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リアクション
「シルキスお嬢様ですね? お迎えに上がりました」
地獄の天使――腐肉の絡んだ骨の翼で、シルキス一行の前に現れたのは、ネクロマンサーのエッツェル・アザトース(えっつぇる・あざとーす)だ。
その禍々しい姿に、護衛達は身構えたが、殺気は微塵も感じられなかった。
「お迎え……ですか?」
シルキスは臆することなく尋ねた。
「はい。パトナー家から、娘を連れ戻してほしいという依頼を受けました」
「……ダメです。私は虹の根元を見るまで帰れません」
「ふう、困りました」
「無理ハ、イケナイ……」
エッツェルのパートナーである機晶姫であるアーマード レッド(あーまーど・れっど)は、シルキスの気持ちを見抜いて、エッツェルの肩を叩いた。
「そうですね。私の役目は、無事、シルキスお嬢様を連れ帰ること……。そう……こういう輩から身を護るのも、仕事でしょうね」
「ハッハー! 何ガンくれちゃってんだ、アアッ!? 令嬢なんか興味ねぇ。だから契約者の奴らは俺の相手をしろ。お前らだって、正直ザコの相手は飽きただろ?」
ネクロマンサーの白津 竜造(しらつ・りゅうぞう)が、肩を怒らせながらやってきた。
明らかに戦いを好む者だった。
竜造の後ろには、パートナーのシャンバラ人、松岡 徹雄(まつおか・てつお)も付いてきていた。
「シルキスお嬢様に害を及ぼさないであれば、私はあなたの相手などしている暇はありません」
「そうかぁ……あ? ならよぉ」
竜造は構えなしに駆け出し、武器を振るった。
「キャアッ!」
シルキスの頭上目掛けて振り下ろされたそれを、エッツェルが防いだ。
「色気醸す女にクソガキ娘に契約者……誰でもいいんだよ! だがなぁ、俺ぁてめぇの目が気に入ったんだ、ああ!? こいつはほんの挨拶代わりと試合開始の――ッ」
竜造の目の色が変わった。
エッツェルには戦うしか残っていないようだ。
「ゴングだ!」
そう言うと何度も武器を力任せに振り下ろす。
「ヒャッハー! いいねいいねぇぇぇぇぇ!」
喜びに満ちた声を上げながら攻撃を続ける竜造の援護に徹雄が加わった。
火術でエッツェルを攻撃。
「エッツェル様ノ周リヲ飛ビ回ル、蝿ハ……叩キ落サネバ、ナリマセン」
すぐさまレッドが徹雄に向かって銃を撃つが、隠れ身とブラックコートを併用して少しでも敵の攻撃からの回避率を高めた。
小回りの聞かないレッドを回って、エッツェルの後ろに回りこむ。
「おらぁ、余所見してんじゃねぇよ!」
竜造は絶対闇黒領域で強化した刀による、威力重視の特攻攻撃に切り替え、隙を作るために奈落の鉄鎖で武器の軌道を変えた。
だが、これもエッツェルに防がれるが、続けざまにその身を蝕む妄執で仕掛けると、動きが止まった。
その一瞬を狙って徹雄の急所攻撃が、背後から決まった。
「無駄デス……」
「ハァ!? 何言ってやがる、俺達がぶっ殺し、……」
レッドの言葉の意味を知ると、さすがの竜造も笑えなかった。
龍鱗化、痛みを知らぬ我が躯、エンデュア――アンデッド。
これらの併用で、痛みも人体的な急所も無くなっていた。
「さて、まだやりますか?」
「じょ、上等じゃねぇか!」
熱くなる竜造だが、徹雄は煙幕ファンデーションで目くらましをし、パートナーと撤退を試みた。
煙幕が晴れる頃には、既に姿はなかった。
「さて、シルキスお嬢様。虹の根元を見たら、きちっと帰っていただきます。約束です」
シルキスは呆けたままだったが、頷いた。
「それまで、待てない! 親御さんが心配しているのだ。さっさと帰るのだよ」
戦いが終焉に向かう頃に、上空からメイガスのリリ・スノーウォーカー(りり・すのーうぉーかー)が箒に乗って降りてきた。
「お父様とお母様が?」
「そうだ。君の、パトナー家から捜索の依頼を受けたのだよ。慌しいパラ実生の動きを追ってここまで来て正解だった」
「そう、ですか。ですが、私は虹の根元を見るまで帰るつもりはありません」
「そんな迷信を……。虹に根っ子などないのだ」
「わー! わーわー!」
アテネが勢いでリリの口を押さえて、自分の唇に指を一本立ててみせた。
その意味の表面だけをリリはなぞり、理解はしたが、しかしながら仕事優先であるために、彼女はすぐにでも依頼を終えたいのだ。
リリのパートナー機晶姫のララ サーズデイ(らら・さーずでい)は、ペガサスに乗りながら辺りを窺った。
相当な人数のパラ実生との戦闘があったのは明白だ。
そして、シルキスの周りだけ異常なほどその痕跡がなく、守られていたこともわかった。
彼女を守った者達が見せる瞳の意味はなんだろうか。
そこまでする意味はなんだろうか。
とにかく明確に言えることは、皆がシルキスに手を差し伸べたということだ。
「レイディ、真実の虹を知りたければ共に来るといい。見せてあげるよ」
「ララ!」
「この娘を縛り上げて連れ帰る気なのかい?」
「むう……」
さあ、とララはシルキスに手を差し伸べた。
「私達もついていって構いませんか?」
ラナの言葉にララは頷いた。
ララとシルキスを載せたペガサスは空高く舞い上がり、他に空を飛べる者はそれに追随した。
「リリ、やってくれ」
「……簡単に言ってくれるのだ」
太陽を背にしたリリが力を振り絞り、アシッドミストを放つと眼下に真円の虹が現れた。
「これが本当の虹だよ。真ん丸で端がないんだ」
疲弊し切って息も絶え絶えのリリが言った。
「地上から見ると半分地平線に隠れているのだ。真実は時として、我々人間の想像を遥かに越えるのだよ。だから……」
「だけど、戻れません」
シルキスは凛として言った。
「私はワガママなのかもしれません。しかし、このワガママは突き通さねばなりません。でなければ、世間知らずの私のために尽くしてくれたこの者達に、私はどういう顔をすればいいのでしょう。私は見届けたら、すぐに帰ります。約束しましょう。しかし、見届けなければ、私は、私以外に顔向けができないのです」
リリは納得したわけではない。
が、このワガママを貫き通すロスタイムがなければいけないのは、十分にわかった。
ならば、あと少し、彼女の好きにさせるべきだと思い、ゆっくりと地上に降りた。
――終わった。
静寂を取り戻した森の中、最初に口を開いたのはラナだった。
「これで、終わったのですか?」
仲間は口々に称え合い、頷いた。
「シルキス! ごめんね、アテネ、シルキスに怖い思いさせちゃったよね!?」
アテネはシルキスに抱きつきながら、そう言った。
当のシルキスは未だ自分の中にある感情と起きた出来事の整理がつけられないようで、混乱したように話した。
「その……怖かった……のかもしれないです。でも、どうしてでしょう。心臓の鼓動は、わくわく……した、みたいにバクバクしてるんです。私もよく……わからないです」
素直な感想を述べた後、シルキスは笑った。
「さあ、アテネ。この森を抜ければすぐなんでしょう?」
「う、うん! そうだよ! 一気に森を抜けて、虹の根元を見に行こう!」
「はい」
一行は再び笑い合いながら、森を進んでいった。
虹の根元に辿り着くまでの障害は、もう何も残っていなかった。
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