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リアクション
環七中央署。尋問室。
机を挟んで、ジョルはアスカと向かい合っている。
「知っている事を話してもらえるかしら?」
そう訊ねると、特に技術や戦術を用いなくても、ジョルは口を開き、喋りだした。
その内容は、おおよそ次のように要約される。
・“路王奴無頼蛇亜(ロードブライダー)”が“ザラメ”“アズキ”の密売を扱っているという噂は本当。
・話を持ちかけてきたのは、地球・日本にある暴力団「巌郷会」の「古座余助」。
・“ザラメ”“アズキ”の精製プラントは、空京市内を走るトレーラーの中にある。
・プラント内には捕まえてきたグリフォンの雛が拘束されており、24時間交代で常駐している死霊術士が「その身を蝕む妄執」をかけている。
グリフォンの雛は、見せつけられる悪夢に涙を流す。その涙を回収する事で“ザラメ”の原料を得る。
・また、プラント内には見せつける悪夢のシナリオのノートもある。
読んでいくと、胸くそが悪くなる“ストーリー”が多種多彩に書かれている。
「……何度も思ったさ。俺はこんな事をするために、パラミタに来たのかなって」
ジョルは鼻を鳴らし、口元を歪めた。
「夢でディールの声を聞いて、パラミタに来て直接対面した時は、胸が躍った。これから俺はヒーローになるんだってな」
「そのままヒーローになれば良かったのに……どうして?」
「あんたは簡単に言うんだな……
どんなに頑張っても、強くなった気がしなかった。能力は確かに成長している。スキルも色々覚えた。けど、それ以上に回りのヤツらはもっともっと強くなって、成長して、色々な事をやってのけている。
不安だった、ずっと。このままでいいのか、って。
それなら、ってやり方を変えれば、中途半端なままで終わるんじゃないか、ってまた思った。
一秒一秒が不安と、何かに置いてかれる恐怖でいっぱいだった。おかげで過食症になった。
イライラしているうちに、ディールとも疎遠になっていった。何していいか分からなくて、空京に出てブラついていたら、気がついたら“暴走族(チーム)”に入ってバイク乗り回していた」
「“暴走族(チーム)”は、あなたを安心させてくれた?」
ああ、とジョルは頷いた。
「こんな俺でも、腐っても『契約者』さ。未契約の地球人がいる空京ってのは居心地が良かった。何せ、俺より弱いヤツがいるんだからな。
出会えばいつも先制攻撃、殴ろうが蹴ろうが魔法を使おうが、こっちの攻撃は全部クリーンヒット。気持ち良かったさ、とってもな」
「本当?」
「本当さ」
「もう一度だけ訊くわね? 本当?」
「……本当だ!」
ジョルは声を荒げた。
「全くハッピーな毎日だったぜ! 俺は強い! ずっと俺はその実感が欲しかったんだ! それだけじゃない、周りには信頼できる仲間もいる!
そうさ! 楽しかった! 充実していた! 弱かった俺はもういない、生まれ変わったんだ、くそったれって……!」
だん、と机が叩かれて、ジョルは突っ伏した。
「そうさ……俺は幸せだったんだ……幸せじゃなきゃいけないんだ……そうじゃなきゃ……!」
嗚咽が聞こえ始めた。
アスカはそれが静まるのを待った。
ジョルが顔を起こした。
「……でも、それは本当に望んでいた幸せじゃなかった。そうよね?」
「……ああ。
だが、“暴走族(チーム)”ってのは勝手な都合で出たり入ったりしていいような所じゃない」
「そうらしいわね」
「そんな中、変なオッサンが俺達に近づいてきた。やたら羽振りが良くて、高いメシや酒、ついでにオンナがいるような所を色々連れ回してくれた」
「それが古座余助ね?」
「……いや、違う」
「?」
「ただ、『知り合いの古座余助ってのが会いに来るから、そいつの話に乗ってやってくれ』っては言っていた。『その話がうまく行けば、お前達はビッグになれる。“ワルの中のワル”、“漢の中の漢”になれるぜ』ともな」
(幌向将佐かしら?)
アスカは幌向将佐の顔写真を見せた。
「違う……けど、似てるような気もする」
(変装でもしてたのかしら)
「それで、あなたはどうしたの?」
「“ザラメ”“アズキ”の件では、グリフォンからクスリ取り出す仕事を任された。
空京をぐるぐる回るトレーラーに何日もずっと詰めて、やる事はグロい拘束されたグリフォンの雛にひたすら『その身を蝕む妄執』をかけ続ける事だった。
半端者の俺でも、仲間内では一番の死霊術士でな。グリフォンの雛程度をいたぶるぐらいの事はできた」
「……どんな気分だった?」
「最低だった……やってて気持ち悪くなって……メシもあんまり喉を通らなくなった。
いい加減、色々なものが面倒くさくなって……でも、話を持ってきた変なオッサンや、古座余助とかいうヤツが、えらくヤバいヤツだってのも察しがついた。
その時になって、やっと気付いた。自分がどれだけバカで、ヤバイ所にいるか……いや、俺はともかく、俺と関っちまったディールがどれだけヤバいかも、やっと分かった。人質にでも取られたらどうなるか……そう思っていた矢先に、“暴走族(チーム)”のヤツらがダベッてる時に、ディールの名前が出て来た。
話の中身から、別に悪さしている様子はなかったが、監視がついてるって事は分かった。
仲間はもう、仲間じゃなくなった――どうすりゃいい――“暴走族(チーム)”に入る前の数百倍、怖くて、不安だった。
そんな時に、あんたらのとこの変な兄ちゃんが声かけてきて……ついさっきに半殺しにして、今ここに連れて来られている。
……あいつ、生きてるか?」
「命に別状はないわ」
「そうか……俺がキレた所で、びくともしねぇか……さすが鍛え抜かれた『契約者』だ……ははは……」
ジョルは顔を両手で覆った。
「なぁ、刑事さん? ディールはあんたらの所で保護されてるから、もう大丈夫だよな?」
「そうね」
「俺も含めて“路王奴無頼蛇亜(ロードブライダー)”も全員とっつかまるから、あいつを危ない目に合わせるヤツも、もういなくなるよな?」
「いえ、まだあなたが残っている」
「……なんだと?」
「今後あなたの身に何かあり、万が一死んだりすれば、ディールさんにも影響が及ぶ。最悪死ぬかも知れない」
「……」
「『契約者』は、自分だけの存在じゃないの。
あなたは死ぬ事は許されない。
いいえ、本当は誰も死んではいけないし、殺してもいけない――そのはずなんだけどね」
「……どうすれば良かったのよ……」
鏡の向こうのジョルを見ながら、ディールは歯を食いしばり、体を震わせていた。
「どうすれば良かったのよ! 私、何度も何度も言ったのに!
『無理して強くならなくたっていいじゃない』って!
『できる事をゆっくり積み上げていこう』って!
どうして話を聞いてくれなかったのよ!? ねえ!?」
「……子供だったんだよ、君達は」
源鉄心が、ディールの肩に手を置いた。
「彼は幼くて、自分の幼さが分からないくらいに幼かった。
キミはそれを受け止められるほどには大人じゃなくて……よくある事なんだ。
でもね、キミ達は若いんだ。だからいくらだってやり直せる……間違いないよ」
「……どうすれば、いいんですか、私達、これからどうすれば」
「まずは落ち着く事だ」
鉄心は、その台詞を口に出し、そして「テレパシー」も用いてディールに伝えた。
それは、絶対に伝えなければならない事なのだ。
「落ち着いて、自分を見つめなさい。
そして、彼と向き合いなさい。
焦る事はないさ。時間はある。
キミ達は、若いんだから。ね?」
ディールは震えながらも頷いた――そのように見える。
自分を見つめ、互いを見つめ、その次は犯した罪の重さを見つめる事になるだろう。
その時、彼の本当の苦しみが始まる。そして、ふたりの絆が試される事になるだろう。
罪人には、罪を犯さなければならなかった罪人なりの理由がある。が、それで罪の重さが軽くなる、というわけではない。
それでも──己が罪を悔いる者には、何らかの救いがあって欲しい。
鉄心はそう願っていた。
ごっそりと気力が削そぎ取られたのを感じながら、アスカは尋問室を出ると、近くにあった休憩コーナーに向かった。
自動販売機で飲み物を買って、一口すする。体の芯まで残っている疲れは、そう簡単にはリフレッシュされそうにない。
「お疲れさん」
声をかけられた。夢野久がいた。
「大変だったな」
「まぁねぇ……尋問らしい尋問なんて、してなかったのにねぇ……」
「人ひとりの人生語られて、そいつが重っ苦しいものだったとすれば、まぁ当然だな」
「……ああなる前に、どこかでどうにかできなかったのかしら?」
「できなかったから、ああなったんだろう」
「……意外とクールなのねぇ?」
「他にどう言えってんだ?」
「……そうね」
沈黙が下りた。
「俺はなぁ」
「何?」
「俺は、“ワル”ってのは根性が入ってるものだと思ってた。例え空京“環七”の半端なヤツらでも、なにがしかの気合いが入ってて、ポリシー持って“ワル”やってるってな」
「そうなの」
「あぁ。
だが、“警察(ポリ)”にとっつかまったヤツらには、ポリシーなんざ何もねぇ。ダラダラ流されて、逃げて、仕方ないから“ワル”の振りやってるようなのばっかりだった」
「……残念だったわね」
「……買いかぶってたぜ、“環七”のヤツらをよ」
「繊細なのね、“環七(ここ)”の不良って」
また沈黙。
「確かめたい事がある」
「何?」
「自分でもよく分からん。ただ、おまえの力をちょっと借りたい」
(「どんなに頑張っても、強くなった気がしなかった」――か)
後日、神崎優はジョルの供述内容を見て、「あいつほど恐ろしいヤツはいない」と感想を述べた。
意識が飛ぶほどに殴られたからではない。
入っていた暴走族からの離脱、疎遠になっていたパートナーの安全の確保、手を染めていた悪事の告発――振り返れば、やろうと思っていた事を全部達成して見せているではないか。
しかも、孤立無援の状態から、だ。
さらに言うなら、そのきっかけは「蒼学のディール・ローデットを保護してくれ」とソースで書いた紙のコースター一枚――たったそれだけで、状況を自分の味方につけてしまった。
「強いよ、お前は。十分に強い」
ジョルが罪を償った後、もしも再び会う時があれば、そう伝えよう、と優は思った。