都市が戦火の渦中に巻き込まれると思うと……いささか心は痛むものだ。
そんな大通りを抜けて、鈴は都市外へと出る最終城門にやってきた。当然――一人というわけではなかった。隣にはパートナーの秦 良玉(しん・りょうぎょく)もいる。そして、その他にも神官兵たちがぞろぞろと列を作っていた。鈴はここでは、ただの神官兵の一人に過ぎないのだから。
ふと、隣の兵士に気になることを聞いてみた。
「少し、聞いてもいいかしら?」
「ん……なんだ?」
敗走兵に紛れて神聖都に潜り込んで早幾日か経つ。良玉とは反対側にいるこの兵士とは、比較的話せるぐらいの関係にはなっていた。
「街の中に市民の姿が見えないけれど……どこに?」
「ああ……民間人は戦いに巻き込まれないよう、郊外に避難させられたのさ。いまじゃあ、どこの家ももぬけの殻だ。こう言うのも変だが、心置きなく戦えるってわけだ」
「そう……」
鈴はわずかながらほっとした。
確かに、男の言うとおり心置きなく戦えるからだ。可能ならば都市そのものを巻き込まぬように事を終えるのが一番なのだが……戦争はそうもいくまい。人命が守られるのであれば、それに越したことはなかった。
「鈴……こちらの兵はなかなか一筋縄ではいかんのぅ。すでに魔法兵も支援用魔法を刻んでおる上に、各城門に防備体制をひいておる。こやつら、防衛戦は手馴れておるぞ」
「でも……防衛の要はやはりこの正面城門ですわ。シャムスたちも、恐らくは手馴れた市街で戦うより、城外におけるこちらで戦力の要を叩いておこうと思うと思うでしょう。いずれにしても……イコンのスピードからすれば戦いは必至なのですから」
防衛体制を案じた良玉にそう応じて、鈴は上空を見上げた。
そこには幾体かのイコンやワイバーン、エリュシオンのヴァラヌス、そして――白銀に輝く伝説のイコン、エンキドゥが悠然と浮かんでいた。
城門を守るべく中空に浮遊するイコンの中に……そいつはいた。
普通ならば、イコンと聞いて想像するのはいかにもロボットめかしい機械的な姿であろうが――そいつはまるで生き物だった。確かに所々に見られる機体形状はイコンの面影を感じさせるが、そのほとんどは生々しい雰囲気を醸す青き外殻に覆われている。
アルマイン・トーフーボーフー。――話によれば、そいつの装甲は99個もの魂を封じ込めたものだということだったが……その姿を見ればそれも信憑性があるというものだろう。曰く、『混沌』という名を冠するのも、それゆえか。
いずれにしても禍々しいものだな、とモードレット・ロットドラゴン(もーどれっと・ろっとどらごん)は思った。対して、彼が乗るのはレッサーワイバーンだ。獰猛な牙をむき出しにして、闘争心を高めるように唸るその竜も、十分に恐ろしいものだったが……混沌の名を持つそのアルマインと比べてみれば、いささか可愛らしくも思えた。
アルマインに乗る搭乗者――天貴 彩羽(あまむち・あやは)へと彼は声をかけた。距離が近いこともあるが、今はコックピットをオープン状態にしている。通信手段を使わなくとも声は通じた。
「……貴様までこちら側に残っていたとはな。まったく、物好きな奴だ」
「それはお互い様ね。君も、そして君の相棒も含めて」
モードレットは鼻を鳴らした。
お互いに『闇』の配下として南カナンと戦った者同士だったが、思えば、こうしてはっきりと言葉を交わすのは初めてな気がした。しかし、思っていた通り――互いに感じるのは『仲間』というより『共同体』といったところか。目的が同じだけだ、ということだ。
「物好きで結構だ……。血と痛みが、俺の身に降り注ぐのならばな」
「素直なのね。……少し、羨ましいかも」
彩羽の声は、わずかながら普段と違う雰囲気を思わせた。
一応ながらは味方――モードレットを前にして気を緩めているせいだろうか。その声はカナン軍に相対していたときの、白銀の鎧を纏った彼女のそれではなく……ただのあどけない少女のものに思えた。コックピットの中が見えるわけではなかったが、10代かそこらか? とモードレットは勘ぐる。
アヤ――そう名乗っていた白銀の女にモードレットは言った。
「……お前は、何のために戦っている?」
「復讐、かな。もしくは、押し付けがましい親切心ってやつ。……自分を守りたいだけなのかもしれないけどね」
わずかに間があった。その後、モードレットはつまらんとそれを一蹴した。かすかに、コックピットの中から彩羽のくすっという声がこぼれた。
こいつは、俺とは違うものを見ている。モードレットはそれだけは確かなことだと思った。同じ戦いを前にしても、見るものはそれぞれに違う。だが、こいつは……。こいつの見ているものは……。
それ以上何も聞いてこなくなったモードレット。彩羽は、一人遠くを見ながら呟いた。
「不用意なアルゴリズムが生み出すのは、美しい世界か、偽りの世界か。あるいは、それも壊し尽くしてしまうほどの暴走か……どちらにしても、その意味が分かるのは遠くない気がするわね」
声が閉じられたとき、神官軍の見る遠き空に……二つの飛空艇の機影が見えた。
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