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リアクション
第十章 午前零時の薔薇
第七十話 湖畔のあなた
薔薇の学舎の敷地内にある、その池は、小さな湖と呼んでいいほどに広く、水は澄みきっていた。
「ここが心霊スポットだとは、知らなかったな。知っていても、真夜中に一人でくるのは、ごめんだけどね」
深夜、星空の下、湖畔に立ち、クリストファー・モーガンは、水面をのぞいた。
「鏡みたいだね。こっちとそっくりの、別の世界が水の中に広がっている」
水面にうつるクリストファーが、制服のポケットに手を入れた。
え。
とまどいながら、湖畔のクリストファーは同じ行動をする。
「きみが俺で、俺がきみ。どっかで聞いた話だよね」
水面の彼は、ポケットからナイフを取りだす。
俺、ナイフなんて、持ってたっけ。
しかし、ポケットにはナイフがあり、クリストファーもそれを手にした。
水面の彼がナイフを自分の首筋にあてる。
クリストファーも、耳の下に冷たい刃をあてようとし、
「こんな俺は、ありえないよ」
ナイフを池に投げ込んだ。
提出者 ディオネア・マスキプラ
「推理研のワトソン、ディオネア・マスキプラだよ。百物語は怖いよねえ。ううう。こない方がよかったかなあ。
このお話は、ボクの実体験さ。池にうつったボクは、ボクよりもちょっとだけ早く動くんだ。ボクもつられて、同じことをしちゃうんだよね。でも、急にナイフをだして、胸を刺しちゃったから、それを見て怖くなって、ボクは逃げだしたんだ」
七十 T国製の怪談ですが、見た目はオリジナルそっくりです。
第七十一話 番人
(立体映像とはいえ、薔薇の学舎に入るのははじめてだが、華美というか、過美だな。生徒も、校舎も、風景も、校長の趣味なのだろうがやりすぎだ。
こことくらべると百合園が質素に思えてくるぞ)
パートナーの斉藤邦彦と契約するまで、戦いの連続の日々を送ってきたヴァルキリー、ネル・マイヤーズ(ねる・まいやーず)にとって、薔薇の学舎は、とてもなじめそうにない空間だった。
「男ばかりの学校で、怪談もないだろうに」
つい、本音を口にだしてしまう。
深夜の裏庭、静寂が支配する場所に、噂の彼はいた。薔薇の木の影に佇む、白い人影。
なぜ、そこに彼がい続けるのか、理由はわからない。
彼を眺めて、ネルはつぶやく。
「薔薇の木の用心棒にもなるし、死してなお熱心で、よいことではないですか」
提出者 早川呼雪
「想いを残して死んだ者は、想いに縛られるのか、幸福なのか。不幸なのか。
フライシャー教授、先ほどから何人かが言っているが、俺も教授の体調が心配でしかたがない。お加減が悪いなら、講義を中止して医務室に行かれた方が良いと思います。ここで講義が終わっても、それはしょうがないでしょう」
呼雪は、心から教授を気づかっていた。
「はかなげなお兄さん。ダーリンは、職場放棄をする気はないわ。ダーリンの力になりたかったら、あなたも、こっちへいらっしゃい」
雷霆リナリエッタが呼雪を手招きする。
「早川くん。彼女の言うようにしてもらえると、私も助かる」
弱々しく教授は、微笑む。
「教授の心労が、和らぐのなら」
講義準備室の前に、緋柱陽子、リナリエッタ、呼雪の三人が並んだ。
七十一 怪談の警備員は、三百六十五日、二十四時間、あなたのお家を守ります。
第七十二話 花園業者
悪魔は紳士の姿をしていた。
薔薇の学舎の生徒の中の、ひときわ美しい者たちと比較しても、ヒケをとらない美貌である。
だが、身辺に漂う雰囲気は、猥雑で、いかがわしい。
「この薔薇園の花の蕾がすべてひらいたら、貴方の魂を頂くとしましょう。天下一の薔薇の美しさと引き換えに、貴方の魂は、我のもの」
「私はここの薔薇にすべてを捧げている。この子たちが美しく咲き乱れるのならば、私はなにも欲しくはない」
庭師と悪魔が契約する場面を偶然、見てしまったクリスティー・モーガンは、二人の去った深夜の薔薇園に佇んだ。
「ボクにはなにもしてあげられないよ。ボクは、ここのバラが咲いて庭師さんが魂を奪われるのを、黙って眺めていなければ、ならないわけ」
「ボクらが彼を助けるよ」
どこからか、声がした。
「彼は、ボクらの大切な人だ」
薔薇園が声で満ちる。クリスティーは声が、薔薇たちのものなのに、気づいた。
提出者 藍澤黎
「それから、薔薇園の薔薇たちは、毎日のように新しい蕾をつけるようになり、バラの学舎は年中、薔薇の花に囲まれた日々を送れているという。
悪魔は、いまも毎夜、蕾を減らし、薔薇を咲かせるために、薔薇園を訪れているらしい。
学舎に薔薇を愛でる者が多いのは、悪魔に魅入られた生徒たちが悪魔と同じように、薔薇を愛でるからだとも言われている」
七十二 実家は、こでまりと怪談を栽培する農家です。
第七十三話 ふぃふすかいんど
薔薇の学舎の敷地内の山中で、未確認飛行物体がひんぱんに目撃されるとの噂を聞き、高崎悠司はUFOウォッチにでかけた。
「設定がひでぇよ。俺をさらうつもりか。ったく。だりぃな」
毒づく悠司の真上に、光り輝く銀色の円盤が!
さらに悠司は、いつの間にか極端に頭部の大きい、一般にグレイ型と呼ばれるエイリアン? に周囲をかこまれていた。
「こんで終りだろ。違げぇのかよ。俺は、こんなところで素っ裸にされて、身体検査なんざ、受ける気はねぇ」
迫りくるグレイたちをかきわけて、悠司は走りだす。
どこまでも、どこまでも追ってくる円盤とグレイたち、息を切らして走り続ける悠司。
とうとう自分の部屋まで帰りついた悠司は、ベットに身を投げだした。
「俺の部屋まであるなんて、どこまで、凝ってんだ。いい加減、あきらめろ。あん?」
窓から閃光が射しこみ、悠司は、部屋一杯にグレイがいるのを知った。グレイは、語りだす。
「ムカシ、FBIに務めていたキミのひいおじいさんは、ワレワレによくしてくれた。ワレワレはキミにお礼が言いたい」
「はあ。おい。このレポート書いたの、どいつだ。でてこいよ。早く」
提出者 影野 陽太(かげの・ようた)
「すいません。俺です」
「陽太。おまえのひいじいさんは、FBIでなにやってたんだ」
気の弱そうな陽太に悠司は、尋ねた。
「これは友達の体験談なんで、俺も、くわしい事情は知りません」
「怪しい都市伝説そのもんじゃねぇか。ふざけやがって。俺はマジで走っちまったぜ。友達、呼んでこいよ」
「あのう、最近は、会ってなくて」
「携帯の番号、教えろ。話がある」
「ええっ。すいません。だって、奇妙な話ならいいって聞いたんで」
パラ実生の悠司に、こうして話しかけられるだけで、おとなしい性格の陽太はおどおどしてしまう。
「そんなにビビんなよ。もういいよ。めんどくせー」
「あ、ありがとうございます」
陽太は丁寧に頭を下げた。
七十三 メキシコでは、空飛ぶ怪談は、日常的に目撃されている。
第七十四話 レターボックス
薔薇の学舎の学生寮。
黒崎天音の隣の部屋は、空き部屋だった。
そして、その部屋には毎夜、一通の封筒がドアに挟みこまれる。
誰が置きにくるのかは、わからない。
朝になるとドアの隙間に挟んであるのだ。
隣室の黒崎は、それに気づき、深夜、誰かが置きにくるのではと、廊下や隣室の気配に注意してみたが、特に異常は起こらず、朝には手紙がきていた。
今日も手紙は、届き続ける。
封筒も、便箋も白紙で、なにも書いていないその手紙を黒崎は、毎朝、一通、空室の中に入れておいてやるのが、習慣になった。
「まったく意味がわからないなあ。ムキになって、調べる気にもならないし」
提出者ケイラ・ジェシータ
「自分がイルミンスールの寮で、実際に経験してる話なんだけどね。
気味が悪いし、大事な手紙を部屋を間違えて置き続けてるんなら、大変だと思って、失礼だけど、中をたしかめさせてもらったんだ。
白紙の便箋が一枚あるだけだったよ。
何日分か調べたけど、全部、そう。あぶりだしも試したんだけどね、なんともならなかった。現物を持ってきたんだ。これ、だよ」
ケイラがだした封筒を、黒崎は手にとって、中身も確認した。
「ジェシータ。これ、もらってもいいのかな」
「たくさんあるし、今夜もくるだろうから、いいよ」
「ブルーズ。持っておいて」
黒崎は、ステージ下のブルーズ・アッシュワースに封筒を渡す。
「これに意味があるのか」
「それは、わからない」
楽しげに、黒崎は笑う。
七十四 でたらめを書くなら、白紙の怪談の方がいいと思って。
第七十五話 ブーツ
ペットのネコが何日も帰ってこないと、飼い主はネコのことばかり考えてしまうようになる。
「俺のは、ネコを飼ってるってお話なんだね。いいよ。アルデバランもいるし、ここの机の下にも、かわいいのが四匹もいるし、動物はきらいじゃないんだ」
しかし、だからこそ余計に、ネコが二週間も帰ってきていないと思うと、鬼院尋人は心配でたまらなくなってしまった。
「最後まで、ネコがちゃんと帰ってこないお話だったら、どうしよう」
立体映像の自室の中で、うろたえている。
にゃん。
「あー、よかった。きみが、俺のネコなんだね」
窓から部屋へ入ってきた三毛猫は、抵抗せず、尋人に抱え上げられた。
「おかえり。二週間もどうしたのさ。お、おまえ、足が」
床には、ネコの足の毛だけが脱いだブーツみたいに立っていた。
尋人の抱えているネコは、五体満足だが、足の毛がちょうど靴下を脱いだような感じでなくなり、素肌がでていた。
「ひどいケガをして、足の毛がはがれて、それをまた、ブーツのように履いてきたってこと? すごいね。おまえ」
にゃん。
提出者 リカイン・フェルマータ
霧雨透乃、超娘子と道場へ行ったままのリカインを心配し、パートナーのキュー・ディスティンは、教授に許可をとって、携帯をかけた。
「リカ。そっちは、どうなっておる。
なに、リカと霧雨透乃の試合が激しすぎたので、止めにきた空手部、柔道部、拳法部ら格闘技系の部員を巻き込んで乱闘中、だと。あー、これで空大も出入り禁止か。
いや、こちらは無事に百物語は進んでおる。邪魔をするなら、帰ってくるな。それでは、切るぞ。
貴公、鬼院尋人殿、待たせてすまなかった。(キューはお辞儀をした)このレポートは、リカの実体験だ。信じられぬだろうが、実話だ。リカは乱暴者だが、ペットのネコはかわいがっていてな。ネコの方も主人に似てこのようにチト変わっておる、ということだ」
七十五 脱いだ怪談は、洗濯カゴへ入れなさい。
第七十六話 うごめく
薔薇の学舎にもこんな汚い場所があるんだね。
妙な感心をしながら、清泉 北都(いずみ・ほくと)は床の消毒を続けた。パートナーのソーマ・アルジェント(そーま・あるじぇんと)と一緒に、倉庫の清掃を頼まれたのである。
ソーマが掃除機をかけた床に、北都は消毒液をまく。
「こっちを見るな。北都。いいな」
急にソーマが厳しい声をだした。
「一匹いたら百匹はいるってやつが、百匹以上いる。わかったな」
「う、うん」
虫嫌いの北都は、この倉庫にいるのがいやになった。逃げるわけにもいかないので、目線を上げ、天井を眺める。
う。
北都は、気づいてしまった。薄茶色の天井全体がうごめいているのに。
ぽとり。
天井の一部が北都の前におちてきた。光沢のある羽と、たくさんの足、触角のある、アレ、だ。
気がつくと、北都は外にいた。無意識のうちにソーマを引きずって、倉庫から逃げてきたらしい。
「北都、おまえ、すごい力だったぜ。ほんとに、アレがきらいなんだな。うおっ。なにするんだ」
北都は、ソーマと自分に頭から消毒液をぶっかけた。
平然と北都は、こたえる。
「これくらい、当然だよ」
提出者 宇佐木みらび
「ぴよっ!! 再現しすぎですっ。清泉先輩、すいません。このお話は実話ですっ。たぶん。
うさぎもアレが苦手なので、ちゃんとは見てないんです」
七十六 怪談ホイホイのCMを最近、見かけない。
第七十七話 休憩
休日の校舎には、不審者がでるという噂がある。早川呼雪は、昇降口の鍵が開いているの見つけて、噂を思い出し、休日の校舎に入りこんだ。
うっ。ううっつ。
誰もいないはずの教室の方から、うめき声がした。
教室のドアが少し開いている。
呼雪はわずかな隙間から、中を眺めた。
机を集めて台のようして、そこで人がからみあっている。
状況が把握できず、呼雪はさらに集中して眺めた。
「ううん。なにをしているだ」
薔薇の学舎だというのに、二人の片方は女だ。
見慣れぬ女人の姿に、呼雪は混乱していたのかもしれない。
難しい顔をして、二人のいとなみを見つめ、うめきを、あえぎを、聞き続けた。
「なんだ、これは。しかし、ここは薔薇の学舎だ。これは、現実ではありえない」
二人から目を離さない呼雪に、参加者のラルク・クローディスから野次が飛んだ。
「いつまでも、じろじろ見てんじゃねぇぞ。呼雪。おまえは、中坊か」
「おっさん。この二人がなにを考えて、ここでこうしているのか俺には、理解できん。これには、どんな意味があるのだ。説明してくれ」
真顔で呼雪は、ラルクに聞き返す。
提出者 茜星
「深く考えないで、休みの学校にはこういう光景もあるって、さらっと流して欲しいんだけど。早川くん、それじゃ、ダメかしら」
七十七 休憩中の怪談は、節度を守って行いましょう。
第七十八話 パズル
交換日記をしてくれとお願いされ、相手はなんとクラスの人気者で、自分は一行、二行しか書かないのに、相手は、いつも一、二ページは書いてくる、という状況になって、ソーマ・アルジェントは、はたと気がついた。
「俺には北都もいるし、恋人もいるしな。こいつはまさに現実にゃ、実現不可能な話だが、ああー。でも、やっぱ、いやなもんはいやだな」
ソーマは日記の相手を呼びだし、二人きりで話をすることにした。
「交換日記なんだけどよ。いつっも、たくさん、書いてくれてありがとよ。俺は、なんも書かねぇで、ごめんな。それでな。読むだけでも真剣にやろうかと思って、おまえの文章を読んでて、わかったんだけどな」
「なにが」
「おまえさ、一日の日記の中に、必ず二、三回はおんなじ文章を入れるよな。普通に横から読んでいっても、わかんねえんだけど、斜めや縦で読むと、絶対、見つかるんだよ。偶然じゃないよな」
「へえ。それ、なんて、書いてあるの」
「ソーマ、きらい、死んでくれ。だよ。俺の考えすぎか」
相手はにっこり笑った。
「それをあんたの口から、聞きたかったの」
提出者 鈴倉虚雲
「友達の超能力少年から聞いた話だ。そいつも、どっかで聞いた都市伝説だと言っていたがな。
それでレポートと重なりすぎて、ほんとにいやなんだが、教授の独り言をなんとなく聞いていたら、同じ単語を繰り返しているのに気づいてな。俺の他にも気にしてるやつも多いだろ。
教授。質問です。リチャードって、誰ですか。その人になんかしたんですか?」
「鈴倉くん。質問は・・・」
教授は、そこまでしか答えなかった。
七十八 いくらかわいくても、性格が怪談だとねえ。
第七十九話 お出迎え
家族みんなと食べる朝食、影野陽太は、例え自分以外が立体映像でも、久しぶりの団欒を楽しんでいた。
「陽太くん。おはよう!」
元気なあいさつと、玄関のドアの開く音がした。
友達が一緒に学校へ行こうと、呼びにきたのである。
「あれ、いつもより三十分も早いや」
トーストを口に入れ、カバンを持ち、あわてて玄関へ走った。
「ごめん。ごめん。今日は、いつもより、早いよね」
が、玄関のドアはしまっており、誰もいない。
先に行ってしまったのかと、外へでて友達の姿を探したが、やはりいなかった。
食堂に戻って家族にきいてみる。
「さっき、友達が呼びにきたんだけど、声がきこえたの、僕だけじゃないよね」
自分以外の家族にも、声も、ドアを開ける音も聞こえていた。それでも気になって、携帯でその友達に電話してみる。
「あ、陽太。おはよ。おおっ。こんな時間だ。寝坊してしまった。起こしてくれて、サンキュ。急いで行くわ」
結局、友達はいつもより五分、遅れて呼びにきた。
提出者 清泉北都
「結局、なんだったのか、わかってないんだよ。友達本人が生きてるから幽霊じゃないし、妖怪かな、それとも誰かのいたずらとか。
あの、フライシャー教授、僕は思ったんですけど、髪がぼさぼさだったり、時計が壊れてたり、服が乱れてたり、鼻血まみれになっちゃったりしたのは、怪談の会を盛り上げるお楽しみ〜! では、ないんですかねぇ」
返事はない。
七十九 学生時代、毎日、怪談と登校したのでさびしくなかったぜ。
第八十話 捕獲
床下モニターの指示は、「付近の住人が放置しているうちに大量発生してしまった害虫を捕獲する」となっていた。
立体映像の草原に、ブルーズ・アッシュワースはいた。たしかに小さな虫が飛びまわっている。
そう速くも大きくもなく、捕まえるのは造作もなさそうだ。
「素手で捕まえろ、というのか。しかたがないな」
ブルーズは手をのばしかけて、においに気づいた。
虫たちは、ブルーズへの威嚇か攻撃として、凄まじい異臭を放ちだしたのである。
「これは、幻臭にしてもひどすぎるぞ。目にもしみる」
虫を捕まえるどころではなく、ブルーズは虫の群れから離れた。
「においに捕獲されてしまった。我の体に染みついてはおらぬだろうな。気のせいで、実際にはなんのにおいもせぬのだろうが、気分が悪いな。教授、すまぬが頼みがある」
ブルーズは、教授に、自分の体を消臭させて欲しいと、申しでた。
提出者 ソーマ・アルジェント
「くせぇ話で悪かったな。ごめんよ。俺の場合は、あいつを素手で握りしめちまって、食事に行く途中だったけど、やめにして風呂に入るハメになったぜ。まったく。あいつは、地球にいるカメムシのような虫らしいな」
八十 怪談のにおいも消臭できます。
第八十一話 親子
夜、自室に帰ってきた、クレア・シュミット(くれあ・しゅみっと)はベットの上に、小さな二つの光をみつけた。なにか動物の目らしい。
「入る前に、気配は感じなかったが、どこからきたのだ」
電気をつけると、子狐だった。ちょこんと座って、クレアを見ても逃げようとしない。
「どうしたものかな」
首を傾げるクレアの前で、狐はどろどろとロウ細工のように、溶けはじめ、やがて、消えてしまった。
シーツには、シミ一つ残っていなかった。
提出者 クリスティー・モーガン
「これは、ボクの体験談だよ。以前に狐狩をした時に、仕留めた獲物が、この子狐の母親だったかもしれないと、思うんだ。料理人の味付けが口に合わなくて、食べ残してしまったからね。子狐の生霊かなにかがでてきたのかな」
「あなたは、スポーツ感覚で狩猟を楽しむ種類の人間か?」
クレアは鋭い視線をむけた。
「いや、獲物には敬意を払うように言われているし、料理したものは全部食べるように、心がけているよ」
「うむ。動物相手とはいえ、みだりに命を奪うのは、私はよい趣味だとは思わない」
「そうだね。ボクもこの経験をしてからは、以前よりも獲物の命の重みを感じるようになったよ」
八十一 子連れで来店した怪談は、一人前を親子で分けて食べる場合が多い。
第八十二話 人気者
地球で、友達と撮影した妖精の写真が話題になって、東間 リリエ(あずま・りりえ)は、一躍、時の人になった。
パラミタならともかく、地球で、パラミタ出現以前の時代に、自然の中にいる妖精の姿を撮影したのは、大事件だったのである。
「私の家は、代々魔法使いの家系だったけれども、地球にいた頃は、それを大っぴらにできる状況では、なかったですからね。超常現象が世間に認知されるこういう機会は、レポートの再現でもうれしいですね」
「リリエちゃん、あたしたち、有名人だね」
立体映像のお友達が、リリエと喜びをわかちあってくれる。
「しかし、おいしい話こそ、きついオチが待っていそうな気がします」
「ところで、リリエちゃん。相談があるんだけど」
「ほら、きた」
「あのね、もっとたくさん、妖精の写真を撮ろうよ。そうすれば、すごく話題になるって」
「偶然、一枚、撮れただけでも、大ラッキーなのに、これ以上、高望みをするのですか。私は賛成できません」
友達は、リリエの言葉に耳を貸さない。
「一枚は、本物なんだから、後はつくりものでも、誰も気づかないよ」
「架空の友よ。不幸の足音が聞こえます」
提出者 クリストファー・モーガン
「彼女たちが撮影した妖精写真のうち、二十一世紀のいまでも、完全に否定されていないものが、一枚だけあるよ。映画にもなった実際の事件だから、くるとくんも知ってるよね」
「フエアリーテイル。題名と違ってファンタジー映画じゃないけど」
座席から、弓月くるとがこたえた。
「聖典(シャーロック・ホームズ物語)の著者を名乗っている、作家のサー・アーサー・コナン・ドイルも同時代人として、この事件について本を書いているわ」
シャーロキアンである、マジカル・ホームズ霧島春美も知識を披露した。
「その通り、二十世紀初頭のイングランドで起きたコティングリーの妖精事件は、知識人たちを巻き込んで、大騒動になったんだ。俺もイギリス人だけど、俺の国の連中は、お高くとまっているわりに、オカルト話が大好きだからね。当時、どんな騒ぎになったのか、想像がつくよ」
「ボクをちらちら見てるけど、クリストファー、なにか言いたいの?」
パートナーのクリスティに聞かれ、クリストファーは待ってましたばかりに、
「俺が言いたいのはね、この話の怖いところは、少女たちが作ったニセの妖精写真でも、本物だと信じたい人たちには、本物にみえてしまった、ってところさ。人間は自分の見たいように、事実を歪めて見てしまうんだよ。
ホームズの作者のドイルも、医者で知識人かも知れないけど、自作の名探偵に科学的だの、理論的だのさんざん言わせておいたあげく、妖精を信じたい自分は、イカサマ写真にあっさりだまされちゃってさ」
「ようするに、キミは、シャーロキアンのボクの前で、ホームズやドイルをけなしたかったわけだ。しかも、こんなに大勢の人がいるところで。ボクは、あきれてしまうよ」
クリスティはため息をつく。クリストファーの言葉はさらに続いた。
「最近、くるとくんたちと知り合って、ミステリ好きの、同好の士にも恵まれて、なにかにつけて、ホームズだの、名探偵だのって浮かれてるけど、クリスティはもう少し冷静になったほうがいいと思うよ。
俺の意見は、科学的に理解できたかい、ホームズくん」
「いい加減にしろ!」
クリストファーを小突こうとして、クリスティがのばした手は、攻撃を予期していたクリストファーにかわされ、クリスティは前のめりの転んで、ゴロゴロと床を転がった。
「おいおい。クリスティ、転がりすぎだよ。平気かい」
あわててクリストファーが駆けよる。
「フフフフフ」
床にうつぶせに倒れたまま、クリスティは笑いだした。
「ハハハハ。ありがとう、クリストファー。ボクは、見つけたよ」
立ち上がらず、笑い続ける。
フライシャー教授は、蛍光灯をつけ、クリスティに近づいた。
「きみ、どこかぶったのかね。大丈夫か」
教授に声をかけられ、クリスティはようやく起き上がった。彼の顔は、赤黒く汚れている。
「教授。質問ではなく、説明をお願いします。ボクはいま、床を転がって気がつきました。この床は、ところどころ濡れています。ガラスの破片が落ちています。ボクの顔についたこれは、おそらく血液でしょう。誰かの靴の裏についていた血が床に付着したんですよ。
教授の鼻血にしては、濡れている範囲が広く、量が多すぎます。
ガラスも、誰かの服についたものが床に落ちたんでしょう。暗くしているし、床の色も濃いから、みんな、血とガラスに気がつかなかったんだ。
これは、ただごとではありません。事件ですよ。納得のいく説明を要求します」
八十二 靴についた泥から、相手の人となりを当てるのを、怪談は得意とする。
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