リアクション
●15.エピローグ/捜査終了後、約2ヶ月後
地球・東京都内、拘置所。
国頭武尊と猫井又吉は、拘置されている幌向将佐に面会した。
アクリル板越しに出てきた男は、頬がこけ、無精髭を生やした不健康そうなオッサンでしかなかった。
かつては“漢の中の漢”として畏敬を受け、“筋”を通してきた──と言われても、全く信じられなかった。
「何か用か、後輩ども?」
皮肉げな笑みが、見ていて少し痛々しい。
「また『ヒプノシス』でもぶっこくつもりか? 今度は何を企んでいる?」
「何も企んじゃいねぇ、先輩に訊きたい事があるだけだ。
「パラ実在学中は“堅気には手出しをしない”“男の中の男”とまで呼ばれていたあんたが、どうしてこんなことになった?」
又吉は真顔で幌向の眼を見据えた。
「クスリなんてのはシノギとしちゃあ最低だ。しかも俺たちみたいな“ワル”をターゲットにして生き血すするような真似なんざ、“ワル”のOBとしての“筋”が通らねぇ。
それに何だ? あんたを慕って来たっていう古座とかいうのにゃ、いよいよとなったら手前の悪事みんな引っかぶせて死んでもらうなんて考えてたそうじゃねぇか。
血も涙もありゃしねぇ! あんたに一体何があった!?」
「簡単な事さ。“ワル”から“悪党”に“クラスチェンジ”しただけだ」
自嘲するように、幌向は鼻を鳴らす。
「クスリってのは、シノギとしちゃあ悪くないぜ。上手くいけばローコストでハイリターンだ。ご愛顧頂いてるお客さんが、てめぇで勝手にハマって自滅して行くのなんざ、自己責任の範疇だ。
“ヨスケ”の事は、使えるモノは使い道があるうちに使い倒す、って事よ。『何かあったら死んでくれ』って頼んで、『分かりました』って答えたのはヨスケ自身さ」
「頼んだのはあんただろう?」
「そうだ」
「あんたが頼めばヨスケは断らない。それを分かってて話を持ちかけたのか?」
「交渉事ってのは、誰にどんな話をする時に誰を当たらせるか、って事まで考えるものだろう?
……まあ、パラミタで“ワル”やってる後輩には、あまり気持ちのいい話じゃねぇだろうな」
くっくっくっ、と幌向は肩を震わせて笑った。
「“筋”とか“仁義”とか“侠道”なんてのはな、“パラミタ(あそこ)”でしか通用しないファンタジーなのさ。“プロ”の世界じゃ、そんなものは犬も食わねぇ。
あるのは、どんだけ上にのし上がれるか、どんだけ蹴落とされないようにするか、どんだけ“力”を溜め込めるか、それだけだ。
どうだい、なかなかスリルがあるだろう?
我らがパラ実を卒業したら、お前らも一度“こっち”に来てみるか? 『ヒャッハー』にはいくつも種類があって楽しいぜ?」
「……俺からも訊きたい事がある」
武尊が口を開いた。
「黒幕ヅラして自分は表に出ず、泥も火の粉も被んないようにして、自分自身と自分のいる“組”を守る、ってのもひとつのやり方だとは思うぜ。だが、ひとつだけ分からねぇ」
「何だよ?」
「“路王奴無頼蛇亜(ロードブライダー)”を丸め込む時さえ変装して、ヤバくなったら後輩“防波堤”に立てるつもりでさえいたあんたが、“アズキ”の下準備の時には素顔晒したのは何故だ?
あれさえなければ、あんたが今頃とっつかまる、なんて事はなかったんじゃないのか?」
「在学中は結構名前を売ってたからな。そいつを使って話を簡単に進めようとしただけだ」
「違うな」
武尊は即座に否定した。
「先輩よぉ、あんた本当は“悪党”辞めたかったんじゃないのか?
誰かに自分が“悪党”やってるの、止めて欲しかったんじゃないのか?」
「……つくづくファンタジーに生きてるな、お前達は」
ずっと皮肉な笑いを浮かべていた幌向の顔が、突然真顔になった。
弱々しかった眼光に力がみなぎり、武尊と又吉とを見据える。
「お前らやっぱり、“こっち”には来るんじゃねぇ。
お前らみたいなのが“プロ”に来たら、俺みたいなのに利用されるだけ利用されて早死にするのがオチだ。
いいか、絶対に来るんじゃないぞ。絶対にだ」
面会時間が終わった。
空京・警察病院。面会室。
「気分はどうだ?」
夢野久はジョージ・ガルバックに訊ねた。
「別に。いつものように最低だ」
現在ジョージは警察病院で治療を受けている。
治療といっても、実際は「拘束」だ。解毒系スキルでクスリを抜いても、その後遺症は爪跡が深い。中毒や依存症の回復と克服には長い時間と本人の強い意志が必要だった。
そしてジョージは相変わらず、心の折れた負け犬の顔をしていた。今は病院にいるからクスリをやっていないだろうが、きっかけがあればまたすぐ手を出すに違いない。
流されるまま、その時その時を過ごしていく。生きていくのではない、過ごしていくのだ。
「お前は“ワル”になるべきじゃなかった──いや、“パラミタ大陸(ここ)”に来るべきじゃなかったな」
「とっくに知ってるさ、そんな事は」
「貴様はクズだ。生きてたって仕方ない」
「だったら息の根を止めてくれないか? てめぇでてめぇの始末つけるのも何かダルくてね」
「そんな権利は俺にはねぇ。何より貴様には殺す価値もありゃしねぇ。
カケラほどでも男気が残ってるなら、せめてパートナーとの縁を切って、てめえから自由にしてやれ」
久は、手荷物から一丁の銃を取り出し、手渡した。
ゴツくて、何だかオモチャの光線銃にも見える。だが、手に感じる重みはオモチャのものではありえなかった。
「何だよ、こいつは?」
「縁切銃、コントラクトブレイカーだ」
久は答えた、
「こいつを自分に向けて一発撃てば、それでお前のパートナーは自由になれる。
最後のチャンスだ。“男”を見せるんだな」
ジョージはガタガタと身を震わせながら、手にあるコントラクトブレイカーを見つめた。
どれぐらいの間、彼はそうしていたのだろう。
歯を食いしばり、表情を歪め、眼をきつく閉じて、やがて彼はグリップを片手に持って、ゆっくりと銃口を自分のこめかみにつきつけた。
トリガーガードに指が入り──いつまでたっても引き金は引かれない。
「ひとつ言い忘れていた」
久は口を開いた。
「ここに来る前、パエラ・アルクゥラってヤツに会って来た。覚えてるか?」
「……!」
極度に緊張していたジョージの表情が緩んだ。
パエラ・アルクゥラ──ジョージのパートナーの名前だ。
「お前の名前出したら、『知らない、もう関係ない』ってバッサリだった。
『それじゃあいっその事縁切らせてやる』って言ってその銃渡してやったんだがな……」
ジョージの喉が、生唾を飲み込んだ。
「今のお前と同じ顔して、結局銃を俺に返した」
「……撃たなかったのか?」
「パートナーロストってのは、相手にも物凄い影響与えるらしいな。下手すりゃ死ぬ事もあるらしい。
今、お前は無事だよな? ならそういう事だ」
次の瞬間。
ジョージはコントラクトブレーカーを抱きしめたまま号泣した。
泣き声も涙も、いつまでも止まることはなかった。
やがて、ジョージは涙でぐしゃぐしゃになった顔のまま、コントラクトブレーカーを久に返した。
久はコントラクトブレーカーを受け取ると、無造作に手荷物の中に放り込んで立ち上がった。
「じゃあな」
「……待て」
「何か用か?」
「俺が“パラミタ大陸(ここ)”に来た目的は、今でも思い出せねぇ。
だが、“パラミタ大陸(ここ)”に居る理由は、たった今見つけた」
「そうか」
「俺はここに居る。ここに居続けなきゃいけねぇ! 何があっても!」
「忘れるなよ、今度は」
夢野久は面会室から出ると、手荷物からコントラクトブレーカーを取り出し、持つ手に力を込めた。
ヒビが入ったかと思うと、「ぼこっ」という音を立てて銃身が粉々に砕け散った。
粘土の破片の中から、重量感を出す為に埋め込んであった鉄の塊が出て来た。
──言うまでもない。これは見かけ通り、オモチャの銃だ。
師王アスカに頼んで作ってもらったものである。
(こんなので、何がしたいの?)
(確かめたい事がある)
(どんな事?)
「……あの」
声をかけられた。リリィ・クロウが立っていた。
「あの、ありがとうございました」
いきなりお辞儀をされて、久は怪訝な顔をした。
「? なんでお前に俺が礼を言われるんだ?」
「あの患者さん、生きる気力が全然無かったんですよ。力を取り戻させてくれて、ありがとうございました」
「……礼を言われる筋合いじゃない。俺にも、ちょっと知りたい事があったんでな」
「どんな事です?」
久はしばらく考えて――「さぁ」と答えた。
「実は俺にも良く分からねぇんだ」
「確かめられましたか?」
「多分、な」
「あの人は……クスリに手をつけた人達は、クスリを乗り越えられるでしょうか」
「……できるさ。当然だ」
久は答えた。
「『契約者』ってのは、自分一人だけの存在じゃねぇ……その事を思い出せれば、“環七”のハンパな“ワル”なら逆に気合いが入るだろうさ。
――そう信じようじゃねぇか」
(終わり)
瑞山真茂です。
本リアクションお読みいただきありがとうございます。
また、本シナリオに参加いただいた方には一層の感謝を申し上げます。
「刑事もの」「警察もの」を志向したシナリオでしたが、当方の読書傾向により「刑事もの・警察もの」=「ハードボイルド」という固定観念がありましたので、話の雰囲気が妙に重苦しくて陰惨なものになってしまいました。
冷静に考えると、明るい「刑事もの」も普通にあるんでしょうけれども。
何にせよ、MSの趣味丸出しの、クセの強いシナリオにおつきあいいただきまして、改めてどうもありがとうございました。
それではまた、当方はネタの仕込みに入ります。
ユーザーの皆様とは、次のシナリオでまたお会いできまることを願いつつ、筆を置かせていただきます。
失礼いたします。