空京

校長室

【カナン再生記】決着を付ける秋(とき)

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【カナン再生記】決着を付ける秋(とき)
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守りたいもの 2

 ジーナの歌とユイリの魔法は、コントラクターたちの力も高めてくれた。
 ジーナたちのかく乱に乗じて攻撃の手を激しくさせた陣たちへ、ルディ・バークレオ(るでぃ・ばーくれお)が後方支援魔法を放出する。
「リュース、ヴィナ……お退きになって!」
 回転したのは、一本の杖だった。水晶が埋め込まれたそれは、リュースから受け継がれた破邪の祈りを込めた杖である。指先で回転されたそれは、まるで遠心力そのものを魔力に変えたかのように光を発現させた。
 同時に、リュースとヴィナは彼女の前方を空けるために飛びのく。次いで、杖の先端が敵兵を捉えた。
「おゆきなさい!」
 発現した光の中から放射されたのは、炎と氷、そして雷の三種の力であった。まるで三叉の竜のように互いの間を縫いながら、そいつは神官兵たちを飲み込んでゆく。それぞれの自然現象に焼きつき、凍りつき、叩きつけられる兵士たち。
 と、ルディの背後から、呪文詠唱の隙を突いて一人の兵士が飛びかかってきた。
「……ッ!」
「させませんわ」
 それを阻んだのは、金髪の鮮やかなショートウェーブを軽く靡かせた少女である。
 ――ロビン・クリスーン(ろびん・くりすーん)。ルディの信頼あるパートナーは、兵士の剣を槍で受け止めていた。彼女はまるで姫を護る騎士のごとく、剣ごと敵兵を弾き飛ばす。
「助かりましたわ、ロビン」
「いえ……あなたはわたくしが護る。それが……わたくしの使命ですわ」
 ある種――魔鎧である彼女にとって、ロビンを護ることは生きる意味そのものであるのかもしれない。そのことを決然と告げた彼女の槍は、敵兵の攻撃がロビンへと近づくのをことごとく打ち払った。
 そして――コントラクターたちの間に迸るのは、純然たる叫びだった。
「みんなが苦労して作った施設を壊される訳にはいかないんです!」
「く、な、なんだあぁ……!」
 その叫びを発するのは、リュースのパートナーであるシーナ・アマング(しーな・あまんぐ)だった。彼女のそれは、言わば空気を震わす音を介した、音波攻撃とも言うべきものだ。一種の衝撃波のように敵兵の動きを封じた隙に、リュースたちの魔法がとどめの一撃を放つ。
 神官兵は……もはや給水施設に足を踏み入れることすら許されぬほど、コントラクターたちの力をまざまざと見せ付けられていた。
 しかし、彼らとてそれで無様に退くほど、自尊もプライドもないわけではない。
 己を鼓舞する咆哮をあげて、カナン兵たちへとぶつかっていった。そんな神官兵へ反撃しながら、ヴィナがぽつりと呟く。
「それにしてもさ、変だよね。こうまでしてカナンを支配しようとするなんて……ネルガルって奴はさ、何が目的なんだろう」
「そうですね。誰か唆したのでしょうか……お前ならやれるぞとか何とか。……考え過ぎでしょうか?」
 それに応じるのはシーナだ。
「案外エリュシオンかウゲン卿が後ろにいたりしてね。愚かなネルガルはただ踊っているだけなのかもしれない……もっとも、踊る方にも問題があるから、同情はしないけどね」
 ヴィナの言葉には冷然としたものがあった。だがだからこそ、彼は戦えるのだった。彼の意思は強く、そして強固だ。
「一つ質問。この戦で一番得をするのは、誰かな。少なくともネルガルじゃないよね。彼は他国の侵略には至ってないし、シャンバラの介入を許してる。さて、彼の側近は誰だろうね……?」
「ヴィナの言うとおり、誰が一番この戦で得をするのでしょうか。沈黙を護るエリュシオンでしょうか。それとも、二つの世界の消滅をもくろむウゲン卿でしょうか」
 ヴィナに応じて思考するのは、彼のパートナー、セシルだ。
 頭の中は様々な単語と思惑が巡りながらも、身体は攻撃の手を休めていないのだから見事なものだった。しかし、いずれにしても――
「真実を突き止めたい所ですが、今はこの場を護りましょう」
 考えを切り替えたセシルの言うとおり、この場は戦いに集中するのが良さそうだった。神官兵も、雑念を持ったまま戦えるほど甘い相手というわけではない。
 敵の攻撃から飛び退いで蒼炎を放った陣が、不敵な笑みを浮かべて皆に言った。
「セシルの言うとおりってことや。いまは――カナンのみんなのためにこの施設を守ろうぜっ!」
 瞬間――蒼炎は無数の軌跡を描いて迸る。
 リュースたちは、彼の意思に応じるように頷いて再び戦いへと意識を専念させた。
 そして……
「ちっこいって言うなー!!」
 小型台風の私怨がたっぷり混じった叫びとともに、神官兵たちは悲鳴をあげて吹き飛ばされるのだった。



「大丈夫ですよ。必ず……必ず皆さんが平和だったカナンを取り戻してくれますから」
 そんな言葉が、診療所のベッドで寝込む男に優しくかけられた。
 男は目を失っていた。戦争にしては犠牲者の少ないカナンの反乱戦だが、それは決して皆無を意味しているわけではない。戦いに赴く若者たちに負傷者は耐えないし、一般人であったとしても、心無き神官兵による犠牲者は少なからずいる。
 この診療所は、そんな負傷者たちを収容する数少ない施設だった。
 そして、男を介抱するロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)にとっては――友が率先して仲間と築き上げた、復興施設の一つでもある。
 男以外にも、彼女はベッドで眠る負傷者たちを巡りながら一声一声優しく声をかけていった。包帯を変えて、薬を与え、食事を食べさせる。そんなロザリンドの視界の隅で、パートナーのメリッサ・マルシアーノ(めりっさ・まるしあーの)がよたよたとおぼつかない様子で、薬や包帯の詰まった箱を運んでいた。
「メリッサ、無理はしないようにしてくださいね」
「はーい!」
 分かっているのかいないのか、とりあえず元気な返事を返したメリッサは、箱を置いて、また取りに戻ってと、繰り返しの作業を続けていた。
 診療所では、ロザリンドたちコントラクター以外にも、カナンの市民も負傷者の介抱を手伝っていた。ある程度負傷者たちを見て回ったロザリンドは、彼女たちに薬草の作り方や煎じ方などを教えてあげる。
 その頃になると、メリッサは資材運びの仕事を終えて、子供たちと一緒にきゃっきゃと遊んでいた。旗から見ると、メリッサはただ単に遊んで楽しんでいるように見えるが、その無邪気にはしゃぎ回る姿は、負傷者たちにも笑顔と活気を取り戻させてくれる。
 もちろん、ロザリンドたちの間にも笑顔をほころばせてくれた。
 そして、そんなメリッサを見てロザリンドは思うのだった。
 こうしてみんなが笑顔で過ごせる日々が取り戻されるように、と。それは本当に切なる願いだった。元のカナンを取り戻すためには、きっと時間もかかるだろう。例えこの反乱戦が勝利に終わったとしても、本当の意味で元通りになるまでには多くの人の力が必要だ。だから……そんな力の一端となれることを祈って、ロザリンドはせめて自分に出来ることをしようと、ここにいる。
「ロザリンドさん?」
「あ、ご、ごめんなさい。ちょっと考え事をしてて」
 願わくば――女神イナンナの復活とカナンの勝利がこの耳に届くことを。
 ロザリンドはそう思いながら、市民の皆と、そしてメリッサとともに、少しでも多くの笑顔を取り戻そうと、負傷者の療養に励んだ。