空京

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創世の絆第二部 最終回

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創世の絆第二部 最終回
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ゾディアック・ゼロ攻略 ♯7



 ゲルバッキーは、乱れた息を整えることもできず、ひたすら戦いを続けていた。契約者達が傷つき、後退していっても、ゲルバッキーに休む暇などない。
 真っ赤だった彼の瞳が、まるで溶け出したように目全体を赤く染め上げていた。
 不意に影がゲルバッキーを覆う。見上げたゲルバッキーの目に飛び込んだのは、自らに向かって飛んでくるフィアーカー・バルカタフラクトミカエラ・ウォーレンシュタット(みかえら・うぉーれんしゅたっと)三船 敬一(みふね・けいいち)のパワードスーツだ。
「保健所の方からのお迎えですよーっ!!」
「これ以上、好きにはさせない。これで決める!!」
 敬一がパイルバンカーシールドを向け、ミカエラがPS用特化型格闘セットのブーツの推進装置を吹かし、細かい軌道を修正しながらゲルバッキーへと空中から襲い掛かった。
 空からの急襲は、ゲルバッキーの考えの中には無かった事だ。まして、パワードスーツで身を固め、さらに重量を増した一撃は重く響くだろう。まともに受けてしまえば、ゲルバッキーとて無視できない損害を受けるのは間違いない。
「がんばれー」
 さらにその後方、二人のパワードスーツ装着者をぶん投げたトマス・ファーニナル(とます・ふぁーになる)白河 淋(しらかわ・りん)のうち、トマスがゲルバッキーへと接近を開始する。淋はその背中を手を振って送り出し、今まさにゲルバッキーに一撃を叩き付けんとする敬一を応援した。
「パワードスーツを投げつけるだなんて、三船さんどうしたんだろう……疲れでも溜まってるのかな?」
 不可解な行動に最初は疑問を持った淋だったが、意外や意外、この急襲にゲルバッキーは思わず一瞬足を止めていた。
 回避を試みたとして、敬一にはワイヤークローによる次善の策があったし、PS用特化型格闘セットの機動性を用いれば、生半可な回避はむしろ危険を増やす。そう判断したゲルバッキーは、自分に飛び掛る二つの重量の塊を見上げ、睨み、唸り声をあげた。
 その決定に呼応するかのように、咥えた二つの剣、とりわけ一方の強く光る剣がさらに強く光を増した。
「うおおおおおおお!」
「観念しなさい!」
 衝突。
 二機のパワードスーツの間に飛び込んだゲルバッキーは、片方の刃で敬一を、片方の刃でミアエラを、それぞれ迎え撃った。
「パイルバンカー・シールドが、負けるだと」
 シールドから飛び出した杭が砕け、止まらない光条の光はシールドを食らった。
「二つもまとめて受け止めるっていうの」
 ミカエラのとび蹴りもまた、刃よって受け止められていた。
 シールドが破壊された事で、敬一は横を掠めるようにして地面に着地する。その僅かな時間にゲルバッキーは首を振り、ひっかけるような形でミカエラを地面に倒した。
 敬一が振り返り、ゲルバッキーを見るとゲルバッキーもまた敬一を視界に捕らえていた。仕留める為に飛び掛ろうと身体に命令が届くその間際に、トマスが自身に背中を向けているゲルバッキー殴り飛ばした。
「僕達の! 世界に対する愛だ!」
 全力の一撃がゲルバッキーをふっ飛ばし、ゲルバッキーは地面をゴロゴロとしばらく転がって、止まった。
「いいところを取られてしまったな」
 トマスは敬一に、「まだまだこれからですよ」と応え、ゲルバッキーを見やる。ミカエラも地面に叩きつけられたのと、片足の推進装置がいかれただけで、まだ戦える状態だ。
(……あれ?)
 そんな彼らに、ゲルバッキーから漏れ出した思考が届く。
「何か、特別な事をしたのか?」
 トマスは敬一の言葉に、首を振った。確かに思いっきり一撃を加えたが、それがゲルバッキーに対する特別な効果や意味のあるものであるかと問われれば、答えはノーだ。
 何かしらの偶然が重なった可能性はあるかもしれないが、それにしたって目の前の光景はどこか不気味なものに見えた。
 ゲルバッキーのわき腹、攻撃の当たったあたりが、握りこぶし一つぶんぐらいだろうか、ぽっかりと消えてしまっており、抉れてしまっていた。
 血や内臓といったものは見えず、人形の断面のように綺麗に無くなっている。
(ナノマシンが言う事を聞かない……どうして……)

「ふぅ」
 テレジア・ユスティナ・ベルクホーフェン(てれじあゆすてぃな・べるくほーふぇん)は額の汗を拭ってため息をついた。
「みなさん、命に別状がなくてよかったです」
 彼女の周囲には、これまでゲルバッキーと戦ってきた仲間が治療を受けて休んでいた。その中には、ゲルバッキーに組したリカインの姿もあった。彼女の処遇や言い分については、とりあえず本隊が来るまで保留という事で、治療を施し簡単に拘束している。
「もしもし、聞こえる?」
 通信機から瀬名 千鶴(せな・ちづる)の声がする。テレジアは声を頼りに医療品に埋もれた通信機を発見し、手に取った。
「はい、通信良好です。何か変化はありましたか?」
 千鶴はここにはおらずパワードスーツ輸送車両で、かなり後方に控えている。広いしパワードスーツや小型のイコンが扱える迷宮ではあるが、小回りの利かない車両は身動きを取るのは大変だ。ある程度の防衛戦力を置き、そのパワーを通信に割り振って簡易基地局として全体の通信を支えている。
「本隊の位置とそちらの位置を確認して、中佐に送っておいたんだけど、さっき連絡があったわ。本隊はかなり近い地点にいるわ」
「本当ですか?」
「少なくとも、座標ではかなり近いみたい。他に、メルヴィア少佐の隊もかなり近づいているみたい。そっちの戦況はどうかしら?」
「私は負傷者の治療が終わったところです。ゲルバッキーの方は」
 テレジアが遠くの戦況を見る。ゲルバッキーが健在で、仲間の敬一やトマスも戦っている姿が小さく見える。
「今も戦っています」
「パワードスーツ相手でも怯むことなく、頑張るわね。……わかったわ、何か変化があったら中佐への報告のあとでいいから教えて。必要なら、パワードスーツの予備部品をそっちに送るから」
「ええ、わかりました」
「それじゃ、通信終了」
「はい、通信終了」
 この時、車両の中で作業して千鶴や、遠くに直接戦闘を見ていたテレジアよりも、天井に移される映像を見ていた人たちの方が、ゲルバッキーに起きた異常事態を把握していた。
 目にわかる傷を追うようになったゲルバッキーは、しかしそれでも迷う事なくその場所で戦いを続けるのだった。



 じっとその影人間は様子を伺っていた。
「こっちでいいんだな」
 長曽禰中佐が月摘 怜奈(るとう・れな)に確認を取る。
「はい。声、はあちらだと言っているようです」
 いまいち頼りない報告になってしまうのは、彼らの道しるべとなっている声が、不確かで曖昧な存在だからだ。限られた剣の花嫁だけが聞いているその声は、剣の花嫁達は信じていいと太鼓判を押しているが、聞こえない人にとっては頼りないものに感じてしまう。
 ゾディアック・ゼロ内部自体が、どれだけ進んでも代わり映えしないのも、不安を助長させていた。
「そうか。斥候を出して様子を確認させろ。残党が残っているかもしれん。空間と空間の移動中は危険が増えるからな」
「はい、そのように通達します」
 長曽禰は他にも、持ち込んだ弾薬などの残量や、彼らとは別の位置に飛ばされてしまった隊との連絡など、次々と処理していく。
 武器を持って戦ってはいないが、人に指示を出し、また多くの人が報告や相談で彼の元を訪れている。
 組織を運営するのに、全体を把握し指示を出す人間の存在は不可欠だ。影人間はじっと様子を伺って、ターゲットをその男に選んだ。
 影人間は、積まれた物資の隙間からするりと抜け出し、そっぽを向いている長曽禰に駆け寄る。
 音を立たせず、地面を這うようにして進む影人間の姿を捉える事ができた時には、かなり接近を許してからだった。
「中佐!」
 咄嗟に、怜奈が自分の身体を盾にしようと影人間の前に立つ。
 影人間は、その刃を突き出した。
 思わず怜奈は目を閉じるが、刃は自分の身体に届く事はなかった。
「あ……」
 目を開くと、眼前の僅か数センチのところに刃の刃先が、そしてその先に、人間の手の甲が見える。手の甲を刃は貫いており、そこからポタポタと血液が流れ落ちていた。
「うふふふふ」
 アウグスト・ロストプーチン(あうぐすと・ろすとぷーちん)がどこか威圧感のある笑みを浮かべる。
 この恐ろしき笑みを前にして、影人間はこの場から逃げ出そうとしていたが、貫いた手の平がそのまま刃を持つ腕を握っているため、逃げる事ができない。
「乙女の柔肌に傷をつけて、はいさよならなんて、許されるわけがないじゃない」
 アウグストは、影人間の手を握りつぶした。
 さらに握った腕で影人間を引き寄せると、その顔面をもう片方の腕で殴りつける。大きくのけぞる影人間、だが掴まれている。もう一度引き寄せ、またも殴る。さらに殴る。殴る。殴る。
「あら」
 最後の振った拳が、影人間の手ごたえを返さずに空を切る。影人間は倒され、消え去ってしまっていた。
「案外根性無いのね。おーいたた」
「どれ、ちょっとみせてもらえますかな」
 アウグストの手のひらを杉田 玄白(すぎた・げんぱく)が 診断し、治療を施す。
 怜奈は治療中のアウグストに近づいた。
「あの、助かりました。ありがとうございます」
「別にいいわ。わたくしはね、あなたじゃなくて中佐を助けたのよ。あなたはわたくしと中佐のあいだに居ただけよ」
 アウグストはそう述べると、興味無いといった様子で視線を外す。
 アウグストの冷たい対応を見たソフィー・ベールクト(そふぃー・べーるくと)が怜奈に声をかけた。
「あれは、照れているのですよ。気にしないでください」
「そうなのかしら?」
「ええ」
 ソフィーは強く頷いた。怜奈が納得したかどうかはわからないが、少しは悪い印象を払拭できた事にする。
「私からも、礼を言っておきますよ。彼女を助けて頂いてありがとうございました」
 一方、玄白は手当ての終わりに包帯をまきながらそう言った。
「別に礼なんていらないわ、必要だと思うのなら、この手当てで相殺よ」
「ふふふ、随分と豪快なお方ですね」
「乙女に向かって、その評価はやり直すべきよ」
 そんな二人の元へ、長曽禰中佐がやってくる。
「怪我の具合はどうだ?」
「中佐! 問題ありませんわ。こんなのかすり傷です」
「そうか、それはよかった。なら、痛み止めは必要ないな。もしも必要なら、きちんと報告をするようにな」
 アウグストは、普段のドキドキとは違う理由で、心臓が高鳴った。
「規則は規則だ。必要あれば物資は支給される……先ほどの件は助かった、礼を言う。以上だ」
 中佐は仕事が山盛りなので、足早にその場を去っていった。
 手当てを終えても長曽禰の方をじっと見ているアウグストを残し、玄白もその場を離れる。
 その後、アウグストはこっそりソフィーを呼びつけていたが、その理由を知る者は誰もいなかった。