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家に帰るとゴンザレスが死んだふりをしています。

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 3.―― ぱーりーたーいむぅ





     ◆

 此処は大食堂。
パーティと称しているだけあって、その席たるや宴を楽しみ、色が溢れ、宵を払って騒がしい。どこからともなく音色が響くや、誰ともなく歌いだすや、笑い声がこだませば、怒鳴った声も飛び交った。兎に角此処は、そう言う場所だ。
一般的には宴と言えば、酒やら何やらが絡んでくるもの。ましてやそれは、どの時代、どの空間、どの民族も共通し、理解出来る事だった。が、彼等は皆、学生であり、当然法的に酒を飲むことが禁じられている人物だっている訳だ。食堂の片隅、随分と厳めしい顔をしながらも、しかし彼は彼なりにその宴を見て楽しんでいた。

 ドゥング・ヴァン・レーベリヒ その男。

 腕を組み、壁に背を預けて辺りを見回し、このパーティに参加している一同をくまなく見つめていた。彼は一つ、ウォウルに頼まれている事がある。これはラナロックからも言われている事であり、彼が知る各学園の教職者からも言われていた事なのだから、彼としても目を光らせるしかない。
「未成年の飲酒、喫煙は禁止……か。まぁ、そうだよな。楽しい席でご法度ってぇなぁちと似合わねぇ……にしても、よ。なんだってこんな人数を纏めてみてなきゃならねぇのよ。ウォウルの奴もそうだし、ラナロックは……まぁビービー泣いてたから仕方ねぇとしても」
 独白しながら、彼は近くに運ばれていたグラスを口に運んだ。
「あいつらは酒。あいつらも酒、あっちはまぁ、ルール守ってジュースだな。うん、んで俺は……はぁ。未成年じゃあねぇっての。それなのに何よ。なんだって水……けっ」
 独白。
と、そんな彼の近く、やってきたのは紫月 唯斗(しづき・ゆいと)セイル・ウィルテンバーグ(せいる・うぃるてんばーぐ)だった。手には宴会のテーブルに並ぶ料理が盛られた皿数枚と、何やら飲み物が入っているグラス。唯斗は別段表情変わらず、セイルは若干警戒しながら、ドゥングの元へとやってきた。
「そんなところで何してんですか?」
「ん? あぁ、見張り、だとよ。若ぇやつが悪さしねぇように、だそうだ」
「ご苦労様です……これ、どうぞ」
「お、悪いねぇ嬢ちゃん。何だい料理持ってきてくれるたぁ、嬉しいね。どこぞの木の気かね馬鹿も見習ってもらいたいもんだ」
「それよりも、貴方。ドゥング、と言いましたね」
「ん? おう、そうだよ」
「正気、と見ても?」
 セイルの言葉には棘があった。『こんなところで何をしているのか』と言う意趣の棘。
無論、隣にいた唯斗としてもその問の答えは聞きたかったらしく、静かに彼の顔を見た。
「正気だよ。安心しろ。お前さん方のおかげでこっちはもう普通だ。あん時はすまなかったな」
「………そうですか」
「謝るのは俺たちに、じゃないですよ。あんたが謝るべきは皆さんだ。俺たちであって俺たちでなく、皆さんであって皆さんでもない。ウォウルとラナさんにはしっかり謝ったんでしょうから、まぁそれはさておいたとしても、ね」
「面目ねぇ……その通りだ。っと、悪ぃな、持ってきてくれたもん、そこの台にでもおいといてくれよ」
 不意に彼がそう言うと、二人を残して壁から離れ、騒いでいる一同の中へと入って行った。
「ほいほら嬢ちゃん! そこの赤毛のおじょーちゃん。そうだよお前さんだよ」
「な! 何だ急に、馴れ馴れしいな! 離せ! 何をするか!」
 赤毛のお嬢ちゃん、こと南部 ヒラニィ(なんぶ・ひらにぃ)は、首根っこを掴まれて上に引っ張りあげられる。
「こらぁ! 人を猫か何かと勘違いしてるのぉ若造! このような仕打ちをすると!」
「わぁったわぁった。お嬢ちゃんが怖いのはよーくわかった。だからよぉ、お嬢ちゃん。酒を飲むのはもっと大きくなってからだ。わかったかい?」
「何・故・じゃ! だから言ってるであろう! わしは――」
 言いながら、彼女はドゥングに噛みついた。彼の耳がどうやら視界に入ったらしく、思い切りそれを噛みつけた。
「痛い痛い! いてぇよ! こらっ!」
「ぐぬぬぬっ! ぜっはいはなさふ(絶対離さぬ)! ほふぉふへいほのへっ(この無礼者め)!」
「痛いっつの! ほら! 落ち着けよ!」
 半ば強引に彼女を引きはがそうと試みるが、存外彼女の力は強かったらしく、諦めたのか彼は肩を落とすと、ヒラニィの脇腹を片手で擽り始めた。
「!!!!!!!」
「ほら、離さねぇとやめてやらねぇぞ」
「ひゃはははははははは! まて! やめ・・・ろ!! あひゃひゃ――ゴホっ! ゲホっ! やばいきんぴらごぼう詰まった!」
 むせる彼女を自分から遠ざけながら、しかし決して手を離す事なくぶら下げる。
「あとは……おっとそこの嬢ちゃん、今後ろに何隠した?」
「はわっ!? ……わ、私は何も……」
「何もねぇってんなら、んなに慌てる事もないだろうよ」
 にんまりと笑顔を浮かべ、片手にヒラニィをぶら下げながら彼はルーシェリア・クレセント(るーしぇりあ・くれせんと)との距離を詰めた。
「それで? いい加減にしないとお前さんもこの赤毛の嬢ちゃんと同じ末路を辿る事になるが……どうする?」
「いや、だからあの……その……」
「三秒待ってやろう。何、もし今嬢ちゃんの持ってる物がたとえ酒であったとしても、決して怒ったりなんざしねぇよ? ただ、酒は飲ませるな、って事でな、没収するだけだ」
 一歩を踏みしめながら、彼はやや困った様子になってそう言うのだ。
「三――」
「う……」
「二――」
「うぅぅ……」
「……一」
「うわぁぁん! お顔の怖いお兄さんがいじめるですぅ……!」
 慌てて席を立った彼女は、やはりそのかくしている物をドゥングに見せる事無くその場を去ろうと走り出す。が――
「ごめんな。一応楽しく騒ぐにもルールってのは必要なんですよ。それ、しっかり此処に置いてってくださいな。怖かったらほら、彼に渡さずに俺にくれればいいですから」
 彼女の進行方向、立ち塞がる人は唯斗だ。
気配を消し、どうやら彼女が逃げるであろう場所を予測し、退路を断っていたらしい。
「ひぅ……良いじゃないですか……お家の中ですよぅ」
「駄目だめ。そう言う問題じゃないでしょ。騒ぎにでもなったらラナさんに迷惑、掛かりますよ?」
「……むぅ」
「ね? 此処は大人しく、持ってるお酒、ちゃんと出しちゃいましょ」
 しょんぼりとしたルーシェリアは、躊躇いながらも手にする缶を唯斗に渡す。どうやら観念したらしく、随分と大人しく渡したのだ。
「ありがとう。ほら、それよりも、こんだけ豪華な料理があるんだから、お酒なんかよりも料理を堪能しなきゃ、ですよ」
 笑顔でそう言う唯斗を見て、無言で頷いたルーシェリアが踵を返して席へと着いた。しかし、この様子を見ていたヒラニィが、ドゥングにぶら下げられたままの状態で暴れ出す。
「これ! まだ隠し持っている分があるであろう! とんずらとかズルいぞ!」
「え!? わ、私隠してなんかないですよ……?」
「ほほう。しらを切るか。このわしを前に、しらを切り通すと、そういう訳か」
「だ、だからっ!」
「甘いな。全く持って甘い」
 きりとした表情でヒラニィが腕を組み、勝ち誇った様子で言葉を続けた。
「この! わしの! 酒の恨みは怖いのだ! そして知らぬだろう? わしの鼻の良さを! こやつ等の鼻は誤魔化せても、わしの鼻は誤魔化されんぞ! 見てみろ! 上着の裾から見えてるし」
「え!? 嘘っ!」
「やーい、ひっかかったぁ」
 ルーシェリアとヒラニィのやり取りを呆然と見ている唯斗とドゥング。が、どうやらヒラニィの言いは正しかったらしく、まだ隠し持っていたらしい。
「わしが飲めぬ以上、一蓮托生、旅は道連れなのだよ! はっはっは!」
「高笑いしたって格好よくねぇからな……赤毛のお嬢ちゃんよ」
「うっさいわ! もっかい噛むぞ!」
「またきんぴらごぼう変なところに入るぞ」
 手を伸ばして攻撃しようとするヒラニィを更に遠ざけながら、ドゥングが再び辺りを見回す。
「なぁおい、唯斗君、だったか。彼女は任せて良いかい?」
「……いいですよ」
「このお嬢ちゃんは?」
「えぇ。もうなんでも良いです。なんでもやりましょうとも。今日はそう言う役回りで構いませんから」
 やれやれ、などと肩を落としながら、結とはヒラニィを受け取ると、彼女を地面に下ろした。
「すまんな、助かったぞ」
「いえいえ。その代り、お酒は駄目ですからね」
「……腑抜けめ」
「はいはい、なんとでもどうぞ」
 言いながら、唯斗はルーシェリアの方に手を置く。
「さて、ほら。出さないと、でしょ」
「…………」
 しょんぼりした様子で――さながら怒られた子犬の様な状態で、しかし彼女は今度こそ観念したのか服の中に手を入れた。
「全部出すん、ですか?」
「えぇ。とりあえず隠してたら駄目ですよ」
「……わかりましたよぅ」
 服の中から出て来た手に握られているお酒。それを机に置き、今度は違う場所に手を入れ、を繰り返す事数回。
机の上、厳密にはルーシェリアの前のスペースには、六本の缶が並んでいた。
「いやいや! どんだけ隠してんだよ!」
「えへへ……この際飲めるだけ、と思ったんですよぉ」
「飲む気満々過ぎだろ!」
 唯斗のツッコミが、辺り一帯に響き渡ったのは言う間でもない。