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夢の中の悲劇のヒロイン~ミーミル~

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夢の中の悲劇のヒロイン~ミーミル~

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 冬の足音は一日一日、大きくなっていた。
 そしてミーミルの体を覆う金箔も、徐々に、確実に剥がれ落ちていった。
 幸福の王女は王子とは違い、スカートの広がったドレスで着飾り、ミーミルと同じく長い髪に三対六枚の羽を持っている。表面積が多い分原作よりは多くの人を救えるだろうが、それにだって限りがあることはツバメたちの目には明らかだ。何とか話を変えて、ハッピーエンドにしたい。ミーミルを救いたい──ツバメになった生徒達は物語に沿って金箔を届けながらも、出来る限りのことをした。
 高務 野々(たかつかさ・のの)は金箔を届けては、彼らに語りかけた。
「もしも貴方たちが、それに何の疑問も持たず、ただ与えられた幸福を享受するだけならば、いずれは不幸が訪れるでしょう」
 ちょっと脅しが入っているが、これも王女のためだと話す。
「その幸せに疑問を持ちませんか? 天よりも近い、その場所で見守っている、貴方たちの大切なものを。どうか忘れないで」
 残念ながらツバメの声は人には聞こえない。喜んでいる青年のこめかみを、仕方なく野々はつついて像まで誘導する。
「いて、いててっ」
「仕方ないですね。こっちに来てください。嫌でも気付いてもらいますよ? 救えるのはあなた達なんですからね」
 青年が像までやってくると、そこでは望月 寺美(もちづき・てらみ)が空を見上げ、黄色い声を上げていた。
「はぅ〜☆ ツバメさんが何か伝えたそうにしてますぅ〜!」
 いつもの巫女装束ではない。といって、装束を脱いだだけではない。そもそもゆる族に対し、本体と服という概念が当てはまるのだろうか? どこからどこまでどんな縫製になっているのかは寺美の企業秘密。今は住人のフリをするために人間の姿になっている。あれが寺美の中身かと思えば……首からチャックの引き手が飛び出している。
 それはともかく、寺美が見上げている空には、ツバメの一群が飛んでいた。それは文字で、ゆっくりと回転しながら形を変えて文章をつくっているのだった。
 『皆が手にしている物はどこから来たの?』、『皆の幸せを王女の像にも少し分けてあげて!』などのメッセージが空に書かれていく。
「お〜し寺美、どんどん人を集めてくれや〜」
 先頭に立って指揮を執るツバメは寺美に呼びかけた。彼女のパートナー日下部 社(くさかべ・やしろ)だ。集まったツバメ役の生徒に協力を募り、この計画を立案した。
「街の人には、王女の優しさに気付いてもらわな〜」
 不自然なツバメの隊列は、多くの街の人の目に留まった。
 青みがかったツバメのロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)は、お父さんが病気で倒れ薬も買えない家に金箔を届けた。そしてミーミルの肩に止まると、大きな声で囀り続けた。雨の日も風の日も、この声に誰かが気付いてくれるのを待ちながら。
「気付いて、この像の姿に。気付いて、何故この像が変わり果てようとしているのか」
 誰かが気付いて元に戻そうと思ってくれたら、それが街の人に伝わったら、物語はきっとハッピーエンドになる。ロザリンドはそう信じていた。
「ねぇお母さん、もう冬なのに、ツバメの鳴き声が聞こえるよ」
「あら本当ね」
 親子がロザリンドの声に像を見上げ、そして像の姿に目を丸くする。
 ミーミルは、王冠の宝石も無くなり、両目も空洞になり、金箔も半ば剥がれ落ちてしまっている。
 しかしその代わりに、足元には花が供えられ、スミレのドライフラワーや花冠が飾られていた。おまけに、肩には手編みのケープにビーズ細工のブレスレット。
 ぼろぼろになった服や肌を隠すように着飾られていたのである。
「スタイリストはこのわたくし、ロザリィヌ・フォン・メルローゼ(ろざりぃぬ・ふぉんめるろーぜ)、ですわよっ!」
 ツバメになった彼女は、翼をくちばしの横に当てて高らかに鳴いた。
 ケープやブレスレットは、届けた金箔の代わりにロザリィヌが彼女たち──ロザリィヌの嗜好から言えば当然で、男性は他人にお任せである──にせがんで貰ってきたものだ。決して高価なものではないが、手作りのぬくもり感あふれる品々だ。
「着飾るには黄金以上に光るものだと思いますわよ!」
 流石段ボール城主にしてペーパードレスのお嬢様、こういったものでコーディネートするのはお手の物だ。貧乏な家から持ってきたのだ、よくよく見れば素材が悪かったりすり切れていたりもするが、遠目に見ればミーミルは立派な冬支度をした良家のお嬢様に見える。
 こうなれば、住人もこの像にお供えしていくものだと思うかもしれない。
「あ、全てがうまくいきましたら、お姫様の石像にキスする事も忘れてはなりませんわね! ハッピーエンドになっても、物語の終わりがキスで終わる事に間違いはございませんわよね! おーほっほっほっ!」


「雪だ」
 誰かが声をあげた。ツバメたちは空を見上げた。
 曇天から、白いものが舞い降りてくる──それは本格的な、冬の訪れ。



 現実世界。
 時計の秒針の音が聞こえるほど静かな校長室に、カチリ、と短針と長針が合わさる音が響く。
 エリザベート・ワルプルギスは時計を確認して、
「もうこんな時間ですかぁ……」
 と呟いた。
 幼いエリザベートは普段ならもうとっくに眠っている時間だ。それなのに、今日はちっとも眠気が襲ってこない。
 十二の鐘の音を聞き終えると、彼女はふと窓の外を見て叫び声を上げた。
「大ババ様ぁ、ミーミルがヘンですぅ!」
「これ、ババと呼ぶでない」
 アーデルハイトも、げんこつをエリザベートの頭にくらわせながら窓に近寄る。今朝からは大ババ様と呼ばれてもポカリとやる気分になれなかったのだが、エリザベートも多少落ち着きを取り戻した。こちらも合わせてやった方がいいだろう。
「……ふむ、これは……」
「これはどうしたことでしょう〜」
 徐々に金の輝きを失いつつあるミーミルの像を囲むように、赤煉瓦の小さな家が数件、出現していたのだ。
 アーデルハイトはエリザベートを部屋に待たせると、箒で上空を旋回した。手にはミーミルが読んでいたハードカバーの童話。
 頁を開けば、その建物は挿絵にそっくりだ。
「夢が現実を浸食するなど……これほどのことができるのは、女王器か……?」
 ぱたんと本を閉じ、予想よりも悪い自体に、アーデルハイトは細い乳白金の眉をひそめた。
「中に入った者だけが頼りか。……頼むぞ」