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遺跡探検!

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遺跡探検!

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第二幕 発見! 第二階層!

 遺跡第二階層。
「おーい!」
「バイト君、生きてるかーっ! 生きてるなら返事してくれーっ!」
「助けにきたよーっ! お願い、返事をしてーっ!」
 すでに光の届かない闇の中。懐中電灯のわずかな光を頼りに進む一団があった。
 彼らは先行して遺跡へ足を踏み入れた捜索隊だ。その目的はバイト君の救出である。
「いらっしゃるなら、返事をしてくださぁい」
 闇に向かって間延びした声を投げかけているのは、メイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)だ。
 別に緊張感をどこかに忘れてきたわけではなく、彼女はいつもこんな調子である。むしろ、生まれも育ちもお嬢様のわりに、暗闇に動じず随分と落ち着いていると言えよう。
「どこにいらっしゃ……、きゃあ!」
「メイベルちゃん!」
 悲鳴を聞いて、そのパートナーの剣の花嫁、セシリア・ライト(せしりあ・らいと)が慌てて手を伸ばした。
「だ、大丈夫ですぅ。瓦礫に足を取られて……」
 彼らの進む通路は著しく損壊していた。無計画に隆起し山あり谷ありの石畳、そこへ嫌がらせのように転がっている何かの瓦礫。ただでさえ足下のおぼつかない暗闇であるのにこの仕打ち。随分と遺跡に歓迎されているようである。
「ちょっと待って!」
 唐突に牧杜理緒(まきもり・りお)が叫んだ。
「どうしました、理緒。何かトラブルが発生しましたか?」
 その相方である機晶姫、テュティリアナ・トゥリアウォン(てゅてぃりあな・とぅりあうぉん)、通称テュティが、振り返った。
 呼びかけを続けていた他のメンバーも息を飲んで事態を伺っている。
「……声が聞こえたわ」
「何も聞こえませんでしたが……」
「しっ。静かに」
 しんと静まり返る通路。
 眼鏡の奥の瞳をきょろきょろ動かし、理緒は辺りに注意を注いだ。
「誰か……」
 ふと、聞こえた。それは確かに人の声だ。蚊の鳴くような声が、どこからか聞こえる。
「ここだ!」
 声の主にいち早く気づいたのは御風黎次(みかぜ・れいじ)だった。
 一同が明かりを向けた場所には、黎次の背丈よりも高く、瓦礫の山が積み重なっていた。そしてその重みを一身に引き受ける男が一人、瓦礫の下敷きになってうつ伏せに床に倒れていた。瓦礫の布団と石畳のベッドは、男にとって天にも昇る寝心地のようである。
「早くどかすぞ! 手を貸してくれ!」
 黎次が瓦礫に手をかけると、声を絞り出して男はこう言った。
「あの、出来れば……、先に何か食べ物を頂けると助かるのですが……」
 一同は顔を見合わせた。
「食べ物だってさ……。確か津波……、あんた食べ物持って来てるわよね?」
 なんとも緊張感のない男ね、とロベルタ・オークリィ(ろべるた・おーくりぃ)は呆れた顔を浮かべた。
「え、ええ。流動食のパックを幾つか……」
 高潮津波(たかしお・つなみ)は慌てて鞄から食料を取り出した。
「ですが、先に瓦礫をどかしたほうが、よろしいのではないでしょうか?」
 そう助言したのは、津波のパートナーである機晶姫のナトレア・アトレア(なとれあ・あとれあ)
 彼女は球体関節人形のような外見で、そして身長も大きめの人形ほど。上目遣いで見上げる彼女の愛らしさに、津波は状況も忘れてだらしなく頬を緩ませていた。
「……悪いんだが、どうするのか早く決めてくれないか?」
 瓦礫に持ち上げたままの黎次は、生まれたての子鹿のように腕をプルプルと震わせていた。





 数分の協議の結果。一同は食べ物を与えながら、瓦礫をどかす事に落ち着いた。
「いやあ、助かりました」
 助け出された男の名はルイス・オルゴン(るいす・おるごん)と言う。どうやらバイト君ではないようである。
「それで、何だってこんな所に埋もれてたのよ?」
 ルイスの手当をしながら、ロベルタは尋ねた。
「それがお恥ずかしい話なんです」
 ポリポリと頬を掻いて、ルイスは話を続けた。
「一週間ほど前なんですが、この遺跡に入って行くゴーレムを見かけまして。それでほら、私はローグですから。お金になりそうなものを見ると、ついつい気持ちが高ぶってしまうんです。気がつけば、身体が勝手にリターニングダガーをバイト君の首元に……」
「それはつまり……、強盗ではないのか?」
 話を聞いていた藍澤黎(あいざわ・れい)は、カッと目を見開きルイスを睨んだ。
 彼の放つ武人特有の張りつめた空気に、ルイスはきゅっと心臓が縮こまるのを感じた。
「まあまあ、ほら彼もローグだから言うてるやん。しゃーないやん。それが彼の天職なんや」
 黎の相棒、守護天使のフィルラント・アッシュワース(ふぃるらんと・あっしゅ)がなだめた。
 完全に美少年と言った風貌の彼だが、機関銃のように飛び出してくる関西弁は、彼に一瞬たりとも心を奪われた少女を後悔させるには十分である。なにせ口を開けばガッカリ王子なのだ。
「仕事に忠実なんは悪い事やあらへん。別にバイト君に怪我させたわけでも……」
 と、フィルラントは「ん?」と首を傾げた。
「何もしてへんよな?」
「ええ、勿論です。……と言いますか、何もさせてもらえませんでした」
「本当ですか?」
 フィル・アルジェント(ふぃる・あるじぇんと)は身を乗り出して尋ねた。
 正義感の強い彼女は、人を傷つけたり困らせたりする人間は許せないのだ。
「本当ですって。それがもう、こてんぱんにされてしまいまして。お話しするのも恥ずかしい事です。ですが、それで諦めるのも悔しい。ゴーレムを追いかけて、私も遺跡に入ったんです。ところが、ここでとんでもない騒動に巻き込まれてしまいまして……」
 そう言って、ルイスは懐中電灯を上へと向けた。
 光の中に現れたのは、巨大な石像だった。第一階層にあった騎士の石像よりも、はるかに大きく、天井に届かんばかりである。その姿も騎士ではない。遺跡の番人と言われるガーゴイルの姿をした、まがまがしい石像だった。
「まさか、これ……、リビングスタチュー?」
 フィルの片腕、ヴァルキリーのセラ・スアレス(せら・すあれす)は目を見開いた。
 あまり感情を表に出さない彼女であるが、さすがにこれには驚いたようである。
「このガーゴイルの他にもう一体いたんです。それがゴーレムに襲いかかって、それはもう激しい戦いでしたよ。戦いはゴーレムの勝利に終わりましたが……、破壊されたガーゴイルの残骸が私の上に降ってきましてね、下敷きになってはや一週間……、と言うわけです」
「バイト君は無事だったのか?」
 黙って聞いていた緋桜ケイ(ひおう・けい)が口を開いた。
「いえ、お嬢さん。それが……」
「お嬢さんじゃねぇ!」
 どう見ても女の子なのだが、彼女……、いや彼に対し、それを口にするのは御法度である。
「え、ええと……、バイト君でしたね。戦いの後、ゴーレムの様子がどうもおかしくなったみたいで、振り落とされていましたよ。それはもう豪快に。半ばパニックになっていたようです。どこぞへ向かって歩き出したゴーレムを、慌てて追いかけて行きましたねぇ……」
 どこか遠い目で語るルイスを尻目に、一同に緊迫した空気が走る。
 その時、緊迫した空気に追い討ちをかけるように、奥から悲鳴が上がった。





 遺跡第三階層。
「た、助けてくれーっ!」
 悲鳴をまき散らしながら、慌ただしく全力疾走している人物がいる。
 彼こそ、この遺跡で最も話題の人物、バイト君である。
 そして、彼の後を追いかけるのは、騎士のリビングスタチューの一団だった。鈍重そうな見た目とは裏腹に、バイト君を追いかける足取りはとても軽やかだった。久しぶりに侵入者がやってきて、彼らも心なしか浮かれているのかもしれない。
「ひえええっ!」
 目の前に見えるのは、高くそびえ立つ巨大な壁。とうとう彼は追いつめられた。
「こ、こんな事ならまともなバイト探すんだったぁー」
 哀れなバイト君に狙いを定め、石像の騎士は剣を勢い良く振り下ろす。
 だが、その一撃は飛び出して来た影によって防がれた。
「ま、間に合ったぁ……」
 影の正体は、理緒。剣をランスで受け止めている。
「テュティ!」
 三つ編みを振り乱し、石像の後ろに控える相棒に合図を送った。
 次の瞬間、石像はバラバラになって床に崩れ落ちた。
「理緒、彼の護衛をお願いします」
 守りの理緒に、攻めのテュティ。これが彼女達の戦闘スタイルだ。
 石像達は気配を感じ振り返った。そこには、駆けつけたバイト君捜索隊が武器を片手に立っていた。散々な目にあったにも関わらず、まだゴーレムを諦められないルイスも並んでいる。
「さーて、とっとと片付けようぜ!」
 ケイが放った火術が戦いの狼煙となった。
 炎に包まれ動きが鈍った石像達に、すかさずフィルがスプレーショットで銃弾を浴びせた。
「私が援護します」
「オークリィ流の秘技、見せて上げるわ」
「石像相手とは言え、気を抜くなよ、ロベルタ」
 突撃するロベルタに続き、黎次も三本に編まれた後ろ髪をなびかせ駆け出した。
「我も遅れを取るわけにはいかぬな……!」
 黎もそれに続く。残されたのはプリーストの二人、津波とメイベル。完全なる力と力のぶつかり合いの渦中に、プリーストが殴り込みをかけるのはいささか無謀と言うものである。
「ええと、私たちは……」
「応援班と言う事でぇ……」
 メイベルと津波の歌が戦場に流れていたが、残念ながら誰も聴き入る暇はなかった。





「……意外と手間取ったわね」
 石像の残骸を片付けながら、ロベルタは呟いた。
 数は多かったが、世の中量より質である。怒濤の攻勢により、勝敗は決した。
「もう大丈夫ですよ、バイト君」
 念のため、バイト君にヒールをかけながら、津波は微笑みかけた。
「あ、ありがとうございます。助かりましたぁ」
 緊張の糸が切れたのか、バイト君はぼろぼろ泣き出した。
 一週間の遭難生活でやつれてはいるものの、バイト君は思いのほか元気なようである。
「……ところで、ゴーレムはどうなったんですか?」 
 ふと思い出して尋ねたのはフィルだった。
「どうも自律モードのスイッチが入ってしまったみたいなんです。止めようと追いかけたんですが、何か気に触る事をしたのか逆に追いかけられてしまって……、必死で逃げてるうちにゴーレムはどこかへ行ってしまったみたいです」
「大変な思いをしたんですね……」
 フィルが同情していると、ふいに壁に亀裂が走った。
「な、何事だ……?」
 黎は武器を構え、壁から距離を取った。
 稲妻のように亀裂は壁の上を縦横無尽に走り……、やがて、壁は雪崩のように崩れ去った。 
 壁の奥の真っ暗闇に、巨大な影が浮かび上がるのを一同は目撃したのであった。