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第2章 はた迷惑な隣人

「……密猟者相手に動き回れば暖かいと思ったんだけど……相手が出てこなけりゃ、ひたすら寒いのに変わりはないんだよね」
 クシュンと小さなくしゃみをひとつ。
 カレン・クレスティア(かれん・くれすてぃあ)は震える自分の肩をぎゅーと抱きしめた。
「そうなんですよね……猟師のお仕事って大変ですね……」
 その横でカチカチと歯を鳴らしているのは水神 樹(みなかみ・いつき)
 猟師から希少動物のいそうな場所を聞き出してきた二人はザンスカールの森、巨木の陰に身を寄せて密猟者を張り込んでいた。
「面白いこと、追いかけるのは好きなんだけど……待つのは性に合わないなぁ」
「至言ですね」
 カレンの言葉に、樹が頷いた。
「ジュレは、平気そうだよね。寒くないの?」
「低温度が身体の動きを硬くしているのは実感しているが……これを寒いと表現して良いのかは、難しいところであろうな」
 ジュレール・リーヴェンディ(じゅれーる・りーべんでぃ)は、関節の動きを確かめるように、小さな身体を動かしてみせた。
「……つまりは平気ってことよね。羨ましい。そう言えば……くしゅん!」
 カレンはまたくしゃみをはさんで続ける。
「ケイン先生がいなくなったんだってね」
「あの騒ぎはそう言うことだったのですか。えっ? まさか……先生、密猟されたんですか?」
「ちょ、直結させたね。まぁ……確かに珍しい人だけど。べつに希少生物じゃないよねぇ……」
「ですよね。それなら私達だって狙われることになりますもんねぇ」
 あごに指を添えて、樹がポツリとこぼした。
「……こ、怖いこと言わないでよ。ただでさえ寒いのに」
 その瞬間、突然頭上がかげった。
 タイミングがタイミングなだけに、カレンも樹もギクリと身をこわばらせる。
 振り仰げば、二つの空飛ぶ箒。
「びっくりしました」
「ほんと。でも、あれも寒そうだなぁ……」

 ダムッ!

 カレンが身をすくませた瞬間、重い銃声が森を震わせ、箒の操り手がバランスを崩すのが見えた。
 一瞬だけ顔を見あわすと、樹とカレンは同時に駆け出していた。

「何が起こったんですか」
 一瞬だけ意識が飛んだらしい。
 気がつくと、朱宮 満夜(あけみや・まよ)は地面に投げ出されていた。
「下から撃たれたんだ。立てるか?」
「問題なさそうです」
 差し出されたミハエル・ローゼンブルグ(みはえる・ろーぜんぶるぐ)の手につかまって立ち上がる。
 数カ所、すりむいてしまったようだけれど、他に怪我はないようだ。
「珍しい生き物さんたちに会いたかっただけなのですが……災難ですねえ」
「どうかな。人災かもしれん」

 ヌッと、森の奥から、
「けっ。なんだ、人間か」
 面白くなさそうな声とともに、三人の人影が姿を現した。
 服装にも、体格にも似通ったところはないが、銃を持っているという点と、どこか曇ったような目つきが共通している。
「まずはひと言、謝罪があってもいいと思うが?」
 ミハエルが、抑えた口調で睨みをくれる。
「ハン。すまねぇな。希少生物と間違えちまった」
「ではっ! あなたたちが密猟者なのですねっ! どこに捕まえているんですか? 馬鹿なことはやめて彼らを話してあげてくださいっ!」
 満夜の勢い込んだ言葉にも、密猟者は下卑た笑みを浮かべた。
「なんだい嬢ちゃん、希少生物が見たいのかい? 連れてってやってもいいぜ。『わたしも捕まえてください』とでもお願いすればなっ」
 満夜がグッと言葉に詰まる。
 密猟者達は三人揃ってゲラゲラと笑い声を上げた。
 
 ヒュゴォ。

 そこへ、頬が切れそうな風をまとって氷術が飛ぶ。
 密猟者達は泡を食って飛び退いた。
「満夜、交渉は決裂だ。奴らに、わからせてやる」
 怒りに瞳を燃やした、ミハエルの姿があった。
 満夜がそれに頷く。
「畜生! イルミンスールの奴らかっ」
 すぐに銃声が響き、開戦を告げた。

 飛んでくる銃弾に気をつけて氷術を展開。
 氷術。
 また氷術。
 満夜とミハエルは徹底して氷術を展開させた。
 それ以外にするつもりはない。
「密猟になんて来たことを後悔させてあげます!」
 意地とプライドの応戦だった。
 ただ、一人とは言え人数のアドバンテージ。満夜とミハエルは若干ずつ追い込まれ、その顔に焦りが浮かびだす。

 それを救ったのは、高速の弾丸だった。
 
 密猟者の一人が肩を撃ち抜かれてうずくまり、同時に、カレンと樹がなだれ込む。
「オッケー! ジュレ、完璧! ナイス武装! ナイス準備!」
 カレンのはしゃいだ声が響いた。
 樹の鋭い一閃がひらめき、満夜とミハエルの氷術は勢いを増す。
「ちっ。逃げんぞ」
 仲間を抱えて、密猟者が逃げ出して行くのが見えた。
「だから言ったであろう。相手が密猟団なら、大掛かりな武器を所持している可能性がある……やれやれだな」
 少し離れた位置で、レールガンを仕舞いながらジュレールは独りごちた。
 顔を上げれば、喜び合う一団の中で一際嬉しそうにしているカレンの姿が目に入った。
 もちろん、ジュレールの声が届いている様子はない。
「ヤレヤレだが……ま、『無事で何より』というやつか?」


 ターンっ!

 遠いのか、はたまたごく近くなのか。
 鬱蒼と茂る針葉樹たちは音の遠近感を曖昧にさせる。
 ただ、少なくともそれはチャンスだった。

 一番年かさの密猟者が、銃声と嬌声に気を取られたと思った瞬間。
 アリア・セレスティ(ありあ・せれすてぃ)は高速で踏み込み、カルスノウトをなぎ払う。
 しかし、密猟者はわずかに身をひねっただけで、それをかわしてみせた。
 空を泳いだアリアの身体を、ガシリと、背後から野太い腕が絡み取る。
「うぉぉ。おっかねぇおっかねぇ」
 密猟者の一人の、半分笑いを含んだような声が耳をなぶり、荒々しい体臭が鼻腔を無理矢理こじ開ける。
 もともと、男性と言うだけで苦手意識があるのだ。アリアの背中がぞわりと総毛立った。
「いやっ!」
 アリアは反射的に腕を振るい、男の拘束から逃れた。
 乾いた音共に頬を張られたはずのその男の顔に、怒りよりもむしろ嗜虐的な表情が浮かんでいく。
「なぁお嬢さん」
 年かさの密猟者が世間話でもするかのような調子で口を開いた。
 分からず屋の子供を諭すように。
「こちらは仲間の一人が甚大な被害を被っている。あんたのいわれのない暴力のせいでだ」
 密猟者の視線の先では一人の男がのびている。
 確かにアリアが叩きのめした。
 希少な動物を追いかけ回している姿を見たから。
 襲いかかられたから。
「違っ……」
「あんたには、償ってもらわねばならん」
 総勢六人。
 十二個の絡みつくような視線が、自分の身体をなめるように移動していく。

「――――――!」

 悲鳴は、音にならなかった。
 しかし、まるで答えたように、二つの声が響き渡った。

「蒼天の煌き、見せてあげます!【ブルー・シャイン・ボルト】!」
「紅炎を見せてあげるわ。【ブレイズ・オブ・サンシャイン】!」
 突然の轟音。そして閃光。
 爆炎波の炎と、サンダーボルトの高熱に、男達は不意を突かれながら――
「なんだテメェらっ!」
 それでも怒鳴り返した。
「煌く蒼は蒼天の輝き!全てを照らす銀光の華嫁、【蒼天】のサファイア!」
「この世に悪がいる限り!正義の心が煌き燃える!陽光の輝き、【紅炎】のルビー!」
「……」
 改造制服に身を包み、木の上から現れたのは美少女戦士部の二人。
 と、コートからマントから黒ずくめ顔には銀色の仮面という出で立ちの三人目。
 ユニ・ウェスペルタティア(ゆに・うぇすぺるたてぃあ)アメリア・レーヴァンテイン(あめりあ・れーう゛ぁんていん)
「ほらほら、名乗ってください?」
 ユニに急かされて三人目の人物は重そうな口を渋々と開いた。
「……夜空に煌く銀月の如く……月光がこの地に光臨する……銀月の輝き、【月光】のムーンライト……これで……いいのか……?」
 どんよりとした目でクルード・フォルスマイヤー(くるーど・ふぉるすまいやー)はユニに確認を求める。
「『これで……いいのか……?』は余計よ。クルード、もっとやる気を見せなさい」
「……名前を呼ぶなと……あれほど言わなかったか……? 俺は『美少女戦士部』など死ぬほど嫌だが……今回は人数が居ない為、仕方なくだな……」
「いいから、行くわよ」
 ますます不機嫌になるクルードにさらに気合を入れると、アメリアはユニと共に息のあったジャンプで空中に身を躍らせた。
「……」
 一人木の上に残されたクルードはため息をひとつ。
 しかし次の瞬間、木の真下でその姿をさらしていた。
「ひぃぃぃぃ! こ、この野郎っ!」
 突然落下してきたクルードに、今にもこの場から逃げ出そうとしていた、一人の密猟者が悲鳴を上げた。
「……手を貸すと言った以上……後方の安全くらいは確保してやるのが……俺の役割だからな……」
「へ、へへ、な、なるほど。【月光】のムーンライト=クルードのプライドってやつか?」
 半笑いで嘲るような声。
 ガッと。
 クルードは男の首元を掴んだ。
「覚えてなくていい。忘れろ……」
「ひぃぃぃぃぃ」

 どうやら状況は好転したらしい。
 密猟者たちを圧しまくるクルード達に、アリアはホッと一息をついた。
 まだ戦える。
 アリアは、再び剣を手に取った。