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創世の絆第二部 最終回

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創世の絆第二部 最終回
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ゾディアック・ゼロ攻略 ♯11



「もう、もう止めなさい!」
 山葉 加夜(やまは・かや)は、ゲルバッキーに向かって叫ぶ。
 首だけとなったゲルバッキーはもはや戦える状態ではない。だが、それでもゲルバッキーは退くことも、諦める事もなく向かってくる。
 頭突きを回避し、加夜は振り向く。ゲルバッキーは落とした剣のうち、一本を咥えると飛び上がっていく。
「愛する人がいるのなら分かるはずなのに……。自分の為に誰かを傷つける姿を誰が見たいんですか!」
 彼女の夫、涼司はあれから一度も目を覚ます事なく入院中だ。
 ゲルバッキーが滅びを望む者を仇とするのであれば、彼女はゲルバッキーこそが仇となりうるだろう。
 剣を咥えたゲルバッキーが再び向かってくる。
「天のいかずち!」
 迎撃に放った雷は、しかしゲルバッキーに直撃させる事ができなかった。ここまで、身体を崩しながら戦ってきたゲルバッキーに攻撃を当てたら、粉々になって死んでしまうのではないかと考えたからだ。
 牽制の雷を受け、ゲルバッキーは軌道を変える。加夜との間合いは大きく離れた。
 そこへすかさず、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)が飛び込む。
「はぁぁぁ!」
 振り下ろされるウルフアヴァターラ・ソード。ゲルバッキーの頭ではなく、咥えていた剣に叩き付けた。
 踏ん張る力は無いと、ルカルカは既に見切っていた。剣は口から零れ落ち、くるくる回って地面に突き刺さる。
(くそっ!)
 ゲルバッキーは逃げながら周囲を見渡す。今落ちた剣のところには、加夜が立っている。もう一方の剣は遠い。
「目を覚ましなさい」
 ルカルカがじりじりと間合いを詰める。逃げ場がどんどん塞がれていく。

「え? あたし? ここどこ?」
 真理子はきょろきょろと周囲を見渡した。
 見た事も無い場所だ。移動した記憶も全く無い。
「催眠術だろうな。だが、その束縛は元々弱まっていた。恐らく、ゲルバッキーにはもう維持するだけの余力が無いのだろう」
 アルバ・ヴィクティム(あるば・う゛ぃくてぃむ)が真理子の瞳を覗き込み、離れた。わけのわからない真理子はただ動揺するばかりである。
「身体の方は、問題ないな」
 ヴァイス・アイトラー(う゛ぁいす・あいとらー)が太鼓判を押す。暖かい部屋同様に、真理子は大事にされていたようだ。その精神を除いては。
「だから、一体何なのよ。説明してよ」
 勝手に頷いたり、確認したりしている周囲の人たちに、たまらず真理子はそうまくし立てた。
「では簡潔に―――」
 アルバが現状を真理子に説明した。
 二人が彼女の治療をしているのは、彼女を発見したアルクラント達に要請を受けたからだ。本隊が陣取っている所はそこそこ距離があり、戦いの近くで味方の治療を行っていた二人が目についたのだろう。
「―――というわけだ」
 アルバの説明を聞き終えた真理子は、すぐ近くの壁を殴りつけた。
 鈍い音がする。突然の事に、さすがのヴァイスも目を丸くした。
「あぁいぃつぅ」
 次の瞬間、真理子がこの小さな部屋から飛び出していく。
「ああ、おい、ちょっと!」
 真理子の肩を掴もうとした手が、宙を掴む。二人の間をするりと抜けて、真理子は外へ飛び出した。
「ゲルバッキー、みんなに迷惑かけてるんじゃないわよ!」
 真理子は肩掛けのカバンに手を突っ込むと、適当にそこにあった物を掴んで、投げた。
 ゲルバッキーは首だけになって浮いていたが、真理子は疑問も何も思わなかった。好き勝手された事に対する怒りが爆発し、そんな些細な事には気づきもしなかった。
 彼女がたまたま掴み、投げつけたものは、髪をセットするのに使うヘアスプレー缶だ。ヘアスプレー缶は、ごくごく普通に放物線を描いてゲルバッキーのところへと飛んでいく。

 くるくると、スプレー缶がゲルバッキーまで飛んでくる。
 真理子の怒号を伴って飛んできた缶に、自然と皆の視線が注目した。
(この隙に)
 ゲルバッキーはなんとか現状を打破する一手を探した。真理子が目を覚ましたのは想定外だったが、そのおかげであとはやられるだけだった自分の運命が、変わったのだ。
 ルカルカのプレッシャーの薄いとこへ飛び込む。本当にごく僅かな隙間を縫うようにして、ゲルバッキーはこの場を逃れた。
 逃れられるはずだった。
 閃光が走る。
 ノア・サフィルス(のあ・さふぃるす)が放った、サンダーブラストだ。
 くるくると回りながら飛んでくるスプレー缶にノアも目を奪われていた。女性が投げたヘアスプレー缶は、当たっても「痛い」と思うぐらいで、戦場には不釣合いのものだった。
「あれだ!」
 今日まで培ってきた、ノアの勘が、歴戦の必殺技そう告げた瞬間、サンダーブラストがヘアスプレー缶を直撃した。缶は衝撃と電気が産み出した熱により、破裂し中身をぶちまける。
(ぎゃああああああああああ)
 途端、ゲルバッキーの悲鳴がとどろいた。

「いけない!」
 ノーバ・ブルー・カーバンクル(のーば・ぶるーかーばんくる)はナノマシン拡散状態になって飛び出した。
 ゲルバッキーが首だけになっても戦い続けていられたのは、バラバラにナノマシンが散った状態になってはいても、ナノマシン自体は無事だったからだ。
 真理子の投げたヘアスプレー缶が破裂し、中身が飛散する事で飛び散っていたゲルバッキーのナノマシンが破壊された。首は浮遊するだけの力を失い、まるで人形のように地面に転がっている。
 このままでは、ゲルバッキーが死んでしまう。
「ゲルバッキィィィィ!」
 同胞の危機を見捨てるわけにはできぬと、ンガイ・ウッド(んがい・うっど)が駆け出した。動かなくなったゲルバッキーとの間合いを詰めていく契約者の足元を、小柄な身体で縫う用に駆け抜け、誰よりも先にゲルバッキーのところにたどり着くと、その首を咥えた。
「こっち、こっちだよ」
 自力で動く事のできない様子のゲルバッキーを咥えたンガイは、届いた声が指し示す方を見る。ノーバが示した先では、鎌田 吹笛(かまた・ふぶえ)がナノマシン原木を用意している。
 ンガイは周りの契約者が、自分の動きを不審がっているのを確認した。ンガイの行動を図りかねているのだ、だが逃げ出そうとすればすぐに捕まってしまうだろう。
 この場に五百蔵 東雲(いよろい・しののめ)を連れてこないで良かったと、ンガイは改めて思った。
(なに……を……)
 ゲルバッキーから送られてくるテレパシーは信じられないぐらいに弱々しい。
「黙っておれ」
 場所を選ぶ、中途半端に人の隙間がある場所を見つけ、ンガイはそこに非物質化させていた機械化ヒュドラを物質化させ、見境なく暴れさせる。
 背後からの突然の敵の出現に、混乱が発生する。ンガイはゲルバッキーの頭を咥えたまま、ノーバの教えてくれは方向に駆け出した。
(僕を……どうする……つもりだ?)
「どうするも、何も無い。同胞を救いたいという気持ちに、理由が必要であるか」
 ンガイの言葉に、ゲルバッキーは黙り込む。
「よっぽどの事がなければ諦めぬであろう? 我に出来る事はたいして無かろうが、こうしてお節介ぐらいは幾らでもしてやるのであるぞ」
 猫の姿をしているンガイには、ゲルバッキーの頭は大きく、どうしても速度が出ない。吹笛のところまでまだ距離がある。その十分な距離の間に、人影が二つ割り込んできた。
 ルカルカと加夜だ。二人は機械化ヒュドラに目もくれずにンガイの逃走経路を塞ぐために回り込んでいた。
 振り返った先では、既に機械化ヒュドラは打ち倒されいる。ンガイは持ち込んだ手札はもう無い。あとは破れかぶれで、二人に挑むかだ。せめて、吹笛のところまでたどり着ければ失ったナノマシンを補充する手立ても立てられる。
「ぐあっ。何をするのであるか!」
 突然、ゲルバッキーがンガイに噛み付いた。
 思わずンガイが頭を離す。頭は頼りない感じで浮かび上がっていく。
(僕を捕まえようなんて、百年早いんだよ!)
 ゲルバッキーは吹笛とは逆方向に向かって、飛んで逃げようとした。だが、ゲルバッキーの逃走経路の先にあるのは、本隊や大世界樹が構えている本陣であり、逃げる道には値しない。
 弱々しくふらつきながらゲルバッキーはンガイの上を通り過ぎ、進む。その視線の見据える先から、ふらふらとした足取りダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)がやってきた。
 ゲルバッキーは障害を除去しようと、大口を開けてダリルの首に噛み付く。
「……」
 その様子を、ルカルカは視線を逸らさぬよう意識しながら見つめていた。
「もうやめよう……」
 ダリルは自分の首に噛み付いているゲルバッキーの頭を抱える。
 鋭く尖っているゲルバッキーの歯は、しかし人の皮膚を噛み切る程の力は残ってはおらず、首筋に僅かな歯型を残すのが、今の精一杯だった。
 ダリルは首を引き剥がさず、床を見つめていた。そうしている間にも、ゲルバッキーは必死になってダリルの首を噛む。やがて、血の線がひとつ、ダリルの首筋を流れていった。
「俺の首一つ取る力も残ってないじゃないか。もうやめよう、父さん……」
(気持ち悪い……呼び方を、するなよ。力が……抜けるじゃないか……)
 ゲルバッキーは首から牙を離すと、そのまま力なく転がっていった。
 ダリルはその頭を、優しく受け止めた。
 そうして、ゲルバッキーの頭部は静かに霧散していったのだった。



 戦いが終わってからも、慌しい時間は続いた。
 負傷者の治療や、状況の確認、コリマとの連絡などなど。通路の守りに残ってきた仲間に連絡をしたり、彼らに援軍を出したり。目的は達したが、全部が終わったというにはもう少し時間がかかるだろう。
 そんな中、布袋 佳奈子(ほてい・かなこ)は、転がっている一振りの剣を拾い上げた。
「終わったよ、花音さん」
 その剣は、ゲルバッキーが咥えて振り回していた光条兵器だ。
「私達をここまで導いてくれたのも、きっと花音だよね」
 エレノア・グランクルス(えれのあ・ぐらんくるす)も、一振りの剣を抱えている。こちらも同じくゲルバッキーが使用していたものだ。
 ゲルバッキーが振り回した二つの剣、光条兵器と覚醒光条兵器のどちらも、花音のものだ。
 あの事件のあと、二人は彼女が残した剣を探したが見つかる事はなく、ここまでたどり着いてついに彼女の剣を発見した。
「必ず、山葉涼司さんに届けるからね。ちょっとだけ、待っててね」
 佳奈子は剣に誓いを立てる。エレノアも言葉にはしなかったが、同じ誓いを心に刻んだ。



 ふわふわと進む大世界樹の背中を追いながら、マリー・ランカスター(まりー・らんかすたー)は様々な疑念を浮かばせていた。
「本当に、わてらを騙してるわけではないのでありますな?」
「君も本当に疑り深いね……うん、それは想像にお任せするよ」
 マンダーラは振り返りもせず、先へ進む。
 のんびりと飛んでおり、特別急いでいる様子は無い。
 何かあれば、アルベリッヒにつけている蘆屋 道満(あしや・どうまん)に動いてもらうべきか。考えながら、マンダーラのあとに続く。
「しかし、何故俺達の同行を認めるんだ?」
 玖純 飛都(くすみ・ひさと)が問う。
「別に、答えられるほどちゃんとした理由はないよ」
 不審な動きをしたマンダーラを追ってきたら、そのまま外から見えない通路に飛び込んだ、というのが彼らの現状だ。マンダーラは、それを黙認し、道を先へ進んでいる。
「この先に、王があるんですよね」
「そうだね。あると思うよ」
 矢代 月視(やしろ・つくみ)は、拍子抜けするようなマンダーラの返答に、少し呆れてしまう。
 歩いた時間は五分もかからなかった。唐突に、開けた空間に出る。今までのゾディアック・ゼロの風景となんら変化はない。
 部屋の中央には、巨大なクリスタルが安置されている。
「サラさん……」
 曖浜 瑠樹(あいはま・りゅうき)は水晶の中心に、ファーストクイーンを見つけた。水晶の中に居る彼女は、何かの芸術品のようで生きている実感を感じさせない。
「ファーストクイーンさん、だいじょーぶですよね……?」
 不安そうにマティエ・エニュール(まてぃえ・えにゅーる)は、瑠樹とダースとクイーンを交互に見た。
「何してんだ!」
 エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)の声に、皆が振り返った。
 今来た道を、植物のツルのようなものが塞ごうと広がっていき、誰かが何かをする前に完全に通路を封鎖してしまった。
「これは、どういうことか説明していただきたいですね」
 メシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)の真剣な眼差しに、マンダーラはどこか調子の狂った笑みを返す。
「時間稼ぎだよ」
「時間稼ぎ……王を持ち出すまでのって事か?」
 エースだけではなく、この場の皆に緊張が走る。
「大丈夫だよ。あの程度、君達なら十五分……うーん、十分も持たないかもしれないね。これからちょっと難しい事をするから、集中を乱さないようにしたいんだ。だからみんなも落ち着いてほしいな」
 ふわりとマンダーラは、桜塚 屍鬼乃(さくらづか・しきの)の方に移動すると、彼の持ってきた機材を手に取った。
「これからみんなを王に接続する。これ、とおんなじ役割を僕がしてあげるよ」
 マンダーラが手にしたのは、ケーブルだ。
「途中で誰か出入りしたり、集中を乱されたりしたら失敗しちゃうかもしれない。だから入り口を閉じたんだ。僕はいいけど、君達は心がこの迷宮で迷子になんて、なりたくないでしょ? さあさあ、目を閉じて、心を落ち着けて」
 マンダーラは裏椿 理王(うらつばき・りおう)の手を取った。血の通わない冷たく、無機物のような触感に少し驚く。
「さぁ、意識を集中して……」
 高熱を出した時のような、頭がぼーっとする感覚にそれぞれ襲われる。だんだん身体の感覚が遠ざかり、マンダーラの声も遠くなる。

『さぁ、目を開いてごらん』