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黄昏の救出作戦

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黄昏の救出作戦

リアクション

「さて、戦闘は他の奴らに任せて、俺は裏方に徹しますかね」
 【獅神の鉄槌】、佐野 亮司(さの・りょうじ)は仲間と離れ先行していた。亮司はあえてその役目をかったのだ。光学迷彩を使った斥候は亮司の得意とするところだ。
 信条の通り、戦闘に参加せずあくまで斥候の務めを果たすことに集中する亮司は、鏖殺寺院の兵士の目をかいくぐって奥地へ潜入していく。
「すっとろいゴブリンやオークに見つかるかよ。教官のほうが手ごわいぜ」
 教官の目を盗んで授業を抜け出しては、遺跡に忍び込む亮司にかかれば潜入は簡単なものに見えた。
しかし、同じ【獅神の鉄槌】を率いるレオンハルト・ルーヴェンドルフ(れおんはると・るーべんどるふ)の元に戻ってきた亮司の肌には、獅子の影の紫痕が浮かび上がっていた。
 紫痕に支配された亮司は、光学迷彩で身を隠したままでレオンハルトに近づいていく。物陰から銃撃。レオンハルトに気付かれたら撤退。場所を変え、再び銃撃を繰り返す。
 それを【獅神の鉄槌】、クリスフォーリル・リ・ゼルベウォント(くりすふぉーりる・りぜるべるうぉんと)は離れた場所から冷静に見ていた。
 人質を迎撃するために、クリスフォーリルはあらかじめ狙撃ポイントを割り出し、ゴム弾を用意していた。間違えないようにと実弾とは別にした白いラインをいれたゴム弾を確認する。
 クリスフォーリルが狙撃に集中するため、パートナーであるクレッセント・マークゼクス(くれっせんと・まーくぜくす)が周囲を警戒している。クリスフォーリルが警戒を任せた時、クレッセントは「……クレッセントはクリス様のご命令のままに」と短く答えた。説教が長くて、他人を辟易させることもあるが、ここぞという時には阿吽の呼吸が通じる。
 亮司による銃撃は続いているが、クリスフォーリルは焦らなかった。確実に狙撃が成功する瞬間を待つ。
「……貴方が知らぬ間に……私は貴方を仕留めるであります」
 レオンハルトが銃撃を避けて身を隠している間に、クリスフォーリルは亮司が銃撃するポイントを割り出してゴム弾を命中させた。
「なんで……こうなってしまったのでありましょう」
 狙撃を成功させたクリスフォーリルの胸には満足感など微塵もなかった。亮司が気絶してもスコープから目を離さない。
「……」
 機晶姫のクレッセントは答えるすべを持たず、クリスフォーリルの問いかけは風に散らされた。


 【獅神の鉄槌】、ルース・メルヴィン(るーす・めるう゛ぃん)も紫痕によって操られていた。軍に忠誠を誓っているはずの彼の頭の中は「闇の刻印を全身に受けてしまった。……オレはこれを広めなければ……」という思いでいっぱいだった。
 犠牲者を探してさまよっているルースは、見知った姿を見つけ近寄っていく。
【獅神の鉄槌】、渋井 誠治(しぶい・せいじ)は親友の姿をみとめて顔をほころばせた。日本生まれ。ごく普通の男子高校生であった誠治にとっては、初めての実践なのだ。緊張しっぱなしだった。小さな物音に反応し、「ヒイィ」とか「うわああ」と声をあげている。そのたびに「ビビってなんか無い!」と自分に言い聞かせていた。
 誠治は蒼空学園の生徒だったが、銃の扱いに少しでも慣れようと義勇兵に志願していた。運動が得意だが、極度の怖がりである。人質の中に友達がいるいうことだけが誠治の空元気を支えていた。
「ルース! よかった〜! 皆とはぐれちゃってオレもうどうしようかと――」
 目に涙を浮かべてまくし立てる誠治は、ルースの様子が普段と違うことに気がつかない。ルースは誠治の手を取ると、そっと口づけた。
 ぞわわわ
 誠治の背中を悪寒が走る。
 当のルースは誠治の反応などお構い無しだった。耳に口を寄せると息を吹きかけるように囁く。
「緊張しているのかな。かわいい人だ」
 さすが女の子と見れば片っ端からナンパしているだけはある、などと誠治が感心する余裕はなかった。もし迫られているのが誠治ではなく女の子だったら状況は違ったかもしれない。軽い性格のルースだが黙っていれば色男。しかも今は紫痕に操られてたらし全開である。
「ま、待てよ。ルース、落ち着けって……オレのことわからないのか?」
 ルースの手が制服の上から誠治の体をまさぐっていく。
ぷつ。誠治の中で何かが切れた。
「い、嫌だ〜!!」
 傍から見てもはっきりとわかるほどの涙目で誠治は絶叫した。
 と、誠治の絶叫に反応して、
「ああ! やめて下さい! 操らないで! 嫌です! オレは女性が良いんです!」
 ルースは一時的に正気を取り戻した。紫痕の支配に抗おうとして、苦しみだす。開放された誠治は安心するとともに気を失った。ルースは自分のしたことに気が付いて再起不能になった。


 【獅神の鉄槌】、前田風次郎(まえだ・ふうじろう)はレオンハルトの前に立ちふさがった。
「俺と戦え……」
「この俺に挑むだと? ……笑わせる! 血迷ったか前田!」
「……」
 風次郎が無言で剣を構えたのを合図に斬りあいがはじまった。
それより少し前――
風次郎の目には決意があった。パートナーである仙國 伐折羅(せんごく・ばざら)の目を見つめて風次郎は言った。
「俺はレオンハルトと戦ってみたい」
 紫痕に操られ同士討ちをはじめた救助部隊を目の当たりにして、風次郎の胸に押さえ込むことが出来ない思いがわきあがった。
 戦場で本気のレオンハルトと戦ってみたい。
 レオンハルトは同じ教導団で、同じ部隊で肩を並べる仲間だ。こんな機会でもなければ本気のレオンハルトと戦うことはできないだろう。そう、風次郎は考えていた。
「譲れぬか?」
 風次郎の真意を伐折羅は確かめた。決意を疑っているわけではない。義理堅い男ゆえに念を押さずにはいられなかったのだ。
 伐折羅の問いかけに、風次郎は無言で頷いた。
 そして今、
 伐折羅は火術の呪文を唱えた。風次郎とレオンハルトの対決が邪魔されないように二人を囲うような炎のリングをつくる。
「手出し無用でござる」
 ギロリと伐折羅の目が光った。クリスフォーリルへの牽制。視界が遮られて、クリスフォーリルは狙撃を断念せざるを得なかった。
「さてさて。面倒なことになりました」
 ちっとも面倒だと思っていない、新しいおもちゃをみつけたような口振りでシルヴァ・アンスウェラー(しるば・あんすうぇらー)は言った。自分のパートナーであるレオンハルトが仲間から襲撃されているというのにどこ吹く風だ。手を当てた口元には微笑をたたえている。
「僕の相手はあなたということになりますかね?」
「あえて敵対することを望まれるか、シルヴァ殿」
「嫌だなぁ。固く考えずにいきましょうよ。どうせゲームじゃないですか。人生なんて」
 パートナー同士の戦いが始まってすぐに風次郎とレオンハルトの戦いは決着がついた。レオンハルトの喉元に風次郎の剣が突きつけられている。
「なぜだ……」
「お前こそなぜとどめをささん」
「すまないレオンハルト、俺は……」
「ふん。俺の目が節穴だと思ったか? 操られていないことなど先刻承知だ」
 レオンハルトは剣を突きつけている風次郎の手を無造作に振り払った。
「おまえとクリスは任務に戻れ。聞こえたな、クリス。おまえもだ、シルヴァ。遊びは終わりだ」
「はーい」
「俺はやることがある」