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黄昏の救出作戦

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黄昏の救出作戦

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第二章 黄昏の救出作戦・決行


「今回の任務への参加を頼もしく思う」
 シャンバラ教導団が中心となって組織された救出部隊。その前で関羽が作戦の説明にあたっていた。
 関羽からの説明は、
 鏖殺寺院が本拠地として使っているのはヴァイシャリー湖畔の古城であること。
 鏖殺寺院の兵士にはゴブリンやオークもいる。まともに戦えば敵ではないが、数の多さに注意すること。
 そして敵・壮麗のスティグマータの情報。闇の刻印と言われる力で人を操る鏖殺寺院の幹部について。
「心強い味方が手ごわい敵となる可能性があるということを心に留めよ」
 そして関羽の命令で「鏖殺寺院の目を欺くため」に部隊は二つに分けられた。正面から突入する部隊が鏖殺寺院をひきつけている間に、殲滅部隊が潜入しスティグマータを叩く。
最後に、自分が正面突破の部隊を率いると告げて関羽は説明を終えた。


「はわわっ! お姉さまがつかまっちゃいました! ワタシもお姉さまを助けに行かせてください!」
 シャンバラ人のセリエ・パウエル(せりえ・ぱうえる)は、両手を組み合わせて祈るように訴えた。
 セリエが姉と呼んで慕うのは宇都宮祥子だ。セリエは留守番をしていたために人質になることは免れた。祥子のことを思うといてもたってもいられず、救出部隊に参加していた。
「大丈夫。きっと無事よ」
 心配で落ち着かないセリエを安心させるように、あーる華野 筐子(あーるはなの・こばこ)はセリエの肩に手を置いて笑って見せた。
 しかしセリエは筐子の言葉よりも、筐子の全身がダンボールで覆われているのに面食らっているようだった。異相といえば黒い肌に銀の髪のセリエも目を惹くが、筐子の格好は群を抜いていた。
「ああ、これ? 救助用の特別仕様よ!」
 筐子は自分の体を指し示すと、誇らしげに胸を反らした。いつもは花の模様が描かれているダンボールだったが、今日は頭にかぶせたダンボールはショートカットの金髪が描かれており、胴体には肩にかける形で赤いタオルが描かれている。
「特別仕様?」
「今日のワタシは一味違うのよ。キミのお姉さんがもし正気を失っていても、ワタシが目を覚まさせてあげる」
 そう言って筐子は片目をつむって見せた。
「本当ですか?」
「ええ、任せて。たとえ関羽殿が相手だって容赦しないで気合を入れなおしてやるわ! ……関羽殿は生徒の模範! ここは一発強烈な一発を……なんて。キャアッ♪」
 その場面を想像したのか、筐子は身をくねらせる。
「私はアレをやってみたいんですの!」
 筐子のパートナーであるアイリス・ウォーカー(あいりす・うぉーかー)はぐっと拳を握り締めた。
「犯人に告ぐ、無駄な抵抗は止めて出てきなさい! ご両親も心配しているぞ」
 拡声器を持っているかのようにアイリスは呼びかける真似をした。
「カズキ、お母さんよぉ。貴方は優しい子なんだから早く出てきてぇ。……さぁ、武器を捨てて出てくるんだ」
 母親役の時には声音まで変えて憐れっぽい声を出す名演技である。
 きゃあきゃあとはしゃぐ二人をよそに、セリエは浮かない表情だ。アイリスはそっと筐子の肩を抱き、セリエの元を離れる。
「失敗しちゃったね。元気付けるの」
「そうしようとすること自体が尊いことなのですよ、筐子。いつの時も目的を持って行動することです。夢は、 叶うと信じる人にだけ描ける物よ」
 アイリスのブルーの瞳をのぞきこんで筐子は頷いた。


「一色仁だ」
 よろしくな、という言葉とともに差し出された一色 仁(いっしき・じん)の手を、緋桜 遙遠(ひざくら・ようえん)はすぐには取ることができなかった。幼少期を戦場で過ごした遙遠にとって、人間関係とは利害関係そのものであった。仁の瞳が優しい色をしているのを見て、遙遠はぎこちなく仁の手を握り返す。
「緋桜遙遠です」
「聞いてもいいか? なんで今回の作戦に参加したのか」
 遙遠は義勇兵として蒼空学園から参加していた。シャンバラ教導団の生徒がほとんどの救助隊の中で、蒼空学園の制服は目立つ。
 相応しい言葉を探す遙遠の姿に、仁は「答えたくなきゃ構わないが」と付け加えた。
「許せないんだ。絆を踏みにじるようなやり方が」
 遙遠は、今は側にいない自分のパートナーを思い浮かべた。写し身のようでいて、まったく違う。自分が人間らしく生きるきっかけをくれた人。遙遠にとってかけがえのない絆。
「あなたは?」
 遙遠は思いついて同じことを質問してみる。
「俺は命令だからな。駒として動くまでだ。答えが期待に添えなかったら申し訳ないが」
 仁の言葉に遙遠は頭を振った。
「同じ部隊だ。よろしく頼む」
「こちらこそ」
 二人はもう一度握手を交わした。さきほどまでのようなぎこちなさはなかった。


「わたくしがお供をしなくてもいいのですか?」
 守護天使であるハンス・ティーレマン(はんす・てぃーれまん)クレア・シュミット(くれあ・しゅみっと)に念を押した。
 ハンスはクレアから後方待機を申し渡されていた。そしてヒールが使える自分が側にいないことを心配しているのだった。
「大丈夫だ。知っているだろう? 私は自分の面倒くらい見られる」
 教導団の衛生科に所属するクレアはもともと医学を志していた。軍事の仕事に就いて欲しいという親族の願いを無下にできず教導団に入学したが、応急手当の知識など習得している。
「確かに闇の刻印がキュアポイズンで浄化できるとは思えませんが……」
「そういうことだ。今回の作戦で手当てができる者は多くない。私と行動するよりも、けが人が出た時のために後方待機をしてもらう」
 味方はもちろん、敵に対しても過剰な犠牲がでることをクレアは嫌っていた。やむをえず、といえども操られた人質を迎撃し負傷させた場合の心配をクレアはしている。それがわかるハンスはそれ以上食い下がらなかった。
「はい。ではくれぐれもお気をつけて」

「狭間癒月査問委員、パートナーのアラミル・ゲーテ・フラッグ。鏖殺寺院掃討部隊への転属、受領いたしました! これでテロリストと戦える! 見事な対応だ!」
 言うが早いか狭間 癒月(はざま・ゆづき)は歩き出した。パートナーのアラミル・ゲーテ・フラッグ(あらみる・げーてふらっぐ)は慌てて癒月の背を追いかける。
「ユズ! 部隊のみんなはまだ準備ができていないわ! 先行する気!?」
「教導団の作戦には従わせてもらうが、ワタシは己の意思でテロリストを倒す!」
 アラミルがついて来ているのを、癒月は視線を投げて確認する。しかし歩みは止めない。歩幅の違うアラミルはほとんど走るように足を動かさなければ追いつけない。アラミルの赤い髪が引っ張られるように後ろになびく。
(相変わらずユズは前しか見ていないのね。熱いというか、バカというか……。変な人だけどその分、男気があるっていうのかしらね)
 アラミルは離されないように癒月の背を追いかけながら小さく嘆息した。
「なにがあってもワタシがユズを守るから」
「何か言ったか、アラミル」
「いいえ、なんでもないわ」
聞かせるためでなく出てしまったアラミルの言葉は、癒月の耳には届かなかった。
(たとえこの身に代えても。だからユズ、あなたは前を見ていてもいいのよ)
 最後の言葉はそっと胸の中にしまった。


 救助部隊の様子を離れて見ている二つの影があった。
「やっぱり英霊クラスがどれほどのもんか見てみたいわよねぇ、楽しみ〜」
 影の一つ、銀の髪の女性が、くっくと笑う。少女趣味な服装にはアンバランスな色気がにじみでていた。
「マスター、危険なのではありませんか? まぁ、やるなら全力で楽しみますが。それに他の方々に迷惑ですし」
つばの大きい黒い帽子をかぶった少女が、赤い瞳で銀髪の女性を見上げた。真っ黒な服に身を包んでいる。こちらは対照的に、凹凸(おうとつ)の少ない体つきだった。
 銀の髪の女性は吸血鬼。赤い瞳の少女は契約者だ。しかし少女は女性をマスターと呼んでいた。
「や〜ね〜、他の奴らにも楽しみを提供してあげてるんじゃないの〜。それにしても近づいたら即、首が飛びそうよね〜」
「とんだ楽しい火遊びですよね。だが、それが面白い」
「せいぜい楽しみましょう、円」
 吸血鬼が、円と呼ぶ少女の顎を持ち上げて微笑んだ。円もその微笑に笑みを返す。
「はい。マスター」