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地下水道に巣くうモノ

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地下水道に巣くうモノ

リアクション

 最初にそれの姿を見たのは、橘 舞(たちばな・まい)ブリジット・パウエル(ぶりじっと・ぱうえる)
「あ、ああ……!」
 舞が思わず息を漏らす。
「……こいつが!」
 ブリジットの青い瞳に、炎が宿る。
 通路の中央、幾筋もの支流が集まる中心。一際広い空間の石畳の上に、そいつはいた。
 周囲には石像がちらほらと存在し、美緒とおぼしきものも、その中にありそうだった。
 ……彼女がメデューサ。
 華奢で色白の、美しい少女。
 しかし、その頭からは、何十何百という毒蛇が禍々しくうごめき、絶え間なく舌と呼吸音を響かせている。
 舞を制して、ブリジットが前に出た。
 二人の体は、ゴム長にゴム手袋、安全第一ヘルメットと、ある種の完璧な装備で覆われている。
 百合園の制服に、これらがまた異様なマッチングの妙を引き起こしているが、二人ともそんなことは気にしない。
「ブリジット、気を付けて!」
「うん……いくわよ!」
 未知の敵と、一番最初に戦うという不利を押してまで、ブリジットが先鋒を務めたのには訳がある。
「食らえ!!」
 通路全体を押し包むような、渾身のサンダーブラストを放つ。
 この場所の足下は常に濡れていて、通電性は抜群だ。
 つまり周囲に人がいない状況で思い切り魔法を放てるのは、最初以外にない。
 青白いスパークが水路をたどり、石畳をたどり、メデューサへ――
「!?」
「う、浮いた!?」
 眼前に広がる信じがたい光景。
 メデューサは無数の蛇で壁と天井に食らいつき、空中で電撃をやり過ごしたのだ。
 さらに、そのままの姿勢から、メデューサはこちらを眺める。
 その目。
 ブリジットはまだサンダーブラストの体勢から戻りきっていない。
「……!!」
 全身に鳥肌が立つ。
「ブリジット!!」
 舞が脊髄反射で、ブリジットに体当たりする。
「く……うぁっ」
 そこへ注がれる赤い光――間一髪、二人はそれを免れた。
「大丈夫、ブリジット!?」
「へ、平気……見た? 今の!」

「一体何匹いるんだ、あいつの頭ぁ!?」
 壁を伝って移動するメデューサから、大量の大蛇が切り離されるのを見たシリウス・バイナリスタ(しりうす・ばいなりすた)が驚きの声を上げる。
「……想像よりもだいぶ上でしたわ」
 光条兵器の大剣「オルタナティヴ7(ズィーベント)」を抜きながら、リーブラ・オルタナティヴ(りーぶら・おるたなてぃぶ)が答える。
「まあ、片っ端からぶった斬ってやりゃいいんだろ! ……いくぜ! 変身!」
 変身だって!?
 一同は息を飲んだ。目の前にいるこの猛々しい女性と、魔法少女というクラスが、頭の中でうまく整合できない。
 しかし彼女は確かに光に包まれ、そして――
「魔法少女、シリウスッ!!」
 現れたのは、紛うことなき魔法少女。
「おおお!」
 戦闘中にも関わらず歓声が沸いた。
 
 その声を合図に、リーブラが自分の身長ほどもある剣を真横に構え、オートガードを発動する。
 間合いに入ったリーブラへ、大蛇が一斉に襲いかかる。
「ぶちかますぜ!」
 リーブラの背後から、シリウスのファイアストームが炸裂した。炎に巻かれて動きを止める大蛇。
 そこへ間髪入れずリーブラの水平薙ぎ。自分の身長の倍近くあるそれは、蛇の頭を次々と斬り飛ばした。
「次は私が!」
 機に乗じてブライトグラディウスを閃かせ、アリア・セレスティが女王の剣を放つ。
 リーブラに続けて、光の刃が蛇の群れを刈り取っていく。
「本当は天のいかづちを食らわせたいとこだけど……天ないし、ここ……ふふ」
 ……アリアは何か一瞬、自虐的な微笑みを浮かべたが、すぐに元の表情に戻り、返す刀で、蛇の一陣を殲滅する。

 二人の連携で蛇たちの密度が薄くなったのを見て、紫月 唯斗(しづき・ゆいと)エクス・シュペルティア(えくす・しゅぺるてぃあ)紫月 睡蓮(しづき・すいれん)プラチナム・アイゼンシルト(ぷらちなむ・あいぜんしると)が、メデューサを取り囲み、清浄化を仕掛ける機会を伺う。
 しかしそれでも、立ち止まっているほどの隙はない。メデューサが切り離す蛇は次から次へと本体から再生し、あっという間に有利な状況は消える。
 その牙から漏れ出す液体の色は、一滴でも致死に至る猛毒に見えた。
「ならば、これでどうじゃ」
 正面に立つのを慎重に避けながら、エクスがバニッシュを放つ。
 以心伝心、メデューサの背後を取るべく、唯斗は絶妙なタイミングで神速と軽身功に移る。 
 バニッシュの光はメデューサの視界には入ったはず、だが。
「効かないか!?」
 メデューサは元プリーストだ。光術への耐性は考えられる。
 しかしそれより、蛇はメデューサの意思通りに動きつつも、一匹一匹に自立性も備わっているようだった。
「くそっ……背後の方がガードが堅いとは」
 軽身功で蛇をいなしながら、思わず唯斗が漏らす。
 これほどの速度で動いていても、いまだ物量を凌駕するには至らない。

   ◇

 湯島 茜(ゆしま・あかね)には野望があった。
 伝説の「イージスの盾」。メデューサの魔力を持った、最強の盾である。
 いま、まさにそれを作成できるチャンスではないか。
 光条兵器のグリントフライングギロチンで、その首叩き落としてくれよう!
 ――しかし、単独ではなんとも心許ない。
 なので、ここはチームに入れてもらうことにしたのだ。
 聞けば毒島 大佐(ぶすじま・たいさ)のチームでは、石化を克服したというではないか。

「くくく……メデューサの視線、恐るるに足らずなのだよ」
 誇らしげに登場したのはその毒島大佐と、魔鎧のアルテミシア・ワームウッド(あるてみしあ・わーむうっど)。すでにアルテミシアは大佐の体を覆っている。さらに飛び入りの茜を加えた3人。
 自信の根拠は遮光マスク。
「眷属は我々が始末してくれるわ!」
 大佐は言いながら、蛇の射程距離ギリギリまで寄っていき、バニッシュを放つ。
 一撃で、広範囲の蛇を同時になぎ倒す。
 茜もグリントフライングギロチンの切れ味を、並み居る大蛇で試し切りしている。
「さらにこいつを……食らえ!」
 そう言いつつ、サイコキネシスで大量の下水を持ち上げる。
「ひぇーーー!!」
 周囲の人間が、潮の引くごとくに消え去った。
「えぃやーーーー!」
 水の固まりを投げつける。
 メデューサはそれをふたたび空中に避けつつ、両目を赤く光らせる。
 アルテミシアが叫ぶ。
「大佐、来るよ!」
「問題ないのだ!」
 茜がチャンスとばかりに、メデューサの首にギロチンをセットしに飛ぶ。
 石化光線が放たれる。
 それを、ギロチンで受けてしまった。
 しまった。ギロチンはてかてかの銀製だ。
「いやーーー!」
 良い感じに拡散した光線を受け、一瞬で石化する茜。
 さらに拡散したものが、大佐のマスクに到達する。そして――。
「む! いかん! アルテミシア、我に構わず……」
「うん! ……あとで助けるからね」
 大佐が石像になるかなり前に、アルテミシアは人の形になっていた。
「やっぱマスクはダメじゃないかと思ってたんだよね……。さてと、解除薬はと」

「リファニー。あのメデューサの名前だよな?」
「ええ」
 フェンリルと言葉を交わすのは日比谷 皐月(ひびや・さつき)
「人間だったころの記憶があるかどうかわかんねーが、呼びかけてみる価値はあるよな」
「そうね……彼女の心に引っ掛かれば、元に戻す手助けになるかもしれない」
 魔鎧の翌桧 卯月(あすなろ・うづき)が続ける。
「でも、あくまで私たちの為すべき最優先事項は、メイガスの死守よ。忘れないでね」
「ああ!」
 清浄化をいかにメデューサに打ち込むか。
 そのためには、スキル所持者を守り、かつ最前線でメデューサの妨害を封じる必要がある。
「子守歌を試してみますわ。皆様、耳栓を」
 エイボン著 『エイボンの書』(えいぼんちょ・えいぼんのしょ)が、清浄化のスキルを持つ者に、耳栓を配った。
「禁じられた言葉で、限界まで魔力を上げてから、子守歌を歌います。……効果は不明ですが」
 クレア・ワイズマン(くれあ・わいずまん)が頷く。
「よーし、じゃあ私たちが時間稼ぎだね!」
「私も、禁じられた言葉で魔力を増幅させてから清浄化を行う」
 メイガスの本郷 涼介(ほんごう・りょうすけ)も続いた。
「万が一にも失敗はできないからな」

 ――メデューサがプリーストのスキルを兼ねているというのは、相当に厄介な状態であった。
 ただでさえ素早く動き、かつ猛毒の牙を持つ蛇を無限に生産するのに留まらず、本体は光術とバニッシュで目眩ましとダメージを与えてくる。また、水路の中では広い区画とはいえ、一度に戦えるのは同時に5人くらいまでという、地の利もある。
 なにより、一撃必殺の石化光線。食らえばその場で石になるというプレッシャーが、救出隊の精神に大きな影響を及ぼしてもいた。