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リアクション
『幸福な王女』
1ページめ
その街には高い柱がそびえ立ち、その上に幸福の王女の像がありました。
王女の体は金箔で覆われ、目は大きなサファイアででき、頭の上の王冠にはルビーが輝いていました。
王女は街の住人の自慢でした。
市会議員も、泣いている幼い男の子とお母さんも、失望している男も、養育院の子供たちと数学教師も、何かにつけ王女の像を引き合いに出して、自分たちを戒め慰め、心の励みにし、街やそこに住んでいる自分たちを誇りに思うのでした。
ある晩、その街にツバメたちが飛んできました。
彼の仲間たちの多くは冬に備えてエジプトに出発していましたが、そのツバメたちは残っていました。
というのも、彼らは前の街で、とびっきりきれいな葦に恋をしていたからです。
ですが徐々にやってくる冬を前にして、いつまでも一緒にはいられませんでした。
そこでツバメは旅に誘ったのですが、断られてしまいました。
当然です。葦には翼も二本の脚もなかったのですから。
葦に裏切られたと思い傷ついたツバメは、ようやく仲間たちの後を追って、南に移動してきたのでした。
一日中飛び続けたツバメは今夜の宿を探して、街の中心にある柱の上に止まりました。
「なんて素敵な金色の像なんだろう。ここならぐっすり眠れるに違いない」
一匹のツバメが頭の下に潜り込もうとした時、涙の粒が落ちてきました。それは幸福の王女の涙でした。
その目は何かがはまっていたのでしょうが、今は空洞になっていました。
何故泣いているのか、ツバメは訊ねました。
「ここからたくさんの貧しい人が見えるからです。私には彼らの不幸が悲しいのです」
ツバメは王女の願いを聞き届け、王冠にはまった大きなルビーを届けに行きました。
「ここはザンスカールなのか……?」
アルツール・ライヘンベルガー(あるつーる・らいへんべるがー)は周囲を見回した。
深い森の中。植生を調べるまでもなく、見慣れたザンスカールだと直感する。だが森は目の前で途切れ、その街は出現していた。当然、見たことも聞いたこともないものだ。
戸惑うアルツール。が、もっと戸惑うことになった。
彼の横と頭上の空間が波紋のように広がったかと思うと、一人の少女と一羽が出現したのだ。
「急ぐわよ!」
一羽のツバメはヴェルチェ・クライウォルフ(う゛ぇるちぇ・くらいうぉるふ)だ。彼女はまっすぐに街目掛けて羽ばたき、その後をクレオパトラ・フィロパトル(くれおぱとら・ふぃろぱとる)が追う。向かった先が街の中心、ミーミルの像であることに気付いたアルツールも急いでついていく。
ヴェルチェの視線の先では、一羽のツバメが宿を探して飛んでいるところだった。真っ先に像に辿り着いたヴェルチェは、王女に挨拶をする前に、そのくちばしでひとつふたつ、目にはまったサファイアをほじくり出す。
ヴェルチェはクレオパトラの後ろにアルツールを見つけると、そのままクレオパトラに向かって急降下した。すれ違いざま、くちばしからポケットの中にサファイアを落とす。
悪名高いパラ実の、さらにE級四天王でお宝好きな彼女のこと、普段ならそのままおさらばするところだが、サファイアは後で返すつもりでいた。物語がこのまま進行してはミーミルが失明してしまうかもしれないと危惧したからだ。こう見えて結構子供好きなのである。
かつては彼女を誘拐して身代金をせしめようとしたこともあったが、今では施しをしようとするツバメから、彼女を守る気分だった。もっとも、現実に戻ったらミーミルに恩を着せて、夢を具現化するとかいう本を利用させてもらうつもりでいたのだが。
「君、何をやっている! ああっ、ミーミルの目がなくなっているじゃないか……」
アルツールに咎められて、ツバメのヴェルチェは彼の前で止まる。
「何って、おチビちゃんを助けるお手伝いに来たのよ♪」
ヴェルチェはそう返答した──が、アルツールにはツバメがピチュピチュ鳴いているようにしか聞こえなかった。
「目がなくなっているじゃないか、君が何かしたんじゃないのか」
「あたしが来たときにはもうなかったわよ。ほらぁ、どこに隠すところがあるのかしら」
もう一度言ってみる。しかしやっぱり、聞こえないようだ。ヴェルチェは返答する代わりに、彼の目の前で一回転してみせた。
「ツバメではない、と……ではその後ろの子の袋は?」
クレオパトラの胸には、巨大な袋が抱えられている。問われて彼女はずりずりと中身を引き出した。それは四足のテーブルにふとんがついた暖房器具。
「コタツである。これでツバメを暖かく迎えることも可能であろうしの」
夢の中に持ち込めないかと思って、薬を飲む前に用意したものだ。
一瞬呆れ顔をしたアルツールは、
「しかし電気がないであろう?」
「うむぅ、確かにそれはそうじゃった」
だが、それは彼女の持参したコタツそのものではない。何故なら、
「しかしメルヘンにそぐわぬのに持ち込めたのじゃ。試してみても損はあるまいて」
くい。
つまみをひねると、コタツは点いた。
たっぷり五秒ほど間を置いてから、アルツールはそうか良かったと几帳面に返すと、像の下に立った。愛しい娘の姿に呼び掛ける。
「ミーミル。君がやさしいから施しをしようとするのは、よーく分かる。だが安易な施しは当人のためにならないのだよ」
夢の中のミーミルは、まだ物語がはじまったばかりと見えて、両目以外は立派なものだった。
「お金をあげて、その時は薬を、食べ物を買えた。じゃあその後は? また薬や食べ物を買うためにお金を与える? そうして与え続けて、自分のお金が尽きたら? それにね、アフリカなどでは難民に食料などを支援していたら難民が働かなくなってしまったと言う話もある。与えられることに慣れてしまうと、人間はそれを当然と思う様になって他人の厚意に依存してしまう。大切なのは一人で立てない人が自立できる手伝いをすること、つまり“飢えた人に魚を与えるのではなく魚の釣り方を教えること”なのだよ」
講師らしく滔々と説くアルツール。それに同意するヴェルチェ。
「お父さんな、ミーミルが帰ってこないとエメネアとかいう(蒼フロ倫)を(蒼フロ倫)してしまうかもしれない……」
※伏せ字はご自由にご想像下さい
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