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夢の中の悲劇のヒロイン~ミーミル~

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夢の中の悲劇のヒロイン~ミーミル~

リアクション

「ツバメさん、ツバメさん」
 次の日も、ミーミルはツバメに話し続けた。
 金色の瞳のツバメ城定 英希(じょうじょう・えいき)は、借金のカタに娘を取られそうになっている寝たきりの老人を見つけ、彼に金箔を運んだ。物語の通りに話を進める人物がいなければ、物語が中断するだろうと考えたためだった。
「王女様、届ける人がいたら俺に言ってくれよな」
 他人をいじめたりするのが好きという意地悪な英希も、恵まれない境遇にある人間には優しさを覗かせることがある。物語の中の人物とはいえ相手を煽る気にはなれなかったし、今の王女──いや、ミーミルの過去を思えば、彼女をおいそれとからかう気にもなれなかった。
 英希に微笑んでお礼を述べるミーミル。
 彼女の足元で丸くなっていた虎縞模様の猫が、そのやりとりを遮るように頭をもたげた。
「お姫様、お姫様。そもそも、幸せって何ですかニャ?」
「生きている人は、お金があれば幸福になれるでしょう。ツバメさん、ツバメさん。私の体を覆う純金の箔を、一枚一枚はがして、貧しい人にあげてください」
「王女様、あたしは今まで珍しい土地で色んなものを見てきました」
 王女の指先に止まったツバメの七瀬 歩(ななせ・あゆむ)は、原作のツバメが話すようなナイル川の黄金の魚と赤いトキの話や、砂漠のスフィンクス、月の山の王の話の代わりに、別の話を語って聞かせた。原作通りなら、珍しい話よりも苦しんでる人をと王子は言うだけだからだ。
「隣の街には、隙間風がいっぱい入るような家があって、真っ暗な中に一つだけ蝋燭が灯っていました。毎日黒いパンと塩と少しの豆だけのスープの夕食だけど、家族みんなが笑顔でしたよ。かと思えば、素敵な別荘で金の刺繍や宝石細工に囲まれていても、怒鳴り声が絶えないお家もありました」
 歩は、ツバメの口調で“見てきたこと”を話す。
「王女様、幸福とはお金が全てではありません」
「でも、お金があれば幸福になれる人もいるんじゃないでしょうか」
 言い返すミーミルの元に、ツバメになったカレン・クレスティア(かれん・くれすてぃあ)が戻ってくる。
「王女様の言うとおり、貧しい靴磨きの少年に金箔を分け与えてきたよ」
「そうですか、良かった」
 ほっとしたように言うミーミルに、カレンは無邪気に言ってみせる。
「でもその子、突然お金持ちになったから、働くのを止めちゃったみたい。働く事の尊さを忘れちゃったあの子は、今あるお金を使い果たしたら、もう一人で生きていけないんじゃないかなぁ?」
「え……」
 ミーミルは絶句する。それは、ミーミルを諭すためのカレンの作り話だったが、すんなり信じたようだ。
 そこに小柄な、金髪をおだんごに結ったの少女が子ども達を連れてやって来る。彼女や子ども達の手には籠がさげられ、その中にはマッチや小物が入っていた。
「ここなら沢山の人が見てくれるであろう」
 少女は子ども達に声をかけると、マッチはいりませんか〜、と商売を始めた。
「あの子たちだって不幸そうな顔はしてないよ」
 カレンは子ども達をくちばしで示した。実はタイミングを計らったようにやってきた金髪の少女は、カレンのパートナージュレール・リーヴェンディ(じゅれーる・りーべんでぃ)である。
「私はどうすればいいんでしょう。できることはこの金箔をあげることだけ、何処にも行けないのに……」
「あなたの幸せを思い出してみて下さい。名付けてもらったことや助けてもらったこと、それはお金なんかよりずっと美しいもののはずです」
 歩がカレンに変わって言う。
「──そうですわ、この物語の登場人物って、なんでみんなあんなに恩知らずなんでしょう!」
 突然、憤ったような声が響いた。
 声の主は黒く長い尾のツバメ佐倉 留美(さくら・るみ)だ。元々の情に厚い性格に加え、今回の事件の被害者が女の子なので我慢できないらしい。
「童話で助けられた人たちが、王子に対する感謝の気持ちを忘れてしまっているから、あのような結末になるのですわっ。相手がそういう態度で来るのであれば、こちらも奥ゆかしい態度でなどいられませんわよ」
 彼女は如何にも“体が悪くて働けないです”といった人を連れてきて、ミーミルの体から直接金箔を剥がして渡そうとしている。
 が、金箔の出所が街の共有財産であることがあからさまだと、彼らは怖じ気づいて受け取らずに逃げ帰ってしまうのだった。“ツバメが偶然金箔を運んできてくれました”という体が整わないためだろうか。
「どこまでも自分勝手な方々ですのね」

 黒く短い尾羽のツバメになった沢渡 真言(さわたり・まこと)は、貧しい少女達の家に金箔を置いて回っていた。
 時間をおいてから再び彼女たちの家に戻り、彼女たちとミーミルを引き合わせる。
 その中には、真言の隣で一緒に薬を飲んだパートナーティティナ・アリセ(てぃてぃな・ありせ)の姿もあった。
「ティティナのことだから、貰う役になると思っていましたよ」
 真言は微笑んだ。幸福な王子ってどんなお話ですの? と聞かれ話してあげたときに、彼女が「誰かが王子に気がついて感謝したらいいですのに」と言っていたのを覚えていた。
 ぼろを着て小さな身体を一層縮こまらせながら、ティティナはちょっとだけ唇を尖らせた。
「ええ、真言から聞いたときに思いましたの。わたくしは絶対王子様に『ありがとう』っていいますわっ、って。……それにしても、わたくしなら絶対に、真言をこんな目に遭わせたりしませんわ。好きな夢を見れる女王器なんてやっぱり邪道ですわ」
 そんなことを言うのも、彼女が真言の想いが具現化したアリスだからだろうか。
 それからティティナは気付いたように首を横に振った。
「いけませんわね。役に入らなくては……わたくしがお礼を言うことで、きっと他の皆さんも誰に感謝したら良いか分かるはずですもの、これで少しずつ良い方向に変わりますわよね?」