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第6章 溶ける氷と解ける糸

 動力室前。
「アヤ、アヤ、あれ、なんですのあれ? ちょっと可愛らしいのですけど?」
 動力室の扉は開け放たれて、今は外からでも中が確認できる状態になっていた。
 明らかに何かしらの動力源と判る黒光りする装置の前に、ずどんと置かれていたのは、大柄な雪だるまだった。
「見た目で判断しちゃダメだっ! ライヘンベルガーさんの見立てが正しければ……あれは古王国の遺物だよっ!」
 クリスの声に叫び返し、綺人は刀を抜きはなつ。
「壊すんですね? 壊しちゃっていいんですね?」
 瞬間。
 クリスの声に、まるで反応したかのように氷術が飛んだ。
「……勘弁してよ。寒くするだけの装置じゃないの?」
 肩をすくめながら、しかしその目は突破口を探すように忙しく動いている。
「継続的に冷気を放出し続けているようだな。なるほど、『禁猟区』の反応も止まらなければ、動力装置も凍り付く訳だ」
 ユーリはふむふむとうなずいている。
「感心してる場合じゃないだろ? おわっ、また攻撃してきたっ! もう手加減不要って奴かな」
「む? 感心しているように見えたか? どちらかと言えば憤慨しているのだが……一体、教師や職員は何を調査していたんだ?」
 ユーリは少し厳しい表情を浮かべた。

「メリエル! 右だ! その量は打ち落とせないっ!」
 エリオット・グライアス(えりおっと・ぐらいあす)の声が、凍てついた大気を切り裂いた。
 ほとんど悲鳴に近い。
「おっけー!」
 メリエル・ウェインレイド(めりえる・うぇいんれいど)が急角度で身をひねって氷術の乱舞をかわす。僅かに交わし損ねた氷の塊は、エリオットが火術でたたき落とした。
「うーし。寒いぜ寒いぜ寒くて死ぬぜ縲怩チて訳で、あたし今頭全然回ってないから、頼んだよ、エリオットくんっ」
「頭くらい、いつでも回しておいてほしい物だがな」
 それは器用に無視してメリエルは雪だるまへの距離を詰めていく。

「マサムネさんっ!」
 エリオットの横でナナ・ノルデン(なな・のるでん)の張り詰めた声が響いた。
「……とりあえず、頑張ってください。氷術は、自力で」
「おおぃっ! 雑だな、こっちの指示はよぉ!」
 それでも何とか木刀を打ち振るい、目の前に出現した氷塊だけはたたき落とす独眼猫 マサムネ(どくがんねこ・まさむね)
「とりあえず背中のこいつなんとかしてくんねぇか! あぶねぇ!」
「ボクなら大丈夫だよ兄貴」
 マサムネの背中からひょこっと顔を出したのはズィーベン・ズューデン(ずぃーべん・ずゅーでん)
「火術使えるから、暖を取るなら任せて」
「『任せて』じゃねぇだろぉぉぉぉぉぉ?」
 グッと親指を立て見せるズィーベン。
 若干涙目で、マサムネはでたらめに木刀を振り回した。
「しかし、まさかパートナー二人、総出動の荒事になるとは……今回は、頭脳労働のつもりでいたのだがな……」
 目の前に厳しい視線を注ぎながら、エリオットの口から短いうめき声が洩れた。
「動力源は、てっきり盗まれたと思っていたのですが……まさか余計なものを置いて行かれてるとは……」
 それから懺悔をするように手を組み合わせた。
「それからごめんなさいケイン先生。先生が持ってったんじゃないかって、ちょっと疑いました」
「まぁ……あの先生のことだ、今更無関係とも思えんがな。いずれにしろ……ここの決着はつけねばならなそうだな」
「そうですね」
 エリオットの言葉に、ナナが目顔で頷き返す。
「アロンソ」
「ようやっと出番か。槍が錆びついてしまうかと思ったぞ」
 ゆっくりと腰を上げながら、アロンソ・キハーナ(あろんそ・きはーな)はからからと笑った。
「ズィーベンさん。冗談はそこまでです。勝負をつけますから、ズィーベンさんは火術で援護。突撃を邪魔する氷は全てたたき落としてください」
「オッケーだよ縲怐v
「ナナ、ナナ、おれ死にかけた。冗談違う、冗談違うぜ?」
「マサムネさんは、他の皆さんと一緒に突撃です。遅れないでくださいね?」
「ああ、もうっ! おまえほんっとに優秀な指揮官だなっ!」
 マサムネはやけくそ気味に木刀を構え直した。
「メリエル、行くぞ」
 先頭を行くメリエルは振り返らず、後ろ手だけでオーケーサインを返した。
「ぬぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
 それが合図だったかのように、ランスを構えたアロンソが全速力で突撃をかける。
 メリエルは拳を握りしめ、マサムネが木刀を振りかぶり、エリオットとズィーベンは火術を展開させ、ナナはその後に備えてヒールを準備した。

 冷え切った空間に衝撃と破砕音が飛び散り、一瞬の後には沈黙が還る。

「これで、学生寮の方は一段落でしょうか」
「少なくとも、修理には移れそうだな」
 エリオットとナナが見つめる先では、今や粉々に砕かれた雪だるまが散らばっていた。

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 イルミンスール学生寮。
「はい、焼きみかんっ!」
「あ、ありがとう。アチチっ! いや、アチチじゃなくて」
 真から手渡された焼きみかんを手の上で転がしながら、ケイラ・ジェシータ(けいら・じぇしーた)は呟いた。
「ん? あ、餅がいいんだね。何味? 何味がいいかな?」
「いえ、あのう……自分はここでこんなことしてる場合ではないんだけどなぁ、と」
 カガチと真によって炬燵と火鉢の運び込まれた寮の一室。
 火鉢の熱も行き渡った部屋はじんわりと暖かく、幸福そうな表情の生徒達が数人、すでに動く気を無くしてくつろいでいた。
「そんな、寂しいなぁ。俺たちどてら仲間じゃないか」
 カガチはケイラの湯飲みにお茶を注ぐ。
「そうだよ、このどてらなんかカガチのお手製なんだよ? 全部俺が縫い直したけど」
 後半が聞こえないように、真はボソリと呟いた。
「いや、そんな仲間入った覚えないしっ! 自分突然引きずり込まれただけだよ!? あああ、ブリュンヒルトさんに話聞いてみたかったのに……」
「なんだ、そうなんだ。でもさっきみんな外に出てったよ」
「あううう」
 真の声にケイラは頭を抱えた。
「そういや寮の裏手でもなんか大きな音してたねぇ」
 カガチが窓の外に目をやる。
「そう、そうだよっ! だからこんなところで――」
「まあ慌てなさんなって」
 立ち上がりかけたケイラのどてらの裾を、カガチが引っ張った。
「何か起こってるから、皆の安心の確保も大事な役割。ほら、あんたもさっき言ってたじゃないか、適材適所。今はこっちをお手伝い下さいって」
「……」
 しばらく考えて、ケイラは炬燵に潜り込んだ。
 そこへ――
「すまねっす兄貴! 遅くなりやしたっ!」
 勢いよくドアを開け放ち、七枷 陣(ななかせ・じん)が飛び込んできた。
 どういう訳かひどく息切れし、全身で疲労困憊を表現している。
「まったく、すまんな。陣が脆弱なせいで遅くなった」
 陣の後ろから現れたのは仲瀬 磁楠(なかせ・じなん)
 肩をすくめてやれやれと首を振ってみせた。
「ああん? オレか? オレのせいか?」
「他の誰のせいだ? はん。まったく【自転車マスター】とやらの実力も、底が知れたな」
「良し、わかった。とりあえずナラカへ堕ちろクソ英霊。つーかなんでオレがひーこらとチャリンコでダッシュせなあかんねん!」
「私は飛空艇で荷物を半分もってやったんだぞ? 感謝して欲しいくらいだ」
「オ・レ・も・乗せらたらんかいっ!」
「それより、さっさと暖房器具を配らんのか? いったい何しに来たんだ?」
 磁楠にぐぬぬぬぬと噛みつきそうな顔を見せるものの、何とか怒りを抑え込んだ陣は、カガチの方を振り返る。
「じゃ、兄貴、これどう配りましょう?」
 陣の背後には自転車で運んできた湯たんぽにホッカイロ、酒の入ったフラスコが山と積まれていた。
「んーと、そうだねぇまだ部屋に閉じこもってる生徒もいるみたいだから、一部屋一部屋回って届けてきてもらおうかなぁ。あ、もちろん酒は未成年には配っちゃだめだよ。あ、仲瀬さんは、寒かったろうからほら、炬燵。暖まって暖まって」
「このどでかい寮で!? 一人で!? 兄貴ぃ縲怐I?」
 陣が半ば泣きそうな声で悲鳴をあげた。
「冗談冗談。さ、手伝おうかねぇ」
 それを見たカガチと真が「いやあ面白かった」とでも言うように立ち上がり、部屋の外へ出ていった。
「うむ、これで大分暖かくなるだろう」
 言って、磁楠はみかんをむき始める。
「……でも、心なしかちょっと暑くなってきた気もするんだけど」
 ケイラが、少し不安そうに顔を曇らせた。

「火のよう縲怩カん」
 ジャキジャキ。
「火のよう縲怩カん」
 ジャキジャキ。
 イルミンスールのキャンパス内に、やや調子外れな火の用心の声が響き回っていた。
 鎌田 吹笛(かまた・ふぶえ)が一声をあげる度に、エウリーズ・グンデ(えうりーず・ぐんで)は二回、どこから持ってきたのか高枝切りばさみを開閉させる。
「なんだか調子が狂いますなぁ」
 吹笛の声に、エウリーズは首を傾げた。
「でも私、庭師よ? あのおかしな拍子木より高枝切りばさみの方が商売道具だわ」
「そういうもんでもないんですが……まぁ結果的に火事が防げたらそれでよしってもんですかな。おかしな火の気があったらすぐ言うんですな」
「霙で消すの?」
「【霙使い】ですからな」
「寒々しい話。意地を通すのもいいけど、風邪引かないようにね」
「いえいえ、【霙使い】の意地は風邪を撥ね退けますとも……ああ、それからこれは無駄口ですが、パラ実ならば『ヒャッハァ!』とクシャミをする人がいそうですなぁ」
 意図を計りかねてエウリーズが頭に疑問符を浮かべた。
「……ワザとじゃない限りそれは難しいんじゃないかしら」
「そうですか? だとしたら故郷の祖母はパラ実生以上にパラ実生らしいという事になりますな、ひぇっひぇっ」
 吹笛は楽しそうに笑う。
「ああそれから、もし火が出たら前に実験で作った氷菓も消火器代わりにするんですな」
「食べ物を粗末にしてはいけないわ」
「あれはもはや食べ物として認められない味ですので、気兼ねなく使って構いません」
「そんなに酷い味なら、そうね。火の不始末をした方へお仕置きとか罰ゲームに使えそうね」
「まぁそうそう不審火なんて無いと思いたいのですな……エウリーズさん?」
 寮の付近に差し掛かった吹笛が足を止めた。
「はい?」
「あーいうのは、不審火と言うんですかな?」
「まぁ、暖かそう」
 どれどれとのぞき込んだエウリーズが手のひらを打ちらなした。
「暖かそうというか、この辺暑くないですかな?」
 二人の視線の先には、巨大な銀の半球と、燃えさかる古紙の山の周りを楽しそうにクルクルと回るクロセル達の姿があった。


「エリザベート! エリザベート!! 出てらっしゃいですの!! 何ですのこれは、何ですのこれは、何ですのこれはー!!」

 バタンと。
 教師が止めるのを振り切って校長室の扉を開けるなり、エフェメラ・フィロソフィア(えふぇめら・ふぃろそふぃあ)は金切り声を上げた。
 エリザベート・ワルプルギス(えりざべーと・わるぷるぎす)はさして驚いた様子も見せず、執務机から顔を起こした。
「貴女この件はご存知ですね」
「この件縲怐H」
「学生寮の暖房の件ですわっ!」
「ああ。ここ三日ほど騒がしいですねぇ縲怐v
「知っているなら私に原因をさっさと迅速に教えるんですの! もうっ、これじゃ折角のお休みが台無しじゃありませんの!!」
 エリザベートはエフェメラの顔をジーと眺めた。
「差し入れはあるんですかぁ縲怐H まさか手ぶらでここまで来たわけじゃありませんね縲怐H 調度お腹が空いていたところです。甘いものなんか食べたいですねぇ縲怐v
 エリザベートはジロリと上目遣いでエフェメラを見上げた。
 エフェメラはダン、ダンと床を踏み鳴らす。
「ば、ばばば馬鹿じゃありませんの!? この非常時にそんなもの持ってきてるわけありませんわっ!」
「では嫌ですぅ縲怐B最近は礼儀知らずの生徒が増えて困ったものですねぇ縲怐v
 エリザベートはツイっと横を向いてしまった。
「御託は結構ですの、推測でも憶測でも何でも良いから原因を教えるんですの、この私が解決しますの!」
「寒いのをですかぁ縲怐H」
 エリザベートはそこでニヤリと笑う。
「でも、私はむしろ暑くなってきているような気がするですよぅ縲怐H」