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第7章 熱すぎた激闘

「こんなところで密猟などをしている手合だ。多少は腕に覚えがあるだろう。この一媛を退屈させんでくれよ!」
 一度登った木の上から滑空。
 パートナー蘭堂 一媛(らんどう・いちひめ)の靴が、密猟者の一人を一蹴するのを見て、トライブ・ロックスター(とらいぶ・ろっくすたー)は顔を覆った。
「あんの馬鹿犬!? あ〜あ、名前まで名乗って、問答無用かよ……でもまぁ、あいつの超感覚でここまで来れたわけだからな」
 一媛の鼻に感謝しながら、彼らをここまで導いたケインのハンカチをしまい込んだ。
 そのケインは今、即席の倚子に縛り付けられているのが見えた。
 さすがにグッタリはしているが、怪我があるようには見えない。
「俺は俺の仕事をさせてもらうぜ」
 ケインの背後にはこちらも即席の檻が見える。
 中には複数の動物。
 そして今トライブの目の前に――
 ガツンッ!
 ――目の前に一振りのナタ。
「で、何がテメェの仕事だって? あん? 兄ちゃん?」
 きっとそのナタをトライブの頭に振り下ろすのにもなんの躊躇もしなさそうなその男の背後から、ぞろぞろと密猟者達が姿を現す。
「……」
 ギュッと目を閉じるトライブ。
 何かをひどく考え込むように。
 額からは汗を滲ませながら。
 そして、いよいよ決意して、カッと目を見開き――
「お前らのやったことは、すべからくパーフェクトにお見通しだ?」
 トライブは、密猟者にきっちり指を突きつけてみせた。
「そうかい。そりゃ、ご苦労さん」
 密猟者がナタを振りかぶる。
「飼い主殿っ!」
 パートナーの危機を察知した一媛が、相手にしていた密猟者を突き飛ばして振り返る。
 その顔に、間に合わないという絶望が浮かんだ。

 瞬間。

 ガサガサガサーっ!

 擦過音と木の枝を派手にまき散らし、突如、飛空艇と空飛ぶ箒が現れた。
 華麗なスピンターンで密猟者をあおりトライブを解放させると、さらに追撃の構えを見せる。
「こっそり近づくつもりだったのに、とんだ大ごとじゃないのっ!」
 飛空艇の上で、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)が嘆いた。
「向いてないんじゃない? やっぱり力押しが性に合ってるんだよ」
 キシシとエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)が茶化した。
「だ、誰が『最終兵器彼女』よっ!」
「い、言ってないだろっそんなことっ……っておわ! あぶねっ!」
 エースのすぐ脇を、弾丸がかすめた。
「おい、ルカルカこのままじゃ蜂の巣だぜ?」
 エースの言うとおり、密猟者達は一瞬呆気にとられたものの、その後の反応は素早かった。
 それぞれに銃をぬき放ち、闖入者達に弾丸を浴びせかけてくる。
「とにかくっ! こうなったらケイン先生を奪還するよっ! 淵! クマラ! 手はず通りよろしくね! エースはヒルトさんをっ!」
 箒にまたがった夏侯 淵(かこう・えん)とルカルカの飛空艇に二人乗りしたクマラ カールッティケーヤ(くまら・かーるってぃけーや)がそれぞれに頷いた。
「まーかされた。じゃ、俺、さがるぜ」
「あ、待ってエース」
「ん?」
 ルカルカの呼び止めに、エースが振り返る。
「パワーブレスしてって?」
「……おいおい。まだ強くなる気かよ」

「離してー! 私も行く! ケインのところ行く!」
 安全域まで下がったエースの飛空艇の上で、ブリュンヒルトが暴れていた。
 全力でケインのところへ突貫しようとしていたので捕まえたのだ。
「そんなに心配しないでかわいいお嬢さん」
 そっとエースは薔薇を一輪差し出した。
「いらないー! それよりこれ解いてー!」
 ブリュンヒルトはコートでグルグルに巻かれ、蓑虫状態にされていた。
「だってそれ解いたらダッシュするだろ? 危ないんだって」
「我々はー! 捕虜としての正当な扱いを要求するー!」
「……どこで覚えてくるんだ? そういうの」
 ブリュンヒルトはそれでも「うー!うー!」と言いながらもがいた。
「まぁルカルカ達に任せておきなって。お嬢さんが危険な目にあったって、ケイン先生喜ばないだろ?」
「うー……」
「ま、大丈夫。にしても、俺だったら絶対ルカルカと戦おうとか思わないけどな……」

「遊びに来た先々で、よくもまあ毎度毎度トラブルに引っかかるものだなルカルカは」
「す、好きで巻き込まれてるわけじゃないもんっ! それより、さぼらないでねっ」
 ハンズフリーの携帯電話からルカルカの声が響く。
 それに応えるように、淵は木々の合間を器用に縫い、うまく弾丸を避けながら、狙い澄ました矢を射ていく。そのどれもが密猟者の足下を、腕を射抜き、十数人といういう大所帯だった密猟団の面々が次々に無力化させていった。
「ルカルカ、行けるぞ?」

「クマラ!」
「おっけー」
 ルカルカの後ろで非常食代わりのチョコレートをむさぼっていたクマラは、べとべとになった指を拭って機関銃を構えた。
「弾幕援護ゴー! 行くよっ! 最終兵器ルカルカ!」
「ちっがーうっ!」
 叫びながらも、スロットル前回で敵陣に突っ込んだルカルカは、轟音と破砕音をまき散らし、倚子ごとそのまま、ケインをかっさらった。
「やったね、大成功! ……けど」
 クマラが不安げに言葉を詰まらせた。
「ルカルカ、さすがに重量オーバーだよ」
 三人分の重量を支える飛空艇はどんどんとその高度を落としていた。
「とりあえず、安全圏まで! クマラ、弾幕援護……弾来てるっ!」
 慌ててクマラが機関銃を掃射する。
「もうっ、ほんっとに生徒に心配ばっかかけちゃダメじゃないのっ、先生!」
「いやあ……何と言っていいか。ありがとうとしか言いようがないよ」
 ルカルカの言葉に、ケインは弱々しい笑みを浮かべた。

「ったく! ほとんど全滅じゃねぇか! おい、なんだあいつらは! あんな自警団は聞いてねぇぞ!」
「こっちが聞きてぇよ!」
 怒声と罵声。
 罵り合いをとばしながら、いまや五人となった密猟団の男達が逃走していく。
「あんだとっ! テメェが名案があるっつーからこっちは乗ったんだぞ!」
「ついさっきまで名案だったろうよ! リトルスノウなんて超希少生物だろうが!」
「金になんなきゃ意味ねぇんだよ! 畜生、こんなことならあの古王国の遺物をさっさと金に換えとくんだったよっ!」
「あ――! そうか! 遺物がバレやがったんだ! あいつら、イルミンから来た学生どもだ」
「ああ? あんなデタラメな学生がいるかよ」
「まぁいい。黙りやがれ」
 言い争いを続ける男達に、一番年上に見える、顔中髭だらけの男が不機嫌に言った。
「とにかく今回は失敗だ。次にまたがっぽりもうけりゃいい」

 シュタン。

 密猟者達の鼻先を、白く輝く光の矢が横切った。

「ふふん。残念ながら次はありません。ヒルトちゃんを泣かせた罪は重い。ここで大人しく縛についてもらいましょうか!」
 パカラっパカラっと、蹄の音も高らかに馬に乗って現れたエル・ウィンド(える・うぃんど)が、密猟者達の進路を塞いだ。
「なんだテメェ!」
「ふん、生憎だ。ボクは素敵な女性以外に名乗る名前なんて持っていないよ」
 ウィンドは余裕たっぷりの笑みを浮かべてみせた。
「では我は名乗らせてもらいましょうか!」
 凜と張った別の声の元を辿れば木の枝の上。
 マスクを被った風森 巽(かぜもり・たつみ)のシルエットがあった。
「蒼い空からやってきて、森の静寂護る者! 仮面ツァンダーソークー1!」
 残響と共にその声がザンスカールの森にこだまする。
 ポロロロ〜ン。
 続いて、今度は竪琴の音が鳴った。
「この世に悪の栄えた事は無い。スーパーヒロイン、ロザリンド・セリナ、ここに参上!」
 巽のすぐ横の枝に、今度は剣を構えたロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)が現れる。
「おいなんだ? イルミンスールの学生ってのは揃って高いところが好きな奴ばっかなのか?」
「そうですっ! これぞイルミンスール流!」
 セリナが自信たっぷりに答えた。
 ウィンドが「いやいや違う違う」という表情を浮かべたが、セリナは気にしない。
「密猟者の皆さん、イルミンの平和のため、退治させていただきます!」

 密猟者達は、散り散りになって走り出した。

「畜生っ!」
 吐き捨てるようなわめき声に銃声が続く。 
 密猟者の男達がばらまいた、ほとんどでたらめな銃弾が木っ端をまき散らした。
「む、見境のない奴らめ。危ないではないですか!」
 軽身功の力で木々から木々へ飛び移る巽。
 その後を追ってダダダっと弾痕が穿たれる。
「くっ……自然破壊にも程がありますね」
 何とか直接攻撃の機会を窺う巽だが、さすがに弾の雨の中には飛び込めない。

 ヒュン。

 と、そのただ中に輝く矢が飛びこんだ。
 見れば、木々の間をグルグルと器用に馬を巡らせながら光術で作ったを放つウィンドの姿があった。
「なるほど、魔法を使った騎乗戦闘。これは結構発展の余地がありそうだぞっ!」
 新たな発見に嬉しそうな表情を浮かべ、さらにヒュンヒュンと続けた。
 主に足下を狙って放たれる矢に苛立たしげな表情を浮かべ、銃を持った男達がウィンドに狙いをつける。
 一瞬の隙が出来た。
「たつみんっ!」
 ウィンドの声に巽は大きく跳躍し、大木を蹴ってさらに跳んだ。

「ツァンダー稲妻閃光キーックッ!」

 会心の蹴りに、三人の密猟者が吹き飛んだ。


「おらっ! 行ってきやがれっ!」
 髭面に背中を蹴られ、その密猟者はほとんど吹っ飛ぶようにしてよろけた。
 驚愕と呪詛に彩られた男の突進を思わず支えようと左腕を差し出したセリナは、男の右手で光るものを見つけ、すぐさま剣の一撃に切り替えた。
 ベシンと潰れたような音がして、男が沈む。
「剣のお腹ですから、大丈夫ですよね?」
 一応男の顔をのぞき込んで確認してから、セリナは残念そうな眼差しを森の奥に向けた。
「逃げられてしまいました」


「けっ。最後の最後でなんとか役にたちやがったな。結局俺様だけが逃げ延びるってもんよ」
 笑みを浮かべながら髭面は悠々と森の出口を目指す。
「わぶっ!」
 その背中に突然の衝撃。
 暴力的な重量が、髭面を地面に引き倒し、押しつぶした。
「甘く見ないでよねっ!」
 ティア・ユースティ(てぃあ・ゆーすてぃ)が得意満面の笑みを浮かべた。
「偉いよシアンっ! よしっ! タツミを呼びにいこ? すっごく褒めてもらおうね!?」
 ティアはニコニコと、自分のまたがっている虎の毛並みをなでた。
「あ〜、盛り上がってるところ悪いんだけどな」
 クルッと、その虎が振り返った。
「わっ! シアンがしゃべった!」
 ティアが仰け反る。
「おまえのシアンは、たぶんあっちだ」
 その手――いや、右前肢が指し示す方を見ると、当のパラミタ虎のシアンが所在なげにちょこんと座っていた。
「キ、キミだれ!?」
「あー、まあこういうもんだけどな」
 しゃべる虎は右前肢でぐいぐいと頭の辺りを引っ張る。
 すぽんと毛皮の頭は脱げ、その下から七尾 蒼也(ななお・そうや)の顔が現れた。
 ティアの顔が恥ずかしさにみるみる真っ赤に染まっていく。
「ご、ごめんなさ〜い! あ、後その人捕まえといてね〜!」
 本物のシアンにまたがったティアは、光の速さで逃げ去っていった。
「……」
 蒼也のパートナーペルディータ・マイナ(ぺるでぃーた・まいな)が、気絶している髭面を手際よく縛り上げた。
「……ほら、いつ『おまえ間違ってるぞ』って言うか? タイミングってあるだろ?」
「いいんじゃないかな? ほら、密猟団はちゃんと捕まえられたんだし」
 ペルディータはニッコリと微笑んだ。
「お、お前ぜったい良いって思ってないよな? なんかトゲあるよな!?」
「別に? でも、あたし、ライバルにはいっつも強くあって欲しいなって思ってるの。女の子背中に乗せて鼻の下伸ばしきってるライバルって、あんまり恰好良いもんじゃないよね?」
「あああああああああー!」
 蒼也は頭を抱える。
 直後、気まずくなった空間に、蒼也の携帯の呼び出し音が響いた。
 のろのろと、蒼也がディプレイを確認する。
「……生物部の連中だ」
 そのままぼーっとディスプレイを眺めている。
「え! いや! 出て! 普通に出て!」
 今度は少し、ペルディータが慌てる番だった。
 蒼也はやっぱりのろのろと着信を取った。
「おう……うん、ザンスカール。うん……うん……は?」
 蒼也が怪訝そうな顔で、一瞬、携帯電話を耳元から離した。

「今度はイルミンスールが暑い?」