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鏖殺寺院の砦

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鏖殺寺院の砦

リアクション


01:プロローグ

 天御柱学院

「ってことでブリーフィングは以上だ。何か発言は?」
 山葉 涼司(やまは・りょうじ)がそう言うと富永 佐那(とみなが・さな)が発言を求めた。
「【黒豹小隊】が対戦車地雷を仕掛けようとしているようですが地雷は国際法で厳しく制限されている物であり、ましてや一介の小隊が中東の国に勝手に設置していい物ではないとおもいます。地雷設置案の撤回を求めます」
「黒豹小隊長の黒乃 音子(くろの・ねこ)だよ。確かに軽率だったよ。撤回するね」
 音子の言葉に佐那は安堵した様子を見せて、
「宜しくお願いしますね」
 と言った。
「うん。ごめんなさい」
 音子も素直に謝る。
「先輩……」
「おう、陽太か。今回は前線には出ないんだってな」
 影野 陽太(かげの・ようた)は環菜の復活に、ナラカへ行く列車に乗り彼女の魂を取戻して現世で甦らせるミッションの為に、その微かな希望にすがって、自分の持てる全てを費やし打ち込んでいる。
 不眠不休、自身の事柄は全て度外視して無尽蔵の気力と努力でもって臨んでいる。
 そんな中、たまたま少しの待機時間ができたので、鏖殺寺院の拠点を叩く作戦に協力できないか、と考えた。
 とは言え、地球まで出向いている余裕はあまり無い気がするので、「根回し」で後方支援に徹する。
 補給路の確保、物資の調達、各協力勢力との連絡調整等、支援的な作業を行う。
 その結果空中給油機、各種爆発物、医療物資などなどが揃えられたのである。
「環菜スキーでいいですよ、先輩。影野陽太の肩書きは、いつも、いつまでも【御神楽校長専属SS】のままです」
「おう、お前は変わらないな。それがある意味安心出来るところでもあるんだが……さて、他に意見がなければブリーフィングはこれで終了する」
「意見というか質問だが、契約やドラゴンアーツによる身体強化、パワードスーツの強度を加えて考え、どの高度でパラシュートを開けば安全かを訪ねたい。敵の良い的になるのを防ぐためにもな」
 エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)がそう尋ねた。
 適切な回答を受けてエヴァルトは張り切る。
 そしてブリーフィングは終了した。
「カノンさん……?」
 ベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)がカノンに近づいた。
「なに?」
「涼司さんも今回はイコンで出撃するようですね。出来ればカノンさんも、涼司さんの力になってあげてください」
「あなたも涼司くんに近づくの?」
 カノンが睨むと
「いえ、私はただの友人です。校長になっても友人です。ただ、校長になって色々と負担が増えたということで、秘書的な役割をさせていただいておりますが」
「私も校長の執事をさせていただいております」
 そう言ったのは本郷 翔(ほんごう・かける)だ。
 彼は拠点となる空母で本営機能の強化を行ない、一定の成果を上げていた。他の生徒と共に軽食の用意などをし、戦闘から戻ってきたイコンパイロットの疲労回復を図る予定だった。
「えっとね、カノン……」
 小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)がカノンに話しかける。
「カノンはアームルートのことを恋敵だって思ってるみたいだけど、それは違うよ」
「……どういうこと?」
 カノンは興味を惹かれたようだ。
「アームルートには他に好きな人がいるの。パラ実の生徒なんだけどね。だからね、カノンは安心していいんだよ。アームルートはカノンの恋敵じゃないから」
「本当? それなら涼司くんとあたしの仲を阻むものはないのね……うふふ……あはは……」
 カノンは上機嫌で下手くそな鼻歌を歌う。
「そっかー……そうなんだー」
「だからね、カノン。一緒に涼司を守ろう?」
「うん。涼司くんはあたしが絶対に守るよ」
 カノンは上機嫌でそう言ってイコン格納庫に向かった。
 そして涼司に近づく影がひとつ。火村 加夜(ひむら・かや)だった。
「涼司君、何でも言うことを聞いてくれるって言ってた事覚えてるかな? 初めて涼司くんと離れて戦うし、今までで一番大きくて危険な戦いになるから、不安がないなんて嘘は言えないよ。だからこの戦いが終わった時に笑顔でただいまって言って欲しい。私も笑顔でおかえりって言えるように頑張るよ。それだけで心が強くなれるから……」
「分かった……」
 涼司がそう答えると加夜は笑った。
「おまじない……するね」
 そう言って涼司の手を取り軽く口付けをする。
「頑張ってね」
 頬を赤く染めながら。
「ああ」
 涼司が頷く。
 そして、さらに近づいてくる影がひとつ。ウィング・ヴォルフリート(うぃんぐ・う゛ぉるふりーと)だ。
「山葉……」
「ウィングか。久しぶり……か?」
「忠告がある。敵は寺院のみではない。帝国やポータラカ、そして地球勢力にも気をつけろ」
「了解だ。周りはすべて敵か。忌々しい」
「私は味方だ。これだけは誓おう」
「助かる。【閃光の風】が味方なら心強いことこの上ない」
「世辞はいらん。身辺に気をつけろよ」
「ああ……」

 天沼矛内部

 【聡のナンパ仲間】佐野 誠一(さの・せいいち)が聡の機体のメンテナンスを行っている。
「エネルギーの伝達効率上昇に操作時のレスポンスを聡のデータに合わせて最適化……これだけでもだいぶ違うだろうな」
 オイルにまみれながら必死に聡の機体の整備を行う。
 ちなみにイコンは個人専用機ではないので、指紋声紋等による認証は行っていない。基本的に誰でも自由に乗り込めるのだ。それなのに誠一が聡の専用機と分かったのはカラーリングが他とは違うからだった。
「ふふ……サクラさんの機体を整備するのは久しぶりです。サクラさんは聡さん一筋ですから誠一さんが口説いたって見向きもしないでしょうから仲良くできそうですし、お互いのパートナー自慢とかで盛り上がるのもいいかもしれません。けど、先ずは機体を整備しないといけませんね。無事に帰ってきてくださいね、サクラさん……」
 パートナーの結城 真奈美(ゆうき・まなみ)がそんなことを言いながらイコンのエネルギー伝達系の整備を手伝う。
「よーっし、次はっと……」
 誠一はオリガ・カラーシュニコフ(おりが・からーしゅにこふ)のイコンの整備を行なおうとする。
 ちょうど彼女が格納庫にやってきたからだ。
「あら、わたくしは今回イコンには乗りませんわ」
「あ……そうなの? それは残念」
「誠一さん? 他の機体の整備をするのになんで女の子が乗り込むイコンを選ぶんでしょう? これは仕事にかこつけて口説こうとかそういう目算ですか? そんなわけないですよね〜? ちゃちゃっと済ませてお片づけしましょうね?」
 真奈美が黒いオーラを出しながら言うと誠一は怯えた子犬のようになりながら別の生徒のイコンの整備に入った。
 長谷川 真琴(はせがわ・まこと)はパイロットを志していたが自分の技量と視力の悪さにより、断念。しかし、生来の手先の器用さとイコンに対する情熱を買われ整備科に転科した。
 彼女は今回、他校生用のイコンの区画に向かって歩いて行くと、個人のタグが付けられた新品のイコンを、シミュレーターの結果などを元に個人のくせにあわせて調整していた。
 そんな彼女にとある整備士がなぜそこまでするのか尋ねる。
 それに対する彼女の返事はこうだった。
「何故、そうまでするかと言うと、整備士として皆さんにはよい状態でイコンに乗ってもらいたいという気持ちと無事に帰還してもらいたいという願いからです。しっかりと整備されたイコンは戦場で不備が起こることが滅多にありません。この辺は実際のカーレースの車や戦闘機などと同じです。私はイコンのメカマンとして皆さんにきちんと整備された機体を渡す義務があります。なので、その職務を全うするだけです」
 この言葉に感銘を受けた整備士達は、彼女を女神扱いするようになったという。
「教官、今回は中東ということですし、対粉塵装備とかしたほうがいいと思いますが」
 クリスチーナ・アーヴィン(くりすちーな・あーう゛ぃん)が教官にそう提案すると、
「いいところに気がついたな。成績にプラスしておこう。耐塵フィルターはあそこに置いてある。取り付けるのを手伝ってくれ」
「わかりました。あたいも機械の体を持った機晶姫だからそういったことは少しは理解できるんっすよ」
 普段は乱暴な口調だが、相手が教官ということもあって丁寧な口調になるクリスチーナだった。
「ああ、ちょっといいかな?」
 榊 孝明(さかき・たかあき)がやってくる。
「どうしました?【ムラクモ】」
 教官が答える。
「対随伴歩兵用の装備として、電磁ネットのようなものが作れないかな? 今のバルカンよりも広範囲に攻撃できるなら効率が上がるんじゃないだろうか……それに何より、無用な殺人をしなくて済むかもしれない」
「うーん。すぐに作るのは難しいですが、意見としては採用しておきましょう」
「わかりました」
 孝明はそう答えて格納庫をあとにする。

 その頃、中東の寺院拠点付近。
 仮面で素顔を隠した自称鮮血副隊長トライブ・ロックスター(とらいぶ・ろっくすたー)は、鏖殺寺院側の人間として街の非戦闘員を守るためにこの地を訪れていた。
「俺は鏖殺寺院の鮮血副隊長だ。この街の責任者と会談したい」
 トライブのその言葉に、寺院の責任者と町長がやってきた。
「これはこれは、いかなるご要件で?」
「パラミタの連中がこの街の寺院拠点を狙うという情報があった。状況と作戦を聞きたい。非戦闘員をどうするかもな」
 トライブの言葉に寺院の責任者はこう答える。
「イコンは出撃準備中です。街の人間は人間の盾、として寺院の砦を守らせるつもりで居ります」
 その言葉にカチンと来たトライブは雅刀で寺院の責任者の皮膚を薄く切ると怒声を浴びせる。
「ふざけんな。非戦闘員の血を流すのは俺の趣味じゃねえ! 俺が浴びるのは敵の血だけで十分だ。そんな作戦は今すぐにやめろ!」
 寺院の責任者は怯えて頷いた。
「はい。仰せのままに。それでは、街のものはどうしましょう?」
「敵との戦力差は明らかだ。米軍が参加するらしいしな。だから街が壊滅する前に逃げ出すしかない。その時、街の住人は置いていけ。理由は戦力にならないのと相手は住人の保護も目的としているので、置いていけば戦力を一部足止め出来るからだ。保護を明言している以上、街に被害を出さないよう戦うだろうから、間接的な障害にもなる。だから自爆テロは相手に攻撃する口実を与えるため、するべきでは無い。素直に投降させることを進めるぞ」
「とすると寺院は敗北するとお考えで?」
「当たり前だ。戦力の差が違いすぎる。途中でメニエス・レイン(めにえす・れいん)とも会ったが、やつも同じ考えのようだ」
「そうでしたか……」
 町長が頷くと、バロウズ・セインゲールマン(ばろうず・せいんげーるまん)が割り込んだ。
「彼らはこちらを救うふりをして、その実は皆殺しにしようとしているよ」
 と。バロウズは鏖殺寺院製の人造人間だ。
「バロウズ、てめえ、何を言いやがる!」
 トライブが怒声を上げる。
(「町の人間のケアに成功し、「教化された人間を解放することができる」という成功例を作られると困ると父さんが言っていたんだ」)
 バロウズは小声でそう言う。
(……ちっ、利害が一致しやがらねえ。どうしたらこの狂った機械を止められる……)
 トライブはそう考えると、一定の結論に達した。
「女子供は地下倉庫に隠れさせろ。男たちは銃を取れ。俺もシュヴァルツ・フリーゲを借りてこの街を守るために戦う。ただし、怪我をしたらすぐに投降しろ。何万人もいる街の人間を皆殺しにするのは敵としても無意味な作業だ。バロウズの話はガセだと信じる」
「しかし……万が一があったら……」
 そう言う町長に対して、トライブは
「こんな機会人形の戯言を信じるのか?」
 と言った。地位を笠に着るしかないようだ。
「いいえ、とんでもない」
「いいだろう、ところで、強化手術を受けているのはどれくらいいる?」
「この街には戦闘要員以外は居りません」
「そうか。だったら戦闘要員以外の男たちも地下に隠れさせろ。わかったな?」
「はい、了解です」
「余計な、ことを……」
 バロウズが呟く。
「俺は無駄な犠牲を出したくないんだ。お前も不利になったら逃げろ。いいな?」
「了解……」
 こうして、バロウズの目論見は失敗したがトライブのおかげで街中での不用意な戦闘が起きることは回避された。

 寺院拠点内部。

「あまり地球なんぞに下りたくはなかったんだけど……」
 メニエスがそうぼやくと、パートナーの金色のミストラル・フォーセット(みすとらる・ふぉーせっと)
「これも寺院のためですわ」
 と言って慰めた。
「指揮官、迎撃の準備はできてるわね?」
 メニエスが上から目線の口調で語る。
「もちろんでございます」
 指揮官は丁寧にそう答える。
「敵は進入してきたら、確実に情報を奪取しに来るでしょう」
 メニエスはそう告げる。
「は、はあ……」
「最低限、紙媒体やデータ媒体の物を全てどこか1箇所に集めたいわね。データ媒体はサーバーに集約させてその他の端末からは機密データを消去するのがいいわよ」
「はい。そのように致します」
 指揮官がうなずき命令をする。そうしてデータが集約され、作戦が開始する前から作戦目的の失敗がはっきりとしてしまった。
「指揮官? この拠点の地図を」
 ミストラルが地図を要請する。
 そしてこの部屋と脱出経路が壁一枚を隔てていることが判明し、ミストラルは壁を破壊した。
「なっ、なにを……」
「抜け道ですわ」
 馬鹿にするような調子でミストラルは言う。
「わたくしはメニエス様をお守りすることを最優先に考えておりますの」
「左様ですか」
「ええ……」
 こうして、色々な動きが寺院側でもあり、契約者達もイコンや輸送機に乗って戦場へと出発したのであった。