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リアクション
冒険屋ギルドの平和な休暇はまだまだ続く。
「ねぇねぇ、レンさん! 卓球しません? 卓球っ!」
シャンバラ国際スキー場ホテルの三階【多目的ルーム】では、女湯に入っていたので混浴風呂の騒ぎを一切知らないノアが、浴衣姿で無邪気に卓球勝負を挑んでいた。
「別に俺は構わないが、お前……卓球なんかできるのか?」
すでにラケットを持って素振りをはじめたノアに、レンは首を傾げる。彼は、彼女が卓球をしている姿を一度も見たことがなかったのだ。
「う〜ん、卓球は今回が初挑戦です」
「お前……」
「でも、良いじゃないですか♪ せっかくの休暇なんだし。ね?」
満面の笑みを見せるノア。
「それじゃ、私からいきますよ? ソレッ!!」
――そして、二分後。
「もぉ! サングラスしてるくせに、どうしてそんなに上手いんですか!」
「いや……サングラスは関係ないだろ。だいたい、お前が下手すぎるんだよ」
レンとノアの試合展開は、レンの一方的なストレート勝ちだった。あまりに圧勝すぎて、得点ボードは存在意義を無くしていた。
「お見事だね、レンさん。今度は、僕達と一戦するのはどう?」
「ん?」
掛けられた声にレンが振り返ると、そこには浴衣に身を包んだ湯上りの朝斗達がいた。
「朝斗とアイビスか。まぁ、俺は構わないが……」
「はい、は〜い! 私も全然平気ですよ?」
レンの心配そうな様子は気にせず、ノアは喜々として再びラケットで素振りをはじめる。
「じゃあ、決まりだね。僕とアイビス、レンさんとノアさんのチーム対抗戦だ」
「了解。戦闘モードへと換装します」
朝斗も喜々として、そしてアイビスは普段どおりの様子で準備を始める。
更に――
「ならば、審判は私が勤めましょうか?」
浴衣に身を包んだテスラ。
「あらぁ? 卓球勝負ですか? だったら、ちびあさなんか得点ボード係りに向いてるんじゃないでしょうか」
「にゃにゃ〜?」
そして、まだ僅かに濡れたままの髪が艶かしいルシェンと、その腕に抱かれたちびあさにゃんもやって来た。
「それでは、審判は不肖ながら私、テスラが。得点係りは、ちびあささんに勤めていただきます」
いつのまにか、多目的室には卓球勝負の話しを聞きつけて来たギルドメンバーや関係者が集まってきていた。
「まったく。せっかくの休暇だっていうのに、騒がしくなりそうだな……」
突然の卓球勝負の展開と、いつもどおり何処にいっても騒がしい【冒険屋ギルド】の雰囲気に、レンは小さな溜息とともに思わず笑ってしまいそうになった。
「それでは! 第一回【冒険屋ギルド】温泉卓球〜シャンバラ国際スキー場ホテル杯〜を開催したいと思います。試合、開始!!」
多目的室での卓球大会が白熱しているころ、女湯の露天風呂では水心子 緋雨(すいしんし・ひさめ)が一人でまったりとくつろいでいた。
「スキー場の近くなのに、静かで良いところね」
先ほどは混浴湯で男女が少し騒いでいたが、それも落ち着いたようだ。今は、渓流の音だけが耳に心地よくとどいていた。
「でも、ちょっと浸かりすぎてのぼせそうかも……そろそろ、あがろうかしら」
そう言って緋雨が湯船から出た瞬間――
「ん? 緋雨はもう上がってしまうんじゃのう」
「うちらと入れ違いどすなぁ?」
パートナーである天津 麻羅(あまつ・まら)と火軻具土 命(ひのかぐつちの・みこと)がやって来た。
「ちょっと浸かりすぎてのぼせそうだから、先にあがってるわね」
「わかった。気をつけるんじゃぞ」
緋雨は二人と別れ、脱衣所へと向かっていった。
「さてと……それじゃあ、わしは今から露天風呂を堪能するかのぉ」
麻羅は持ち込んだ徳利を嬉しそうに傾け、お猪口に熱燗を注いでいく。
「雪見酒ができるとは……まさに、最高の休暇旅行じゃな!」
満足げに日本酒を煽っていく麻羅。
「ほんなら。うちらもゆっくりしましょか、ドージェ様」
麻羅が一人宴会を始めると、命は一匹のパラミタペンギンを抱きかかえて湯船へと浸かった。
実はこのパラミタペンギン、命のフラワシの本体でもあり――冒険屋ギルドのカナン支部長でもあるのだ。
「えぇ湯加減どすなぁ……」
冷え切った外気と温泉の絶妙な按配が、湯船に浸かる麻羅を身体の芯から癒していった。
――ところが。
「痛っ!? な……何をするのじゃ、いきなり!」
突然、麻羅の頭に固い物が飛来し、鈍痛が奔る。
「ほえ〜? 今のって、雪球なんとちゃいますか?」
「誰じゃ、こんな悪戯をするのは!」
たしかに、今のは相当固く作られた雪球だった。
至福の時を邪魔された麻羅は、烈火のような勢いで周囲を見渡し、雪球を投げた犯人を捜した。
すると――
「な……何じゃ、あやつらはっ!?」
麻羅や命の目には、信じられない光景が飛び込んできた。
「ゆ、雪だるま……どすなぁ」
彼女達が見たのは、女湯の露天風呂を乗り越えてくる大量の雪だるま。それも、枝と手袋で作られた両手には、雪球がしっかりと握られていた。
そして――
「くっ……来よった!」
雪だるま達は、命たちに向けて雪球の集中砲火を開始した。
「あ〜良いお湯。エッツェルも参加すればよかったのに、もったいないっ!」
女湯の露天風呂に浸かったエッツェル・アザトース(えっつぇる・あざとーす)のパートナー緋王 輝夜(ひおう・かぐや)は、エッツェルが旅行に参加しなかったのを心底もったいなく思っていた。
だがその直後、すぐに自分のパートナーがアンデッドだったことを思い出す。
「あ、そっか。エッツェルがこの温泉に浸かったら死んじゃうのか」
アンデッドであるエッツェルは、回復魔法を受けると逆にダメージを受けてしまう。そして、このホテルの温泉には疲労回復など様々な効能があるため、エッツェルにとっては地獄の煮え湯そのものなのだ。
「ま、それならしょうがないか。あたしは、あたしでのんびり楽しもう〜っと」
パートナーの心配は一瞬で思考の外へ放り出し、輝夜はまったりと自分の時間をすごす。
ところが――
「ん? なんだか、入り口のほうが騒がしい?」
一瞬、輝夜の耳に悲鳴のようなものが聞こえた。
「何かあったのかな……」
このホテルの露天風呂は圧倒的な広さが売りで、男女混浴の総浴槽面積は千五百m2もあった。そのうえ、輝夜のいる位置からは湯煙が邪魔をして入り口の様子が見えない。
「おーい、大丈夫? 何かあったの――って、え?」
輝夜が湯煙を掻き分けて入り口まで向かうと、彼女の目に信じられない光景が飛び込んできた。
「ぺ……ペンギンと雪だるま?」
ペンギンが――一匹のパラミタペンギンが鬼神の如き勢いで大量の雪だるまと戦っていた。
「ドージェ様、頑張っておくれやす〜」
「この様子じゃと、ドージェに任せておけば安心じゃな。ワシは部屋で飲みなおすかのぉ」
どうやら、パラミタペンギンは雪だるまから少女達を守っているようだ。
「っ、痛いっ!?」
パラミタペンギンの戦いに目を奪われていた輝夜は、背中に鈍い痛みを感じた。
「な、何すんのよ!?」
振り返ってみるとそこには――
「こ、こっちも雪だるま!?」
大量の雪だるまが雪球で武装してコチラを睨み付けていた。
「なるほど……今度はあたしを襲おうってわけね?」
瞬時に状況を理解した輝夜。
だが、彼女は雪だるまに向けて不適な笑みを浮かべる。
「だったら、いくらでも相手になってあげるってのっ! ツェアライセン!!」
輝夜の呼びかけに応じて現れたフラワシのツェアライセンは、俊敏な動きと両爪によって瞬く間に雪だるまたちを切り刻んでいった。
「わぁ〜久々の温泉だ♪」
温泉への期待で心を弾ませる琳 鳳明(りん・ほうめい)は、脱衣所で服を脱ぎ始めた時から既に舞い上がっていた。
だが――
「ん? 鳳明か。これから温泉か? じゃったら、今行くのは止めておいたほうが身のためじゃぞ」
ちょうど浴室からあがってきた天津麻羅が、何故か鳳明の温泉行きを止めてきた。
「え? ど、どういうこと? もしかし、掃除中とか?」
「う〜ん、なんじゃろうのぉ……ワシにもよくわからんのじゃ。ちと酔いが回っててうまく説明できそうにないのう」
鳳明には、浴室の向こうで何が起きているのかサッパリと想像がつかなかった。
「ま、どうしても行くというなら、服は着ていったほうがいいじゃろう。それじゃ、気をつけるのじゃぞ」
いつの間にか浴衣へと着替えていた麻羅は、フラフラと脱衣所から出て行ってしまった。
「服って……ここ、温泉なのに? いったい、中で何がおきてるのよ?」
下着のままだった鳳明は、着替え用に持ってきたホテルの浴衣を羽織る。
そして、恐る恐る浴室の様子を覗いてみると――
「な、何アレ!? 雪だるまっ!?」
浴室の更に外側……ガラス窓の向こうに作られた露天風呂では、パラミタペンギンが縦横無尽に駆け巡り雪だるまを破壊し、その隣ではバスタオルに身を包んだ少女がフラワシと共に雪だるまを蹴散らしている。
鳳明は、目の前の光景に自分の目を疑った。
「って、あっ!! ドアが開いてる!?」
ふと、窓ガラスの横を見てみると、麻羅が露天風呂から上がる際に閉め忘れていたのか扉が全開になっている。
そして――
「うぐっ、こっち来ちゃった……」
開け放たれた扉からは、外の凍えるような冷気と一緒に大量の雪だるま達が雪崩れ込んできた。
「しょうがない……これ以上中に入ってこられたらホテルがパニックになっちゃうし、戦うしかないかっ」
雪だるま達に向かって戦闘態勢をとる鳳明。
次の瞬間――
「私の拳法は、最短距離で近づいて最速で拳を打ち込む。接近短打が本領だよ!」
閃光の勢いで飛び出した鳳明は、掌打の一撃で雪だるまを粉々に砕いていく。
「うぅ……雪、冷たすぎっ! もうっ、どうしてあったかい温泉を目の前にしてなんでこんなに寒い思いしないといけないのさ〜。早いところ終わらせて、温泉入ってみんなと遊んで美味しいもの食べたいなぁ」
次々と雪だるまを撃破して外へと押し返す鳳明だったが――外の様子を見て彼女は愕然とする。
「これ、本当に終るの……かな?」
雪だるまが一体破壊される間に、三体の雪だるまが柵を乗り越えてやってくる。
鳳明が温泉に入れるのは、まだまだ先のようだった。
「なんだか、入り口の方がやけにウルサイわねぇ?」
露天風呂入り口への雪だるま襲撃が激しさを増すなか、緋ノ神 紅凛(ひのかみ・こうりん)がいる場所には未だに雪玉の一つも投げ込まれていなかった。
「ま、そんなことはどうでも良いわ。それよりも……」
突然、ニヤリと色欲丸出しの笑みを浮かべ始めた、紅凛。
「天音ぇ〜湯加減どう? この温泉、お肌ツルツルになるらしいんだけど、ちょっと触らせてみてぇ♪」
「ちょ、ちょっと紅凛さん……ど、どこ触ってるんですか!?」
紅凛は妙な笑顔のまま、パートナーである姫神 天音(ひめかみ・あまね)に猫なで声で迫っていく。
「ふふふっ。よいではないか、よいではないか! さっきから、ギルドの可愛い娘が誰一人としてコッチまでやって来ないから、あたしも色々溜まってるのよ」
「い……色々って何なんですかぁ!?」
「まぁまぁ、あとは全部あたしに任せちゃいなさい」
紅凛の魔手が、天音の肢体を更に撫上げようとした――まさにその瞬間。
「っしゃぁあ!」
突然、湯船から飛び出した紅凛は、鋭い蹴りによって背後から忍び寄っていた雪だるまを空中で粉砕した。
「……何なの、こいつら?」
砕け散った雪だるまが湯船に落ちるのと同時に、新たな雪だるまが数体やって来る。
「許るせないわ! せっかくの至福の時間を壊した罪は重いわよ!!」
一瞬で怒りの頂点に達した紅凛は、湯船から疾風迅雷の勢いで飛び出した。
しかし――後先考えずに動いたため、紅凛が纏っていたバスタオルが肌蹴そうになった。
「危ないっ!!」
間一髪のところで、パートナーのブリジット・イェーガー(ぶりじっと・いぇーがー)が魔鎧化して紅凛に取りついたおかげで事なきを得たが、遅れていれば大変なことになっていた。
「ありがとう、ブリ。これで思う存分、暴れられるわっ!」
「うぅ、間に濡れたバスタオルが挟まってるから少し気持ち悪い……」
ブリジットの魔鎧を得た紅凛は、容赦なく雪だるまたちを破壊していく。
「あらかた、片付いたみたいだけど……この調子じゃすぐに新手が来そうね」
無残に湯船に浮かぶ雪だるまの残骸を一瞥した紅凛は、天音の肩をグッと押さえつけた。
「こうなったら……天音! ヒノカグツチだして!!」
「は……はい!!」
獰猛な肉食獣を思わせる紅凛の勢いに圧され、天音は光条兵器【ヒノカグツチ】を渡してしまった。
「こういうザコが多い場合は、大抵どこかで操ってるボスがどこかにいるものよ。絶対、粉々に破壊してやるわっ!!」
「あまり無茶はしないで下さいよ? 鎧の中は、バスタオル一丁なんですから!」
ヒノカグツチを手にした紅凛とブリジッドは、いるかどうかもわからない『ボス』を目指して外へと向かい――
「紅凛さん待ってください! 私も!!」
その後を天音が追いかけていった。
女湯風呂が戦場になっているころ、脱衣所では――
「くそっ……全然見えねぇ!」
谷底から這い上がってきてボロボロのウルス・アヴァローンと――
「どうやら、露天風呂の扉が開いてるせいで、流れ込んできた外気との温度差ができて浴室全体に濃い湯煙が発生しているようですね」
同じく谷底から這い上がってきてズタボロのクド・ストレイフが浴室の様子を窺っていた。
「しかし、この程度の障害で諦めていては覗き魔は勤まりません。どうやら、浴室には誰もいないようですが……幸いなことに、露天風呂には数名の女性がいるようです。覗きというポリシーには反するのですが……ここは玉砕覚悟の一転突破、堂々と覗いきますよ」
「おう! ここまで来たなら、望む所だぜっ!!」
満身創痍なはずなのに、二人は無邪気な笑顔で疾風の如く露天風呂へと突入した。
「さぁ、女性のみなさん! 裸体の時間ですよ、お兄さんによく見せてください!!」
「覗きは男の浪漫だっ! 見せてもらうぜっ!」
期待と興奮を抱いて露天風呂の扉を潜った二人。
だが――二人は目の前の光景を見て、唖然とする。
「ドージェ様、がんばって!」
何故か、大量の雪だるまを次々と破壊していくパラミタペンギン。
「え? 覗き? 今大変なんだから後にして!」
フラワシを操り雪だるまを掻き消す少女。
「うぅ……寒い!」
体術によって雪だるまを粉砕する浴衣姿の少女。
阿鼻叫喚の露天風呂には、誰一人としてクドとウルスを気にする者はいなかった。
「こ、これは……もしかしてチャンスでしょうか?」
「よっしゃ、覗き放題じゃねぇか!」
またとない機会に、一気にボルテージをあげる二人。
だが――天網恢恢疎にして漏らさず。神は覗きを許しはしなかった。
「「へ?」」
――それは、二人を罰するために現れた、死神の吐息だった。
突然、フゥっとした吐息のようなものを首筋に感じた覗き魔の二人。
そして、次の瞬間には――
「「ぐぅふっ!?」」
手際の良すぎるチョークスリーパーが、きゅきゅッと二人の首を締め上げ、一瞬にして覗き魔たちは意識を失った。
「あれ? 天樹さん、その覗き風の二人……退治してくれたんだ?」
ちょうど、女湯に現れた最後の雪だるまを破壊した鳳明は、浴室に転がる二人の殉教者を見てほんの少しだけ驚いた。
実は、クドとウルスを絞め上げた死神の招待は、鳳明のパートナーである藤谷 天樹(ふじたに・あまぎ)だった。
「(……さっき、マッサージチェアでうとうとしてたら……この二人が覗きの計画を話しあいながら歩いていたから……狩ろうと思ったんだけど……すごい剣幕でなかなか油断する瞬間がなくて……退治するのが遅くなった……)」
非常に無口な天樹は【精神感応】によって鳳明へと事情を説明しつつ、覗き魔たちの肩の関節を手際よく外していく。
だが――
「こ……この程度で倒れていては覗き魔の名折れです! お兄さん、負けませんよっ!」
「うぐっ……っしゃああぁ!! 桃源郷はそこなんだ、諦められるか!」
屍同然の覗き魔たちは、精神力と意地だけで復活して立ち上がる。
――が。
「邪魔よ! どきなさいっ!!」
「「あべしっ!?」」
怒り狂った通りすがりの紅凛によって、クドとウルスは今度こそ完全に蹴散らされてしまった。
「さすが【冒険屋ギルド】だよねぇ……お休み中までトラブルが尽きないよ」
呆れた溜息を吐き出す鳳明に、天樹は無言で頷く。
一度は小雪だるまと覗きの脅威に晒された女湯だったが、【冒険屋ギルド】の逞しすぎる女性陣によって平和が守られたのであった。
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