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リアクション
●10.別働隊・2/捜査開始2日目の夜
ガートルード・ハーレック(がーとるーど・はーれっく)とシルヴェスター・ウィッカー(しるう゛ぇすたー・うぃっかー)が「Deck☆“O”」に入ってきた時、フロアの空気が確かに変わった。
体にフィットした服、ミニスカートからのぞくスラリと伸びた脚、羽織っているアダルトさが漂うジャケット、薄めの化粧――それらが匂い立つような色気を漂わせ、周囲5メートル圏内に入った男の客の眼を奪う。
「ねぇ?」
流し目をくれながら、ガートルードが近くのボーイに声をかけた。
「は、はい!?」
「ちょっと座りたいんですけど……どこかに空いてる席なんてありません?」
「あ、はい! えーと……こ、こちらに……!」
ボーイがフロアの反対側のボックス席を見て、あたふたと二人を先導しようとすると、
「兄ちゃん。わしらぁ、疲れてるんじゃ。“環七”は慣れとらんでのぅ?」
と、シルヴェスターが声をかけた。
「近道させてくれんかのう? フロアを、ぶわッ、と横切って」
「は、はい」
音楽に合わせて身をくねらす者達が集うフロアを、ガートルードとシルヴェスターはボーイに導かれ横断した。
踊っている客達が、その進路を開けていく。モーゼの出エジプトの一場面を思い浮かべた者は、ひとりやふたりでは留まらなかった。
ボックス席につくと、ソフトドリンクと和風スイーツを頼んだ。
すかさず近い位置に立っていた男が口笛を吹き、「意外と“マジメ”だねぇ」と声をかけると、
「“乗り物”転がしてきたけんのぅ、“飲酒運転”はしとうないわ」
とシルヴェスターが答えた。
「酔っぱらっても、ちゃんと俺が送っていくよ?」
「ちゃんと“どこ”に送ってくれるのかしら?」
見透かしたような笑いを浮かべるガートルード。
「オンナ酔わせて引っ張り込むのは“下策”の極み。“環七”の男は、そんな“野暮”はしませんよねぇ?」
「参りました」
男は苦笑し、肩を竦めた。
フロアで踊っていたセレンフィリティ・シャーレットとセレアナ・ミアキスは、ガートルードとシルヴェスターがついた席の方に眼を向けた。
「気になる?」
セレアナを取り巻いている男のひとりが、ニヤつきながら訊ねる。
「まぁ、ね」
――目立ちすぎる。
眼を引く外見や仕草はともかく、ダンスフロア横断はやり過ぎだ。
少しきれいな“ワル”っぽいのが、たまたま店に入ってきた――という訳ではなさそうだ。
ややあって、その席の方からこんな台詞が聞こえてきた。
「ここのお店は、仕入れる“ザラメ”や“アズキ”には気を使ってるんでしょうね?」
「練り餡とアイスクリームの載ったケーキ、ねぇ?」
媚態と上品さを交えた手つきで、ガートルードはアイスクリームと餡とをスプーンにすくい取り、口に運ぶ。
一方のシルヴェスターはケーキの部分を含めてスプーンで豪快に切り取り、あぐ、と大きく開いた口の中に入れた。
「んむ……アンケーキっていう名前はどうかと思うんじゃが、しつこくない甘さがいくつも味わえるのはなかなか……こう……うむ」
「ここのお店は、仕入れる“ザラメ”や“アズキ”には気を使ってるんでしょうね?」
「惜しむらくは、ケーキの生地の食感が、甘さのハーモニーに負けとる気がする」
「うちで扱っている小麦粉を使えば、もっと美味しくなるでしょうに。
波羅蜜多実業謹製の小麦粉をねぇ?」
「……ちょっと?」
ふたりの席の前に、セレンフィリティが仁王立ちになった。
「いきなり入ってきて、出て来た食べ物に色々ケチつけて。グルメ気取りなら、他でやったら?」
「? あら、あなたはこちらのお店の方かしら?」
「いいや、ただの客だけど?」
「気にすることないわい、ガートルード」
シルヴェスターが、また切り取ったケーキの塊を口の中に入れた。
「アレじゃ。男に注目されて女王様気取ってたのが、人気奪われてムカついとるってだけじゃ」
「まさか? 本当の“女王”だったら、何があっても動じないものでしょう?」
「“本当”ならのぅ? つまり、そういう事じゃ」
「言うわねぇ?」
セレンフィリティは片眉を吊り上げた。
「キンキラキンのケバい衣装を身に纏った方にはかないませんわね? 失礼しました」
“無礼”がつく慇懃さで、バカ丁寧に頭を下げた。
「いえいえ」
ガートルードは立ち上がった。
「ラインの崩れたカラダを見せて『こうなっちゃダメよ』と訴える心優しい方のご指摘、肝に銘じておきましょう」
こちらも胸に手を当てて、丁重に頭を下げた。
「……なぁ、“女王様”」
シルヴェスターが、ずぶり、とスプーンをケーキに突き立てて睨み付けた。
「お前さんはこう言いたいんじゃろう? 『表出ろ』、と」
「あら、やっと分かってもらえたの?」
「“環七”ってのはスリリングですね? 男も女も、向こうの方から声をかけてくるんですもの」
シルヴェスターも立ち上がると、財布から紙幣を数枚無造作につまみ上げ、「釣りはいらん」と脇に弾き捨てた。
「言うとくぞ、“小娘”? わしらに売った“喧嘩”は、高くつくんじゃ」
フロア内のハラハラした視線を背中に受けながら、セレンフィリティ、セレアナ、ガートルード、シルヴェスターらは「Deck☆“O”」から外に出た。
ガートルードとシルヴェスターが、近くに駐めておいた大型飛空挺の“セルシーちゃん”に乗る。
「おふたりさんもお乗りなさいな」
ガートルードが促した。
「何じゃ? そっちから“因縁”ふっかけてきたのに、今さら恐がるのか?」
「心配しなくても取って食ったりしませんよ。“警察屋”さん?」
セレンフィリティとセレアナは表情を硬くした。
「“環七”のドラッグ騒ぎを止める為、密売現場を押さえようとしての潜入捜査の真っ最中……そんな所ですか?」
「わしらも目的は同じじゃあ。“環七”の“半端者”は、つくづく懲りない。きつぅく“躾(シメ)”とかなければならんのう」
「……警察の方じゃ、あなたの姿は見た事なかったわね?」
ミアキスの問いに、「こちらは善意のボランティアです」とガートルードは答えた。
「私達は、色々と有意義な話ができそうですね。そうは思いませんか?」
「……乗らないのならそれでもわしらは構わん。あの店に戻って、『“警察屋”が慣れない遊びをしておった』と話題にするだけじゃ」
――選択の余地はない。
セレンフィリティとセレアナは観念した。ふたりは“セルシーちゃん”に乗った。
四人は、少し離れた所にあるバーに入った。奥まったボックス席につき、飲み物はソフトドリンク。
「まずは自己紹介といきましょう。
パラ実から参りました。
私はガートルード・ハーレック。こちらはシルヴェスター・ウィッカー。私の先生みたいなものです」
「あたし達は教導団のセレンフィリティ・シャーレットと、セレアナ・ミアキス。
……どこの学校か、ってよりも、ここではそっちに言われた通り“警察屋”をやってるわ」
「改めて申し上げましょう。私達は、空京“環七”のドラッグ騒ぎを潰すために、パラ実から参りました」
「アンダーカバーは普通の地球人同士なら有効な戦術。が、『契約者』のスパイ戦ではちとキツくないか?
敵方の“関係者”なら『禁猟区』や『嘘感知』で危険なヤツと、そうでないヤツを見極めると思うぞ」
「……まぁ、私達の場合は、何というのでしょう。“ザラメ”“アズキ”のキーワードに過剰に反応されましたので、ピンと来た、と言った所でしょうか」
「……なるほど。そちらの言う通りね」
セレアナは苦笑した。
──潜入捜査は、自分達には荷が重かったか。
「そちらの仕事は、引き継がせて下さい」
ガートルードはセレアナの眼を見て言った。
「得られた情報は警察側に提供しますし、協力・連携の手間も惜しみません。
おふた方は、私達に情報を提供した上で、ひとまず引き下がっていただけませんか?」
「訊いてもいいかな?」
セレンフィリティは身を乗り出した。
「まず、パラ実の人が“環七”の事に首を突っ込むのはどうして?
それと、あなた達なら“潜入”ができるのかしら? そっちなら『禁猟区』や『嘘感知』に反応しないの?」
「もちろん反応しまくるでしょう」
ガートルードはあっさり答えた。
「ただし、私達はパラ実生って事で最初からある種の『危険分子』。だから『禁猟区』にも反応するでしょう。
様々な暗語で話をするなら『嘘感知』にも反応する理由があります。
ああいう世界なら、互いに相手をどうやって取って食うか、なんて事を考えながら笑って交渉する事も珍しくないでしょう。だから、『殺気看破』にだって反応して当然。
――というわけで、今回みたいなケースでは潜入はしやすいでしょうね?」
「言葉は悪いですが……蛇の道は蛇、って事ですか」
溜息混じりにセレアナが言うと、「そういう事じゃ」とシルヴェスターは頷いた。
セレンフィリティ、セレアナ達はこの申し出を了承した。
シルヴェスターはツマミのクラッカーを手に取った。
「それじゃあ、交渉成立の記念にこいつを握りつぶすとしようか?」
「変わったやり方ね。乾杯の後でグラスを叩き割る風習は知ってるけど」
怪訝な顔をするセレンフィリティに、シルヴェスターはいたずらっぽく笑って見せた。
「わしらがあの店に戻ったら、こう訊ねられるじゃろう。『さっきのふたりとはどう話をつけたんだ』、とな?」
「そしたら私達は答えるんです、『追い払ったんです、こうやって』、と」
ぐしゃっ、とシルヴェスターの手の中でクラッカーが握りつぶされた。
開いた拳から、粉々になった破片が皿の上に落ちた。
「“これ”をきっかけとしてあなた方はあの店に近づかなくなる――“嘘”は言っていませんよね?」
「話が“クラッカーで済んで”良かった。のう?」
いたずらっぽい笑顔の中に、微かに凶相がのぞいた。
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