イルミンスール魔法学校へ

シャンバラ教導団

校長室

百合園女学院へ

花屋の一念発起

リアクション公開中!

花屋の一念発起

リアクション

「少し、いいかな?」
「……何か」

 ダリルは、メシエに声をかけられ、作業の手を止めた。
「品種改良をするという話だが、何か植物の生長を促進する薬は持っていないだろうか」
「それなら……」
 ダリルはメシエの質問に魔法たっぷりの成長促進薬を取り出すことで答えた。
 その薬は、ルカルカが『根回し』でエリザベート・ワルプルギス(えりざべーと・わるぷるぎす)から許可を得てイルミンスール魔法学校から持って来た物だ。品種改良をするということで今はダリルの手にある。

「その薬を分けて貰えないだろうか。部屋を飾り付けている花を静かに処理するために」
「……生長の速度を上げて枯らせるためだな。この薬はかなり強力だ。予想外のことが起きるかもしれないが、それでもいいのなら分ける」

 ゆっくりと立ち上がって周りを見渡したダリルもまた花粉回収をしながらの観察で増殖する花についてメシエと同じ知識を得ていた。手に持つ成長促進薬の威力は、『薬学』を持つダリルには一目で分かっていたので予想外のことが起きる可能性もあるため念を押した。
「……強力というのならさらに申し分無い。お願いするよ」
 メシエは即答した。何も進展していないこの事態を解決できるというのなら何も問題は無い。ただ、花が速く枯れることについてエースが何か言うだろうことは明白だが。
「早速、散布出来るように霧吹きに入れよう」
 ダリルが近くに転がっている空っぽの霧吹きに魔法薬を少量だけ入れた。量は威力を考慮してのものだ。

 霧吹きをメシエに渡そうとした時、

「待て」
 案の定、エースの待ったが割り込んできた。
「成長促進ということは彼女の命を縮める事じゃないか」
「エース、あの花を助けるんだろう」
 予想通りの言葉に対してメシエは、今なお花の付け根を締め上げられている不満を口にする花を指さした。

『痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、苦しい、苦しい、苦しい』

 花の付け根を締め上げられ、かすれ気味の声を上げる不満を口にする花。今は不満の一つも言えない様子。状態は明らかに悪化している。もし人の形をしているならきっと今にも死にそうな顔をしているだろう。

「もう少しの我慢だ。すぐに助けてあげるからね」
 エースは、優しく花に言葉をかけ、ダリルから霧吹きを奪い取り、一面に散布した。命の底から泣き叫ぶ彼女のために。

薬を散布された増殖する花は、濃密な栄養を摂取したためか花を大きく咲かせ、背丈高く、長く太い蔦を伸ばしたかと思うとあっという間に縮み、色褪せてしまった。

「……もう、大丈夫だ」
 エースは宙から降って来たお姫様を上手く受け止め、ぐったりとしている彼女に話しかけた。
 それから一瞬の輝きを放った小さな花達にも言葉をかけるのを忘れなかった。

「本当にごめんよ。君達のあの素敵な輝きは忘れない」

「……品種改良のために少し花粉を分けてくれないか? 傷付けたりはしない」
「……傷付けたりしないのならば」
 ダリルはぐったりとして言葉を発しない花に花粉回収の機会と思い、訊ねた。
 エースは、救出作戦を手伝ってくれたこともあって断らなかった。相手も傷付けないと言っているので。その言葉通りにダリルは花に触れるか触れないかのソフトタッチで一瞬にして花粉を回収し終えた。残るは、踊り狂って散歩している花だけだ。
 とりあえず、ダリルは今手に持っている二種類の花の品種改良を始めることにした。
 
『水、水、水、水、水』

 花は再び不満を口にし出した。かすれて口にする不満は、どう見ても訴えにしか見えない。
「すぐに持って来るからね」
「ほら、これを飲んで早く綺麗な声を聞かせくれ」
 エースは素早くレジ奥の蛇口まで急ぎ、水を持って来た。

「本当に貴女が無事で良かった。もう茎は大丈夫かい? 痛くはないかい?」
 水を与え終えたエースは、蔦が巻き付いていた箇所を確認しながら先ほどまで囚われていた花を気遣った。気遣う間の花は女性が頬を赤らめているように見えた。エースは不満解消に奔走するだけでなく、気遣いの言葉や共感していることが相手に伝わるように相槌多めに聞いていた。

『こんなみすぼらしい鉢植えは嫌。早く替えてちょうだい』

「そうだね。貴女にはもっと素敵な鉢植えが似合うはずだね」
 鉢植え替えを要求する彼女の言葉に頷き、速やかに行動する。
 そして、鉢植えを替えて少しの間、大人しくさせるが再び要求を始める。

『こんな暗い場所は嫌。光、光。早く光をちょうだい』

 光を要求する彼女にエースは

「貴女の可憐なその姿は俺の心を癒してくれる。ここが不満なら俺の所に来ないかい?」
 と誘った。

 途端に不満を口にする花は大人しくなった。それもかなりの時間静かだった。命を助けてくれただけではなく、自分の話も聞いてくれたことをしっかりと分かっているかのように。恋する乙女の健気さのごとく。

「……また産業動物が一つ増えるのか」
 何かとエースを手伝っていたメシエは、彼に聞こえないように呟いていた。
 この後、大人しくなった不満を口にする花の居場所はエースの自宅となった。