|
|
リアクション
ゾディアック・ゼロ攻略 ♯8
「……ああ。うん。わかってる……任せてくれ」
月崎 羽純(つきざき・はすみ)の言葉は、そこに居る誰に向けたものでもなかった。一人、うつむきながらそう口にする。
「なんて?」
遠野 歌菜(とおの・かな)が尋ねると、気だるそうに羽純は顔をあげた。態度が悪いのではなく、疲労が溜まっているのだ。覚醒光条兵器を抜いてから随分と時間が経過しており、時間と共に彼の気力と体力は消耗している。
「ゲルバッキーの事、頼むってさ」
「私からも、任せてって伝えておいてね」
「ああ」
声を頼りに、羽純が指示を出し、次切り開くべき場所を伝える。
彼だけではなく、同じく剣の花嫁であるダリルも声からの指示を伝えた。
「この先に、ゲルバッキーが居るんだよね」
声の主がはっきりとそう言ったわけではないが、そんな雰囲気はあった。長曽禰中佐の計算によれば、もう戦っている仲間が見えてもいいぐらいに近づいているという。
「……どうしたの?」
赤城 静(あかぎ・しずか)は、じっとダリルの顔を見ている桜花 舞(おうか・まい)の不審な行動を見て尋ねた。
「な、なんでもないわよ」
「ほんとに?」
この作戦中、舞はずっとそわそわしているようであった。
突然迷宮にほっぽりだされたり、誰ともわからぬ声を頼りにしたり、影人間はわらわら出てくるしと、落ち着いていられる場所ではないのは確かだが、それにしたって不審である。
「なに? ダリルの顔に米粒でもついてるの?」
「そんなわけないじゃない」
「じゃあ、なんでよ?」
「なんでもないって、言ってるでしょ」
静は絶対何かあると思ったが、舞は頑なだった。秘密にされると知りたくなるのが人の常である。だが、聞き出そうとするには状況があまりよろしくない。
「皆さん、準備はいいですか?」
歌菜が最終確認を取る。
向こう側は道を開くまで見えない為、この時が最も危険なタイミングだ。常に最善の手が打てるように各自が万全の準備を整えておく必要があるのだ。
「行きます」
歌菜が槍を構える。壁の下部に突き刺し、そこから一気に上へ向かって振り上げた。
迷宮の壁が切り裂かれ、向こう側が覗く。
今まで壁に囲まれてきた本隊の皆には、その空間がとても広く見えた。四方を囲む壁はなく、がらんどうの空間が広がっている。
(……もう、驚かないよ)
ゲルバッキーは切り裂いた空間から遠く離れた場所に、一匹で立っていた。
近くに誰の姿も無い。見上げた映像と一緒だ。
誰もが、それぞれの想いを持ってゲルバッキーを見つめる中、舞は一人ダリルの様子を伺っていた。
その視線に気づいたダリルは、声には出さず口を動かす。分かりやすいように、少し大げさに「大丈夫だ」と告げた。
舞はほっとした表情で、懐の中の包丁から手を離した。だが、何かあったら動けるだけの気構えは残しておく。まだ、絶対安心というわけではない。
そのダリルの背中を、羽純がぽんと叩いて、すれ違い様に小さく声をかけて先に切り裂いた壁を抜けた。
「歌菜」
覚醒光条兵器を戻し、羽純は再度ゲルバッキーを見つめる。
「大丈夫?」
「少しはマシになったな」
際限なく力が漏れ出していくのは止まったのを羽純は認識した。とはいえ、使用された力が全部戻ってくるような事もなく、自身が消耗しているのを自覚する。
「俺だって、一発ぐらいは殴っておきたいんだ。少しぐらいは無茶をさせろよ」
この作戦の開始前に、ちょっとした騒動があった。
その騒動の中心人物である辿楼院 刹那(てんろういん・せつな)とファンドラ・ヴァンデス(ふぁんどら・う゛ぁんです)の二人を、マーゼン・クロッシュナー(まーぜん・くろっしゅなー)はこの作戦中、ずっと監視し続けていた。
彼らが同行していたのは、大世界樹マンダーラとブラッディ・ディヴァインの残党が集まっている部隊だ。何か問題を起こす可能性があれば、ここの連中が一番高く、こういった連中の同行を監視するのもまた、マーゼンの目的である。
「今のところは、素直に役割を果たしているようですな」
刹那とファンドラは率先して前線に立ち、向かってくる影人間やインテグラルの化け物を撃退する事に勤めている。戦闘の最中に監視をするマーゼンを気にする様子はなく、マンダーラの目的である王への到達を成そうとしているのだとわかる。
「世界を滅ぼしたいって、本気なのかしら」
黒岩 飛鳥(くろいわ・あすか)は、戦う彼らの後ろ姿を見ながら、騒動の事を思い出した。
突然マンダーラが彼らの前に現れ、手勢を率いて手伝うなどとのたまった時、懲罰隊に含まれていたファンドラと刹那は突然隊列から飛び出すと、マンダーラの元に駆け寄った。
「止まりなさい」
そう言って、飛鳥は銃を向けた。もちろん、しっかりと引き金に指はかかっていた。
「殺すなら、殺せ!」
ファンドラは真っ直ぐ飛鳥の目を見て、そう宣言した。
「ここで撃つな。味方にあたる。捕まえるぞ」
マーゼンに言われ、銃を下げて二人を追った。
二人の元にたどり着いた時には、大世界樹の元に二人ともついており、何事か話しをしていた。耳を傾ける事なく、抵抗させる前に地面に二人を引き倒したところで、間の悪いテレポートによって彼らは大世界樹と一緒の地点に放り出されたのだ。
それからは、彼らやブラッディ・ディヴァインの残党を監視しながら、本隊との連絡を行い、問題が起きないように目を光らせているのである。
二人が世界を滅ぼすという目標を掲げている事については、あとから大世界樹がこっそり耳打ちしてきた。正直、かの大世界樹様のお言葉はどこまで本当の事なのかいまいち信じられない。
「このようなできそこないは不要ですか」
インテグラルの化け物を前にしたファンドラは、大世界樹の言葉を口にした。
「確かにできそこないと言われれば、そうも見えるのう」
これまでの、契約者達の前に現れたインテグラルと呼ばれる者達は、戦うために特化した肉体と性能を持ち合わせていた。その見た目は同じものはほとんど無かったが、ある種の美しさがあった。
「同じ素材でできているというだけなんでしょうね」
この迷宮で出会うインテグラルの化け物達は、そういった美しさは無い。流石に一対一で圧倒できるような戦闘力ではないが、今まで相対してきたものとは格が一つか二つはさがる。近いもので言えば、ブラッディ・ディヴァインが変化したインテグラルだろうか。とはいえ、それにさえ彼らは劣るかもしれない。
「壊していいと、大世界樹が言うのなら壊してしまいましょう。それよりも、王へたどり着く事こそが重要なのですから」
その先にある滅びを目指して、二人は邁進する。
彼ら後ろ、大世界樹マンダーラは相変わらず進軍の様子を観戦しているだけだった。彼の力に拠る必要なく、この迷宮は順調に踏破されているという事でもあった。
「先日は疑って悪かった。誤ろう」
そんなマンダーラに、エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)が声をかけた。
「ああ君は……覚えているよ、随分と大きな声をしていたよね」
「む、まぁ、覚えていてくれると話が早いか。ところで、まさかとは思うが、王とやらを奪取したら、インテグラルでゲルバッキーに総攻撃かけたりしないよな?」
マンダーラは特に表情を変えず、「どうして?」と聞き返した。
「あれでもパートナーの親だ、さすがに勘弁してくれ。……奴は、人類を憎んだお前と同じ状態になっているだけだ……そう考えれば分かるだろう?」
「むぅ、僕が人類を憎んでいたとかちょっと誇張表現じゃないかなぁ。信用できない相手だとは思ってるかもしれないけどね」
「ついでに聞け。多々益々弁ず、って言葉があってな……人ってのはな、困難であればあるほど力が出るんだ。それこそ『正しき滅び』を『創世』に歪ませるほどにな。加護や祝福は求めん……だが、見届けてくれ、人の力強さを……命の尊さを……創造の喜びを……そう、人が人たるが故に持つ、希望の賛歌を!」
「とりあえず、君の言い分は了解したよ。さて、じゃあ僕からも少しだけ。とりあえずあのわんこさんについては、そこまで労力をかけるつもりは僕には無いよ。だからみんなを連れてきたんだ。僕の目標はあくまで王、それだけさ」
「じゃあ、お父様を殺すつもりはないんですか?」
コルデリア・フェスカ(こるでりあ・ふぇすか)が重ねて問うと、うんとマンダーラは頷いた。
「わんこさんが、死ぬまで抵抗したら話は別だけど、わざわざトドメを刺しに行ったり、逃げたりするのを追ったり、なーんて事は僕は全くするつもりはないよ。本当だからね」
コルデリアはマンダーラの言葉を素直に受け止め、ほっと胸を撫で下ろした。
「その為にみんなを、ですか。こちらとしては、首に縄をかけられて引きずり出された気分なんですけどね」
話を聞いていた高月 玄秀(たかつき・げんしゅう)が横から口を挟んだ。
「不満があるのかな?」
「みんな不満だらけだと思いますよ」
「君は正直者だね。うんうん、でもこれは僕からの罰でもあるからね。ちゃんと役割を果たしてくれれば、芽は取り除いてあげるよ。そういう約束だし、僕は約束を違わないよ」
「あなたと会話していると、何故か疲れるんですよね。まぁ、雇い主の機嫌を損ねるような仕事はしないのが主義なので」
玄秀はマンダーラから離れて、全体のわき腹の地点に部隊の合流する。ちょっかいを出してくる影人間を、少数で食い止める面倒で厄介な役割をこなしている部隊だ。
「状況は?」
「化け物が迫っており、防衛ラインの崩壊が間近です」
式神 広目天王(しきがみ・こうもくてんおう)が端的に状況を伝える。
「またですか……。前線の人を借りてきたい気持ちになりますね」
迷宮を一列で通る以上、どうしても横腹を晒す場面が何度も訪れる。本隊のような大兵力もあれば、通路を確保ししっかりと防衛もできるだろうが、マンダーラのところに飛ばされたのは寡兵だ。
先頭に戦力をつぎ込んでとにかく前へ、左右と後ろを突かれてもとにかく前へ進む。足と止めたら死ぬし、横を食い破られてもやっぱり死ぬ。
「撃破は無理でも、少しは押し返してやらないと仕事をしてるとは雇い主様に思ってもらえませんね」
広目天王が弓を構える。言葉はなくとも、タイミングに不安は無い。玄秀も阿修羅を抜き、厄介な化け物を見据えた。
「前回は迦楼羅を使ってしまったのでね。今回はこれしかないんだ。自分達の運の悪さを呪ってくれよ! ……解刀! 阿修羅!!」
刀の力を羅刹解刀で解き放ち、インテグラルの化け物へと駆ける。
大立ち回りの末、土産に嬉しくも無い化け物の片腕を得たところで、
「ゲルバッキーを発見した、との報告でございます」
広目天王が報告した。
部隊の仲間より先駆けて、ジェイコブ・バウアー(じぇいこぶ・ばうあー)とフィリシア・レイスリー(ふぃりしあ・れいすりー)の二人は迷宮を進んでいた。
敵と戦う事が目的ではないので、極力気配を抑え、慎重に進んでいた。
そんな二人の足が止まる。
「何か居るな」
ジェイコブに、フィリシアは頷いて返した。
彼らが居るL字通路の先に、何者かの気配がある。それも複数だ。
「後続の到着を待つ?」
「……何が居るのか、最低限の偵察は必要だ」
ジェイコブの判断に、フィリシアは従った。この先にもしインテグラルの化け物がいるのなら、別の通路を選ぶべきだ。彼らの後続にいるのは、メルヴィア少佐と僅かな兵力であり、戦う相手は慎重に選ぶ必要がある。
メルヴィア少佐の隊は、戦力が少ない代わりに、彼らを筆頭に多くの優秀な偵察隊の人間が多くあった。極力戦闘を避け、道を選んで進んできたため、部隊の損耗はほとんどない。
「最悪敵をひきつけ、部隊と合流できなくなるかもしれん。覚悟はいいな」
そのため、あまりにも敵が多ければ、最悪囮となって迷宮をさ迷う事になる。少数のメルヴィア隊の身動きが取れない事態を招くわけにはいかないからだ。
優秀な指揮官の下にあっても、こういう状況での判断は個人の経験がものを言う。
ジェイコブは、この先の何者かは、最悪自分達が囮となっても生存できる範囲であるとそう判断したのだ。その判断を信頼し、フィリシアは躊躇することなく頷いた。
気配をできるだけ殺し、そっとジェイコブは通路の先に踏み込んだ。
「……! どうやって出てきたんだ?」
突然何も無い空間から飛び出したジェイコブに、ヨーゼフ・ケラー(よーぜふ・けらー)は驚きの声をあげた。
「こちらこそ驚いた……ここは?」
見回すと、自分が通ってきたはずの通路が見当たらず、代わりに多くのはぐれていた仲間と、負傷者の治療をしているエリス・メリベート(えりす・めりべーと)の姿が見えた。
「……あれは、ゲルバッキーか」
随分遠くに、白い犬の姿が見える。かなり距離がある。
「ジェイコブさん! やっと援軍が来たのですわね」
エリスがジェイコブに気づき、駆け寄ってくる。
「大変だったんですのよ。私達の隊は後方に詰めていたからかわかりませんが、どの隊とも一緒でなく迷宮に送り込まれて……」
「そうか。こちらも似たような境遇だったが、その前に」
ジェイコブは通信機を取って、フィリシアに連絡を取った。どうやら、気配は届くが声は届いていないらしい。通信機を介し連絡を取る。
「そっちの様子はどうなの?」
「ゲルバッキーの居る地点に到達した。こちらからは戻り方がわからない。メルヴィア少佐達をここまで案内してくれ」
「どういう事か詳しい説明をしてもらいたいけど、了解したわ。道案内は任せて」
「ああ、頼んだ」
ジェイコブは通信を終えると、改めて周囲を見渡した。
ある地点から黒いパワードスーツの一団が唐突に現れるのを目撃した。さらに、空間を槍が引き裂いたのちに、そこから見覚えのある顔が出てくる。
「本隊に、あれは大世界樹の一団か」
ヨーゼフの言葉通りに、この地点に続々と仲間が集まってきていた。
「なんとか、パーティに遅れずに済んだようだな」