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黄昏の救出作戦

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黄昏の救出作戦

リアクション

「あっ……」
 清泉 北都(いずみ・ほくと)は自分の口をついてでた声の高さに狼狽した。
(なんて声だして……)
 羞恥で北都の頬が上気する。あわてて口を抑えようとして自分の手が拘束されていることを思い出した。
こんな状況に置かれている怒りと、自分への苛立ちとがないまぜになった思いで、北都は声を出した原因――柳生 匠(やぎゅう・たくみ)を睨む。
 しかし匠は北都に睨まれても何も感じていない。何の表情もない匠の目は虚ろだ。すでに刻印に操られ自我を失っていた。
 匠は鏖殺寺院に興味があった。そして、こだわらない性格の匠は、興味もあって抵抗をせずに刻印をうけていた。
 なぜ鏖殺寺院はシャンバラ王国の再建に反対するのか。匠は知りたいと思い行動した。
 しかしそんな思いは忘れ去られていた。
 今は鏖殺寺院の、スティグマータの忠実なしもべとして闇の刻印をひろめる。その思いが匠を支配している。相手が同じ薔薇の学舎の生徒であっても関係なかった。
 また一つ、匠は紫痕をきざもうと唇を北都のはだに押し付ける。その熱に、柔らかさに、北都の体がびくりとはねあがった。
 北都は自分の体温があがっていくのを感じていた。さわられた箇所が、熱をもっているように熱かった。
(このくらい、ぜんぜん! なんともない)
 北都は自分に言い聞かせる。声が出ないようにきつく唇を引き結んだ。
 それがただの強がりで、効果がないとわかっていても、北都は必死に自分に言い聞かせるしかなかった。

「ったく、なんなんだよ。この状況は……」
 人質がお互いに紫痕を付け合っていく中で、北条 御影(ほうじょう・みかげ)もまた必死の抵抗をしていた。
 襲ってくる相手を頭突きや肘打ちで撃退していく。
(このままじゃジリ貧だぜ……)
 放っておいても無害と思われたのか、パートナーのマルクス・ブルータス(まるくす・ぶるーたす)とは引き離されなかった。それというのもマルクスが御影を守る役に立たないせいだ。契約相手を少しでも守ろうとしたパートナーは別の場所へ連れて行かれた。
 当然というか御影はパートナーと一緒であることを喜べなかった。なにしろ、
「おい、マルクス。ちょっとは手伝え」
「我は死んでるアル……。死んでるったら、死んでるアル……。だから手伝えないアル。別にさぼってるわけじゃないアルよ?」
 自称パラミタパンダは目をつむって嵐をやり過ごそうとしている。まったくあてにならなかった。
「その調子で惹きつけておいてくれ」
 苦闘する御影の背に声がかけられた。
「なにをするつもりだ?」
 御影は声の主、黒崎 天音(くろさき・あまね)の手元をのぞきこんだ。
「学舎の生徒なら、地球にいたころ誘拐されかけた経験のあるやつもいるだろ? ……備えあれば憂いなしだよ」
 皮肉っぽく笑うと、天音は革靴のかかと部分をスライドさせた。そこに収まっていたダイヤモンド加工の刃を持つ極小ナイフを取り出す。
「ずいぶん用意がいいな」
「こういうものは出番が無いほうがいいんだけどね」
 実家が資産家である天音自身こそ、「誘拐されかけた経験のあるやつ」だった。
「僕は大人しく助けを待つつもりはない」
 天音の言葉に御影は頷いた。
「俺もだ」
「手元が隠れるように陰になってくれないか?」
「わかった」
 御影は足でマルクスを天音の方へ押しやった。その際聞こえた抗議の声は無視する。天音を隠すように御影も移動する。
「チャンスを待とう」
 自分に言い聞かせるように御影は言った。

(むー、砂糖ないと、やっぱり、集中できない……)
 風岡 幸也(かざおか・ゆきや)はぼんやりとする頭をすっきりさせようと頭を振った。
 幸也のシャツははだけ、すでに紫痕がつけられていた。他の人質に危害が及ばないように、幸也は抵抗せずに闇の刻印を受け入れていた。
それでも他の人質に紫痕をつけず、自分の意識を保っているのは幸也が滅多に怒らないほどに温厚な性格……であると同時に鈍感であるからだった。
「助け……来る、よね?」
 どんどんと混濁していく意識に幸也は抗えなくなっていった。
 自分の意識を手放してしまえばきっと鏖殺寺院の言うままに動いてしまう。そう思っても幸也は、闇の刻印にどんどん蝕まれていくのを感じた。
「だめ、だ……。やっぱり、糖分……」
「はい、糖分」
 知らず知らずのうちにでた幸也の呟きを聞きつけて、麻野 樹(まの・いつき)が幸也に口付けた。
「え……麻野、君……? なんで……」
「うん。糖分補給。唾液って甘くない?」
 その大きな体で幸也を支える樹がにこりと笑顔を見せる。
「え? え? そうかな?」
「そうそう。だからもう一回……」
「あの、でも、麻野君」
「ん〜?」
「雷堂君がすごい目で見てるよ」
「こ、光司!」
「樹! なんでお前は楽しそうに唇奪いまくってるんだよ! 俺というものがありながら……」
 樹の後ろには、いつの間にか握りこぶしを固めた雷堂 光司(らいどう・こうじ)が立っていた。
「俺、浮気嫌いなのに、でも身体がいうこと聞かなくて、だから……だから心の中で樹に謝りながら他のやつに闇の刻印つけてたのに」
 ぶるぶると震える光司の目元がうっすら光っている。怒りの力で刻印の支配をはねのけているようだった。
「光司、落ち着け。待て。これも全部スティグマータ様の意思――」
「問答無用ー!」
「やっぱりそうなるのかー!?」
 追いかけっこを始めた二人を幸也はしばし呆然とみつめ、そして微笑んだ。
「うん。ちょっと糖分補給できたかも。ごちそうさま」
 幸也は少しだけクリアーになった頭で、改めて救助が来るまでがんばろうと決心した。