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黄昏の救出作戦

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黄昏の救出作戦

リアクション

「不気味だな」
 ロブ・ファインズ(ろぶ・ふぁいんず)の呟きを聞きつけて、一条 アリーセ(いちじょう・ありーせ)は顔の向きを変えることなく聞き返した。
「なにがですか?」
「あちらさんの出方だよ」
 ロブはアサルトカービンを構え直しながら言った。口を開いていても手は休めない。
 シャープシューターによって撃たれた鏖殺寺院の兵士がもんどりうって倒れた。
 ロブは的確に兵士の急所ではなく、腕や足を撃ち抜いていく。
 英国紳士たるものいかなる時も婦女に対して気遣いができないようでは失格だ、とロブは考えていた。
「人質をとられたままじゃあ、こっちはろくに身動きできん」
「ええ。人質の救出は最優先です」
「逆に言えば、人質を盾にとるのがあちらにとっては楽なはずだろう」
「こちらとしてはありがたいですが……気になりますね」
 アリーセはロブの言葉に頷く。
「罠があるのかもしれません。十分注意しましょう」
 ロブとアリーセは、本隊が突入した後に部屋をしらみつぶしに当たって、鏖殺寺院の兵士が残っていないか確認していた。今のところ人質には出会わない。
 アリーセはロブと視線を交わすと、まだ中を確認していない部屋に入っていった。アリーセはランスを構えたままで部屋の中を見回す。机や椅子が乱雑に置かれた部屋には動くものの気配がない。
「何もないか」
部屋を出ようとした時、か細い声を聞いた気がして、アリーセは足を止めた。
 ランスを構えたまま呼びかける。
「誰かいるの?」
「私よ……」
 机の影に座る人物、その鴉の濡れ羽のような髪の色に見覚えがあった。
「宇都宮さん!?」
 同じ教導団の生徒だとわかって、アリーセは警戒心をといて宇都宮祥子に駆け寄った。
「大丈夫?」
 顔を覗き込んできたアリーセの肩を、しかし祥子は薄く笑ってがしりと掴む。
「……え?」
 物音を聞きつけたロブはすぐにアリーセのいる部屋に走ってきた。そこには首筋を押さえたアリーセがうずくまっている。
「いけない……! 逃げて」
 アリーセの忠告は一手遅かった。光学迷彩で潜んでいた祥子は背後からロブに近づき、アリーセにしたように紫痕をつける。
 ロブは乱暴に振り払うことはしなかった。
「英国紳士たるものいかなる時も婦女に対して気遣いができないようでは、な……」


「手加減するのって大変」
 ネル・マイヤーズ(ねる・まいやーず)斎藤 邦彦(さいとう・くにひこ)の横に立って歩きながら思わず本音をもらした。
 邦彦はパートナーの呟きに答える。
「いっそ殺したほうが楽か?」
「そういうことを言いたいんじゃないわ。あなたは極端すぎるのよ」
 少しも表情を変えずに物騒なことを言い放つ邦彦に、ネルは顔をしかめる。普段は愛想がいいのに、邦彦は任務中になると途端に無愛想になる。冗談も冗談に聞こえなくなってしまう。
 とはいえ、冗談を楽しむほどの余裕もなかった。二人はもう長いこと、操られた人質を相手に戦ってきた。
 向こうは全力でかかってくるが、こちらはそうもいかない。体よりも心が消耗しているのをネルは感じていた。
 また一人、薔薇の学舎の生徒が二人へ向かってやってくる。その手にはナイフが握られていた。
「助けを求めてって様子じゃなさそうね」
 ネルは素早く邦彦の前へ出た。ネルの背後から邦彦はバーストダッシュで飛び出す。操られた人質が邦彦に気を取られている隙に、ネルは間合いを詰めていた。人質の腹部に、カルスノウトの柄が埋まる。
 人質が動き出さないのを確認してネルはほっと息をついた。
 突然、邦彦はネルを突き飛ばした。ネルは受身も取れずにしりもちをついてしまう。
「ちょっと、なにを……」
 ネルの抗議の声は悲鳴に変わった。
「邦彦!!」
「う……!」
 後ろからナガン ウェルロッドに組み付かれ、邦彦は腕に紫痕をつけられていた。
 邦彦はナガンを引き剥がすと、リターニングダガーを放つ。しかし手元が狂った攻撃は届くことがなかった。
「ようこそ、パーティーへ。楽しもうぜぇ」
 ひひ、と笑ってナガンは通路の奥に消えた。
「ネル、頼む」
 ネルは頷くと、かねてからの手筈通りに邦彦を気絶させた。
「待っててね。すぐに医療班のところに連れて行ってあげるから」
 邦彦を抱え、ネルはバーストダッシュを使って走り出した。


 レジーナ・アラトリウス(れじーな・あらとりうす)は契約者、金住 健勝(かなずみ・けんしょう)と一時的に別行動していた。
(あの口調を聞かないで済むのはいいけど)
 普段でも変わらない軍隊式の健勝の口調がレジーナは苦手であった。だが生真面目な性格の健勝が心配でない、と言ったら嘘になる。
 レジーナと健勝も一部屋ずつしらみつぶしに当たっていた。要領よく自分の分の見回りが終わったレジーナは、そろそろ合流しようと健勝のもとへ向かうことにした。
 健勝はレジーナの心配――予想していた通り、生真面目に一部屋ずつに呼びかけて確認していた。
「自分は金住健勝、シャンバラ教導団所属であります! 要救助者は名乗り出てください!」
 返答を待つ。返ってこない。
 違う部屋にいって呼びかける、返ってこない、移動、を健勝は繰り返していた。
 その手間を面倒だと思わない、いや考えないのが健勝だった。
 人質として囚われた早川 呼雪(はやかわ・こゆき)は、健勝が近づいてくるのを待ち構えていた。その腕にはスノードロップの紫痕がつけられている。
 はじめのうち、呼雪は気丈に刻印に抗っていた。自分の意識と刻印の支配のせめぎあいで呼雪は苦しみ、そしていつの間にか刻印の支配を受け入れていた。
「抗わなければ苦しむこともなかったのに……俺がばかだったんだ」
 熱にうかされたように、呼雪はつぶやきを繰り返す。
健勝がどうやら一人で行動しているらしいとわかると、呼雪はよろめく足取りで、健勝の目に付く場所に出て行った。そのまま床に膝をつく。
「要救助者でありますか! いま助けるであります!」
 健勝は呼雪を発見すると、すぐさま駆け寄って助け起こそうとしてやり、
そしてそのまま逆に押し倒されていた。
「あ、あの……?」
「ずっと耐えて押し込めようとしていたけど、俺、本当は……本当は……」
 健勝の上にのしかかった呼雪は、うわ言を繰り返しながら健勝が来ている教導団の軍服のボタンを外していく。
 どうなっているかわからない健勝は自分に今なにが起きているのか考える。そしてその場合の対処方法を必死で思い出そうとするが、しかしながら、こういう場合の対処方法など健勝のマニュアルにはないのだった。
「いや、ちょっと!」
 普段の口調が吹き飛ぶほど混乱した健勝の様子をよそに、呼雪は闇の刻印の忠実なしもべとして行動した。服をはだけさせ、あらわになった健勝の肌に紫痕をつけていく。
 それを目撃してしまったレジーナは
(こ、これが男の人同士の……)
 その様子に思わず見入ってしまう。見てはいけないと顔の前にひろげた手の隙間からばっちり見ていた。
「いけない、こんなことしてる場合じゃないわ!」
 応援を呼ぶためにレジーナは駆けていった。