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家に帰るとゴンザレスが死んだふりをしています。

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家に帰るとゴンザレスが死んだふりをしています。

リアクション

 2.――知ってる? クラウチング・スタートって結構腰に負担がかかるんだよ?



     ◆

 まじまじと――それこそ文字通り、言葉のままに、全くもって適切な表現で述べるのであればそれこそまじまじと、茅野瀬 衿栖(ちのせ・えりす)はぽかんと口をあけながらに見上げている。
「衿栖さん。いつまでもそうしていた所で、だからと言って屋敷が小さくなるわけでも、目の前の建物がそれこそ突然庶民的になるわけでもありませんよ」
「し、知ってる! ただちょっと、ほら、想像以上に大きかったのと、想像以上に豪華だったから、それでね」
 やや顔を赤らめ、頬を膨らませながらに彼女はそう言うと、腰に手を当てて隣に佇む蘭堂 希鈴(らんどう・きりん)を睨んだ。
「そうですか。それは重畳。ならば良いですけどね」
「言い方……イジワルだよね」
「はて、僕は意地も悪くなければ口も悪い様には思いませんけど」
「……はぁ、そうね。はいはい、わかったよ。私の勘違いね」
 これ以上の言い合いに意味がない事を知っている衿栖が肩を、視線を落としながら一度ため息をつくと、いよいよ、とでも言いそうな表情を持って足を踏み出す。敷地の内部へと。静かにその後へと続く希鈴は、しかしふと何やら気配を感じて立ち止った。
「衿栖さん」
「今度はなぁに?」
 呼び止められども顔を上げるのも億劫だったか、彼女は下を向いたままに足を止める。
と、随分と知った声が後ろから飛んでくる。彼女へ向けて、彼女たちへ向けて。やってくる。
「よぅよぅ! なんだ元気がねぇなぁ!」
 ぶっきらぼうな物言い。反して随分と可憐な声で――声の主は若松 未散(わかまつ・みちる)
隣には例に漏らさずハル・オールストローム(はる・おーるすとろーむ)が付き添っている。
「あ、未散さん! それにハルさんも!」
「ちーっす」
「こんばんは。お二人も今宵のパーティに参加されるのですかな?」
「どうも。お二人とも。そうですよ。出なければこんなところにはいませんしね。それに僕も、衿栖さんも、こんな格好しませんよ」
 希鈴が自分の服の袖を抓みながら、表情を変えずに二人へ述べる。
「いやいや、あなたいつもその恰好でしょ?」
「え……? 何を仰っているのやら。先程あなたが僕へと言った言葉、そのままそっくりお返ししますよ」
「イジワルじゃないもんっ!」
「あっはっは。相変わらずだな、お前ら」
 二人のやり取りを見て笑う未散にふと目をやった衿栖が、はてと首を捻った。
「でもでも、未散さんの今日の格好、素敵ですよね? 舞台の時の衣装とは、また少し違って、意外って言うか……うん、良い意味で」
「ちょ……!? バカっ そんなまじまじと見んなって! はずいっ!」
「素敵でしょう! 何せ今回のプロデュースは不肖ながらこのわたくしめが手掛けたのです! 素敵でしょうに! さぁ、素敵と仰って下さい! 大丈夫です、本音を言ってくださればいいのですぞ! 衿栖さん、希鈴さん!」
 未散はドレス、ハルはしっかりとしたつくりのベストとスーツと言う姿だ。宛ら“貴婦人と執事”と言った形になっている。
「おいハル……なんか言い方がおかしくねぇか? それだと『素敵』しか言えない感じがするんだけどよぉ……?」
「ええ!」
 満面の笑みで未散に返すハル。
「無論、『素敵』以外の発言を聞ける程、わたくしは出来た人間ではありませんぞ、未散君。何――それ以外を聞いた時は――」
 穏やかな表情の彼の瞳だけが、うっすらと細く見開かれ、眼前の二人へと向けられた。
「その時は“ぱちん”とします」
「わかりそうでわかりづらいネタ使ってんじゃねぇよ!」
「ま、まぁまぁ未散さん……。事実素敵ですから! それにハルさんだって、何も本気で言ってる訳じゃなさそうですし……」
「はっはっはっ! 流石衿栖さん、わかってらっしゃいますな! しかし、わたくしはいつでも本気ですぞ……はっはっは」
「いや! 笑顔の場所間違ってるからぁ! 脅した後に笑ったら冗談になってないですからハルさん!」
「なんだ衿栖、元気出たな!」
「元気出たとかじゃないですよ未散さん!」
 主に衿栖が全員にツッコミを入れながら、四人は鉄格子を潜り、敷地内にある自然公園宛らの通路を歩いている。無論、敷地内の構造が変わる訳もなく玄関までは相当距離があるので、今は歩きながら談笑、と言ったところではあるが。
わいのわいのと談笑をしている四人は、しかし突然に声を掛けられてその足を止めた。
「もし………」
「ん?」
 未散の返事。
「そこの殿方」
「希鈴君、か……ハルさん? 呼ばれてますよ?」
 衿栖の声。
「いえいえ、貴方様です」
 四人が振り返ると、其処には三人が立っていて、四人を見ていて、その内の一人が衿栖を指差していた。
フレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)が自分に指を向けている事を知った衿栖が思わず声を上げる。
「と、殿方って! 私男じゃないですよ!」
 よくよく目を凝らしたフレンディスが、漸くそれを理解したのか、おろおろとしながらその場に崩れる。
「な、なんと……まさかそんな失礼な間違いを犯してしまうとは……わかりました。切腹を」
「おい、面倒だぞそのやり取り」
 後ろで黙って腕を組み、様子を見ていたベルク・ウェルナート(べるく・うぇるなーと)がフレンディスの後頭部にチョップを入れてツッコんだ。
「なんだ、切腹しないのか? 介錯なら任せろ、と言おうとしたんだが」
腰に下げている刀に手をかけていたレティシア・トワイニング(れてぃしあ・とわいにんぐ)が至極詰まらなそうに言ったからだろう、フレンディスが慌てて立ち上がった。
「と、ところで! そうでした、私、とある情報を受けて此処まで馳せ参じたのですが皆様! 『ラナロックさんのお宅』はどちらかご存知ありませんかっ!?」
 腕を組み黙るベルクと、真剣な表情を四人に向けるフレンディスとレティシアは、四人の答えを待つ。
暫くの沈黙が続いた後、衿栖が口籠りながら、と言うよりは戸惑いながらに人差し指を立て、足元を指した。
「此処………ですけど?」
「な、なんと!? ラナロックさん、地底人だったのですか!? では家はこの下に」
「ちょっと待て! なんでそうなる!」
「まあまあ、未散さん。彼女は彼女なりに一生懸命なんですよ。残念ながら」
「え!? 残念……なのですか?」
 希鈴の言葉に慌てて後ろを振り返るフレンディス。後ろには頭を抱えるベルクと、悪戯っぽく笑っているレティシアの姿。
「此処が、って言ったろ? その姉ちゃんは」
「何なら掘るか? 手伝うが」
「…………」
 二人の発言に顔を真っ赤にしながら、フレンディスが立ち上がる。
「で、でも……ならば家屋は一体……」
「此処はラナの家の敷地。んで多分母屋ってのは、あれだろ」
 未散が顎で指した方を見た三人が息を呑んだ。
「で、でけぇ……」
「なんと……あれはこの辺り一帯の城主の屋敷かと思ったが……」
「レティシアさん……きっとラナロックさんは、御城主の姫君なのです!」
「それは色々と違うけどな」
 三人のリアクションと、二人のボケを苦笑しながらツッコんだ未散が掌を顔の横で遊ばせながら背を向け、足を進める。
「呼ばれてんなら来いよ。目的地は一緒だ、だったら一緒に行こうぜ」
「な、なんて男らしい……」
「おい希鈴。発言おかしいだろ」
「なんの事です? 僕は何も」
 含んで笑い、彼も後に続く。
「何だか面白そうですね、今日のパーティ」
「その様ですな。さぁ、わたくしたちも未散君の後に続きましょう。男らしい未散君の後を」
「ハルぅっ! テメェ!」
 足を止め、振り返って拳を振り上げる未散を見て、彼等、彼女等は笑う。笑って笑って、足を進めた。


「にしても――」
 談笑が再び始まり、そして終わりを見せた頃。レティシアがふと隣を歩く衿栖へと尋ねた。
「何故そのような格好なのだ? パンツスーツは確かに見栄えが良いが、後ろから見れば男に間違われてもおかしくないぞ?」
「いや………なんか」
 『そんな事はない』と何度も心の中で呟きながら、衿栖は口元に指を当てて考えた様に一区切りを置く。
「折角のパーティですから。何か普段とは違った格好をしたかったのが一番、ですかね。でも何でこれにしたのか? と聞かれたら……うん、直感です」
「直感、か」
「それにあの……」
「あぁ、レティシアだ」
「レティシアさん。パンツスーツがイコールで男、って言うのはそもそも間違った偏見な気がしますよ」
「そうか? ふん、そうか。わかった、覚えておこう。フレンディス、あやつにもそう言って聞かせておくよ」
 何処か聞いていない様な、しかししっかり聞いている様な表情と声色でもって返事を返す彼女はそこで、足を止める。無論、何があるからではなく、前方を歩く彼等、彼女等がその足を止めたから、である。
「よしっ! んじゃあまぁ、今日のこれからを存分に楽しもうじゃあねぇか!」
 未散の意気込みが聞えた。彼女が声高にそう言い、扉に手を掛ける。
「ったく……どんだけ癖の強ぇのがいるのか、見ものではあるがよ。ツッコむこっちの身にもなれってんだ。ったくよ」
 肩を落として項垂れるベルクは、まるで何かを確信しているかの様にそう呟いて、その場の全員が屋敷に入って行くのを見送った。開け放たれたドアに背を預けて様子を見てから、最後に自分が屋敷へと入って行く。