First Previous |
1 |
2 |
3 |
4 |
5 |
6 |
7 |
8 |
9 |
10 |
11 |
Next Last
リアクション
「…………」
「どうしたんですか朝斗? 元気がないみたいですけど……?」
「平常時より心拍数が高くなっています。体調に不備があるのならば、可及的速やかに湯船から上がることを推奨します」
「にゃ〜♪」
榊 朝斗(さかき・あさと)は、露天風呂の中で固まっていた。
彼の右隣には、バスタオル一枚だけを見にまとったパートナーのルシェン・グライシス(るしぇん・ぐらいしす)が。そして左隣には、防水加工と覗き対策の索敵レーダーを展開させたアイビス・エメラルド(あいびす・えめらるど)と、その頭上に乗ったちび あさにゃん(ちび・あさにゃん)の三人(?)が脇を固めていた。
「もしかして朝斗、緊張してるんですか?」
ルシェンが首を傾げると同時に、豊満な胸が湯面をした。
「大丈夫。朝斗はどこからどう見ても女の子だし、ここは混浴ですよ? 湯煙も濃いから、誰も見てませんよ」
やけに嬉しそうに話すルシェンは、何故か身体を一層寄せてくる。朝斗の腕に、何か柔らかい感触が奔った。
「現在、索敵レーダーに不審な敵は反応していません。覗かれる可能性は極めて低いので安心してください」
「にゃにゃにゃ♪」
機械的に周囲の状況を分析するアイビスと、その頭上で楽しそうに鳴くあさにゃん。
だが――朝斗にとっては、混浴だとか覗き犯が現れてないのは問題ではなかった。
「そ、そういう問題じゃないよ! やっぱりボクは先にあがるから!」
脱兎のごとく湯船から上がると、朝斗は顔を真っ赤にして脱衣所へと走っていってしまった。
「ふふふ、照れた朝斗も可愛いですね♪」
「急激な体温の上昇……インフルエンザ等のウィルス性感染症でしょうか」
「にゃー♪」
「さて……お兄さんの経験上、あの入り口に近い岩の辺りがベストな覗きスポットになりそうですね」
竹製の低い壁に身を隠しながら、クド・ストレイフ(くど・すとれいふ)はいつでも飛び出せるように戦闘態勢へと移った。
「退けば谷底、進めば桃源郷か。ずいぶん、命がけの覗きになりそうだなっ!」
そしてクドの隣では、テスラ・マグメル(てすら・まぐめる)のパートナーウルス・アヴァローン(うるす・あばろーん)が、同じく戦闘態勢へと入る。
彼らが今いるのは、シャンバラ国際スキー場ホテルの露天風呂――の外側。つまり、谷底から這い上がった僅かなスペースだ。
シャンバラ国際スキー場ホテルでは、覗き防止のために露天風呂は谷側に作っていて、外からの覗き侵入を断崖絶壁によって完全にシャットダウンしていた。
ところが……ホテル側の予想をはるかに上回る色欲と根性で、クドとウルスは谷底から這い上がってきたのだった。
「しかし、本当に良いんですか? お兄さんなんかと一緒にいて覗きがバレた日には……死よりツライ地獄の責め苦が待ってるんですよ?」
「ふんっ。そんなの、とっくの昔に覚悟してるぜ! 世界の傍観者たる俺にとって、覗きこそが最高の傍観だっ!!」
バスの中で偶然隣の席になったその瞬間、二人は互いに同じ匂いを感じ取り、結託し、谷底から必死の思いで這い上がってきたのだ。もはや、二人には絆が生まれていた。
「決意は固いようですね。それじゃ、行くとしますか!」
「よっしゃ! 目指せ桃源郷!!」
二人はほぼ同時に覗きスポットを目指して、音もなく風のように走り出した。
「ふぅ……温泉なんて久しぶりですね」
露天風呂に身体を肩まで沈めた瞬間、テスラ・マグメルは程よい温度の源泉に日々の疲れが溶けていくのを感じた。
「ウルスがお世話になっているギルド様だって言うから、もっと騒がしいのかと思っていましたけど……意外と皆さん礼儀正しくて平和なギルド様でしたね」
ライブが終わって遅れて合流したテスラは、ウルスがいない状態でレンやノアのところへ挨拶に向かったのだが――緊張と心配は杞憂に終わった。
「こいう温かいギルドなら、ウルスのことも安心ですね」
少々破天荒なパートナーを迎え入れてくれるギルドの懐の深さに、テスラはホッと胸を撫で下ろした。
「あれ? レンさん?」
「え?」
突然、湯船でくつろぐテスラに声がかけられた。
「あ、でもサングラスの形が微妙に違う?」
「ふむ……どうやら、人違いのようだな」
テスラに声をかけてきたのは、茅野 茉莉(ちの・まつり)とパートナーのダミアン・バスカヴィル(だみあん・ばすかう゛ぃる)だった。
「あっ、ごめんね。ダミアンがお世話になってるっていうから、このギルドに初めて来てみたんだけど……ギルドの創設者とあんたのサングラスが似てたらか間違えちゃったわ」
「つい数分前にマッサージチェアでくつろぐ姿を見たばかりだったからな。思わず驚いてしまった、すまん」
――レンさんってサングラスでしか認識されていないの? っと疑問に思ったテスラだった。
「ふふふっ……ここまでくれば、あとは覗くだけですよ」
「ここまで、長い道のりだったな」
覗きスポットへ無事に到達したクドとウルス。彼らはついに、ギルドの女性メンバーを覗く準備を整え、今まさに露天風呂を覗こうとしている最中だった。
だが――
「さ、行きますよ……って、え!?」
クドが露天風呂へと視線を向けた瞬間、彼の目に映ったのは鋼鉄の脚。それも、超高速で自分に叩きつけられる瞬間が見えた。
「へぶっし!?」
信じられないほどの衝撃が顔面に奔り、彼の脳は嵐のごとく揺れた。
「覗きを発見しました。朝斗の命令です。ただちに排除します」
感情の無い機械的な声が、クドの耳に届く。
彼を攻撃してきたのは、覗きを警戒していたアイビスだった。
「覗かせるわけには……いきません」
「うぉっと!?」
クドの顔面を蹴り上げたアイビスは、そのままの体勢から一気にウルスへと蹴りを放つ。だが、ウルスも何とかそれをギリギリで回避した。
と、そこへ――
「ん? クド、そこで何をしているのだ?」
「ウルス!? 何故そんなところにいるんですか!?」
騒ぎを聞きつけて、ダミアンやテスラ達がやって来た。
「あれ? もしかして、この二人って覗きかしら?」
茉莉が、露天風呂だというのに完全装備のクドたちを見て首を傾げる。
「でもさ。ここって混浴だから、わざわざ覗く必要なんて無いんじゃないの?」
「ん? 僕(しもべ)、混浴とはどういうことだ?」
「ダミアン、知らないの? 混浴っていうのは、男の人も女の人も一緒に入れる温泉のことよ」
「あぁ、そういうことか。まぁ、江戸の世まではそんなことは当たり前のことだったそうだがな。しかし……混浴ならば、クドたちは何をしているのだ?」
キョトンとした目でクドたちを見つめるダミアン。悪魔である彼女にとっては、覗きのロマンというものは、少々理解できないようだ。
「いや、覗きってのはそういうんじゃなくてですね、こう、なんと言うか【覗く】というスリリングな状況を乗り越えて桃源郷を見ることに意味があって……ええい! とにかく、バレたのなら堂々と覗かせていただきま――」
混浴だという事実を知っても落ち込むことなく、クドは再び覗きの体勢に入るのだが……
「覗きは殲滅させてもらいます」
「ぶほっは!? あ、ありがとうございます!」
アイビスによる鋼鉄の一撃で、クドは谷底へと堕ちていった。
「くそっ、よくも同志をやってくれたな! こうなったら! テスラの貧相な体に興味は無いけど、障害があればそれを乗り越えるのが漢だぜ!」
クドの弔い合戦だとばかりに覗きの体勢に入るウルス。
しかし――
「アイビス! 何かスゴイ物音がしたけど大丈夫!?」
「うぉ!? 女の子が上半身……裸!?」
ウルスは、物音を聞きつけて露天風呂へ戻ってきた朝斗に一瞬だけ気を奪われてしまった。
その一瞬が……その一瞬が彼の命取りとなってしまった。
「ぼ、僕は男だっ!! この、覗き魔!!」
ウルスが油断した僅かな隙に、朝斗の龍飛翔突を応用した強力な蹴りが炸裂した。
「嘘だろ――ぐはっ!?」
そして、クドのあとを追うかのようにウルスも谷底へと消えていった。
First Previous |
1 |
2 |
3 |
4 |
5 |
6 |
7 |
8 |
9 |
10 |
11 |
Next Last