シャンバラ教導団

リアクション

　
　「な、何とか形になりました……」
　調理中よりさらにあちこちにススをつけた水渡　雫（みなと・しずく）は、疲労困憊の体で陳が回って来るのを待っていた。体力的にはたいしたことはなかったはずなのだが、料理の完成と同時に精神的な疲労が一気に来たらしい。
　「不可になって下働きは、さすがに避けたいからねぇ」
　ローランド・セーレーン（ろーらんど・せーれーん）が飄々と言う。
　「そのわりに、お嬢さんに変な踊りを躍らせたりしたけどな」
　ディー・ミナト（でぃー・みなと）が横目でローランドを睨んだ。夏野　夢見（なつの・ゆめみ）と夏野　司（なつの・つかさ）が、噴き出すのを懸命にこらえる。
　「う……もう、そのことは忘れて下さいぃ！」
　雫が叫んだその時、
　「はーい、見せてもらうよー」
　と、陳がかれらの方へやって来た。
　「はいっ、お願いします！」
　雫は姿勢を正す。
　「ご飯と、魚のムニエルと、山菜のおひたしと、ねぎときくらげと山菜の味噌汁か。どれどれ……」
　陳は調理台の上の料理を試食すると、
　「どれも簡単な料理だし、ムニエルの焼き加減にムラがあったり、味噌汁の山菜の火の通り具合が均一じゃなかったりするけど、食べられないような失敗はない、と」
　陳は椀の中から、ネギを何切れかつまみ上げてみせた。
　「ほら、大きいのがあったり小さいのがあったり、大きさが揃ってないだろう？　だから、煮え方が均一じゃないんだ。もう少していねいに作ってあれば、このメニューでも一級をあげられたけど、今回は二級かな」
　「ちょっと、そこまで気を配る余裕がなかったもので……。でも、一応可は頂けたので、安心して林教官に食べて頂けます……」
　思わず雫がこぼした言葉に、
　「……ふぅん？　林教官に食べてもらいたいんだ？」
　ディーがちゃき、とハンドガンをホルスターから抜いて言った。
　「水渡　雫もすみにおけないねぇ」
　ローランドがにっこりと微笑み、夢見と司は、教官と生徒でどうのこうの……と囁きあう。
　「……え？　は？　ち、違います！　本校防衛の祝勝会とかなかったし、と思っただけでっ！」
　自分が少々不穏に取れる発言をしてしまったことに気付いた雫は、手を振り回して否定した。そこへ、
　「ゲストの方々をお連れいたしました〜」
　皇甫　伽羅（こうほ・きゃら）とパートナーのうんちょう　タン（うんちょう・たん）、皇甫　嵩（こうほ・すう）、劉　協（りゅう・きょう）が、問題の林　偉とパートナーの燭竜をはじめ、風紀委員長李　鵬悠や『白騎士』のヴォルフガング・シュミットと言った、試食に参加するゲストたちを連れて現れた。
　「こんな、食事の作りがいのない男のどこが良いやら……」
　陳は林を見て呟くと、次の班の試食に行ってしまった。
　「ちょ、陳教官、誤解したまま行かないで下さい〜！」
　「水渡、お前、顔が真っ黒だぞ」
　引きとめようと叫ぶ雫の所に、林がやって来た。
　「は、はい！？」
　雫は慌てて顔を手でぬぐったが、手袋にもすすがついており、よけいに汚れが広がっただけだった。
　「あーあー、落ちてないって……。食べ始める前に、顔と手、洗って来い」
　林は苦笑して、洗い場を指差す。
　「は、はいぃ！」
　雫は裏返った声で返事をすると、脱兎のごとく駆け出した。
　一方、沙　鈴（しゃ・りん）は、陳に駆け寄ると、取って来たベイゴマの実をこっそり渡した。
　「……へぇ、ベイゴマの実か」
　「これで例のものをまた……よろしくお願いします」
　鈴はひそひそと耳打ちすると、班の仲間たちの所へ戻って行く。

　「教官、早く、早く来て下さいー！」
　やっと自分たちの班に向かって来た陳に、クー・キューカー（くー・きゅーかー）の長い胴体を必死に掴んでつまみ食いを止めているルケト・ツーレ（るけと・つーれ）は叫んだ。
　「何、どうしたの」
　「きょうかん、はやくたべる！　でないと、るーちゃん、りょうりたべられない！」
　ルー・ラウファーダ（るー・らうふぁーだ）がはやくはやく！と陳を急かす。
　「何だかせわしない子たちだね。どれどれ……」
　陳は、ご飯、ウサギの和風ソテー、山菜の木の実だれ和え、山菜のスープ、というメニューを手早く試食した。
　「ちょっと和風にしたのか。ウサギのソテーのわさび風の味付けもいいし、和え物もスープも味自体は濃くないけど、木の実や山菜の風味を良く生かしてあるね。特級をあげよう」
　「やったっ！」
　エリーズ・バスティード（えりーず・ばすてぃーど）がレジーヌ・ベルナディス（れじーぬ・べるなでぃす）に抱きつく。
　「きょうかん、あじみおわった！　こんどはるーちゃん、たべる！」
　ルーはデゼル・レイナード（でぜる・れいなーど）に訴えた。
　「もう良いですかね、教官」
　デゼルは陳に尋ねた。
　「はいはい、もう良いよ」
　陳が苦笑してうなずくと、ルーとクーはものすごい勢いで料理に手を伸ばした。

　そして、材料集めでも調理でも問題が発生した１５班は。
　「これは……汁物じゃないでしょう」
　「いえ、汁物です！」
　粥を汁物と認められない陳と、汁物だと強弁する青　野武（せい・やぶ）とが押し問答になってしまった。
　「だから、予定通り、ゆでトウモロコシの塩がゆかけにすれば良かったのに……」
　ぶつぶつと呟く青　ノニ・十八号（せい・のにじゅうはちごう）の頭を、
　「『予定通り』ではないであります！」
　と黒　金烏（こく・きんう）がどつく。
　「重湯は汁物であるからして、これも汁物です！」
　粥は汁物説を曲げない野武に、最後は陳が根負けした。
　「じゃあ、これは汁ということにしよう。で、主菜は普通に出来ていて、副菜が……どう見ても野菜くずの寄せ集めなんだけど」
　「ちょっと……材料が足らなくなりましてな」
　とたんに、野武の腰が低くなった。
　「ちゃんと食べられる部分を食べられるように調理はしてありますので、これで一つどうか……」
　「『粥は汁物』と副菜、どっちかだけなら大まけにまけて二級をつけたんだけど、両方揃っちゃったからね」
　陳は成績表の１５版の欄に、『不可』を書き込んだ。
　「くぅ、我輩の完璧な計画が……それもこれも、みんなお前のせいだあぁぁ！」
　「あーれー……」
　当然、ノニ・十八号はフルボッコである。

　「最後は定番のカレーか。ほっとするね」
　最後の１６班の鍋からたちのぼる匂いに、陳は顔をほころばせた。
　「うん……定番の味で、悪くないと思う。一級かな」
　「ありがとうございます」
　当然の評価、という態度でミヒャエル・ゲルデラー博士（みひゃえる・げるでらー）が一礼する

◆　◆　◆　◆　◆

　陳の試食と評価が終わった後は、班同士で料理を交換してみたり、ゲストたちに試食をしてもらったりと、和気藹々とした会食となり、調理実習は終了した。
　しかし、その翌朝。
　「何じゃ、こりゃああああ！！」
　一限目の体育で演習場を使う予定になっていた歩兵科の教官は、水場の排水口の中からにょろにょろとあふれ出している蔓を見て絶叫した。
　「誰だ、『貧乏瓜』の種を流したのは！！」
　芦原　郁乃（あはら・いくの）と蒼天の書　マビノギオン（そうてんのしょ・まびのぎおん）が採って来た瓜は、『貧乏瓜』と呼ばれる岩場に生える瓜の仲間で、岩場で種が雨に流されたりしないよう、たいへん成長が早く、種は水を与えれば翌朝には蔓になる、と言われている。野生のものは岩山に普通に生えているが、人里に持ち込むのは厳禁とされているくらいなのだ。
　教官から連絡を受けた陳は、前夜のメニューから貧乏瓜を持ち込んだのが郁乃とマビノギオンであると特定。１２班は評価を下げられ、二人は呼び出されて、水場に生えた貧乏瓜の排除を命じられた。
　「思った以上に成長が早かったわね……」
　「美味しかったんですけどね。種の始末には気を配るべきでした……」
　炎天下、郁乃とマビノギオンは、蔓の排除に骨を折ることになったのだった。