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眠り王子

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眠り王子

リアクション


●運命は自らの手で切り開くものだから!

「お゛う゛じ さ゛ま゛(はぁと)」

 あぜんとしている王子の王子様候補者たちを、丸太のごとき両腕から繰り出すラリアットで次々と葬り去ったいちご。リフティングポーズを決めながら、くるりと振り返った。
 台座のこちら側にいるアスカやアーヴィンたちもみんな、戦々恐々としていた。なにしろ1つきりのドアはいちごの体でふさがっていて、いちごに近寄る覚悟なしには逃げられない。
 台座の上の変熊ルドルフもまた、逃げたいのをひたすら我慢の二文字で耐え忍び、死んだフリを続けようとしたが、しかしいちごは熊ではなかった。ものすっっごく似てはいても。

「い゛ま゛お゛こ゛し゛て゛あ゛・け゛・る゛(はぁと)」

 いちごは眠る王子にゆっくりと歩み寄り、顔を寄せ、運命のキスをしようとする。
 がしかし、それはいちごの脳内で展開されているだけで、現実はといえば、よだれを垂らしながら神速並の速度で突撃してくる化け物だった。

「ひいぃっ!」
 我慢しきれずひょいっと避けた変熊ルドルフの寝ていた台座が、次の瞬間いちごの抱きつきを受けて粉砕される。
 もしもそこに寝たままでいたら…………

「く゛ふ゛っ。お゛う゛し゛さ゛ま゛、き゛っ゛す゛(はぁと)」

 サーっと血の気を失う変熊ルドルフ。
「じ、冗談じゃないぞ!!!」
 あんなのに捕まったらキスどころか喰われる! と台座を回って逃げようとする変熊ルドルフの前を、すかさずいちごがふさいだ。
 とある魔術で呼び出されたいちごが命じられているのは、王子と運命のキスをすること。
 その運命のキスがまだすんでいない以上、相手が起きていようが関係ない、ということか。

「う゛ん゛め゜い゛の゛、き゛っ゛す゛、し゛ま゛し゛ょ゛(はぁと)」


「うぎゃああああっ! お助けっ!!」
「――えっ?」
 変熊ルドルフは、とっさに手の届く範囲にいた王子の王子様候補の1人、不束 奏戯(ふつつか・かなぎ)を人身御供に差し出した。
 つまり、いちごに向かって突き飛ばしたのだ。
「って、うわあああっ!!」

「お゛う゛し゛さ゛ま゛〜、き゛っ゛す゛(はぁと)」
 いちごが、奏戯にキスをした。

 ぶちゅう〜、と顔面のほぼ全部を埋め尽くすいちごの唇。

「!!!!!!!……ッ」
 奏戯は必死に引き剥がそうとするが、吸引がすごくて、叩いても蹴っても効果がない。

 ――すぽんっ。

 ついに奏戯の頭がいちごの口の中に吸い込まれた。


「……喰っ…た…っ」


 王子の王子様候補たちも、唖然となる。

「うっ……うわああああああっ!!」
 その隙に、変熊ルドルフは逃げ出した。自分は王子じゃないと、主張することも思いつかず。

  ――ま、信じてもらえなかったらアウトだしね。

 もつれそうになる足で、必死に螺旋階段を駆け下りる。
 ドップラー現象のようなその悲鳴で、いちごはキスのためつぶっていた目を開き、自分のキスの相手が王子でなかったことに気がついた。

「お゛う゛し゛さ゛ま゛、き゛っ゛す゛(はぁと)」

 プッと奏戯を吐き出して、いちごは再び後を追った。
 巨体にぶつかる壁や階段を破壊しながら。

★          ★          ★

「変熊さん、変熊さん! 待ってて! 今ボクが助けるからね!」
 いちごに追われて螺旋階段を駆け降りてくる変熊を下から見上げて、フィーア・四条(ふぃーあ・しじょう)は叫んだ。

 時間は限られている。複雑な仕掛けを講じている余裕はない。
 原始的な罠、バナナの皮を設置するのだ。

 相手はバカ力一辺倒の化け物だから。きっとこれで十分だ。つーか、こういう原始的な罠の方がよくひっかかるだろう。

 もちろん中身を捨ててはいけない。世はエコロジーだ。捨てたりしたらあとでだれに何を言われるか分かったものじゃない。
 うっくうっくと大急ぎ、バナナを飲み込むようにして食べながら、パートナーの立花 眞千代(たちばな・まちよ)と皮をどんどん設置していく。

「いちごはなにしろ大きいから。1個や2個じゃ全然駄目ね」
 冷静に眞千代が指摘する。
 踏まれなかったらアウトだ。――1段全部にバナナの皮を並べる。

 だがもう少し考えてみよう。

 灰色の石の階段に、黄色の皮は目立つ。
 段飛ばしされたらオワリだ。――5段分ぐらいいるかな。

 もっしゅもっしゅとバナナを食べる。1段にバナナ5本換算でも25本!

「こ、これも変熊さんのためだ…!」
 ふくらんだ腹をさすりつつ、口の中のバナナを飲み込んで、フィーアが最後の皮を設置したとき。

「うわわわわっ」

 すっとんきょうな変熊の声が、すぐ真上からした。
 一番上の段でバナナの皮を踏んだ変熊が降ってくる。

「ああっ。変熊さんが行ってから設置しないといけなかったんだっけっ」
 今ごろ気づいてももう遅い。
 フィーアは変熊と一緒に下の階まで転がり落ちた。

「フィーアっ!!」
 巻き込まれフィーアがズダダダダダダッと転がり落ちていくのを見て、思わず手を伸ばす眞千代。
 バランスを崩してつるっ。

「フィーア、すまない…!」

 結果的、フィーアをクッションがわりにした変熊は、起き上がるなり再び階下へ向かって走り出す。
 そこに遅れて眞千代がダイナミックボディアタックを決める。
 続々と腹に大打撃をうけたフィーアの口元から、えろえろと黄色いぶつぶつの液体が流れ出た。

 その液体で、いちごはつるりと足をすべらせ、壁にガンッと頭をぶつける。――残念ながら壊れたのは壁の方で、いちごの頭ではなかったが。

「へ、変熊さん……助けたよ……ボク…」

  ――まぁ、ある意味ね。