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伝説キノコストーリー

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伝説キノコストーリー

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第1章 キノコ狩りツアーは各所開催中? 1

 巣の中は、マルコたちが想像していた以上に大きかった。入口はそれほどでないものの、内部はまるで洞穴のそれを思わせる。ある意味で、「冒険者」としては、素晴らしきロマンにあふれる朽ち具合であった。
「ふっふっふ……いかにも洞窟! という感じで素晴らしいですよ、ヴェルさん!」
「……それはいいが、浮かれすぎてころぶなよ」
「あでっ」
「…………」
 見事に忠告を体現してみせた八日市 あうら(ようかいち・あうら)に、ヴェル・ガーディアナ(う゛ぇる・がーでぃあな)は呆れた目を向けた。照れ笑いを浮かべて、ごまかすように立ち上がったあうらの膝を、彼は軽くはたいてやる。
「す、すみません、ヴェルさん……」
「……だから浮かれ過ぎるなって言っただろ?」
「だって伝説ですよ、伝説! それだけでわくわくするじゃないですか! それに、このいかにも探検〜って雰囲気! ヴェルさんも探検好きでしょ?」
「俺が好きなのは旅であって探検ではないんだが……」
 ヴェルの呟きはどうやらあうらの耳に入っていないようで、あいかわらず天井を見上げて感嘆の声をあげたり、駆けまわったりしている。
 しかし、それもあうららしいと言えば、らしい。無理はさせないようにすることは、ヴェルの役割だった。
 そんな山犬の獣人が見守るあうらを見ながら、伏見 明子(ふしみ・めいこ)が考えこむような顔で声を漏らした。
「うーん……探検ってのもビジネスになるかな?」
「私有地ではないですし、さすがに無理があるのでは……」
 明子の考案に、鬼一法眼著 六韜(きいちほうげんちょ・りくとう)は、眠そうな目で苦言を呈した。ちっこい着流しの童女に冷静な意見を突っ込まれ、新ビジネスはあっけなく没にされた。とはいえ、当初の予定でもあった別案はあるわけで。
「じゃあ、やっぱり、ここは高級食材に乗じた観光ビジネスだよね!」
 彼女はめげずに気合を入れる。そんな明子に、マルコは怪訝そうな顔をした。
「観光ビジネス? なんじゃ、それ?」
「ほら、パラ実って荒野に散らばってるじゃない? こーゆー食材を見つける機会も多いと思うのよ。危険地域の案内と護衛でお金取るっていうのはどうかなーってね」
「おー……なるほど」
 納得がいったのか、素直に彼は頷く。
 そもそもが、明子たちがマルコに「こんにちわー」とついてきたのは、その荒野のビジネス開拓のためであった。実際にそのビジネスが成り立つかどうかは、一度やってみなければなんとも言えないところである。
 そんなことを得意げに語る明子の後ろでは、ぶつくさと文句を言う人間状態の魔鎧が一人。
「それはいいけどよぉ。そんなのに付き合わされる俺様の身にもなれ……いでででででっ! だから、引っぱるなっての!」
 レヴィ・アガリアレプト(れう゛ぃ・あがりあれぷと)の声を遮って、明子は問答無用で彼のスカーフを引っぱった。
「あなたはパラ実代表みたいなもんなんだから、真面目にやりなさいっての。それともなに、私たちだけでやらせるっていうの。こんなかよわい女性陣だけで」
「かよわいやつは俺様のスカーフを引っぱったりは……だから痛えええぇぇぇ!」
 どうやら、レヴィのスカーフは三蔵法師で言うところの頭のリングに相当するらしい。文句を言うたびに引っぱられるものだから、さすがに機嫌を損ねてはいけないと、レヴィもようやく学習した。……学習させられたとも言うが。
「うわー、なんか尻に敷かれてるね」
「……どこも大変だな」
 無茶をさせないように見守るのも大変だが、無茶をさせられるのも大変ということか。ヴェルの眼はそんなことを語っているようであった。
 そんなレヴィを不憫に思う目が注がれる中で、あうらはふと気になることを口にした。
「それにしても、そのビジネスって面白そうな話だけど……採算取れるのかな?」
「そう。そこが問題なのよねー」
 あうらにびしっと指を差して、明子はよくできた生徒に応じるように答えた。続けて、彼女はマルコたちに目を向けた。
「料理人側から見ると、どう?」
「そーだな……」
 マルコと涼介は、同時に首をひねった。問題は、需要と供給が合致するかどうかである。どれだけその食材が魅力的でも、仕入れの手間と金額によっては品質を下げてでも大量仕入れを求めることは少なくない。それぞれの循環で成り立つ世の中だ。哀しいことではあるが、いたしかたないだろう。
 やがて、涼介とマルコは一緒に困った顔になった。
「難しいかもな。もちろん、それで興味を持ってくれる人はいるだろうけど、ビジネスってなると、多分金額もそれ相応になるだろう? それなら、街で安全に仕入れるほうが、まだマシになるかもしれない」
 涼介の意見は、マルコにとっても同意たるものである。
 なかなか難しいビジネス開拓に、明子は再び唸りをあげた。その様子に、マルコは素直な疑問を問いかけた。
「それにしても、またえらくこだわってるんじゃな。何か理由でもあるんか?」
「んー、ほら、私のいるパラ実ってカツアゲ集団っていうか、すっごい悪ってイメージが強いでしょ? まあ、実際そういうのが多いんだけど……できれば、私はそんなパラ実の人たちをまっとうにしたいってのがあるわけなのよね」
 困った生徒を抱える先生のように、明子はため息混じりで愚痴をこぼした。どうやら、苦労も絶えないようである。
「カツアゲ集団からの脱出を目指して色々模索中なのよー」
 そんな明子の苦労話を聞きながら先へと進んでいく一行。
 やがて、それまでよりも天井はより高く、巨大な洞穴へと広がっていった。その大きさは巨大な生物が通っていることを思わせる。つまり、これからは本格的にサンドワームのテリトリーといったところか。真人の声がそんな事実を告げてきた。
「サンドワームの大きさにぴったり、といったところですかね」
「気を引き締めないといけないな」
 明子たちの前で周囲を警戒する九條 静佳(くじょう・しずか)の言葉に、セルファやマルコも意識を動かす。いつ何時、敵が襲ってくるかも分からなかった。
 そんな中で、真人がふと気になることを口にする。
「そういえば、その太陽のキノコはどこにあるのでしょうかね? 何か傾向でもあると探索に便利なのですが……」
「いかんせん、貴重なキノコやからなぁ。あんま話は聞けんかったけど、それなりに情報は掴んできたで」
 真人に応じたのは、どこか飄々とした風体をした若者であった。名は大久保 泰輔(おおくぼ・たいすけ)。狐目の関西風男は、がさごそと懐からメモのようなものを取りだした。
「調べてきてくれたんか?」
 感心したような、驚いたような声をあげたマルコに、泰輔はひらひらとメモをかざして胸を張った。
「まあ、こういう探索のときの嗜みやなぁ。伝説とか謳われるだけのキノコなら、それを採取することを生業にしてる人がいてもおかしないやろ? やから、荒野の付近にある集落に話を聞きに行ってみたんや」
「相変わらず用意周到ね……」
 マルコと同じく感心するセルファであったが、それにため息混じりの声を返したのは泰輔ではなかった。
「用意周到といいますか……銭稼ぎの夢を捨てきれないといいますか……泰輔さんらしいといえば、らしいですけどね」
 どうやら普段からパートナーの性格に付き合わされているのか、レイチェル・ロートランド(れいちぇる・ろーとらんと)はくたびれたように言った。とはいうものの、なんのかんのと護衛としてついてきているわけだが。
「それで、メモにはなんと書いとるんじゃ?」
「えっとやなぁ……仮説に過ぎないんやけど、なんでも、サンドワームの排泄物がまざった砂地が、キノコの培養土として相応しいかもしれないってことらしいで。それに加えて、一定の温度と湿度が必要ってことや」
「サンドワームの排泄物? そんなのが必要なんか?」
「有力だが、あくまで仮説に過ぎんよ、マルコ」
 けったいな顔をしたマルコに、安心させようとしたのか讃岐院 顕仁(さぬきいん・あきひと)がフォローを入れた。美しき銀の髪は、洞穴の中にあってもまばゆく、彼はその髪を靡かせて言葉を続けた。
「その点で言えば、太陽のキノコがその名の通り太陽の加護を受けなければ育たない……というのもあるかの。今は亡き太陽のキノコ狩り名人の話では、太陽なき日に採取することはできなかったとか」
「それが本当なら、栽培には日照りのほうが有効ってことになるんかなぁ……」
「泰輔ー、エノキダケやエリンギとは違って、人工栽培はかなり難しそうだとおもうけどなぁ。ホントにするのかい?」
 泰輔が真剣に考えている姿に、ギターを持ったいかにも作曲家然としたフランツ・シューベルト(ふらんつ・しゅーべると)がためらいの声をかけた。作曲家然、というよりは、実際に英霊となる前は作曲家であったらしい。マルコはあまり音楽に興味がないが、どうやら地球人にとってはかなり有名な人物のようだ。
「そりゃあ、やってみる価値はあるとおもうんやけどなぁ。考えてみい。人工栽培が成功したら、いつでも伝説のキノコが食べられるし……なにより、一攫千金や!」
 ぐっと握りこぶしを作って気合を入れる泰輔。そんな彼に、フランツは続けた。
「いずれにしても、キノコを見つけてからってことかな。そうなると、ワームのことについても知っておく必要があるよね」
「ワームのこと?」
 首を傾げた泰輔たちに、フランツは得意げな顔でギターを弾いて、話を始めた。
「わーむ〜はー、地下にもぐ〜る〜きょだいーなせいぶつ〜。め〜はない〜がー、からだぜんたい〜で〜ひーかーりーをかん〜じる〜。それ〜が〜、しかーくーがわ〜り〜〜〜〜」
 普通に話せよ、という皆の視線はなんのその。フランツの歌は続いてゆく。
 フランツの説明を直訳すれば、こういうことであった。つまりサンドワームに目という器官はないものの、体表に視細胞……光を感じる細胞が存在し、むしろ視覚器官よりも正確に敵の存在を感知できるらしい。
 また、体表を覆う極細の剛毛によって、ワームは地中を這って進むことができるらしい。その際の音は、まるで何かを引きずるような音に似ており、振動となって響くとか。
 ズズズズズズ……。
 地の揺れとともに、そんなモップか何かでも引きずる音が聞こえてきたのは、そのときだった。
「リクエストにお応えしましたってことか?」
「そんなコンサート、ご遠慮願いたいですけどね」
 涼介の軽口に真人が答えたとき、振動は間近に迫っていた。そして、警戒に当たっていた静佳がはっと気づいた。
「下だ!」
 刹那。
 巨大なサンドワームが、地下から爆発でも起こったよう、姿を現した。
「にょああああぁぁ、こっちキター!?」
 洞穴に現れたサンドワームは、容赦なく目の前にいた六韜を追いかけてきた。普段は冷静な童女も、さすがに巨大生物には本能むき出しの声をあげて逃げ惑う。
「ヘルプ! ヘルプです、九郎義経!」
 空飛ぶ箒にまたがって六韜が飛び上がったその瞬間に、宙を走ったのは湾曲の剣線だった。
「ああああぁぁ!」
 ぬめりけに覆われた体躯に向けて、曲刃を思い切り振り降ろす。見事に肉体を切り裂くも、敵の身体にとってはほんの一部にしかならなかった。だが、それでも苦痛は感じるのか、のたうちまわるようにサンドワームは暴れる。
「く、くるわよ!」
「だあああぁぁ、だから引っぱるなぁぁ!」
 レヴィのスカーフを引っぱって、まるで餌釣りでもするかのようにサンドワームの前を駆けまわる明子。それにまんまと引っ掛かって、サンドワームは明子……もとい、レヴィへと標的を定めているようだった。
 その隙を突くのは、マルコたちだ。
「できれば……殺すのは避けたいな」
「んじゃ、加減していくってことじゃな!」
 涼介の突きだした手のひらに集まるのは、灼熱の炎と酷寒の氷の魔力である。二つの相反する力が混ざり合い、生み出すのは“凍てつく炎”。涼介の瞳が細く研ぎ澄まされた直後、それは放たれた。
 そして、それに先行するように走っていたマルコの出刃包丁の周りを、魔力が駆け廻る。
 マルコたちに続かんとして、セルファが槍を構えて突貫した。もちろん、それだけで終わることはない。背後へと、彼女は声を張った。
「真人! 頼むわよ!」
「任せておいてください」
 涼介の凍てつく炎ほどではないものの、真人は火術によって炎を生み出した。そして、それはセルファの槍へとぶつかるように放たれる。
 火術と槍がぶつかりあうと、まるで炎を纏うように火炎が周囲を舞う。
「マルコ!」
「わかっとる!」
 二人は、同時にサンドワームの尾にあたる部分へと斬撃を繰り出した。魔力と融合された刃の力が、サンドワームの体躯に深い傷を与える。サンドワームはけたたましい悲鳴をあげてのたうちまわった。そこに追い打ちをかけるように、マルコの肩を蹴って静佳が飛び上がる。
「悪いマルコ、借りるぞ」
「んがっ」
 彼女の巨大なS字刃が、重力に身を任せて直下した。
 と、視覚した瞬間、刃はサンドワームの尾を見事に真っ二つに切断していた。そして、それはサンドワームにとっても致命傷だったようだ。ぬめった身体をぐるぐると動かして、自分がはい出してきた地中の中へと再び去っていった。
 残されたのは、切断されたサンドワームの尾だけであった。
「な、なんとか追いはらえた」
「けど……先が思いやられるわね」
 くたびれるレヴィに明子が不安げな顔を見せた。一匹とはいえ、巨大生物であるせいかかなりの労力を使うところである。まあ、労力とはいっても、レヴィはスカーフを引っぱられるという労力であるが。
 それにしても幸いなことは、サンドワームに再生能力があるということである。尾を切り裂いたとはいえ、数週間もすればいずれ回復するようだ。巣の中に勝手に邪魔している身としては、マルコといえどもあまり殺生はしたくない。
「しばらくは……こうして追いはらうという手ですかね」
「じゃな」
 真人にそう応じて、マルコたちは再び歩み出そうとした。と、そこに、静佳の声がかかった。
「マルコ、一つ聞きたいんだけど……こいつは食用になるのかな?」
 サンドワームの尾を見ながら聞く静佳に、皆の微妙な顔が向けられたのは、言うまでもなかった。