|
|
リアクション
ゾディアック・ゼロ攻略 ♯6
ゾディアック・ゼロ内部は迷宮である。
優れた機材や人員、あるいは覚醒光条兵器を抜いた剣の花嫁に聞こえるという声のような、記録や道しるべなしでは、当然ながら迷う事になる。
テレポートで乗り込んだのだから、当然入り口なんてものも無い。
至極順当な結果として、ゲドー・ジャドウ(げどー・じゃどう)は迷宮内部をさ迷っていた。
迷宮には影人間や、それとは比べ物にならないほど危険なインテグラルの化け物なども徘徊しており、行くべき道もなくただ迷う彼は、おるすばんをしているジェンド・レイノート(じぇんど・れいのーと)が恨めしく思えてきていた。
「あれは……」
そんな最中、ゲドーは担がれて運ばれる白い髪の少年を目撃した。
見間違うはずがない、それは紛れも無いウゲンに他ならない。
こんな面白くもなく、むしろ苦しいばかりの迷宮にわざわざ足を踏み入れた理由が、彼の眼前を通り過ぎていく。
「ついに見つけたぞ、あの野郎! 背中の十字架の借りも、イコンをぶっ壊してくれた礼も、俺様がこんな場所にこさせられたことも、全部まとめて返してやる! 俺様の恨みは天よりも高く海よりも深いぜぇぇぇ! その他のことなんぞ知るかあぁぁぁ!」
逃げようとするウゲンを追い、ゲドーは駆け出した。
ゲドーにはウゲンが自分から逃げていくように見えたが、実際はウゲン達一向はしつこく追い回す影人間の群れから逃走していたのである。
前方不注意により、ゲドーは影人間の群れに突撃した。
「……ん?」
斎藤 ハツネ(さいとう・はつね)は足を止め、振り返った。
「どうしたんだい?」
ヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)も足を止めて、振り返ってみる。今までしつこく追い回してきていた影人間の群れの姿は無い。
「なんとか、逃げ切れたみたいだね」
「あー、うん。そうみたいなの、ただ、さっき誰かの声が聞こえた気がしたの……?」
不思議そうにハツネは首を傾げたが、すぐにそんな些細な事は忘れた。
「これで走らなくてよくなったようだな」
担いでいたウゲンを姫神 司(ひめがみ・つかさ)は一度床に降ろした。
「少し、休憩しよう」
司の提案に、誰もが頷いた。
駅伝のたすきのように、ウゲンを回しながら走り続けたのだ。それぞれに疲労を感じている。
大した会話もなく、ウゲンを中心に座り込み体力の回復を待つ。
未だ目を覚ましていないウゲンの顔を覗き込むニル子に、
「ウゲンはそなたから見て、どんな奴だ?」
と軽く尋ねてみた。
ニル子は、尋ねられた司を見て、それからもう一度ウゲンの顔を見てから、こう答えた。
「人間って不思議ですぅ」
「そうか」
ふわふわとした答えに、司はそれ以上の追及をしなかった。
その傍らでは、グレッグ・マーセラス(ぐれっぐ・まーせらす)が命のうねりでウゲンの治療を再度行っていた。
「そろそろ目を覚ましてもよさそうなのですが」
ウゲンを回復させるため、彼を含め多くが治療を施している。その治療も積み重なり、最初は限りなく死体に近かったウゲンも、かなり持ち直している。身体の状態だけでいえば、全快に近いだろう。
「うわっ」
驚いたのは誰の声か、あるいは何人も同時にそう口にしたかもしれない。
バネ式の玩具のような、不自然さで突然ウゲンが身体を起こしたのだ。
「おはよう」
目をこすりながら、ウゲンは一同を見てまわる。状況を確認仕切る前に、デューン・ヴァーンズィン(でゅーん・う゛ぁーんずぃん)が近づいた。
「おやおや、ウゲン様? お目覚めはいかがですか? 随分とボロボロになっていたみたいですが、ゲルバッキーにやられたとかそんなところでしょうか……ふふ」
「ゲルバッキー」
まだ覚醒しきってないのか、鸚鵡返しにその言葉を口にし、やがてウゲンは二度ほど頭を振った。
「面白みもない面子が、顔を揃えてこんなところに、随分と暇人なんだね」
大方の状況を推測しおえたウゲンは、立ち上がるとニル子を見つけると、顎で「来い」と伝える。
「ゲルバッキーのところに向かうのですか?」
「あんな犬、興味ないね」
デューンにそう答える。
「待て」
そのままどこかへ歩いていきそうなウゲンを、司が呼び止めた。
それだけはウゲンの足は止まらなかっただろう。だが、ウゲンの前に早川 呼雪(はやかわ・こゆき)が立ちふさがった。
「少し休んでけよ。まだ本調子じゃないだろ。俺も、聞きたい事がある」
ウゲンは呼雪に胡乱な視線を投げかけた。
その時間はほんの僅かで、ウゲンはその場に腰を降ろした。
「……喉が渇いたんだけど?」
呼雪が水の入った水筒を渡すと、ウゲンはそれを一気に飲み干した。
もしも何かあった時の事を考えると、贅沢な水の使い方だ。
「なぁ、ウゲン。お前はイアペトスの後を引き継ぐつもりなのか?」
「うん?」
「だから、三賢者達は『自分の世界を守れなかった』お仲間として、お前の足を掴んで引き摺り込もうとしていたのか?」
ウゲンは水筒を投げて返す。
「あいつらか、うざいよねほんと。あいつらが何を考えてるかなんて興味ないし、誰かの役割を引き継ぐなんて真っ平ごめんだ」
「そう、か。じゃあ、お前は何が望みで、何のためにここに来たんだ?」
「……」
「教えてくれ。お前の望みを叶える為なら、俺は自分に出来る限りの事は何だってしてやる」
「楽しそうな事を口にするね。何か見返りが欲しいのかい?」
「違う……いや、違わないかもしれない。俺はお前と友達になりたいんだ」
「なんだよそれ、意味がわからないんだけど」
「……それが、『絆を創る』という事さ」
呼雪は微笑んだ。それを、ウゲンはうんざりした様子で眺める。だが、根負けしたのかウゲンは苦笑を浮かべた。
「真顔でそんな事を言うのは卑怯だね。面白い冗談も聞けたし、僕はそろそろ行かせてもらおう」
「ウゲンよ。そなたは、まだ口にしていない事があるだろう? そなたはシャンバラ刑務所で“真の王”と何を話したか。だ」
立ち上がろうとしたウゲンが、司を見る。今にも飛び掛ってきそうな気迫を感じ取る事ができた。
飛び掛ってきたとして簡単に振りほどく事はできるだろうが、ウゲンは立ち上がらなかった。
「滅びののちに新たな世界……それも“真の世界”が誕生する。だってさ」
「それは、どういう意味なのだ?」
「さぁね。言葉の意味についてまでは聞いてないからわからないよ。ただ、そういうもの、なんだろうね。常識ってやつ?」
司は考え込む。
「それが、今のお前を動かす理由になるのか?」
「ゲルバッキーに興味ないと言ったけど、ではここで何するつもりなのか興味があるの」
ハツネがウゲンの顔を覗き込む。
「あれと根競べをするのは、面白くない」
ウゲンは既にゲルバッキーと迷宮内部で衝突している。
「もう一回負けたの?」
「うるさいな……」
ゲルバッキーは大量の予備ナノマシンを持ち込み、ウゲンをしとめようと試みた。ウゲンはそれを迎え撃ち、激戦となった。
どれぐらい殴り合っていたかはわからないが、ゲルバッキーは備蓄のナノマシンのほとんどを吐き出す事になり、ウゲンは彼らが知るように迷宮の半ばで倒れる事になったのだ。
引き分け、いや、痛み分けといったところか。面白くない結末だ。
「でしたら、今度こそ決着をつけるべきなの」
「いいよ、あんなのは君達にあげる。僕は、あいつの隠しているものを見つけるんだ。その方が、殺されるよりも悔しがるだろうしね」
ウゲンが立ち上がると、ニル子もそれにならう。
「隠しているもの? 王の事か?」
「秘密さ。もういいだろう、水一杯じゃあ釣り合わない話をいくつもしたしね。では皆さん、お元気で」
ウゲンはスタスタと歩き出すと、ニル子もそれについていった。
もう声をかけても立ち止まらないであろう、という確信がその場の全員が認識していた。
だが、ついていくことはできるだろう。その判断は、各々に託された。