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黄昏の救出作戦

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黄昏の救出作戦

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第五章 決着


 ブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)サイモン・アームストロング(さいもん・あーむすとろんぐ)がドラゴンアーツと魔術を使って前へ出て、比島 真紀(ひしま・まき)が後ろから援護という形で三人は進んでいた。
「俺の前にはなんびとたりとも立ちはだかることは出来ないぜ」
 サイモンが言うと同時にオークがどしゃりと床に崩れた。
 真紀とパートナーのサイモンはさすがに息がぴったりと合っている。単に契約者というだけでなく、長い付き合いのなせる業だった。互いの背中を預けることになんの不安も感じていない。
「右から」
「楽勝!」
 ただの付き合いではない。真紀もサイモンも戦場暮らしが長い。出会いも戦場だった。
 真紀は両親を亡くし、傭兵である養父に育てられてからずっと戦場で暮らしてきた。同年代の人間に比べると常識が偏っていて世間ずれしているが、その代わりどんな銃器もそつなく扱う。
 孤児であったサイモンは日々の糧を求めるために戦場に身を置いた。
 彼らにとっては、戦場の空気のほうが馴染み深い。
 サイモンが吹き飛ばした兵士に、真紀が容赦なくスプレーショットを叩き込む。息のあった攻撃に、数に勝るゴブリンやオークが倒れて道が開いていった。
 だが突然、ブルーズがなにかを見つけると、何も言わずに駆けていった。
「待て! 単独行動は――」
 真紀の制止を聞かずブルーズが走りこんだ先には、パートナーの姿を見て心底驚いている黒崎天音がいた。
「ブルーズ……こんな所でなにしてるんだい?」
「お前の泣きっ面を見に来たに決まっている。……ケガなどしていないだろうな」
「……ふうん、それはご苦労様だったね。まぁ、ご覧の有様だよ」
 肩をすくめた天音はシャツがはだけて胸があらわになっていた。
 逃走中、御影とマルクスが光学迷彩を使って鏖殺寺院の兵士を奇襲し、天音のボタンを武器の代わりに使ったためだった。だが見覚えのあるボタンが落ちていたおけげで、ブルーズは天音を見つけることが出来たのだった。
 ブルーズはしどけない天音の姿に視線を走らせると、自分の上着をかけてやった。
「これを着ていろ」
 すぐさまケガがないのかつぶさに確認したかったが、北条御影やマルクス・ブルータスが一緒にいるので抑えた。
 遅れて真紀とサイモンもやってくる。
「単独行動は感心しない、が」
 言葉にはしないがブルーズがほっとしているのがわかった真紀はそれ以上いう事はなかった。常に冷静、「軍人たれ」を己に課している真紀といえど心の機微がわからないわけではない。
 御影は人質が囚われている場所や状況などを簡潔に伝え、
「操られている生徒はできるだけ傷つけないで欲しい」
 頼むと頭を下げた。
「人質の安全確保の命令はでている。命令に逆らう理由はない。より確実な任務遂行のために可能ならば貴殿らも作戦に参加してもらいたい」
「ああ、もちろんだ。協力させてもらう」
 マルクスの反対は当然ながら黙殺された。


「うわあああ!?」
「仁!?」
 ミラ・アシュフォーヂ(みら・あしゅふぉーぢ)は一色仁の、ただならぬ叫びを聞いてすぐさま駆けつけた。
 そこでミラが見たものは正体不明の男に抱きつかれる仁の姿だった。
「じ、仁から離れなさい!!」
 ランスを振りかざしたミラを前にして、正体不明の男――明智 珠輝(あけち・たまき)は素早く仁から離れる。
「仁、大丈夫?! 刻印つけられちゃったの?!」
 普段の高飛車な態度はどこへやら。泣きそうな声でミラは叫んだ。仁に想い寄せているミラである。高飛車な態度は、仁に好意をもっているのに素直になれないジレンマの裏返しだった。
「変な声だしてすまん……。こいつがあまりにも奇怪な動きをするもんで……」
 いまだミラに武器をつきつけられたままの珠輝がにこりと笑った。
「武器を下ろしていただけませんか。私は刻印をつけられていませんよ」
「本当だろうな?」
「なんでしたらご確認なさいますか?」
仁の疑わしげな視線を受けて珠輝は嬉々として身に着けている服を脱ぎ始めた。脱ぎながらさり気なく体をすり寄せることも忘れない。
「いや、いい! 近い! 離れろ!」
 服を脱ぐのが異様に手馴れている。仁が止める頃には、珠輝はもうズボンに手をかけていた。
「それは残念」
「じゃあなんで襲いかかってきたんだよ」
「それは敵の目を欺くためと」
「ためと?」
「趣味です」
 刻印に操られた振りをして機会をうかがっていた珠輝は、御影や天音が逃げるのに乗じて逃げ出していた。そして救助部隊と合流できる可能性を増やすために、彼らとは別行動を選択したのであった。
 一人、救助隊との合流を目指していた珠輝は禁猟区を駆使して敵との遭遇を避け、避けられそうにない時には操られている振りをしてやり過ごした。彼いわく「演技力のたまもの」であった。
「さきほどのもその一環というわけで」
 珠輝は仁やミラと合流するまでに見聞きしたことを話した。人質が捕らえられている場所。兵力が手薄な箇所。
「協力感謝する。提供してもらった情報を無駄にはしない」
「それでは私はこれで」
「あ、ちょっと、一緒に行かないの?」
「武器のない足手まといを連れては支障があるでしょう。私はなんとかしますよ。演技派ですから」
 それなりに楽しみもありますしね、ふふふ、と珠輝はあやしい微笑を浮かべた。


 連絡を受けた夏野 夢見(なつの・ゆめみ)クロス・クロノス(くろす・くろのす)林田 樹(はやしだ・いつき)を含む班は人質の救助に向かっていた。
 スティグマータの姿は見えなかったが、鏖殺寺院の兵士が見張りとして残っており、まず掃討からはじめなければならなかった。
 アサルトライフルの射撃にさらされ、人質部屋に入ることが出来ずに一旦、通路の角まで下がる。
「目をつぶれ!」
 クロスはしゃがんで、持ち込んだ閃光弾を投げ入れた。すかさず樹が通路に飛び込んで引き金を引く。スプレーショットを叩き込まれた兵士たちが倒れた。
 やっと入った室内は暗く、熱気がこもっていた。ヘルメットについた懐中電灯の光が、夢見が動くたびに揺れた。いつもは頭の横で束ねている青い髪が、今はうなじ辺りでまとめられている。
 夢見は様子のおかしい人質は隔離し、闇の刻印の被害を受けていないと見られる人質を誘導する。御影と天音がもたらした人質の被害状況情報のおかげもあって、避難は比較的スムーズに進んだ。
 確認が取れた人質は順次拘束を解いていった。
 中にはチェックを逃れる者もいたが、夢見に襲い掛かった人質は容赦ない「金的上等」の攻撃の前に倒れていった。
「手当てをすることを考えてください」
「そうは言っても手加減するとミイラ取りがミイラだしね」
 言いながら夢見はてばやく人質を縛り上げている。
「まぁ、それには同意しますが」
 顔をしかめたクロスはスタンガンを使って操られた人質を無力化している。出力は調整済みである。こちらも大量に持ち込んだスタックカフで人質を拘束していった。
「スタックカフはまだ予備があります。ロープがなくなったら言ってください」
「ありがとう。さすがにそろそろ終わりだと思いたいけどね」
「確かに」
 あらかた振り分けが終わってくるころだった。被害を被らなかった人質はまれであった。しかし精神力で耐えた者はなんとか自分の意志を保っており、襲い掛かっては来なかった。
「刻印を受けた人には悪いけどしばらく不自由してもらうわ」
「元凶が倒れるまでは仕方ありません」
 万一のことを考え、紫痕をつけられた人質は拘束された。
 樹は人質を誘導しながら見知った人物を探していた。
人質のほとんどは薔薇の学舎の制服を着ている。樹と同じシャンバラ教導団の制服は目立つはずだった。人の波の中で赤い色を探すが中々見つからない。
 別の部隊で行動しているうんちょうタンから、「義姉者を頼みます」と樹は頼まれていたのだった。しゅんと肩を落とす姿を思い出すと一刻も早く探し出してやらねばと、樹は義姉者こと皇甫伽羅の姿を探す。
 最悪の場合を考え「刻印もち」として拘束された人質をあたるが、その中に伽羅の姿がないことに安心する。
 似通った後ろ姿を追いかけて確認する。伽羅に間違いなかった。
 伽羅は私服だった。道理で見つからないわけだと納得しながら、その可能性を考えて見なかったことに思い当たって、樹は自分が案外焦っていたことに気付いた。
「おい、小娘、馬のしっぽ! 無事か?」
 見覚えのあるポニーテールが振り向いた。樹に気付いてぱっと両手を広げてみせる。
「見ての通りですよぉ」
 さっきまで人質になっていたと思えない、普段どおりの伽羅の様子に安堵しつつ、袖をまくって腕や首に紫痕がついていないか確認する。紫痕がついていた場合にはすまきにする予定だったが、どうやら必要がなさそうだ。樹はほっと息をついた。
「探したぞ。人質になっていると聞いてな」
「心配してくれたんですかぁ?」
「報告が必要か?」
 答えない樹相手に伽羅はふふっと笑う。樹はこほんと咳払いをした。
「さて、本物の関羽さまの首尾はどうかな」
「本物?」
 伽羅はきょとんと樹を見返した。