リアクション
★ ★ ★ 「えーと。たしかこの先だと思うんだけどー」 広げた地図をガサガサさせながら、冴弥 永夜(さえわたり・とおや)は歩いていた。 「そんな歩き方していると、そのうち転びますよ」 パートナーの凪百鬼 白影(なぎなきり・あきかず)が諭すが、聞いている節はない。 「永夜?」 「んー? 大丈夫、今までコケたことないから――っと!」 とか言ってるそばからけつまずいてるしっ。 しかしそれでようやく地図からはずれた視界に遠くの塔が入って、永夜は足を止めた。 「おー、あれか!」 地図はもう用なしと、ぱたぱたたたんでしまい込み。 「しっかし、なーんであんな、荒野の中に立っている塔の周辺から盗賊を追っ払わなきゃいけないんだ? わざわざ近づかなきゃいけない場所にも見えないが。相当の金銀財宝が隠されているとか何かか?」 「あそこにはこの国の王子が魔女の呪いで眠りについているからです」 「魔女の呪い? 何か悪いことしたのか?」 「いえ。単に、ふられた女性の腹いせです。自分のものにならないならだれのものにもしたくないとかいうやつですよ」 「へぇー女は怖いねえ――って、おまえずいぶん詳しいな」 「さっき通り抜けてきた町に、これがありましたから」 と、引き破いてきたおふれがきを手渡す。 「ふんふん、絶世の美男子ルドルフ王子ね――――って、うわ! これマジか!? 薔薇っ!?」 「……あなた、本当に何も知らずに依頼受けてたんですね」 目をむいて、鼻先をくっつけんばかりにおふれがきをまじまじと見ている永夜に、白影が呆れてため息をついた。 (薔薇が嫌いなのに良く引き受けたなと思っていましたが、このことを知らなかっただけですか。噂に無頓着なところが仇になったようですね) 「今、あそこには王子目当ての方々が向かっているのですよ。ようはその露払いをせよ、ということなのでしょう」 「うあー、マジかよー」 まいったなぁ、と髪を掻きあげて、永夜ははーっと息を吐き出した。 「どうします? 返金して依頼を断りますか?」 「ったって、もらう物はもらってるしなぁ」 「それはそうですが、かといって断れないわけでもありません」 その場合違約金を上乗せしないといけないだろうが、やる気の起きない仕事をした挙句、集中力の欠如で大けがをしたりしては元も子もない。やりたくもない仕事を我慢してしなければいけないわけでもないのだ。 決めるのは永夜だと、返答を待つ白影の前、永夜は目を細めて塔を見、いかにも気乗りしないという態度で再び歩き出した。 向かうはもちろん大荒野、塔だ。 「行くんですか?」 「行かないわけにはいかないだろ。それに、嗜好がどうあれ、盗賊に襲われて困っている人がいるのは事実だからな」 もう受けてるし。 依頼料使って武器も揃えてるし。 「どんな仕事であれ、受けた以上はこなすのがプロってものだ」 「――だ、そうですよ」 白影は振り返り、岩の上に腰かけて串ダンゴをほおばっている月谷 要(つきたに・かなめ)に声をかけた。 要はリスのほお袋のようにほっぺたをふくらませ、口をモグモグさせながら、んん? と小首を傾げる。 「行くの? 決定?」 「ええ」 「おっけー」 ぴょんっと岩から飛びおりて、横につく。 「だれだ? そいつ」 とてとてやって来る要を見て、初めてこの場に自分たち以外の者がいたことに気づいた永夜が、目を丸くした。 「さっき町で雇ったんです。この大荒野には200人規模のパトニーとかいう盗賊団もいるそうですからね。もし彼らと出くわしたときに2人だけでは心もとないでしょう」 「俺、流れの傭兵やってる月谷 要っていーます。よろしくー」 握手しようと、さっと手を差し出されたものの、その手にアンコがついているのを見て、ちゅうちょしてしまう。 要もそれと気づき、あわてて服でそれをぬぐった。 「そんじゃーあらためて。月谷 要です。よろしくねぇ」 「ああ…」 にぱにぱと緊張感のカケラもない笑顔を振りまく要に、永夜は眉をひそめる。 「……おい、あれで本当に大丈夫か?」 歩きながら、こそっと隣の白影にささやいた。 要は自分のことが話題になっているのを知ってか知らずか、右手にダンゴ、左手に白い買い物袋といった姿で、2人の後ろについて歩いている。 一応武器は携帯しているようだが…。 「――正直、私も少し心配なのですが……なにしろ安上がりだったもので」 「安上がり?」 「串ダンゴ2000本で契約しました」 ――え? それって安いの? あの袋の中身はそれか、と、今度は胸焼けしそうな気分で要を振り返った。 「この町、今景気が悪いですからね。ダンゴも売れ残って賞味期限ギリギリ半額以下セール品でしたから安いものです。……あ、これ、彼には内緒ですよ?」 こしょこしょこしょ、とひそめた声でささやき返す。 ――大丈夫。要の胃袋は、たぶんピロリ菌も溶かしちゃうから! ★ ★ ★ 改造制服の黒いマントをたなびかせ、クロセル・ラインツァート(くろせる・らいんつぁーと)は崖の上から大荒野を見下ろしていた。 お約束的に太陽は真上で、お約束的に腕を組み、お約束的にふふふと笑っている。 特に笑えることがあるわけではないのだが、なぜか前世紀のヒーローやらなんちゃらは、こういうとき含み笑っているものなのだ。それがお約束だ。 「ふふふ……大荒野に、それはそれは高い塔があると聞いてきましたが、あれがそうですね。しかも、そこは魔法の茨や罠のせいで登頂は困難だとか。そして今、そこに大勢の人が集まろうとしているとか…。 そこまで人を惹きつけるモノがその塔にはあるのですね。 いいでしょう! その塔の頂に立ち、皆を羨ましがらせるのは、この俺です!!」 ぐっと固めたこぶしの親指で自分を指す。 彼はもう、登頂を果たしたときのヒーローインタビューコメントまで考えていた。 「クロセルさんクロセルさん、教えてください。なぜあの不落の塔を攻略しようと考えたのですかっ!?」 「なぜなら、そこに塔があるからです!」 きっとおとぎの国新聞一面の大見出しにも使われるだろう。 早くもその瞬間が待ちきれない。 「とうっ!!」 これまたお約束的に、クロセルは崖から飛んだ。 崖がどんなに高かろうが関係ない。それがお約束だからだ。 彼はひたすら塔を目指し、突っ走った。 彼の駆ける後ろで土煙が上がる。 略奪者たちにはいい目印だ。 「止まれ止まれ! それ以上進ませねぇぜ!」 「おや、さっそく現れましたね。あなたもあの塔を目指す登頂者というわけですか。負けませんよ。勝者はこの俺です」 さらに速度を上げるクロセルに、略奪者たちは追いすがった。 「なめんじゃねーぞ、こらぁ」 さすが大荒野で盗賊をしているだけあって、足腰が強い。 「ほほう、やりますね。フォームはめちゃくちゃですが、さすがあの塔を目指すだけはあります」 「いいから止まれやぼうず!」 クロセルめがけ、トマホークが振り下ろされた。 「むっ」 びゅんっと横を流れたトマホークに、初めてクロセルから笑みが消える。 「競技妨害とは! スポーツマンシップを持たない者に、登頂者たる資格なし! くらいなさい、正義の鉄拳ロケットパーンチ!!」 ロケットパンチも塔の登頂には一切必要ないのだが。 こんなこともあろうかと(これもお約束なので)腕に仕込んであったアイテム、ロケットパンチでライバルにマナーを文字通り叩き込んだクロセルは、再び塔を目指して一直線に突っ走ったのだった。 |
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