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リアクション
5ページめ
翌日もその翌日も、王女はツバメたちに、金箔を多くの人に与えるようお願いしました。
そろそろこの街にも雪がやってきそうな気配でしたが、ツバメたちは一生懸命飛びました。
マッチ売りの少女をはじめとした、困っている人たちです。
人々は、ツバメにお礼を渡したり、像にお礼を言いに行きました。
徐々に像は禿げてしまっていましたが、足元にはたき火がたかれ、花冠や手編みのマフラーが飾られることになったのです。
「あちらの大通りが見えますか?」
幸福の王女・ミーミルはツバメに訊ねる。
「街灯の近くに小さなマッチ売りの少女が──あれ、小さくない、ですね」
物語とのズレに、ミーミルが首を傾げるような気配がした。
確かに街灯の下に、一人の女の子の姿が見える。原作では年齢は明言されていないものの、十歳にはなっていないと読める。しかしそこにいる、薄茶色の髪を首の後ろでくくった少女は、高校生くらいの年齢に見えた。
「ええと、とにかくそこの少女がさっきマッチを溝に落として駄目にしてしまったのを見たのです。もしお金を持って帰れなかったら、お父さんがあの子をぶつでしょう。私の金箔をあの子にあげてください」
虎鶫 涼(とらつぐみ・りょう)がそれを引き受けて飛び立って行くと、
「おいおい。お人好しが過ぎると、後で痛い目にあうぜ。せっかく金箔や宝石をやっても、酒やギャンブルに消えてるかもな」
ミーミルの冠の先に止まっていたツバメトライブ・ロックスター(とらいぶ・ろっくすたー)が、高い声で囀る。
「あんたが宝石や金箔をやったあいつらは、あんたの為に頑張ってんじゃねぇんだ。あんたの為に頑張ってんのは誰だと思ってるんだ?」
「そうだよ、キミは周りが見えてない」
エル・ウィンド(える・うぃんど)も頭の周りを飛びながらトライブに同意する。
エルは、物語のツバメは王子の自己満足に付き合わされて死んでしまっただけだと思っていた。
ミーミルに必要なのは、一言、みんなに助けて、って言うことだけだ。
「トライブ、キミも協力してくれないか? 友達に話して、その友達がまた別の友達に話して……そうやってみんなを巻き込んでいけば良い方法が思いつくかも知れないし、そうやって街全体も変わってくだろう」
「ああ。皆で幸せになれる方法、考えようぜ? 勿論、ミーミルも含めてだ」
「私の……幸せ? 私は幸せですよ」
ミーミルは目をぱちぱちさせた、ように見えた。
「私の望みは、困っている人を助けることです」
「キミの金箔には限りがあるんだ。無くなってしまったら元通り、結局何も変わってないだろ?」
「……確かにいつまでもとはいかないかもしれませんが……」
ミーミルは考え込んでいるようだ。物語の王女も、読んでいたミーミルも、それについては深く考えていなかったらしい。
エルは他のツバメにも協力をお願いするよと言って飛び立っていく。
入れ違いのように、マッチ売りの少女に金箔を届けた涼が帰ってきた。
「どうでしたか、喜んでもらえましたか?」
「ああ、後でお礼を言いに来るって言っていた」
涼は簡単に返答を伝える。
「そうですか、良かったです」
「……なぁ、あんたは本当にこれで満足か?」
「え?」
かつて転校続きで、家族と殆ど関わりがなかった彼は、渡り鳥のツバメに似ている。ひとところに留まる王女──それはイルミンスールの大樹と共に生きる彼女に似た存在かも知れない──に自分がこんなことを言うのは変かもな、と思いながら、
「もっと大切な人、幸せにさせてやりたい人がいるんじゃないか?」
「大切な人……」
「マッチ売りの少女には父親がいると言ってたな。彼女と同じように、エリザベートやアーデルハイトがいるだろう」
「エリザ……べート? アーデル……ハイト? ……どこか懐かしい響きですね」
「あんたの家族だ。家族ってのは血が繋がってるってだけじゃないだろう」
「でも、私はずっとここにいたはずですよ? ──あ、来ました」
涼が何とか彼女の家族を思い出させようとしていると、小柄なマッチ売りの少女が歩いてくるのが見えた。
「さ、さぶい……」
マッチ売りの少女こと五月葉 終夏(さつきば・おりが)は、涙目になりながら素足で石畳を歩いていた。
(昔読んだことはあったが、ディテールはすっかり忘れていたな。確かに靴も靴下すらもはいてないと書いてあったような気がする。)
つま先の感覚はなくなり、真冬の寒さが足元から這い上がってくる。
「う……うう……ミーミルだ」
だが役になりきらなければいけないわけで。終夏はミーミルの像の手前まで来ると、素敵な贈り物を貰った嬉しさいっぱい胸一杯な表情をしてみせる。涼を追ってきたというように、できるだけ自然に、
「ああ、金箔をくれたのは君だったんだね。君のおかげでおなかいっぱいご飯が食べられるよ」
ここは、役とは違う。原作の少女は、小さいせいかせっかくの宝石をガラス玉だと思っている。これじゃあ王子の思いが少しでも報われたかどうかすら分からない。
夢を見られるミーミルは、純粋に童話の夢を見たいと思えるミーミルは、終夏には羨ましい。だったら、夢に付き合って、ついでにハッピーエンドにしてやろうではないか。
「でもね、一人で食べるのはすごく寂しいんだ。だからさ、ミーミルちゃん。イルミンスールの食堂で一緒にご飯を食べようよ。君はどんな料理が好き?」
夢なら、もし思い出してくれれば、この寒々しい景色からあったかい食堂に場面が変わるかもしれない。そんな風に思っての説得だった。
しかし返答はない。
ミーミルには勿論聞こえている。けれど、明言はされていないけれど、人間とは口をきけないものだと思っていたのだ。
「……仕方ないね、ツバメにだけでも恩返しをするよ」
終夏は枯れ木を拾ってくると、ミーミル像の足元に組み上げ、たき火をし始めた。
「さて、登場人物にならないのであれば、こちらの夢にお付き合いいただきましょうか」
遠巻きに見ていた譲葉 大和(ゆずりは・やまと)は、終夏の説得にも返事のないミーミルの前に進み出た。
「ねぇ? ミーさん……何が正しいかなんて誰にもわかりません。特に自分ひとりしか居ないときは。考えてみてください、もし……貴方が死ねば貴方の母親である校長はどう思いますか? 少なくとも俺はミーさんが死んだら悲しいです。死んだら……悲しいんですよ?」
彼は話しかけながら、手をゆっくりと振った。指先が怪しくリズムを奏で、ミーミルに幻覚を見せる──フェルブレイドの能力【その身を蝕む妄執】だ。
「ほら、泣きじゃくる校長とババ様が見えませんか?」
残念なことに、大和の扱う闇の力は、相手に恐ろしい幻影を見せるものだ。だからその光景は大和の意図に反し、ぐにぐにと歪んだ二つの顔が、髪を振り乱し雄叫びを上げ、狂乱する姿だった。
ミーミルの意識は、混濁したまま闇の中に落ち、気が付いたのは翌朝になってからだった。
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