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リアクション
12ページめ
ある冬の朝、市議会議員達が広場を歩いていました。
広場の中央に立つ王女の像をふと見て、彼らは口々に叫びました。
「この幸福の王女は金色に輝いていたはずだったのに、どうしてしまったんあろう」
「ルビーは王冠から無くなっているし、目には石がはまっている。それに白いペンキで塗られているぞ」
「これじゃあ街の象徴にはならないだろう。新しい像を建てた方が、余程観光地に相応しい」
市長が死に、新市長の幼子が就任し、秘書がサポートするという名目で私腹を肥やし。
そんな摂関政治をいいことに、貴族階級であるところの市議会議員たちは、暖かな毛皮を何重にも着込んで、視察名目の儲け話探しに街を歩いていた。冬は厳しくなっているのに店が増えて徐々に豊かになる市民の暮らしぶり。税金も下がったことだし、そろそろ自分たちにも違法献金とか、うまい話が来ても良い頃合いだ。
彼らは市庁舎から出発し、やがて街中央の広場に辿り着いた。
「ここが新しい観光名所ですな」
「例の黄金の王女像、アレに御利益があるとかで」
「土産物屋でも開いて、黄金色の菓子を売りましょうか」
が、彼らが期待していたものはそこにはなかったのだ。
「何だねこれは! 宝石がなくなっているどころか、真っ白じゃないか!」
「冠は削られ、おまけにみすぼらしい服を着せられている!」
恰幅の良い議員が叫ぶと、周囲の人間も賛同した。
「こんな像は壊してしまいましょう」
「それがいい、新しく黄金の像を建てようではありませんか」
「何だねこんな物巻き付けて」
参拝に来た市民を押しのけて、あれこれ言い始める議員達。ミーミルに贈られたケープをはぎ取ろうとする。を
「……や、やめてくださいっ」
市議とミーミル間に、飛び込んだ人影がいた。水無月 睡蓮(みなづき・すいれん)だ。
市議の顔が一斉に自分に向いたのに、肩をびくり震わせながらも言葉を続ける。長い白い髪に銀の瞳、雪に溶けてしまいそうな彼女を、黒い装甲に身を包んだ鉄 九頭切丸(くろがね・くずきりまる)が半身で庇う。彼女の説得を暴力で邪魔するような人間がいれば、守る構えだ。更に後ろには小型移動要塞型機晶姫ザ・ タワー(ざ・たわー)も控えている。メルヘンとはほど遠い光景だ。
「えっと……あのっ! 今はこんなにぼろぼろですけど、この像は自分の身を犠牲に、たくさんの人に幸せを運んであげて下さいました。この宝石も……私が街の人から買ったものですが、元はこの像から取られたものです」
睡蓮がポケットから取り出したのは、大きなルビーだった。返したかった場所──王冠は削られてなくなってしまっていたが。
お針子のお母さんが売ったルビー。その売り手──ルビーの買い手は彼女だったのだ。
「何も取り壊すことなんかないと……思います。少しでも、この像に恩返しをしてあげるべきなのではないでしょうか? また綺麗にしてあげれば……」
「恩返し、だと? はっ、像に何ができるというのだね!?」
やせぎすの市議が、睡蓮の手首を掴もうとする。
「そのルビーは街の物だ、返してもらう!」
市議達と睡蓮達がもみ合いになり、それが参拝に来た住人を巻き込んで、ケンカに発展していった。怒号と悲鳴が入り交じり、つかみ合いが殴り合いになりそうな勢いだ。
エジプトから引き返して来た一羽の白いツバメレン・オズワルド(れん・おずわるど)が、呆然とするミーミルに囀る。
「周囲の人間が、こんなにおまえのことを心配しているんだ。おまえはこのまま取り壊されて、それでいいのか?」
「私の足は鉄の足。台座に固定され、歩くこともできないんです。私の声は、人間には聞こえません」
「貧しい人がいる。その人を救う為にはお金が必要だ。でもお金以外で幸せにする方法は本当になかったのか? 今目の前の不幸を、おまえは金で幸せにできるのか? ──いいか、物語の世界で何を悩む必要がある?」
「物語……これが物語の世界ですか?」
ミーミルの目に映る光景は、彼女には理解しがたいものだった。
今までお参りに来た人間にも色々いた。金のためにお参りにくる人間。誰かの病気の快癒を願っている人間。評判だからと何となく手を合わせる人間。
金箔のお礼にきた人間。可哀想だからとマフラーをくれた人間。金じゃないから取り壊そうとする人間。
ただはっきりしているのは、彼らはミーミルをめぐってケンカしていることだけだ。
「これは知らない物語……物語のつづき……あったかもしれない未来……これが『幸福な王子』なんですか?」
ミーミルの視界が涙でにじむ。
「出来ること出来ないこと、その境目を決めているのは自分自身だ。出来ると思えば何でも出来る。例えば石像になっていた王女様が人間になって、誰かを救いに行ったって良いじゃないか」
レンは一気に思いの丈を口にすると、一呼吸置いて、かすかに微笑んだ。
「……助けたい気持ちに偽りがないなら、きっと大丈夫」
ミーミルは、止めようと、その足を持ち上げようとした。
──無理だ。
そう思ったが、無理矢理、足を台座から引きはがした。
そして一歩を踏み出した。
「や、やめてください……! 私が大人しく溶かされますから!」
幸福の王女が地面に降り立ち、叫んだ。
無生物の筈の像が動き、叫んだことに、場が静まりかえる。
いや、時間が止まったのだ。
ミーミルと、夢に入り込んだ人間以外の全ての時間が制止している。
像の傍らに立つファタ・オルガナ(ふぁた・おるがな)には、ミーミルの涙が見えた。ツバメとミーミルの声が聞こえた。
彼女だけ特別なのではない。何故だか急に、彼らの表情も声も分かるようになったのだ。
「のう、ミーミル。わしはいつでも可愛い女の子の味方じゃよ? ……特に十五歳以下のな」
「ファタさん……私が溶かされれば、物語は元のようにきれいに終わるんですよね……?」
「おぬしには不幸な人間が見えていたかもしれんが、そもそもおぬしのことを誇りに思っていた人間もいたではないか? おぬしを見て幸せを感じていた人間もいたことじゃろう。おぬしが溶鉱炉で溶かされてしまえば、そんな人間達は不幸になってしまうのではないかね?」
「でも、でも私はどうしたらいいんでしょう?」
「甘ったれるな、少しは自分で考えろ!」
橘 恭司(たちばな・きょうじ)が聖書の文句を引き合いに出して叱咤する。
「灰は灰に、塵は塵に。甘やかすのも結構だが、汗を流してパンを得ない人間は、果たして土に帰れるのか。それは街の住人も、君も同じだ」
メイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)が俯いたミーミルに優しく話しかける。
「献身的に尽くす姿は、尊いものですぅ。ですけどぉ、そもそもそれでミーミルがぼろぼろになってしまう必要はなかったんですよ〜。今のミーミルは苦しそうですぅ」
「僕もメイベルに賛成だよ!」
「そうですわ、困ったことはいつでも仰ってくださいね。苦しみを分かち合うのが友情というものですわ」
メイベルの姉代わりの二人、セシリア・ライト(せしりあ・らいと)とフィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)が口々に言う。
ミーミルの足元でまどろんでいた虎縞模様の猫が、台座の上からふうむと首を伸ばして、
「さてさて、沢山の人が貴方のおかげで助かりましたが、貴方は今、幸せですか?」
「私は、幸せです! 幸せじゃなきゃいけないんです! 物語の、最後まで……」
しかし。幸福な王女は、かつて幸福な王女であったからそう呼ばれただけで、今は幸福ではない。
金箔に包まれていることが王女の幸福だと、彼女自身が思っていただけで。
そして、金箔を分け与えることが彼女の幸福なら、分け与え終えた彼女は幸福ではない。
そして誰ももう幸福にすることはできない。
二重の意味で不幸なのだった。
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